仲直り


そこに灯りは付いていない。
唯一あるとすればドアの隙間、廊下から漏れた一筋の細く伸びる光線。陽はとっくに落ちて、外の街灯を遮るように閉ざされたカーテン。
その作られた暗闇の部屋の、ベッドの上。二つの何かが蠢いていた。
吐息と、とろみのあるような水音。
ふたつのうちの一人、オジュウは自身の口を弄る芦毛の男に負けじと舌を絡める。割れた舌先で歯をなぞり男を煽って、第二ボタンまで外れた白シャツを掴みシワを増やして。
男のおおきい手がオジュウのスウェットの中に侵入したその時、オジュウの身体は僅かにはねた。芦毛の男──アップは目敏くそれに気付き、唇を離す。
「……ここ、さっきの」
オジュウの脇腹を優しく撫でる。皮膚の表面はいつもと変わりないが、軽く親指で押しただけでオジュウが身じろいだ。
「ごめんなさい、やりすぎました。……痛いですよね」
「……ンなの大したことねーよ」
アップは周囲を見やる。ベッドは兎も角、床に投げ捨てられた分厚いトレーニング教本。ガラスが荒く割れた電気スタンド。強い圧がかかったのか、普通は砕けないはずのペンの残骸。
強盗か、はたまた自然災害か。酷い有様の部屋の正体はアップとオジュウの大喧嘩によるものだ。
始まりはいつも些細なこと。貸した本をリビングに置いたままにするな、使わない部屋の電気は消してくれ。そんなことだった気はするが、何がトリガーだったのかは二人とも思い出せない。オジュウが物を投げアップが抑えようと掴み掛かり、それを退けようと抵抗し仕方無しと急所を狙い。
そんな応酬を続けて数時間。
結局二人とも体力と気力を使い果たして、かろうじて無事だったベッドの上で身体を投げ出してみる。すると何故か急に罪悪感が湧いてきたり後悔し始めたり。
そしてなんやかんやでキスし始め喧嘩終了。部屋の惨状なんて、身体を交え始めた二人にとってもうどうでも良かった。

アップは重いパンチを喰らわせたオジュウの脇腹を優しく撫でる。それをまどろっこしく感じたのか、オジュウはアップの首筋にあるかさぶたになりかけの噛み跡をゆっくり舐めた。ん、とアップが目端を歪める。
「怒ってるか」
オジュウは舐めるのを止め、耳元で聞いてみる。
「もう怒っていませんよ」
返ってきた声は怒気を孕んでいない。そしてまた唇を合わせ、深く舌を絡めていく。
いつの間にか下のジャージにアップの手がかかり、太腿をなぞるように下ろされて。きっとそのうちトランクスも脱がされ、散乱した物の一部となるだろう。

片付けは明日の朝だな、とアップは頭の片隅で思い。
混沌とした空間の中唯一きれいだったそのベッドを。
また二人で乱していく。
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