カミキヒカルは2児のパパ (舞台、それぞれの思い)


───舞台『東京ブレイド』公演初日


「……」

「どうしたのアビ子先生」

ビクッ…と若干体を浮かせて驚くアビ子先生。待ち合わせの場所に到着したので後ろから声を掛けたらこれだ、声で分かるでしょうに。

「緊張してる?」

「しないわけないじゃないですか。私が散々口出しして、これで失敗したら全部私のせい……緊張の一つや二つしますよ……」

あー、まぁ緊張するなって方が無理か。私にも覚えがあるけれど、こればかりは慣れないものだ。

「脚本は納得いくものになったんでしょ?」

「それはそうなんですけど……。
自信満々で出したものがボツ食らう経験、先生にもあるでしょ?」

「あるわねぇ……」

そうなのよねぇ……創作物って自信満々で出したものより、日和って少し置きに行ったものの方が絶賛されるなんてままある事なのよね。

「もし自分の作ったものが、世界で自分だけしか面白いと思わないものだったらって……そう思うと…」

「大丈夫ですよ」

作家の悩みに共感して2人で少し気分が沈んでしまったところに、後ろから突然誰かが会話に入ってきた。

「僕もあの脚本の出来には満足しています。だとしたらこの世界に、最低でも2人は面白いと思ってる人が居る事になりますよね?」

「!」

後ろから声をかけてきたのは、今回の舞台で元々脚本担当をしていたGOAさんだった。そういえば最終的にはアビ子先生とGOAさんの共同脚本になったって言ってたわね、彼も観客としての参加かしら。

「……」サッ

「あれ……割と仲良くなれたと思ってたのに…」

GOAさんに話し掛けられたアビ子先生は、私の後ろにササッと隠れてしまった。人見知りなのは知ってるけど彼とは面識あるでしょうが。

「気にしないでください。この子、青春全部漫画に費やして男子の免疫無いだけなんで。
気にせずグイグイ絡んでください、ホントはそうされるのが嬉しい子なんで」

「ははは…まぁこの舞台の成功は役者の方々に掛かってます。でも皆さん実力があるのは稽古の風景を見て知ってますので、良い舞台になると信じてますよ」

実力、ね……全員が全員じゃないとは思うけど。
内心そんな事を思っている私の視線は、舞台の役者を写した1枚のポスターに注がれていた。


───ステージアラウンド内


「MEMちょおひさー!」

「ゆきちゃん!あとその他共!」

「その他共言うな」

今日はついにアクたんに有馬ちゃんにあかね、それにヒカルさんが出演する舞台の公演当日。せっかくあの2人が出るという事でゆきちゃん達『今ガチ』メンバーに召集を掛けたところ、みんな時間を作って集まってくれた。
あの楽しかった撮影から少し経ったけどみんな変わってないなぁ。なんだかちょっぴり懐かしい。

と…そうだそうだ、私が個人的に気になる事があったんだった!

「そっちはどう?あれから上手くいってるの~?」

「まあまあかなぁ」

あんまり進展してない感じなのかな?まあ小悪魔ムーブする子が案外ウブってのもそこそこ聞……あれ?ん~~??

「2人が着けてるブレスレット同じじゃない!?匂わせお揃っちだー!」

やってんねぇ!とからかい混じりに言うと、ゆきちゃんが焦って取り繕おうとしていた。かーっ、青春してんねぇ!危険だけどね!

「なんでタレントと付き合ってる女って綱渡りしたがるんだろうな……」ヒソヒソ

「芸能人だって恋すれば只のアホな女の子だからね……」ヒソヒソ

「た…たまたまだから!」

え~ホントかなぁ?ケンゴくんと小声で話をしてるところにゆきちゃんが否定してきたけど、あの番組で良い雰囲気だった2人に限ってそんな偶然あるかな~?
ま、そういう事にしとこうか。でも他の番組での集合写真とかSNSに上げる写真とか撮る時には気を付けてね?というと、今のところは我慢出来ているらしい。いつまで持つかな……。

と、そんな事を考えていたらミヤコさんとアイさんとルビーが到着した。それを見た3人が反応し、男共は目線が釘付けになっている。ケンゴくんはともかくとして、ノブくんがその反応するのは良くないんじゃないかなぁ?

「うわ、めっちゃ可愛い子いる」

「どれどれ?うわ、マジじゃん」

「てかあの人アイさんじゃない!?本物じゃん!」

「あ、あの3人も着いたんだ。ちなみにあの子、アクたんの妹だよ」

「マジか!」

あれ、そういえば『今ガチ』の時にはアクたんはルビーの話はしてなかったんだっけ?

「やっぱ遺伝子強えな、親の顔見てみたい」

「絶対美人だろうな…」

「すごーい、アクアの妹ちゃんめっちゃ可愛いしアイさんもすっごく美人…私本物見たの初めてだよ」

絶対口には出せないけど、まさに今そこと楽屋で親の顔見れるんだよねぇ……絶対口には出せないけど!


─────────。


ママとミヤコさんと一緒に、パパやお兄ちゃん達が舞台公演をするステージアラウンド…?って所にやって来た。
指定された私達の席を探して座ると、周りは何だか物々しい雰囲気の人達ばかり。

「なんか周りの人、雰囲気ある人が多いね?」

「そうだねー、あの人とか撮影現場で見たことあるよ」

「劇場の後ろの方は大体関係者だからよ、客の反応を見るにはやっぱり後ろじゃないとね」

へー、そうだったんだ。って事はそんな人達と一緒の場所に座ってる私達も関係者扱い、で良いのかな。なんか…

「「偉い人になったみたいで気分良いねっ」」ドヤ

「2人してドヤらないの」

だって見方によってはVIP待遇みたいなもんじゃない?マ…おっと危ない、アイさんならともかくとして、私はまだ芸能人としては駆け出しも駆け出し、そんな待遇なんて到底されないからちょっとわくわくする。

(あれ?)

初めての演劇舞台なのもあって辺りを見回していると、私達より二つ前くらいの席に知ってる姿の人が居た。

「カントクだ、相変わらず怖い顔ー」

「あら本当ね、アクアが呼んだのかしら」

「最近はずっとカントクさんの所で特訓だったもんね。アクアくんもその成果を見てほしいんだろうなー」

へー、今のお兄ちゃんにしてはかなり珍しい…。小さい頃に役者としての自分を見限ってからは他の人に演技を見てもらおうなんて事はしてなくて、私達でさえまともに見た事なんて数える程しかない。

お兄ちゃん、今回の舞台にはそれだけ入れ込んでるって事なのかな。



「……」

早熟と黒川あかね……あの日以降、あの2人には教えられるだけの事は教えたつもりではいる。
結局早熟の心的外傷については、根本的な解決には至れていない。この舞台で例のパニックが出たら一巻の終わり、感情演技をやろうとすればするほどにそのリスクは高まる。

だが……

(あれだけ演技に対してマジになるあいつを見るのはいつ振りだろうな)

まぁなんとかするんだろ?お前だって一端の役者、曲がりなりにも弟子なんだから。


───舞台演者控室


「「…………」」

もうすぐ本番が始まる為、控室で全員がメイクを施してもらい、衣装を身に纏う。
準備が整った私『鞘姫(黒川あかね)』と、『つるぎ(有馬かな)』が互いに視線を交わす。
数秒程度見つめ合った後、かなちゃんが口を開いた。

「かつて天才だとか持ち上げられた私と、今まさに天才とか言われてるアンタ。悔しいけど意識はしちゃうのよね。
こんな事言うのもちょっと癪だけど、アンタとまた演るのを楽しみにしてたのよ」

そう言うとかなちゃんは舞台の方へと進めていた足を止め、強い決意が込められたような顔を私に向けて続ける。

「ここでアンタに勝つ。それで誰にも私を、もう『元天才子役』だなんて呼ばせなくしてやるから」

そこまで言い切ってからかなちゃんは踵を返し、再び舞台の方へと歩いていってしまった。

…………。

「…私も、かなちゃんと演るの楽しみにしてたよ」

ず──っと、ず─────っと、楽しみにしてたんだから。
かなちゃんが視界から消えたので、私達も早く行こうとアクアくんの方に振り返る。

が、その当の彼の姿は見当たらず、メルトくんの姿しか見当たらない。

「あれ…アクアくんは?」

「個室の方に居るよ。なんか最近ずっと何かやってんだよな、瞑想?精神統一?みたいなの」

「ふぅん?」

緊張してるのかな。まぁ気分の作り方や整え方なんてのは人それぞれだ、役者の中にも本番前は1人になりたいなんて人も度々見かけるし。



「っ……」

俺は今個室で1人、感情演技をする為に必要な一種の精神操作のような事を行っている。

目を閉じ、精神を研ぎ澄まし、あの日の光景を…俺の中に根深く残り続けるトラウマを強制的に想起し、呼び起こす。

「!!……ハッ…ハッ…」

メンタルコントロール、エクスポージャー療法……カントクの所で色々試してはみたのだが、『コイツ』の激情は全然抑えられない。
煮えたぎる様な怒りと後悔、凍りつく様な悲しみと無力感、今でも細部まで鮮明に思い出せる記憶が欠片でも脳裏を過る度に、パニック症状が出そうになる。
それまでがどれだけ明るい感情に満たされていようとも、一瞬で引き戻される。

(……だけどそれで良い)

これで良い。
俺はあかねや有馬、姫川さん達に比べれば才能があまりにも足りない。ならその部分をどう補うか。
使えるものは全部使う。それが俺の演り方だ。

自分の傷の1つや2つ、上手く使えずに偉そうな事言ってんじゃねえぞ。

さぁ、開幕だ。全部出しきってやるよ。



◇◆◇◆◇◆



───『東京ブレイド』の物語は、主人公が一振りの太刀を手にする事から始まる。


「なんだ、これ…光って……!」

「ウチは剣主の1人、『つるぎ』様だ!その『盟刀』を捨てて逃げるか、私と戦うか選びな!」


極東に集った21本の刀、『盟刀』……。それは持ち主の様々な力を与える。
主人公・『ブレイド』が手にした『盟刀』、冠する名は『風丸』。その名が示すように、持ち主に吹き荒ぶ風のような速さを与え、刃が相手を斬り斃す速度はまさしく疾風の如し──


「やめてけれ!おら、まだ死にたくねぇだ!!」

「なら俺の方が強いと認めるか?」

「認めるだぁ!屈服する、アンタの方が強いだぁ!」


そして全ての『盟刀』が最強であると認めた者には国家を手にする程の力、『國盗り』の力がもたらされるという。


「この日本を盗めるほどの力ねぇ……良いじゃん。王様になってみたかったんだよね、俺。
俺が最強になって、この國の王になる!」


───以上が『東京ブレイド』の骨格となる設定だ。決闘で破れた者は命を奪われる事もあるが、そのまま配下に加わる場合も多い。


「クソ…アンタら強ェな……。
なぁ、俺も仲間にしてくれよ!アンタが王になった時、俺のポジションは将軍な!」


次々と敵を破り、仲間を増やしてゆくブレイド一行。
だが、徒党を組んで行動する者達は彼等だけではない。


「「「…………」」」


新宿を拠点とするブレイド達『新宿クラスタ』と、渋谷区を拠点として徒党を組んだ『渋谷クラスタ』の対立が第2幕となる『渋谷抗争編』。
そしてそれは、この2人の戦いから始まる──

「…どうしても戦わなきゃだめなんですか?親から無理矢理剣を与えられて、こんな戦いに巻き込まれて……。
僕は、戦いたくない……」

2.5の舞台では重宝されまくってる人気の役者、鴨志田朔夜。普段はヘラヘラした女好き、でも……芝居は上手い。

元々の性格とは真逆のキャラなのに原作の再現が完璧、演技力も十分過ぎる。
チクショウ……。


「鴨志田くんを紹介してくれたのはホントに助かった、あれは良い役者だ」

「気に入ってくれたなら良かったよ」

ついに当日を迎えた舞台『東京ブレイド』。僕と雷田君も関係者席に座り、舞台の行く末を見守っている。

「君があのララライを起用するあたり、あまり2.5のルールに縛られない舞台にするつもりだと思っていたけど」

「もちろんそこも狙ってる。新規のお客さんには2.5のファンじゃなくて、演劇そのもののファンになってほしくてねー。
だからこう……既存のルールを守りつつ…程よく壊しつつの塩梅を狙えたら最高じゃない?」

ふぅん?まあ確かに、演劇の方に興味を持ってもらえる方が長い目で見るとありがたいね。
だからこそのララライ起用なんだろうけど、やっぱり流石と言う他無いね。鴨志田君の原作リスペクトは2.5界隈の中でも水準が高く、2次元のキャラを現実へ持ち上げるノウハウの塊だ。手本としてこれ以上のものはない。
ララライの役者達も彼から学べるものは多いと直ぐに気付き、乾いたスポンジの様に2.5の作法を吸い取っていった。

「やっぱり鏑木ちゃんに頼んで正解だったよ」

「そりゃ良かった、仲介した甲斐があるよ」

「有馬くんもアクアくんもレベルが高いし、鏑木ちゃんのキャスティングには信頼を置いてるんだけど……」

そこで雷田君は口を閉じ、舞台上に視線をやる。
視線の先に居るのは、今回『キザミ』役を受ける事になった鳴島メルト君。

「彼だけは…ちょっと分からなかったかな」

……。

「そこまで知名度がある訳でもなく、演技力はベテランと並べられるものじゃない。かろうじて及第点に指先が届くかどうか……。
『今日あま』の演技見て彼だけは無いなって思ったんだけど、彼は鏑木ちゃんのゴリ押しで決まった所あるじゃない?」

どうしてなんだと雷田君が僕に訪ねる。正直な話、起用を決めた段階では彼に演技の才能は求めていなかった。
ならどうして彼を連れてきたのかって?まぁ理由はあるよ。それは……

「ただの私情だよ」

「私情て……」

「世の中そんなもんでしょ?空いてる席があったら気に入ってる子をねじ込むもんだ。
顔も良いし声も良い、演技の方は時間をかけて上手くなればいいしね」

「人の舞台を稽古場に使わないでよ…」

はは、それを言われると耳が痛いね。
でもああは言ったものの、僕も失敗を前提に彼を大事な舞台に連れてきたつもりは毛頭無い。当然、彼でこそ引き出せる『要素』があると踏んでの起用だ。

「君も気に入ると思って推したまでだよ、だって君も好きでしょ?がむしゃらに努力する子」


「負けねえぞこらぁあぁ!!」


「おお」

「ほら、『今日あま』の時の彼じゃあない」

僕は知っている、彼が使っている木刀にだけ多くの血が染み込んでいる事を。

「今の彼は必死に演技と向き合ってる。こういう子がね、爪痕を残すもんなんだよ。
彼のキャスティングが失敗だったかどうかの判断はきっと、彼女が下してくれる」

そう、今この場にはあの人も来ている。


「…………」


役者としての『鳴島メルト』を世界一厳しい目で見ている人、吉祥寺頼子先生がね。
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