――私を、魔法少女にしてください。
<比率>
1:0:1
<時間>
30~40分
<登場人物>
日暮
【日暮悟(ひぐれ さとる)】男性
魔法少女になりたい中年男性。ある日街中でミルポンを見つけ、捕まえる。
ミルポン
【ミルポン(ミルポン)】不問
謎の生物。小さくてふわふわ。一人称こそ「僕」だが、性別自体は存在しないらしい。
ある日街中で日暮に捕まる。
<利用規約>
https://writening.net/page?bmsmZi
------------以下台本—----------
―ある日の路地裏
(ミルポンの首根っこを掴む日暮)
(息が上がっている日暮)
ミルポン:あ、あわわわ……
日暮:……やっと捕まえた。
ミルポン:ひっ
日暮:君は、いわゆる「妖精」というやつですね?
ミルポン:ぼ、ぼくはただのふわふわの野良猫だにゃん?
日暮:この世界では、その流れはほぼ百パーセント、魔法少女モノの導入のそれです。
ミルポン:無茶苦茶だ。
日暮:一応言っておきましょうか。「宙に浮いて人語を話す猫がいるものか」。
ミルポン:に、にゃあーん……
日暮:……
ミルポン:……
日暮:そんなわけで、お決まりの流れは省略させていただきます。
ミルポン:にゃん……
日暮:そう恐れないでください。何も私は、君を取って食おうというわけでも、どこかに売り飛ばそうというわけでもないんですよ。
ミルポン:……じゃあなんで僕を追いかけてきたんだい。
日暮:少し、お話がありまして。
ミルポン:それならいい加減、その手を放してくれないかな。苦しくってしかたないよ。
日暮:そうはいきません。
(日暮の手に力がこもる)
ミルポン:ぐえ。
日暮:だってそうしたら君、逃げるでしょう。
ミルポン:これは生物としての危機回避本能だよ。妖精を脚力のみで追い詰めて捕まえるなんて、尋常じゃない。
日暮:いやあ、毎日ウォーキングしておいて良かった。継続は力なり、ですねえ。
(微笑む日暮、手に力がこもる)
ミルポン:ぐえ。
日暮:それに、今君を逃してしまったら、君の力で記憶を消されてしまう可能性もあるでしょう?
ミルポン:なんでそんなにこっちの情報に詳しいんだい、君。
日暮:お約束、だからです。
ミルポン:「魔法少女モノ」の、かい?
日暮:ええ。
ミルポン:君の言うその「魔法少女モノ」が何か知らないけれど、そもそも僕の姿は少女たちにしか見えないはずなんだ。
日暮:そのようですね。先日君を見かけたとき、君と一緒にいた少女が言っていました。「あんたの姿は私にしか見えないんだから、外にいるときは話しかけてこないで」と。知らぬ人から見たらあれは、「人とは違う自分」になりたくて魔法少女ごっこをしている、多感な少女に見えたでしょう。
ミルポン:そのとおり。それなのに、どうして君は……
日暮:分かりません。ですが、私には君の姿が見えた。そして瞬時に「これは魔法少女モノには欠かせないアレ」だと思ったのです。
ミルポン:アレ?
日暮:妖精です。
ミルポン:……それで?
日暮:ですから、一度お話をしたくて、通勤時には常に周囲をチェックしていたというわけです。
ミルポン:で、僕を見かけて追いかけた、と。
日暮:話が早くて助かります。
ミルポン:それじゃあ改めて。君は一体、なんのために僕を追いかけてきたのかな?
日暮:私を、魔法少女にしてください。
(少しの間)
ミルポン:もう一回言ってくれるかい?
日暮:私を、魔法少女にしてください。
ミルポン:……
日暮:私を、魔法少女に
ミルポン:ねえ。
日暮:はい。
ミルポン:君の言っていることの意味が、僕にはさっぱり分からないんだけど。
日暮:なぜでしょう?
ミルポン:「魔法少女」。
日暮:はい。
ミルポン:魔法「少女」だよね。
日暮:ああ、そういうことですか。
ミルポン:分かってもらえて良かったよ。
日暮:確かに、私は少女ではありません。
ミルポン:そうだね。
日暮:が、便宜上そう呼ばせていただいているだけですので、そこはお気になさらず。
ミルポン:それは無理だよ。
日暮:では「魔法おじさん」ということでしたら、どうでしょう。
ミルポン:非常に言いにくいことなんだけれど。
日暮:はい。
ミルポン:呼び名の問題じゃないんだ。
日暮:魔法少女になるには、何かしらの条件が必要、ということでしょうか?
ミルポン:そういうこと。
日暮:その条件をうかがっても?
ミルポン:僕の姿が、視認できること。
日暮:できています。
ミルポン:そう、そこが問題なんだ。
日暮:と言いますと?
ミルポン:僕の姿は、「少女」たちにしか見えないはずなんだよ。
日暮:ではなぜ今現在、私には君の姿が見えているのでしょう。
ミルポン:それはこっちが聞きたいよ。
日暮:そうですか。
ミルポン:ただ……
日暮:ただ?
ミルポン:ひとつ、仮説を立てるとするなら、だけど。
日暮:はい。
ミルポン:僕の姿を視認するためには、一定量以上の「ココロの力」が必要なんだ。
日暮:「ココロの力」?
ミルポン:そう。さっき君が言ったような「特別な何かになりたい」とか「誰かの力になりたい」とか、そういった「きらめくココロの力」――いわゆる「夢」さ。僕たちはそれを「ドリームエナジー」と呼んでいるんだけどね。
日暮:では、そのエナジーを十分に備えた少女たちだけが、君を見ることができ、つまりは魔法少女になることができると?
ミルポン:正確には、僕たちの姿を視認するために必要なドリームエナジーを蓄えているのが、この星の「思春期の少女」と呼ばれる存在ってこと。まあでも、同じようなものだね。
日暮:……
ミルポン:僕たちはこの星にやってくる時に、ドリームエナジーの量で対象を選別することのできる不可視のフィルターを作った。
日暮:不可視のフィルター?
ミルポン:そう。それを身体の周囲に展開させることで、僕たちは「少女たちにしか見えない」という、圧倒的な説得力を持った「妖精」として存在できる。そして「妖精」は、少女たちを「魔法少女」へと「進化」させることで、彼女たちの夢を叶えている、と、そういうわけ。
日暮:ということは、私は少女たちと同等のドリームエナジーをこの身に蓄えている、ということでよろしいでしょうか。
ミルポン:あくまで仮説だよ。単純に僕たちの作った不可視のフィルターが不完全だっただけという可能性もあるからね。
日暮:では試してみましょう。
ミルポン:君で、かい?
日暮:ええ。試しに私を魔法少女にしてみませんか。
ミルポン:……
日暮:私が魔法少女になれたのなら、私が少女でなくとも、少女と同程度のドリームエナジーを蓄えた存在であるということの証左(しょうさ)になりますし、なれなかったのなら、君たちの不可視のフィルターが不完全であることの証左になります。
ミルポン:なるほど。
日暮:なれなかった時には潔く引き下がります。記憶を消していただいて構いません。
ミルポン:……
日暮:お互いにとって悪い取引ではないと思いますよ?
ミルポン:……
日暮:……
ミルポン:ひとつ、聞いてもいいかな。
日暮:なんでしょう?
ミルポン:どうして君は、それほどまでに魔法少女にこだわるのかな。
日暮:……
ミルポン:どう見たって君は少女じゃない。それなのに、少女たちと同じようなことをしたがるのは、この星の言葉で言うなら「分不相応」で、「奇妙」とすら言えるんじゃないかな。
日暮:分不相応で奇妙……それは、そうでしょうね。
ミルポン:そんな分不相応なものに固執するなんて、僕にはいささか歪(いびつ)で不気味に映る。そんな相手と取引をするのは、やっぱり僕にとっては分が悪いよ。今すぐに僕の持つ能力のすべてを行使して君の手から逃れた方が早いとすら思うほどにね。
日暮:そんな能力を持っているにも関わらず、何故ここまで私の話を?
ミルポン:僕たちはね、この星をそれなりに大切に思っているんだよ。
日暮:……
ミルポン:ところで、僕の質問の答えは?もう一度問おう。どうして君は、それほどまでに魔法少女にこだわるんだい?答えられないのなら、話はここまで。それこそ、お互いにとってそんなに悪い取引じゃあないと思うけど。
(少しの間)
日暮:……憧れ、だったからです。
ミルポン:魔法少女が?
日暮:愛らしい衣装をひらひらと翻し、これまた愛らしい武器でまばゆい光を放ちながら敵を倒す姿が、憧れでした。全くもって戦闘には不向きな装束や武器だというのに、彼女たちはいつだって強かった。美しかった。倒れ、傷ついたとしても、ヒーローもののような暑苦しさや泥臭さ、血なまぐささのない、あくまでも少女然とした、愛らしく、凛とした姿。そこに私は、何者よりも只人(ただびと)を超越した力を見たのです。
ミルポン:なるほど。
日暮:私は、何者かになりたかった。何者よりも何者かになりたかった。
ミルポン:それで?
日暮:何者かになるために、色々やってみました。踊ってみたり、歌ってみたり、芝居をしてみたり、絵を描いてみたり、小説を書いてみたり。けれど私は、何者にもなれなかった。人生の半分以上を浪費して私が得たのは、その結論だけです。私は、汗や泥にまみれただけの、何者でもないただの大人になってしまった。
ミルポン:……
日暮:それでもなお、何者かにならんとしてみましたが、空回るばかりでした。否(いな)むしろ、大人になればなるほど、何者かになるのは難しくなっていきました。この身には、余計な知識と経験、プライドや世間体がこびりつくばかりで、重たくみっともなくなってゆく一方だった。ああ、このまま私はこの長い歴史の一点にも満たぬ存在として終わるのか、そう思うたび、恐ろしくて仕方がなかった。
ミルポン:だとしても「魔法少女になりたい」だなんて、やっぱり僕には理解できないよ。
日暮:私の心の中にいるのは、いつでも彼女たちでした。創作物の世界にしか存在しない彼女たちでした。
ミルポン:……
日暮:そんなある日、君が現れた。私の夢が形をもって、私の眼前に、手の届くところに現れたのです。
ミルポン:魔法少女になれば、君は「何者か」になれるってことかな?
日暮:私は、只人以上の能力が欲しいんです。只人以上の能力を持ったものに人は名をつけ、その名を呼ぶんです。私は名無しでいることが、耐えられない。
ミルポン:意味が分からないな。君にだって名前があるだろう?
日暮:ええ。ですが、その辺の草木の名前をわざわざ知りたがるものがいますか?いないでしょう?何者かになることで初めて名前の意味が生まれ、同時に何者かに相応しい名が与えらえるんです。
ミルポン:なるほどね。
日暮:……
ミルポン:うん、君はじゅうぶんに、魔法少女になるにふさわしい量のドリームエナジーを備えているようだ。
日暮:では……!
ミルポン:君を魔法少女にしてあげる。
日暮:ありがとうございます!
ミルポン:ただし、やっぱりこれはイレギュラー中のイレギュラーだ。予期せぬ問題が生まれることもある。命に係わるようなこともあるかもしれない。君は、それでもいいのかな。
日暮:かまいません。どうか、私を魔法少女にしてください。
ミルポン:そう言うと思ったよ。それじゃあ目を閉じて。
(日暮、目を閉じる)
ミルポン:今から君のドリームエナジーを使って、君だけの魔法を生み出すよ。
日暮:ああ……今までに何度も見てきた流れだ……!
ミルポン:ココロを開放してイメージするんだ。君の夢を。
(日暮、深呼吸をする)
ミルポン:さあ、君にはもう分かるはずだ。その胸の熱さと共に浮かぶ言葉――それが、君が生まれ変わる合図だよ。
(日暮、大きく息を吐く)
ミルポン:瞳を開けて。さあ、叫ぶんだ。
(日暮、目を開ける)
日暮:マジカル!トゥインクル!ブラウニー!
(少しの間)
ミルポン:……
(変身した日暮が立っている)
日暮:こ、これが私……!
ミルポン:……
日暮:すごい……!力がみなぎってきます!
ミルポン:それが、君のドリームエナジーの力だよ。それだけ君のココロの力が強かったってことだね。君はきっと、強い魔法少女になるだろう。
(日暮、くるりとターンしてスカートを翻す)
日暮:どうですか、このコスチューム。似合っていますか。
ミルポン:只人でないのは、一目で伝わるよ。
日暮:おぉ……!
ミルポン:おめでとう。
日暮:そしてこれは……巨大な泡だて器……?
ミルポン:おそらくそれが君の武器になるはずだよ。
日暮:ち、ちなみに私の能力というのは……
ミルポン:それはまだ分からない。
日暮:え?
ミルポン:僕はドリームエナジーを具現化するための回路を君のなかに作っただけだからね。実際に君がどのような形でその力を使うのかは、その時にならないと分からないのさ。
日暮:「その時」とは、敵と戦う時ということになるのでしょうか?
ミルポン:その通り。
日暮:ちなみに私の敵というのは……?
ミルポン:今ごろその質問かい?
日暮:だって教えてくれませんでしたから。
ミルポン:だって聞かれなかったからね。
日暮:……
ミルポン:僕たちは奴らを「ドリームイーター」と呼んでいる。
日暮:「ドリームイーター」……夢を食べるもの……
ミルポン:奴らは人々の綺麗な夢や幸せな記憶や感情を、恐怖や後悔といったとびきりの負の感情に上書きして、食べてしまうんだ。
日暮:一体、なんのために?
ミルポン:その方が美味だから、かな。
日暮:食べられてしまった人たちは、どうなってしまうのでしょう。
ミルポン:人間は、正と負のアンビバレントな感情を抱えて生きているだろう?ちょうどそう、天秤でバランスを取るように。その天秤が片方に大きく傾いたらどうなる?
日暮:おそらく、壊れてしまいます。
ミルポン:その通り。片方の皿が空になり、もう片方の皿だけが満たされ続けると、天秤は跳ね上がる。跳ね上がる勢いが強ければ、天秤そのものだって壊れてしまう。つまり、ドリームイーターに襲われた人間は心を壊し、体温があるだけの、ただの人形になってしまうんだ。
日暮:……
ミルポン:怖くなった?
日暮:いえ、大丈夫です。
ミルポン: 安心するといい。魔法少女の力はドリームエナジーの量に比例する。さっきも言っただろう?君ならきっと無敵だよ。
日暮:……
ミルポン:そうそう、ドリームイーターの存在を感知したら、僕たちがドリームフィールドを展開して君とドリームイーターだけを閉じ込めるから、どれだけ派手に戦闘をしたって、周囲に被害を加えることもないよ。だから安心して、思う存分その力を振るうといい。
日暮:……魔法少女の活躍は、誰も知ることがないのですね。
ミルポン:むしろそれが、彼女たちを守ることになるのさ。
日暮:守る?
ミルポン:物理的な被害はなくとも、常識を超えた存在が現れれば、人は恐怖する。そうなったら、ドリームイーターたちの思うつぼさ。
日暮:それは……確かに。
ミルポン:それに不特定多数からの負の感情に君ら魔法少女がさらされたらどうなる?自身への批判や否定にココロのきらめきは濁り、やがてドリームエナジー自体を失ってしまう可能性すらある。それは僕たちにとって、あまり都合のいいことじゃないんだ。
日暮:……
ミルポン:何者かになった自分を誰にも見せられなくてがっかりしたかな?
日暮:ええ、少し。ですが、これも一部ではお約束ですから。
ミルポン:そうか。
日暮:それよりも、少し気になったことが。
ミルポン:なんだい?
日暮:君たちの目的は、一体なんでしょうか。
ミルポン:この星と、そこに住まう人間を守ること、だよ。
日暮:そう、それです。
ミルポン:どういうことかな?
あ
日暮:君たちは「この星にやってきた」と言っていました。つまり君たちは外宇宙の存在ということになります。
ミルポン:そうだね。
日暮:さらに今、ココロのきらめきが濁り、ドリームエナジーが失われることを「都合が悪い」とも言っていましたね。
ミルポン:うん。
日暮:ということは、私たち魔法少女のドリームエナジーは、君たち外宇宙の存在になんらかの利益をもたらすもの、と考えていいでしょう。
ミルポン:……
日暮:ドリームイーターが狙うのも、質こそ違えど人間の夢や感情です。では、君たちとドリームイーターは、一体何が違うのでしょうか。
(少しの間)
ミルポン:……やっぱりイレギュラーだね、君は。イレギュラー過ぎだ。普通はそんなにすぐにはそこにたどり着かないんだけどな。
日暮:純粋無垢な少女たちと違って私には、こびりついた知識と経験がありますからね。魔法少女になったとて、落とすことのできないものが。
ミルポン:本当に厄介だ。
(日暮、手の中の巨大な泡だて器をぎゅっと握りしめる)
ミルポン:おっと、武器を構えるのはもう少し待って欲しいな。
日暮:……
ミルポン:僕は君の夢をかなえてあげたじゃないか。それなのに、いきなり敵のような扱いを受けるのは不本意だよ。それってずいぶん勝手じゃない?
日暮:……すみません。では、君の話を聞かせてもらいましょうか。
ミルポン:僕たちとドリームイーターは、同じモノなんだ。
日暮:……
ミルポン:僕たちにはね、感情が存在しないんだ。だから綺麗な夢も幸せな記憶も、もちろん悪夢も、僕たちの中には存在しない。確かにあると言えるのは、知識と食欲だけ。僕たちが何を食べるのか、君ならもう分かるよね?
日暮:美しく幸せな「夢」や「記憶」、「感情」ですか。
ミルポン:なんとも皮肉な話だよね。
日暮:……
ミルポン:もうずっと、僕たちは君たち人間と共存していた。様々な星を回った結果、この星の人間っていう存在が、一番「夢」も「感情」も豊富に備えていることが分かって以来ね。
日暮:伝承で語られる「獏」なんかはひょっとして、君たちのことだったのかもしれませんね。
ミルポン:ああ、そんな風に呼ばれていたこともあったかな。
日暮:……
ミルポン:とにかく、僕たちはこの星の人間をとても大切に守ってきた。だって君たちは僕たちにとって大切な大切な栄養源だ。この星は僕たちにとって大切な――そう、「生簀(いけす)」のようなものなんだから。
日暮:生簀……
ミルポン:悪い「夢」や感情は美味しくないし、時に僕たちの身体にも悪影響を及ぼすから、極力食べたくはない。だからこそ僕たちは上手に上手に人間にかかわって、良い「夢」や記憶だけを増やし、正負の天秤のバランスが崩れない程度に、それを少しずつ頂戴しながら腹を満たしてきた。
日暮:文明をもたらしたり、特別な力を与えたりして、ですか。
ミルポン:鋭いね。
日暮:人類の進歩が、宇宙人からもたらされた知識によるものであるという説は、ずいぶんと昔から唱えられてきたことですから。
ミルポン:へえ。
日暮:もっとも、そのほとんどが一笑にふされてきたものばかりですが。
ミルポン:君たちは夢を見て語るくせに、目に見えるものしか信じないからね。
日暮:……
ミルポン:ところが、だ。ここ最近になって僕たちのなかに不可思議な嗜好を持つものが現れはじめた。
日暮:不可思議な嗜好?
ミルポン:かつては毒のような扱いをされてきた悪夢や負の感情、記憶を、天上の美味だと感じるものが、ね。
日暮:恐怖や悲劇、悪趣味といった、強烈な刺激や揺さぶりを与えるものを愛する人間が一定数いるのと同じですね。
ミルポン:僕たちと君らは、こんなに違うはずなのに、まったく不思議だよね。
日暮:ようやく分かりました。君たちは昔ながらの味覚の持ち主で、ドリームイーターたちに自分たちの食糧を奪われるのを防ぎたい。そのために魔法少女というシステムを作った。そうでしょう?
ミルポン:概ね正解だね。
日暮:……
ミルポン:建前として少女たちにはそう言っているけれど、僕たちは別にドリームイーターを殲滅しようと思っているわけじゃない。
日暮:何故ですか。
ミルポン:正負のバランスは、ある程度保たれていなければならないんだ。醜いものがあるから美しいものはより美しくなるし、美しいものがあるから醜いものはより醜くなる。この意味、分かるよね。
日暮:けれどそのせいで、君たちの言うところの正のエネルギーを豊富に持つ少女たちを狙うドリームイーターが増えてきた。少女たちは、君たちにとってもご馳走のようなものでしょうから、さすがに譲れない。そのために魔法少女は生み出された。すべては自分たちの食を守るため――それが、魔法少女システムというわけですか。
ミルポン:そういうこと。
日暮:……魔法少女は道具に過ぎない。これも最近の魔法少女もののお約束です。私はあまり好きではありませんが。
ミルポン:これでも一所懸命考えた無駄のないシステムなんだ。あんまりお約束お約束って言わないでほしいなあ。僕たちは、潤沢なドリームエナジーを持った少女たちの夢を叶える代わりに、彼女たちのドリームエナジーをほんの少し摂取させてもらっているだけなんだ。いわばギブアンドテイクさ。
日暮:いいえ、それだけではないはずです。君たちは――ドリームイーターも君たちも、もっと利己的だ。
ミルポン:……どういうことかな。
日暮:「何者かになりたい」という純粋無垢な夢なんて、時間や成長と共にいつか枯渇します。結局誰にも認められることのない存在なんて、「何者か」とは呼べませんから。
ミルポン:……
日暮:何者かになったつもりで足掻いてみても、結局は誰にも認められないという現実に少女たちはやがて打ちのめされ、その夢を捨ててゆくでしょう。……今日までの私のように。
ミルポン:僕たちはとてもコストパフォーマンスのいい存在でね、魔法少女一人でそれなりの時間、食事に困ることはない。でも、そうなんだ。何故か、どうやっても魔法少女のドリームエナジーはやがて枯渇してしまうんだ。
日暮:食べるところのなくなってきた魔法少女は、ドリームイーターが処理する。そうすれば君たちは誰も飢えることがない。そういうことでしょう?
ミルポン:そのとおり。ね?無駄がないだろう?
日暮:確かに、無駄はありませんね。
ミルポン:君には本当に恐れ入ったよ。まさかそんなにあっさり真実に到達されるとは思わなかった。
日暮:……
ミルポン:それで?君はどうする?
日暮:どうする、ですか。
ミルポン:ああ、一度魔法少女になったらドリームエナジーが枯渇するまで、魔法少女をやめることはできないよ。
日暮:……
ミルポン:それとも、僕に戦いを挑む?大抵の魔法少女たちは真実を知った途端、僕に戦いを挑んできたよ。でもそれはお勧めしない。何度も言うようだけれど、ドリームエナジーの枯渇した彼女たちと違って、魔法少女になりたての君はドリームエナジーの量も豊富で、強い。僕も本気で戦わなきゃいけなくなる。言っただろう?僕たちはなるべくこの星と人間たちを大切にしたいんだ。
日暮:それは脅しですか?
ミルポン:とんでもない。僕は君と、お互いに損のない取引をしたいだけさ。最初からずっとね。
日暮:でしたら、それは杞憂(きゆう)というものです。
ミルポン:ふうん?どういうことかな。
日暮:私は別に、魔法少女を辞める気も、君に戦いを挑む気もありません。
ミルポン:へえ?
日暮:正直なところ、魔法少女システムには少し幻滅しましたが、これまでの魔法少女アニメでの予習のおかげで、正直それほどのダメージはありません。
ミルポン:それも経験値ってやつかい。
日暮:ええ。それにね、今はなにより嬉しいんですよ。
ミルポン:うれしい?
日暮:だってそうでしょう?私は魔法少女という、只人の域を超えた「何者か」になれた。
ミルポン:そうだね。
日暮:おそらく私のドリームエナジーは、枯渇することがないでしょう。
ミルポン:……
日暮:私は世間知らずの少女ではありません。とうに「何者にもなれない」現実を知って打ちのめされた上で、夢を見ている。誰に認められずとも、私は魔法少女でいられるだけで現実では味わえない幸せを感じていられる。ですから私は、いつまでも夢を膨らませ続けるでしょう。故に、そのドリームエナジーが枯渇することはない。実は君も、それに気づいているのではありませんか?
ミルポン:……うっすらとはね。
日暮:私がいれば、それこそ私が死ぬまで、君はずっと食うに困らない。そうすれば、ドリームイーターは他の魔法少女や、無関係の一般人を狙うでしょう。ですが私はそれをさせない。ドリームイーターは殲滅します。君たちが少女たちに、たとえ建前でもそう願ったように。
ミルポン:魔法少女システムの崩壊が狙い……ってことかな。
日暮:そういうことです。ね?嬉しくなるでしょう?魔法少女になれただけでなく、私は少女たちを陰ながら救うことができるのですから。私こそ、正真正銘の、永遠の魔法少女です。まさに誰もなることのできない「何者か」です。
ミルポン:君を魔法少女にしたこと、今は少し後悔しているよ。まさか君がここまで拗れていたなんて。
日暮:少女たちしか見ていないから、こうなるんですよ。中年にもなって魔法少女になりたいなんて願う男が、拗れていないわけがないでしょう。
ミルポン:ぐうの音も出ないね。
日暮:では、行きましょうか。
ミルポン:行く?
日暮:ドリームイーターのところですよ。近くに来るのを待つなんて、まだるっこしいことはせず、こちらから仕掛けていきましょう。
ミルポン:……まあ君のやりたいようにやってみればいいさ。
日暮:大丈夫、悪いようにはしませんから。
ミルポン:どうかな。
日暮:ああそうだ、君の名前は?
ミルポン:少女たちには便宜上「ミルポン」と呼ばせているけれど、僕たちの種族に個体名はないし、好きなように呼んでくれて構わないよ。
日暮:では私もミルポンで。魔法少女ですからね。
ミルポン:君の名前は?
日暮:日暮(ひぐれ)。日暮悟(ひぐれさとる)と申します。
ミルポン:ねえ、ヒグレ。
日暮:なんでしょう。
ミルポン:君のその姿、家族や友人が見たらなんて言うだろうね。
日暮:私のドリームエナジーを削ぐつもりですか?それなら申し訳ありませんが、両親も弟も先に亡くなりました。友人もいません。聞かれなかったので言いませんでしたが、私はまさに天涯孤独。心置きなく魔法少女ができることで、むしろドリームエナジーが満ちてくるというものです。
ミルポン:そうかい。
日暮:残念でしたね。
ミルポン:別に。
日暮:……いずれ君も、ドリームイーターになったりするんでしょうか。
ミルポン:かもしれないね。食の好みって結構簡単に変わるらしいから。そもそも君のドリームエナジーの味もまだ分からないわけだし。
日暮:楽しみにしていてください。
ミルポン:もし僕がドリームイーターになったら、どうする?
日暮:勿論、私の手できっちりと引導を渡します。
ミルポン:君って本当に、嫌な魔法少女だね。
日暮:相棒というのは、そういうものです。お約束ですよ。
ミルポン:ふうん。ああ、北西の方角にドリームイーターの気配だ。ちょうどあのビルの辺り。
日暮:ミルポン、お願いします!
ミルポン:ドリームフィールド展開!
日暮:ところで、本当にその時になったら分かるんですよね、戦い方。
ミルポン:大丈夫、全ては君の中を満たすドリームエナジーが教えてくれる。……さあ、お手並み拝見といこうじゃないか。
(日暮、瞳を閉じ、再度開く)
日暮:「踏みにじられても失せないキラメキ!悪夢はホイップしてケーキにしちゃうぞ!マジカルトゥインクル☆パティシエール!参上!」
【幕】