艦長室にて


艦内の空気が重い。恐らくムウ以外の人間もそれを感じていただろう。
宇宙からアラスカへ降下予定だったアークエンジェルは現在、アフリカにいる。文字でいうと雰囲気は似ているが全く見当違いの場所にいる。
誰も好き好んでここに降り立った訳ではない。だが、それを表向かって文句を言える人間は居ないのだ。……ストライクを失う訳にはいかない、と決断した艦長に対して。
「あれ、艦長は?」
艦橋にムウが入ってくる。振り向いた艦長席に座るは副長のナタル。
「現在、艦長は休憩中です。なにかありましたか?」
ナタルが答える。
「休憩中? 食堂にも艦長室にも居なかったからここに居ると思ったんだが……」
ムウは頭を掻く。艦橋へ寄る前、格納庫から出発して食堂の中を確認、その後艦長室のブザーを鳴らして在室を確認したが不在だった。シフトを勘違いしていたか、と艦橋へ来たのだがそこにも居ない。
「艦内呼び出しをかけますか?」
ロメロがムウに問う。
「いや、そこまで緊急じゃないんだ。もう一回艦内回ってみるよ」
じゃあ、と再びエレベーターに乗り込んだ。

再度着いた艦長室。ブザーを鳴らすとロックが解除される音がした。中へ入ると照明は着いておらず、ベッド脇のモニターだけが光を放っていた。一見無人の部屋に見える。
「お手数おかけしました」
姿は見えないが部屋の主の声がする。ベッドサイドへ向かうと、マリューはベッドの上に居た。棚にもたれかかり三角座りをしている。
「艦橋から連絡がありました。『フラガ少佐が艦長をお探しです』と」
「まぁ、追い返すにしても、居るなら返事は欲しかったかな」
ムウは備え付けの椅子に腰掛ける。
「すみません。連絡がつかない艦長はクルーの不安を煽りますよね」
マリューは俯いているので表情は見えない。足首を交互に上下させている。ぽふん、ぽふん、と布団に足を叩きつけているのを見て機嫌の悪い猫の尻尾のようだ、とムウは思った。足全体がほっそりとしているが、足首はキュッと引き締まっている。ムウの手なら片手で掴めてしまうだろう。そんな細い足じゃ立っていても折れてしまう。

「今更と言われそうですが」
ムウが説教をする気がないと気づいたのかマリューがぽつりと呟く。
「1日でも早く子どもたちを戦場から離れさせたかったんです」
「うん」
除隊許可の申請をしているのをムウは見ている。
「元の学生に戻してあげたかったんです」
「そうだな」
「でも、皆戻って来ちゃいました……」
「俺も驚いたよ」
「私はそんな彼らを見捨てることは出来ませんでした」
「……」
「他のクルーや第八艦隊の命よりもヤマト少尉の命を優先させてしまいました」
「……誰かに何か言われたのか?」
「いいえ。ですが、きっと皆そう思っていると感じます」
間違っていないよな、とムウは言えなかった。誰かに言わせるとデリカシーがないそうだが、ここで彼女を突き放すわけにはいかない。
その後もマリューの呟きにひとつずつ相槌を返す。マリューの足はしきりにベッドを叩いていたが徐々に収まっていった。

「落ち着いたか?」
マリューの顔が上がる。ムウの顔を見て一瞬頬を赤らめさせた。
「恥ずかしいところを見せてしまいました……申し訳ありません」
「いいって、そろそろ休憩明けるだろ、送っていこうか?」
ムウが戯けたように誘う。
「一人で行けるので大丈夫です」
平常の顔色に戻ったマリューはすっと立ち上がる。しなやか足先はブーツの中に隠された。背筋を伸ばしたその姿は弱気な女ではなく艦長の顔をしていた。
「じゃ、お邪魔しました」
ムウは片手を振って部屋を出る。その背中に「ありがとうございます」という声がかけられた。
ムウは自室に向かって歩を進める。一捻りすれば瞬く間に折れてしまいそうな足首。だが、彼女はしっかりと自分の足で立てる人物のようだ。情に厚すぎる部分は彼女の欠点ではなく長所。ムウはマリューに対する考え方を改めた。
まぁ、折れそうなことには変わらないから、しっかり支えてあげないとな、なんて思いながら。

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