「人形の診療録(オネットのカルテ)」


題名:人形の診療録(オネットのカルテ) 作者:草壁ツノ

<登場人物>
ファインド:不問 街で医者をしている青年。ふとした出会いからオネットの人生に向き合うことになる。
オネット:女性 街の外れにある一軒家で暮らしてる女性。自分は人間では無いと言う。
モーギス:不問 オネットの身の回りの世話をする、人の姿をしたロボット。
祖父/祖母:不問 オネットの祖父/祖母。彼女が幼い頃に亡くなってしまった。モーギスを作った人物。
親戚:不問 オネットの親戚。祖父/祖母の葬儀の場で彼女の心に傷を負わせる発言をする。
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<役表>
ファインド:不問
オネット:女性
モーギス+祖父/祖母+親戚:不問
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*注意点
・「祖父/祖母」役は、演じられる方の性別に合わせてキャラクターの性別を変えて下さい。
・「祖父/祖母」のどちらをやられるかで、一部のキャラの台詞部分(例:お爺ちゃんorお婆ちゃん)に変更がありますので、ご注意下さい。
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■利用規約
・アドリブに関して:過度なアドリブはご遠慮下さい。
・営利目的での使用に関して:無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見について:お気軽にお寄せ下さい。Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
・両声類の方の利用について(2021/11/11追加)
 演者の方ご自身の性別を超える役のお芝居はご遠慮しております。

 可能:「不問」と書かれているキャラクターを「キャラクターの性別を変えずに演じる」こと
 不可:「男性」と書かれている役を「女性かつ両声類」の演者が演じること
    「女性」と書かれている役を「男性かつ両声類」の演者が演じること

 ご意見ある所でしょうが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。
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ファインド:「(扉をノックする音)
      ごめんください。どなたか居らっしゃいませんか?
      (地図に目を落としながら)......おかしいな、この家であってるはずなんだけど」

とある町外れ。一人の青年が、一軒の家の前で足を止めている。

ファインド:「ごめんください、ごめんください。
       連絡をいただいた医者のファインドです、どなたかいらっしゃいませんか?」

何度か扉を叩いたが、返事はない

ファインドM:――ある日、医者である僕の下(もと)に一通の手紙が届いた。
  
オネットM:《あなたに診て欲しい子がいます。どうか、あの子を助けて下さい.――》

ファインドM:その内容は一刻(いっこく)を争うものだった。
       だから慌てて駆け付けたのに、着いてみたら肝心の住人が留守なのである。
       全く、どうなってるんだ。

ファインド:「......仕方ない、今日のところは諦めて......うん?」

来た道を引き返そうとした所で、背後からカチャリ、と扉の鍵が開く音がする

ファインド:「(振り返る)......今、何か音がしなかったか?
      (間)
      (驚く)......扉に鍵がかかってないじゃないか。不用心にも程があるぞ......。    
      (咳払い)あの、ごめんください。依頼を受けて来たファインドです。
      どなたかいらっしゃいませんか?」

扉の外から声を掛けてみたが、誰からも返事も無い

ファインド:「......返事は無しか。すみません、上がらせて貰いますよ。
       (間)
       なんだ?......時計の針の音がたくさん......
       (店内を見て驚いた様子で)......これは、すごいな。時計店、いや骨董品(こっとうひん)店か?」

家の中には古めかしい品々が辺り一面に置かれている
ファインドは近くに置いてあった白い置物を手に取る

ファインド:「(置物を手に取って)街の近くにこんな店があったなんて、知らなかったな。
       ......どれも見たことが無い物ばかり......値札はどこだ?」

置き物を手に取って観察していると、誰かが部屋を訪れる

オネット:「......あの、どなたですか?」

ファインド:「(驚いて物を滑り落としそうになる)うわっ。わっとっと......!」

オネット:「だ、大丈夫ですか......?」

なんとか置物を落としそうになるのを受け止める

ファインド:「(安心の溜め息)だ、大丈夫です。......それより、
      許可も取らずに勝手に店の物に触れてしまい、すみません」

オネット:「......気にしないでください。......ただ、壊れやすいので気を付けて」

ファインド、置物を元の場所に戻す

ファインド:「(咳払い)僕は医者のファインドです。依頼の手紙を下さったのは、あなたですか?」

オネット:「そうです。初めまして、先生。私がオネットです」

ファインド:「こちらのお宅に、緊急の患者がいると伺いました。その方は、今どちらに?」

オネット:「(思い出したように)その子なら、ここに居ます」

彼女は頷き、ハンカチに包まれていたものを差し出す

オネット:「先生に診て貰いたいのは、この子です」

彼女が手に乗せて見せて来たのは、手のひらに収まる大きさの白い鳥の玩具(おもちゃ)だった

ファインド:「(状況が理解出来ない)......あの。これは......?」

オネット:「私が大事にしている、ジョルジュです」

ファインド:「えっと、念のために確認しますが。......これは、その。玩具(おもちゃ)ですよね?」

オネット:「(不思議そうな顔)......? そうです」

ファインド:「......あの、繰り返し確認になってしまい恐縮ですが。
       もしや、手紙で《助けて下さい》と書いていたのは......?」

オネット:「この子のことです」

ファインド:「......なるほど。急用が出来ました。僕はこれで失礼します」

オネット:「せ、先生。待って下さい」

ファインド:「......あのですね。僕の仕事は人間を治療することです。
      骨董品の修理のことでしたら、その道の職人に頼んで下さい」

オネット:「......先生以外にも、頼んだんです。......ですが、みんな断られてしまって」

ファインド:「(困った様子で)......だからと言って、何故、医者の僕に手紙を出したんですか?」

オネット:「......大切な誰かが怪我をした時、お医者様に診て貰うのが一番だって......だから、あなたを」

ファインド:「医者は何でも屋じゃ無い。それに、思い入れのある代物(しろもの)かもしれませんが、
       物だったら、またどこかで買い直せば済む話でしょう?」

オネット:「......私にとって、この子の代わりは居ません。とても大切な子なんです。
      もし、先生で駄目だったら諦めます。だから、どうかお願いします、先生......」

ファインド:「......(諦めて溜め息)分かりました。ですが、あまり期待はしないで下さいよ」

オネットの手から、白い鳥の玩具(おもちゃ)を受けとるファインド

ファインド:「......これ。この翼の部分にヒビがありますね。なにか心当たりは?」

オネット:「......昨日、この子を飛ばした時に、高い所から落ちてしまって」

ファインド:「なるほど......恐らくそれが原因ですね。
       とりあえず、このひび割れを、何かで補修してみましょう」

オネット:「補修......ですか?」

ファインド:「ええ。オネットさん。ご自宅に、接着剤か何かはありますか?」

オネット:「ちょっと、待ってください......(接着剤を渡す)あの。これでどうでしょうか」

ファインド:「(受け取る)うん。これなら大丈夫なはずです――少し、待って下さい。
       ――よし、出来ました。試しに発条(ぜんまい)を巻いてみて貰えますか?」

オネット:「はい......」

オネットが、玩具の体を優しく持ち上げ、その螺子を巻く。
鳥の玩具は羽根をパタパタと動かし始め、店内を飛び回り始めた。

オネット:「(穏やかな笑顔で)飛んだ......良かった。元気になったのね、ジョルジュ......」

ファインド:「(思い出したように)あ、まだ接着剤が乾いていないので、一旦止めて下さい」

オネット:「分かりました。(玩具を受け止める)......ありがとうございます、先生」

ファインド:「いえ、実際大したこと無いものだったので、僕でもなんとかなっただけです」

オネット:「......先生。ジョルジュだけじゃなく、他にも診て貰いたい子が沢山いるんです......お願い出来ませんか?」

ファインド:「......申し訳ありませんが、僕も忙しい身です。
       今回は特別に引き受けましたが、次回からは別の方を探して下さい」

オネット:「(落ち込んだ様子で)先生......」

ファインド:「(慌てる)な、泣き落としは効きませんよ。それに何度も言うようですが、僕は医者です。玩具の修理屋じゃない」

オネット:「けど、あなたはこうしてジョルジュを治してくれました」

ファインド:「この程度、治した内には入りません」

オネット:「(落ち込んだ様子で)先生......」

ファインド:「......」

オネット:「(落ち込んだ様子で)せん……」

ファインド:「(遮るように)ああもう、分かりました。分かりましたよ!
       (溜め息)ただ、今日はもう遅いので、また明日(あす)伺う形でも良いですか?」

オネット:「(微かに嬉しそうに)ええ。それで、構いません。
      これから、よろしくお願いします。ファインド先生」

ファインド:「(小声)どうしてこんなことになってしまったんだ......」

ファインドM:こうして、ここから僕の彼女に対する、奇妙な経過観察の日々が始まった。

※シーン切り替え

オネットM:経過観察(けいかかんさつ)、1日目。
     《人間》について。

ファインド:「(扉をノックする)ごめんください。オネットさん、いらっしゃいますか?
       昨日伺った、医者のファインドです。
       (溜め息)......また反応が無い。相変わらず、客を迎える気がまるでない家だ」

モーギス:「はァイ!少しお待ちくだサイ~!」

ファインド:「(不思議そうに)......昨日のオネットさんとは違う声だ。誰だ......?」

扉が開かれると、ファインドの目の前に中性的な顔立ちの員物が現れる

モーギス:「遅くなってすみまセン! どちら様デスカ?」

ファインド:「(勢いに圧される)えっと、僕は医者の......」

モーギス:「アア、もしかしてあなたがファインド様デスカ? 昨日、オネット様からアナタの話は聞いておりマス」

ファインド:「あの、失礼ですがあなたは、オネットさんとはどういうご関係で?」

モーギス:「......アッ! (小声)シマッタ。こういう時は、ナント説明する決まりデシタッケ......」

ファインド:「(怪訝な顔で)......御兄弟、ですか? それとも、親戚?」

モーギス:「(困った様子で)アッ、エ~~ット、ソノ~~」

扉の奥からオネットも姿を現す

オネット:「モーギス、誰か来たの?......あ、ファインド先生」

ファインド:「こんにちは」

オネット:「来てくれたんですね」

ファインド:「(溜め息)呼ばれたからには来ますよ。ところでオネットさん。こちらの方は一体?」

オネット:「紹介します、先生。この子はモーギス、私の家族です」

モーギス:「モーギスデス。初めまして、ファインド様。以後お見知りおきヲ」

ファインド:「ああ......よろしく」

オネット:「そう言えば、先生はもうご飯は食べましたか?」

ファインド:「え? ああ……そう言えば、今日は午前中予約が立て込んでいたので......」

モーギス:「なんと。ちょうど家(うち)でもこれからお昼ご飯の時間なんデスヨ~!」

ファインド:「おっと。それは間が悪い時に来てしまったな......また、時間を置いて伺います」

オネット:「あの。良ければファインドさん、家(うち)でお昼ご飯、食べて行きませんか?」

ファインド:「え? いや、それはさすがに悪いですよ」

モーギス:「いい考えデス、オネット様! みんなでご飯を食べることは、食事を美味しくする秘訣デス!」

オネット:「ね、先生。モーギスもこう言ってますし」

ファインド:「......それじゃあ、お言葉に甘えて」

オネット:「(少し嬉しそうに)ええ、ぜひ」

モーギス:「了解デス! すぐに準備するので家に上がってお待ち下サイ~!」

モーギスが料理の準備をするために離れる

ファインド:「あの......ところで、オネットさん?」

オネット:「なんですか?」

ファインド:「あちらのモーギスさんという方は、オネットさんのご家族なんですよね?」

オネット:「ええ、そうですよ」

ファインド:「それにしては、あまり似ていないようですが」

オネット:「モーギスは......家族と言っても、私と血の繋がりはありませんから」

ファインド:「......あ、すみません。込み入った事情があるんですね。ついついズケズケと聞いてしまって――」

オネット:「モーギスは発条(ぜんまい)で動く人形です」

ファインド:「......え?」

オネット:「ほら、先生。モーギスの背中を見て。発条(ぜんまい)が見えるでしょう?」

ファインド:「......」

モーギス:「(鼻歌)」

ファインドM:確かに、モーギスの背中には、キリキリと回り続ける発条(ぜんまい)がついていた。
       人間味の無い少女と、発条(ぜんまい)で動く人形の家族。
       僕は改めて、とんでもない所に来てしまったのかもしれないとそう思った。

※シーン切り替え

同じテーブルを囲んで食事を摂る、ファインド、オネット、モーギス

ファインド:「(驚く)これは......確かに、美味いな」

モーギス:「(嬉しそうに)それは何よりデス」

ファインド:「(小声)ちゃんと食べれる物が出て来て、良かった......」

モーギス:「何か言いましたカ?」

ファインド:「(慌てる)あ、いや。何でもない。
       そう言えば、オネットさんは好きな食べ物は何かありますか?」

オネット:「好きなもの......(少し考えて)......お水?」

ファインド:「(困った様子で)水は食べ物では無いですね」

オネット:「(困った様子で)そうですか。けど、私......あまりお腹空かないから……」

ファインド:「モーギス。オネットさんは、普段からあまり食事を摂(と)らないのか?」

モーギス:「そうですネ。オネット様は少食ですし、偏食家ですカラ。
      なので時々私がこうシテ、お菓子やスープを作っテ、何とか食べさせているのデス」

ファインド:「なるほどな......それにしても、すごい数の料理だな」

モーギスが作った料理が、テーブルいっぱいに並んでいる

モーギス:「お客様が来るなんて滅多にありませんカラ、はりきって作っちゃいまシタ」

オネット:「モーギスは料理がすごく上手なの。(笑う)いつも私が食べきれないぐらい、たくさん作ってくれるのよ」

モーギス:「オネット様はお体が細すぎるのデス、モーギスは心配デス」

オネット:「そう言えば、先生は食べ物だと何が好き?」

ファインド:「僕ですか? ......そうだな。しいて言えばサンドイッチかな。あと、珈琲」

オネット:「珈琲?」

ファインド:「オネットさんは、飲んだことありませんか?」

オネット:「......昔、よく......」

ファインド:「?」

オネット:「あ、いえ。なんでも無いです」

鞄から水筒を取り出し、容器に珈琲を注ぐ

ファインド:「僕が普段持ち歩いているものですが。良ければ飲んでみますか?」

オネット:「いいんですか?」

ファインド:「ええ、もちろん」

オネット:「......いただきます」

ファインド:「どうぞ。......どうですか?」

オネット:「.......あまり、美味しくないですね。でも......なんだか懐かしい味がします」

※シーン切り替え

片付けをしに席を外したモーギス、ファインドとオネットの会話

オネット:「そう言えばファインド先生。聞いてみたかったことがあるんです」

ファインド:「僕に? なんですか?」

オネット:「――先生は」

ファインド:「?」

オネット:「先生は、私のこと――人間だと思いますか?それとも、人形?」

ファインド:「(怪訝そうに)随分、唐突な質問ですね。どうしてそんなことを僕に聞くんですか?」

オネット:「先生だったら、なにか答えをくれそうだと思ったから」

ファインド:「......あなたは人間でしょう? 人の姿をしているし、僕と会話が出来ているじゃないですか」

オネット:「《それ》を満たしていることが、人間の条件だということ?
      それだったら、モーギスも人間ということになるけれど」

ファインド:「(悩む様子で)......そもそも、オネットさんは、ご自身が人間じゃないと思っているのですか?」

オネット:「(少し寂しそうに)......はい。そう思ってます」

ファインド:「(怪訝そうに)どうしてそんな風に思うんですか?」

オネット:「(少し寂しそうに)......私、人間に感情移入が出来ないんです」

ファインド:「感情移入が出来ない......?」

オネット:「(頷く)普通なら、子供を見れば優しい気持ちになったり、誰かの恋が実れば幸せな気持ちになったり。
      大切な人の死を悼(いた)んで、悲しい気持ちになったりするでしょう?
      けど、私は……そんな人達を見ても、何も心が動かないんです」

ファインド:「......」

オネット:「でも、物(この子)たち相手なら、私はとても気持ちが揺れ動くんです。
      愛しい気持ちや、悲しい気持ち......そんな、色んな気持ちが。
      (少し辛そうに)昨日、先生に見て貰ったジョルジュ、覚えていますか?
      あの子が動かなくなった時、私はもう、死んでしまいそうな気持ちになるほど辛かった......」

ファインド:「物(彼ら)にしか感情移入が出来ないから、自分が人間では無いと?」

オネット:「......そうです」

ファインド:「......オネットさん。人それぞれ、何に感情移入が出来るかは違うものですよ」

オネット:「......先生は、自分自身のこと。いつ、人間だと実感しましたか?」

ファインド:「それは......いつだろう。さすがに覚えていません」

オネット:「先生はもし、自分の大切な誰かに不幸があったら......
      悲しい気持ちになりますか? その人のために、涙を流すことは出来ますか?」

ファインド:「......その人が、自分の大切な人だと言うのであれば。恐らく」

オネット:「......ねえ、先生?」

ファインド:「なんですか?」

オネット:「何を満たしていれば、人は人と呼べるの?
      何を失ってしまえば、人は、人では無くなるの......?」

ファインド:「それは......」

オネット:「涙を流すこと? 感情があること? それとも――心があること?」

ファインド:「(自嘲気味に)......それが分かれば、僕は今頃、論文を書いて研究者になっていますよ」

オネット:「......先生でも分からないことって、あるのね」

ファインド:「当たり前です。ただ――《何かを持っていれば人間》。《何かを持っていなければ人間では無い》。
       そんな風に枠にはめることが出来ないものだと、僕は思いますよ」

オネット:「……そっか。ありがとう、先生」

※シーン切り替え

ファインドM:経過観察(けいかかんさつ)、2日目。
       彼女について。
 
オネットの家、彼女が席を外している間に部屋の本棚を眺めているファインド

ファインド:「それにしても、すごい数の本だな。どれどれ......。
       ......どれも古いけれど、状態がとても良い。この本の持ち主が、大切に読んで来た証拠だろうな」

オネット:「こんにちは、先生」

ファインド:「こんにちは、オネットさん。体調はどう?」

オネット:「いつも通り。先生、今日も先生に直して欲しい子たちを連れて来たの」

ファインド:「分かりました。それじゃあ診てみるとしましょうか」

※シーン切り替え

縫いぐるみを抱いて、ソファで眠っているオネット。ロボはその体に毛布をかけている

オネット:「(穏やかな寝息)」

ファインド:「こうして寝ていたら、普通の女の子にしか見えないな……」

オネットM:――先生は私のこと、人間だと思いますか?
      何を満たしていれば、人は人と呼べるの?
      何を失ってしまえば、人は、人では無くなるの......?

ファインド:「......あまりにも難しい質問だ」

オネット:「(寝言)んん……お爺、ちゃん」

ファインド:「……夢を見ているのか」

モーギス:「アア、ファインド様。オネット様の相手をして下さりありがとございマス」

ファインド:「(笑う)さすがにもう慣れたよ」

モーギス:「最近、オネット様は毎日楽しそうにしてイマス」

ファインド:「そうなのか? 何か、良いことでもあったのかな」

モーギス:「(笑う)あなたが来てからデスヨ、ファインド様。
      あなたが家(うち)に来るようになってからというモノ、オネット様は随分と表情豊かになられマシタ」

ファインド:「(笑う)本当かどうかは分からないけど、それは何よりだ。
       それはともかく、モーギス。君に聞きたいことがあるんだ」

モーギス:「はい、なんでショウ?」

ファインド:「......彼女は、僕に《自分は人間では無い》と言ったんだ。
       それに、《人間に感情移入が出来ない》とも言っていた。
       僕は、彼女がどうしてそんなことを言うのか、その理由(わけ)が知りたい」

モーギス:「......詳しいことは、私にも分かりまセン。
      タダ、オネット様が今のように変わられたのは、彼女のお爺様/お婆様が亡くなられた頃デシタ」

ファインド:「――亡くなった?」

モーギス:「エエ。オネット様が、まだ幼い頃ニ。
      ......元々、この家は、私と、オネット様。それとお爺様/お婆様の三人で暮らしていたのデス。
      その頃のオネット様は今と違い、いつも楽しそうに笑う普通の女の子デシタ」

ファインド:「......今の彼女からは想像もつかないな。つまり、そのお爺さん/お婆さんが亡くなってしまったことが、
       今の彼女の人格形成に、何か関わっているかもしれないと言うことか?」

モーギス:「恐らく、そうだと思イマス」

ファインド:「そのお爺さん/お婆さんは、何故亡くなったんだ?」

モーギス:「病気、デス。高齢でもありましたガ、心臓を悪くされてイテ」

ファインド:「そうか......その、彼女のお爺さん/お婆さんは、どんな人物だったんだ?」

モーギス:「寡黙で、あまり会話をされない方でシタ。
      それに物を集めるのが好きな方デ、この家にある物は全て、お爺様/お婆様が集められた物デス。
      あと、自分で物作りもされる、手先が器用な方デシタ」
      
ファインド:「ひょっとして、モーギスを作ったのも......?」

モーギス:「そうデス。お爺様\お婆様の手で作られたのが、この私、モーギスデス。
      会話が得意ではないお爺様/お婆様の代わりに、私がオネット様の話相手として作られまシタ」

ファインド:「なるほどな......話を聞いている限り、それほど気になる所も無いな。
       お爺さん/お婆さんが死んでしまったことに、ショックを受けたんだろうか?」

モーギス:「分かりまセン。ただ、オネットサマは繊細で、些細な物事にでもひどく心を痛めてしまうお方。
      余程、オネット様の心を傷つける程の何かが、あの日にあったのかもしれまセン」

ファインド:「そうか、ありがとう。もう十分だ」

モーギス:「ファインド様。私からもひとつ、お願いがアリマス」

ファインド:「なんだ?」

モーギス:「これからも定期的に、オネット様の様子を、見に来てはいただけまセンカ?」

ファインド:「何故僕にそんなことを? 彼女は別に病気のようには見えなかったが......」

モーギス:「それは、私がいつまで、オネット様の側(そば)に居られるか分からないからデス。
      私はお爺様/お婆様によって作られた、不安定な存在。何がきっかけでその最期を迎えるか分からナイ。
      ......死ぬことは、怖くないのデス。
      ただ、もし私が居なくなった後、オネット様がこの広い家に一人ぼっちになったらと思うと......
      私は、不安で不安でたまらないのデス」

ファインド:「……参ったな。そんなことを言われても、僕になんのメリットも無いじゃないか」

モーギス:「(悲しそうに)......」

ファインド:「(少し考える)......そうだな。それなら――今後、僕がいつ来た時でも、朝昼晩と食事を振舞ってくれること。
       それが、君の頼みを引き受ける条件だ。どうだい?」

モーギス:「も、勿論デス。それぐらいのこと朝飯前デス」

ファインド:「それじゃあ交渉成立だ。......これからも定期的に、僕は彼女の様子を見に来る。だから安心してくれ」

モーギス:「アア......ありがとうございマス。あなたはトテモ、心の優しいお方ダ」

※シーン切り替え

オネットM:経過観察(けいかかんさつ)、5日目。
      感情について。

ファインドM:あくる日。家の中で甲高い音が響いた。
       モーギスが誤って、彼女が大切にしていた物を、幾つか床に落として壊してしまったのだ。
       床中に、割れた破片や部品が散らばっているのを見て、珍しくオネットさんがモーギスに怒っている。

オネット:「モーギス、あなた......あなた。なんてことをしたの」

モーギス:「アア、オネット様。大変申し訳ありまセン......大切な、お友達ヲ」

オネット:「そうよ......みんな、とても大切な友達......みんな痛がっているわ」

ファインド:「オネットさん。モーギスもわざとやったわけじゃ無いんだから、怒ることは無いだろ」

モーギス:「スミマセン、スミマセンオネット様......」

オネット:「......」

ファインド:「とにかく、モーギスもこうして謝っているんだから。
       君もモーギスにきつく当たったことを謝るんだ。さあ」

オネット:「先生には、関係ありません。これは私達の問題だから、先生は口を挟まないで」

ファインド:「オネットさんいい加減に――」

オネット:「いいから! もう放っておいて!(頭を押さえて床に座り込む)――ッ、頭、痛い......ッ」

オネット、そのまま気絶する

モーギス:「オネット様!?」

ファインド:「......大丈夫、気を失ってるだけだ。......急激に感情が高ぶって、脳に負荷がかかったんだろう。
       ベッドに運ぼう。モーギス、手伝ってくれ。あと、氷水と毛布を用意して。それから――」

※シーン切り替え

オネットM:声が、聞こえる。

親戚M:――あの子は《人間では無い》んだ

オネットM:私を呼ぶ、呪いの声が。

※シーン切り替え

オネット:「(目を覚ます)う......ここは......?」

ファインド:「目が覚めたかい?」

オネット:「先生......私、一体......」

ファインド:「モーギスが物を壊したことに腹を立てて、感情が高ぶりすぎた結果、君は気を失ったんだ。
       ――あの机の上、見てごらん。モーギスがあの後、不器用ながらに治したんだ」

視線の先には、モーギスが壊してしまった物達が、テープで元の形に復元されている

ファインド:「......君が眠っている間。モーギスが、ずっと謝っていたよ。
       《オネット様をお守りするはずの自分が、逆に傷つけてしまった》って」

オネット:「......そう。......ねえ、先生?」

ファインド:「なんだい?」

オネット:「先生は......なにか怖いものって、ある?」

ファインド:「また唐突な質問だな」

オネット:「どう?」

ファインド:「あるけど、......あまり人に教えたいとは思わないな」

オネット:「どうして?」

ファインド:「......良い大人がさ。怖い物があるって、なんだか格好悪いだろう」

オネット:「......私はあります、怖いこと」

ファインド:「......それは一体、何?」

オネット:「......私は、大事な物が私の側(そば)から居なくなっていくことが、怖いです」

ファインド:「......」

オネット:「先生は?」

ファインド:「(観念した様子で)――患者を、手術することかな」

オネット:「手術が怖いの? .......お医者様なのに?」

ファインド:「怖いよ。医者なんて、救えれば名医だけど、救えなければただの犯罪者さ。
       オネットさんは見たことがあるかい? 手術をしている時、患者は、穏やかな顔で眠っているんだ。
       言葉も発さない、感情も出さない。けれど......そんな状態でも生きているんだ。紛れもなく。
       僕はこれから、その人を救うためとはいえ、体に傷をつけないといけない。
       もし救えなかったとしたら、それは僕が殺したも同然だ。手術の前の日は、いつも怖くて震えているよ」

オネット:「......」

ファインド:「さて。僕の話はこれで終わり。満足して貰えたかい?
       ひとまず体調に問題は無いようだし、今日のところはこれで帰るとするよ。
       ――あ、ちゃんとモーギスとは仲直りするんだよ。分かったかい? それじゃ、お大事に」

※シーン切り替え

夜の庭先で休んでいるモーギスと、声をかけるオネット

オネット:「モーギス......いる?」

モーギス:「オネット様! アア、目を覚まされたのですネ。良かッタ......」

オネット:「......モーギス。さっきはひどいことを言ってしまって、ごめんなさい」

モーギス:「気になさらないでくだサイ。あれは怒られて当然。モーギスが悪かったんですカラ」

オネット:「......モーギス(抱きつく)」

モーギス:「(驚く)やや、オネット様? ......どうされましタカ。怖い夢でも見たのでスカ?」

オネット:「......モーギスは、居なくなったりしないよね……?」

モーギス:「……居なくなりませんヨ。私はずっと、あなたサマと一緒に居マス」

オネット:「モーギス……」

※シーン切り替え

ファインドM:経過観察(けいかかんさつ)、12日目。
       人の一生と、記憶について。

ファインド:ある日僕の下に、手紙ではなく、彼女が直接訪ねて来た。
      その足は素足(すあし)で、傷だらけだった。息も絶え絶えの状態で、彼女は僕に言った。

オネット:「ファインド先生......ッ、モーギスが、モーギスが......!」

※シーン切り替え

ファインドとオネットが町外れの一軒家にやってくると、モーギスが部屋の中で倒れてる

ファインド:「モーギス! 一体、どうしたんだ?」

モーギス:「アア......ファインドさん」

オネット:「(青冷めて震えている)いや、いや......」

ファインド:「何があった? 具合でも悪いのか?」

モーギス:「ファインドさん......これは......寿命、デス」

ファインド:「寿命......」

オネット、青い顔をして震えている

モーギス:「オネット、様......」

オネット:「モーギス......」

モーギス:「......自分が人間なのかどうかデ、悩んでおられたそうデスネ」

オネット:「……」

モーギス:「オネット様。もし私が人間だとしたら、あなたは嫌いになりますカ?」

オネット:「……そんなこと、無い」

モーギス:「(嬉しそうに)オネットサマ。大切なのは姿形ではなく、心の在り方......
      いつも心に正しくあれバ、あなたらしく、生きていけるはずデス」

オネット:「モーギス、待って。行かないで。分からない、分からないよ......
      心ってなに? 教えて、私に教えてよ......
      いつだって、分からないことは全部、モーギス。あなたが教えてくれたじゃない......」

モーギス:「......オネ、ット様......」

モーギス、目の光が無くなる

オネット:「......モーギス? ねえ、返事をしてよ。モーギス。ねえ、ねえったら......」

ファインド:「オネットさん。モーギスは、もう......」

オネット:「そんな......そんな、嘘よ。ねえ、先生。モーギスを治して。あなたなら出来るでしょう......?」

ファインド:「......すみませんが、僕の力ではどうしようも。申し訳ありません」

オネット:「そんな......嘘、嘘よ。ねえ、モーギス......」

ファインド:「......オネットさん」

オネット:「......今は、一人に......してください......」

ファインド:「......分かりました。家の外に居ますので、用があれば、また」

ファインドM:何が用があれば、だ。
       医者として一番肝心な時に何も出来ない自分の不甲斐なさを、この時は呪った。

※シーン切り替え

動かなくなったモーギスの側で、膝を抱えるオネットと、声をかけるファインド

ファインド:「......落ち着きましたか?」

オネット:「......はい」

ファインド:「......力になれず、本当に申し訳ありません」

オネット:「いいんです......先生は悪くない。きっと、誰も治せなかった」

ファインド:「......すみません」

オネット:「もし、お爺ちゃん/お婆ちゃんだったら......治せたのかな」

ファインド:「......お爺さん/お婆さんというのは、昔、オネットさんと一緒に暮らしていた?」

オネット:「そうです。......物作りが得意な人だったって、モーギスが」

ファインド:「......オネットさんは、その、お爺さん/お婆さんと暮らしていた時のことは......」

オネット:「(首を振る)覚えていません。私が随分小さい頃のことだったし......
      当時の写真も、まったく残っていなくて。どんな人だったかすら」

ファインド:「写真?(思い出す)そう言えば......ちょっと待って下さい」

引き出しから写真立てを見つけてオネットに見せる

ファインド:「この間、引き出しの中から、割れた写真立てが見つかったんです。
       ここに写(うつ)っているのは、あなたと、今話にあったお爺様/お婆様じゃ無いですか?」

オネット、写真立てを見て青ざめる

オネット:「(怖がるように)......い、いや......」

ファインド:「オ、オネットさん。どうしたんですか?」

オネット:「(頭を押さえる)嫌。頭が、痛い......思い出したくない......いや......」

ファインド:「オネットさん? 落ち着いて下さい。聞こえますか? オネットさん?」

※シーン切り替え

オネットM:忘れかけていた記憶がよみがえってくる。
      あれはそう――お爺ちゃん/お婆ちゃんが、亡くなる日のことだった。

ファインドM:経過観察(けいかかんさつ)、13日目。
       心について。

オネットM:あれは、寒い冬の日のことだった。
      その日は夜から雪が降っていて、私は一人はしゃいでいた。
      そして、はしゃぎすぎた結果――お爺ちゃん/お婆ちゃんの大事な写真立てを、割ってしまった。

祖父/祖母:「――オネット。この写真立てを割ったのは、お前か?」

オネット:「......わたしじゃないもん」

祖父/祖母:「......オネット。ワシは、これを壊されたことに腹を立てているのではない。
    自分の非を認めない、お前のその態度に怒っておるのだ」

オネット:「また、新しい物を買えばいいじゃない」

祖父/祖母:「そういう問題ではない」

オネット:「......私、外に出かけて来る」

祖父/祖母:「待ちなさいオネット。ワシの話はまだ終わっておらん」

オネット:「......お爺ちゃん/お婆ちゃんって、普段私と全然喋ってくれないのに、怒る時だけ喋るんだ。そんなに怒ることが、好きなの?」

祖父/祖母:「オネット、なんだその口の利き方は!」

オネット:「もう放っておいて!」

祖父/祖母:「っ!」

オネット:「お爺ちゃん/お婆ちゃんのバカ......お爺ちゃん/お婆ちゃんなんて死んじゃえ!!」

祖父/祖母:「待ちなさい、オネット! 待ち......(胸を押さえて蹲(うずくま)る)オ、オネット......」

※シーン切り替え

ファインドM:――オネットさんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
       彼女が叱られたことに腹を立て、家を飛び出したこと。
       その数時間後、不幸にも――お爺さん/お婆さんが病気で亡くなってしまったこと。
       後日、彼女のお爺さん/お婆さんの葬儀が取り行われたが、彼女はその場で泣くことが出来なかったこと。
       そして――

親戚M:見てごらん、あの子。
    自分のお爺さん/お婆さんが亡くなったというのに、《涙》一つ流してない。
   
    不気味だな。《感情》が無いのか。

    いや、きっと《心》が無いに違いない。
    
    あのお爺さん/お婆さん、いつも変な物ばかり作っていたし。
    (笑う)もしかしたら、あの子もそうなんじゃないか?
    
    そうか、それなら納得だ。きっと、あの子は《人間では無い》んだ――

オネットM:そっか、そうなんだ。私――《人間じゃ無い》んだ......

※シーン切り替え

ファインド:「――そうか。それで、君は記憶を封じたのか.....。
       お爺さん/お婆さんにひどい事を言ったこと、それを謝ることが出来なかったこと。
       そして、亡くなったお爺さん/お婆さんを前にして、涙が流せなかったことにショックを受けて......」

オネット:「......」

ファインド:「オネットさん、大丈夫ですか?」

オネット:「......思い出したくなかった......大好きだったお爺ちゃん/お婆ちゃんに、ひどい言葉を言ってしまった......
      謝ることすら出来なかった......お爺ちゃん/お婆ちゃん、きっと私を恨んで死んでしまったんだわ......」

ファインド:「オネットさん......涙が......」

オネット:「え?......(目元に触れて気付く)これが、涙? そう......これが、これが人間らしさなのね......」

ファインド:「......」

オネット:「こんな辛い気持ちになるぐらいなら......私は一生......人間になんてなりたくなかった......
      何もかも忘れたままで......人形として生きていたかった......」

ファインドM:僕は、無力だ。
       医者でありながら、これだけ傷ついている彼女にかけてやる言葉が見つからない。

       彼女は今、どんな言葉を求めている?
       君は人間だ? いや、そんな言葉じゃない。

       君は悪くない? 違う。それでは、彼女は救われない。

       僕は、何気なく写真立てを見た。すると、その裏側に、挟まれた手紙を見つけた。

ファインド:「......オネットさん。恐らく......お爺さん/お婆さんの、遺書が見つかりました」

オネット:「お爺ちゃん/お婆ちゃんの、遺書......」

ファインド:「......どうしますか? 読まれますか?」

オネット:「私は......今、とてもじゃないけれど。読む気になれません。......先生、代わりに読んでください」

ファインド:「分かりました。それでは......」

ファインドM:僕は、彼女の代わりに手紙を読み始めた。

祖父/祖母M:――オネット。元気にしておるか。
    
    この手紙をお前が読んでいるということは、ワシはもうこの世にはおらんのだろうな。
    お前には告げていなかったが、ワシは、自分がもう長くないことを悟っていた。
    この手紙には今後、お前がどう行動すれば良いかを書き記している。

    まず、お前に残してやれるのはこれぐらいだが、幾らかまとまったお金を工面しておいた。
    お前の好きに使いなさい。それで足りなければ、この家にある物を売れば、幾らか足しになるだろう。
    次に、ワシの葬儀についてだが、すでに街の葬儀屋に話は通してある。
    必要な手続きは既に済ませてあるから、もしもの時は同封したメモの住所を訪ねなさい。
    
    後のことはモーギスに任せてある。
    今後、お前の健やかな成長を望んでいる。

ファインド:「......手紙の内容は、これで全部です」
    
オネット:「......ふふ、お爺ちゃん/お婆ちゃんらしい」

ファインドM:その後、僕もオネットさんも言葉を発さなかった。

※シーン切り替え

ファインド:「それじゃ、僕はこっちの本棚を片付けます」

オネット:「お願いします。......本を入れる棚の場所は、このメモの通りにお願いします」

ファインド:「......本をしまう位置が決めてあるんですか?」

オネット:「はい。お爺ちゃん/お婆ちゃんのこだわりで。昔から本の場所を間違えるとすごくうるさくて」

ファインド:「そうなんですか......分かりました。ではこのメモ通りに片付けますね」

オネット:「はい、お願いします」

※シーン切り替え

ファインド:「......あとはこの本か。この本の場所は、ええっと......
       (見上げて驚く)あそこか。また随分高い位置に仕舞うんだな。よいしょっと......」

本を仕舞うと、ガチャリ、と何かが噛み合う音がした
すると、ファインドの目の前で、本棚が小刻みに振動しながら横にスライドして動いていく

ファインド:「うわ、な。なんだ......? 本棚が、動いて......
       お、オネットさん! ちょっと来てください!」

オネット:「ど、どうしたんですか、ファインドさん。なんだかすごい音がしましたけど」

ファインド:「見てください、これ......」

オネット:「これは......どうしてこんな所に突然......?」

ファインド:「あのメモの通りに本を仕舞ったら、この本棚が動き出したんです。
       きっとあのメモは、この通路を開くための鍵になっていたんだ」

オネット:「......」

ファインド:「どうしますか、オネットさん。この先、何があるか分からないですが......見る勇気はありますか?」

オネット:「(心細そうに)......私一人だと、正直言って、怖いです」

ファインド:「......そうですよね」

オネット:「――けど」

ファインド:「けど?」

オネット:「先生と一緒なら、私......怖くても、この扉の先にあるものを、受け止められる気がします。
      ......だから、お願いです先生。私に、勇気を下さい」

ファインド:「......分かりました。それなら、僕も着いて行きます」

オネット:「(穏やかに微笑んで)ありがとう、先生」

※シーン切り替え

扉の先を潜ると、そこは小さな小部屋になっていた

ファインド:「この部屋は、一体......?」

オネット:「(少し驚いて)これ......」

ファインド:「これは......子供の描いた、落書き?」

オネット:「これ、私が昔......お爺ちゃん/お婆ちゃんに描いてあげた絵です。嘘、だって......お爺ちゃん/お婆ちゃん、捨てたと思ってた」

ファインド:「ということは、この押し花や、玩具(おもちゃ)も......」

オネット:「そう、全部......私がお爺ちゃん/お婆ちゃんにあげたもの......」

ファインド:「(笑う)お爺さん/お婆さんは、随分不器用な人だったんですね」

オネット:「どういう、意味ですか?」

ファインド:「だってそうでしょう。孫娘から貰ったものを、こんな風に、人目のつかない場所に保存しておくぐらいだ」

オネット:「もっとこの部屋に飾るのに相応しいものがあるはずなのに。どうして......?」

ファインド:「――あの手紙の内容も、今にして思えば納得出来ます。
      自分の死後のことを見据えた上で、あれこれと手を尽くしていた。
      それは、単に要領が良いからというだけでは、説明がつかない」

オネット:「ファインドさん。何が分かったんですか? 私にも教えて下さい」

ファインド:「オネットさん、この部屋は何だと思いますか?」

オネット:「えっと......私がお爺ちゃん/お婆ちゃんにあげた物が、沢山ある部屋......」

ファインド:「そう。ここはきっと、あなたとの思い出を保管しておく場所だったんだ。
      恨んでいるとあなたは思っていたようですが、実際はそうじゃなかった。寧ろ逆です。
      お爺さん/お婆さんは、あなたのことを常に考えておられたんですよ。言葉で伝えることは、苦手だったようですが。
      あなたのことを誰よりも愛し、大切に思われていた。そうで無ければ、こんな絵を飾るはずが無いですから」

祖父/祖母M:オネット作。題名「私の大好きなお爺ちゃん//お婆ちゃん」
       
オネット:「......はは」

ファインド:「オネットさん?」

オネット:「(涙声で)そっか。お爺ちゃん/お婆ちゃん、私のこと......嫌いじゃなかったんだ。
      そっか......そっか......(嬉しそうに)へへ......そっか......」

※シーン切り替え

ファインドM:経過観察(けいかかんさつ)、183日目。
       人間・オネットのこれからについて。

ファインド:「――そう言えば、さ」

オネット:「どうしたの、先生」

ファインド:「昔、《人間とは何か》について、僕に聞いたこと覚えてる?」

オネット:「(笑う)そんなこともありましたね」

ファインド:「その答えはなんだか分かったのかい?」

オネット:「うーん......まだ、はっきりとした答えは分からないです」

ファインド:「(笑う)そっか」

オネット:「けど」

ファインド:「けど?」

オネット:「今日も幸せを感じられて良かった。生きていて良かった。
      ――そんな風に思えるから、私は、自分が人間なんじゃないかって思うんです」

ファインド:「(笑う)......なるほど、面白い考えですね」

オネット:「(笑う)そうでしょ?」


<完>

【小ネタ】

ファインド:find(努力してあるいは偶然に)見つける
オネット:Marionette 操り人形、マリオネット
モーギス:gismo 仕掛け,からくり;(名前がわからず)なんとかいうもの
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