脳裏のFantasma


「ふーん、お化け屋敷。私と一緒に入りたいと仰るのね」
「せっかくの新アトラクションだからね!ジェン子もどう?」
ジェン子……ジェンティルドンナの私だけのあだ名である。そんな彼女と今日は気晴らしに遊園地へ来ていた。ほとんどのアトラクションは体験した事があり、あとは最近新設されたお化け屋敷のみであった。

「……行く意味がありませんわ。あのような子供騙しをただゆったりと歩くだけだなんて」
「子供騙しって……あ、もしかして怖いの?」
「なんですって?」
無関心な表情から一転、ムッとして私に目を向けて来る。最初はジェン子に凄まれると何も言えなかった。しかし、どういった言葉で彼女に発破を掛けられるか、それを試行錯誤するごとに彼女に睨まれるのも慣れてきた。

「ムリしなくていいよ?どうせレースの強さとは関係ないし、私とジェン子の仲なんだから弱みくらい一つ二つあっても」
「誤解しないで頂きたいわね。では、驚いた反応が大きい方が相手の気が済むまで言う事を聞く……賭けてもよろしくてよ?」
強がりなのか、そんな事を言ってのけるのは相変わらずだ。

「へ〜言ったね?後悔しないでね?」
「それは私の台詞よ」
係員にチケットを渡し、強気な心持ちでお化け屋敷へ入っていった。

『おかえり…』
「!?」
入口から差し込む陽の光が無くなったところで、いきなり不気味な声が耳に吹き込まれ、思わず身震いする。
「ねぇ…ジェン子。手、繋いでいい?」
「あら、早くも王手かしら?」
「逸れないようにしたいだけ!」
嘘だ。本当はこの時点で不安しかない。それでも敢えてジェン子に顔を向けず、彼女の手を握った。

『アハハハハハハ!』
「ひっ!?」
バタバタと忙しなく階段を下りる音と、子供の笑い声。あまりのリアルさに声にならない悲鳴を上げかける。しまった、王手どころかチェックメイトかもしれない。一方顔は見えないもののジェン子の方は変わらず静かである。

『ぎゃああああっ…!』
「な、何!?」
しばらく進むとテレビがあった。砂嵐で見えづらいが、その向こうには生まれたばかりであろう赤ん坊が泣いている映像があった。

『おかあさ〜ん!』

「ああああああああああっ!!?」
突然後ろから顔を掴まれ、喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げて猛ダッシュした。必死で走っている中、それでもジェン子の手だけは絶対離さなかった。

「はぁ…はぁ…終わった…って、私の大敗だねこれじゃあ…」
ようやくお化け屋敷から出た。思えばジェン子がノーリアクションな一方で、私はビビりまくっていた。
「凄いよジェン子、こういうのに慣れて……ジェン子?」
ヤケに手が震えているのが握られた自分の手から感じられる。そこで初めてジェン子の顔を見た。

「……!」
「あっ…ジェン子…」
泣いていた。大粒の涙を目に浮かべ、少し呼吸を荒げて、手どころか全身が震えているのも一目瞭然だった。

それでも、彼女は決してリアクションを出さなかった。こんなところでも自分の意地を貫こうとする、そんな強さに改めて感心せざるを得ない。

「うん……私の負け。何して欲しい?」
「……撫でて」
「えっ?」
そう呟くとジェン子は瞳を閉じ、涙が伝う顔をこちらに寄せた。
「ふふっ、いいよ」
レースでは凄みがすごいジェン子。それがここでは年相応の女の子だ。微笑ましく思いながら彼女の頭を撫でた。

「こうしていると…夜1人で眠れなかった時に、お姉様に寝かしつけて頂いた事を思い出すわ…」
「私も、なんだか本当の妹が出来たみたい」
言葉通り、側から見れば妹をあやす姉の様だ。誰が見てもジェン子がいたいけに見えてしまうだろう。

それでも私は何度でも言う。ジェン子はレースでも、女性としても強い。そんな彼女を支え、ついて行けるのは、私しかいないと。
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