https://telegra.ph/たまには本音も悪くない-01-16
スレで話題にあがってた甘えるのが下手なメルニキの話を↑の続きのつもりで書いたけど、あまり繋がってはない
部屋中に広がる甘い香りに顔を顰めながら、クロコダイルはソファに広げられた服を眺める。そうしながら、次に着せる服を選ぶ兄を尻目に、数日前の自身の発言を省みていた。
少し前に死にかけていたキャメルがようやく全快したので、クロコダイルにしては珍しい提案をしてやったのが発端だ。
「しばらく寝たきりで退屈だったろうからな。アニキの我儘に付き合ってやってもいい。何でも言え。何でも用意してやる」
そうだ、当初の目的は兄を甘やかすことだったはずなのだ。それで兄の情けない姿でも拝んでやろうと画策していた。散々迷惑をかけられたのだからそれくらいしたっていいだろう、とは一体何に対しての言い訳だろう。
兄もそれはそれは嬉しそうに「本当に?! いいんだね、何でも言って!」と目を輝かせていた。
「それなら少し時間が欲しいから、二、三日待ってもらえるかな?」
その表情は欲しかったおもちゃを買ってもらえることが分かった子供のようで、クロコダイルは二つ返事で了承してしまった。
それからは、数日悩んで兄が出す結論が何であってもいいように、クロコダイルも数日かけて準備をしていた。兄が贔屓にしている店のスイーツも買い揃えたし、服を作るのに良さそうな上質な布をいくつも用意した。兄が服飾で使用する器具を一式買い替える用意すら出来ていた。
そう、快気祝いにしては豪華すぎるほどの準備は整っていたというのに。
三日ほど経ってから兄は笑顔で言った。
「やっと準備ができたんだ。約束の日は今日にしてもいいかい?」
兄の口から出た『準備』という言葉が多少引っかかったが、クロコダイルは「ようやくか」と椅子から立ち上がった。
ソワソワと落ち着かない様子の兄は部屋に着いてすぐに言った。
「嬉しいなぁ。クロに着て欲しい服がたくさんあってね。全部あげるつもりだけど、気に入らないところがあったら直すから一度着てみて欲しいんだ」
「……なんだ、この量は」
「あぁ、寝込んでたせいか少し感覚が鈍ってたみたいでね。デザインは練っていたし、既に型をとっていたものも数着あったとはいえ、三日じゃこの量が限界だったんだ」
ハンガーラックにかかった服を目で数えたクロコダイルは、絶句した。
「……アニキ、まさかとは思うが服を作るのにかまけて寝てねェなんてことはないだろうな?」
目付きを鋭くさせたクロコダイルとは対称的な笑顔を見せている兄に向けて言う。
「まさか! 流石の私も病み上がりでそこまでの無茶はしないよ。今夜、クロと食事に行く前に倒れたら困るし、仮眠は取りながら作業したよ」
文句はないだろう?とでも言いたげな、得意気な表情の兄に言いたいことは山ほどあった。
それなのに、また気になる発言をするものだから、そっちを訊くしかないだろう。
「今夜の食事ってのは……?」
「良い店を見つけたから、一緒に行こうと思って。もう予約してある」
「……」
「それとね」と続ける兄に、まだあるのか、とは口には出さず、とりあえず聞くことにした。
「コレ見て! 私がよくお菓子を買うお気に入りの店があるんだけどね。クロと食べたくてたくさん買ってきちゃった。こっちのチョコは甘さに段階があって、食べ比べるのが楽しいんだよ。これは甘さ控えめのさくさくクッキーで、私が食べる時は何故かいつも気づいたら無くなってるんだよね。それから──」
「まて、待てアニキ。その話は食べながら聞く」
だから一旦止まれ、と一つ一つ丁寧に全てのお菓子の説明をし始めた兄を制止する。
確か自分は何でも用意すると言ったはずだが、それほど伝わりにくい言い方だっただろうか。言葉というのは、こうも扱うことが難しいものだったろうか。
いや、違う。扱いが難しいのは兄の方だ。自分の言うことなら簡単にきくはずのこの兄が、どうしてこうも扱いにくいのか。何故、大人しく世話を焼かれてくれないのか。
兄に対する疑問は止まらない。しかし、止まれと言われ大人しく自分の次の言葉を待っている兄を見ていると、こうやって頭を悩ませていることさえバカバカしくなってくる。
「……服を、作ったんだろう。気に入ったやつは全部もらってやる……」
そして、冒頭の通り。当初の目的は達成されないことを悟ったクロコダイルは着せ替え人形になっている。
「ほら、思った通りだ。こっちも似合う」
クロコダイルはそろそろ飽きてきたなと思いながら姿見の前に立つ。すると、そこに写った兄と目が合った。心底嬉しそうに目尻を下げる兄の、昔から変わらない笑い方。
そういえば、昔から自分に笑いかける兄はこんな顔をしていた。幼き日の自分にはそんなことに気づく余裕などまるでなかったから、今の今まで忘れていたが。
「……あァ、悪くねェな」
当初の思惑は外れたが思わぬ収穫だ。
今後誰にも言う気はないが、クロコダイルは兄が自分に向ける表情を存外気に入っていた。
今日のところはあの頃の兄に免じて、好きなだけ好きなことをさせてやろう。