24話if


「これがカメラ、っていうんだっけ」
 ヒロはそれをつぶやいた。その手にある四角い物は銀色に光る、手の平にちょうど収まるくらいの大きさ。昔カメラと呼ばれていたものだった。
「だーりーん!」
 建物――トリノス付近から聞きなれた声がした。その声の主であるゼロツーは数秒後、ヒロの隣に並んだ。近くに生えている桜を連想させるピンク色の髪、そしてゼロツーである証の赤色の角を見て、ヒロは微笑む。
「使い方分かった? あとそんなに急がなくても逃げないよ、俺」
「逃げなくても一緒に居たいオトメゴコロだよ。もう、ダーリンったら鈍い!」
 そう言ったゼロツーは、言葉とは裏腹に笑顔だった。
 顔を見合わせて二人は幸せそうに声を上げて笑う。

 どうやって地球に辿りついたのか、ヒロもゼロツーも分からなかった。ただ二人ともVIRMを倒したところまでの記憶はあった。ヒロの頭にゼロツーと同じ、ただし色だけが異なる青色の角が生えていて、服はボロボロ。その地球から旅立ったときとはその程度しか変わらないように見える、と一番に発見したイチゴはそう言っていた。

「使えそう? 俺じゃあさっぱり分からないと思うからさ……」
「うーん、適当にやってみたらできるかもしれない。けど壊れそうだからなー」
「壊さないでよ……? まだいくつか保管されてたとはいえ昔のなんだから」
「使い方はイクノから紙に書いてもらったから、読みながらやろう」
「そうだね」
 二人は座り、近くの桜の木にもたれかかった。ヒロは紙を広げるゼロツーを尻目に、空を見上げ一つ息を吐いた。

 普段、トリノスや生きていくための農業などのことはその他色々なことはイチゴとゴローがまとめ役となって他の子供に任せてある。ハチやナナもいるので大丈夫だ、ゴローは言っていたものの、そこは少し気になった。
「お前らにしかできない、本当に大事なことだ。だからこっちはまかせろ。でも絶対にたまには帰ってこいよ」
 前に話し合ったとき言われたゴローの言葉を何度も反芻する。ヒロとゼロツーしか叫竜との懸け橋になることはできない、ということは承知の上だった。ヒロもゼロツーも、外を旅しながら叫竜との関係について考えなければならないことは分かっている。このあとまた外の世界に出ていく予定だ。
 いったいどれほどの年月いがみ合っていたのか分からない。関係に決着はつくのかどうか。そんなことはやってみないと分からない。ヒロはそう思いながら次に別のことをふと思う。
 しかし。
「あいつ、イチゴとうまくいってるのかなぁ」
 あるとき、ふとイチゴを見つめるゴローをヒロが目撃したときだった。ゴローに苦笑しながら「キスもなにもしていないしそんな状況じゃないだろう」と言われたことを思い出した。そこまで考えていたわけではないのだが、その言葉で二人の関係にもふとヒロは気づかされた。

「ダーリン? ぼけっとしてる場合じゃないよ!」
 ゼロツーの声が思考を全て乱した。
「あ、あぁゼロツー。どう? 使えそうだった?」
「とりあえず説明通りに準備はできた。あとは撮影したいのをこっちに映してここを押すだけだって書いてあったよ」
 ゼロツーはカメラの少し出っ張っている部分を指さしたあと、丸いボタンの上に乗せた指を動かした。
「やってみようか、ゼロツー。 どんなものなんだろう。昔の人はこれで色んな景色を撮影してたのかな」
「成功すれば分かるよ」
 ゼロツーはヒロとの距離を詰め、肩同士がぶつかりあう。柔らかな感触にヒロは驚いたようにゼロツーの顔を眺めるが、その無邪気な笑顔につられ、ヒロも笑った。くすぐったい距離で、でも慣れた距離である。
「あ、そういえば写真を摂るときはこう言うんだって書いてあった」
「なんて?」
「やれば分かるよ。ダーリンも続けて言ってね」
「うん、分かった。不思議だね、撮影って」
 二人は寄り添う。そして二人とも笑顔で、ゼロツーが言った。
「はい、チーズ!」
「っと、はいチーズ」

「あーあ、羨ましいぜ。まぁ俺も頑張るけどよー」
「そう言ってあんた、サボるんじゃないわよ」
 荷物を積み終わり、13部隊の皆はヒロとゼロツー周りに集まっていた。
 今日は出発の日である。世界を見ながら、叫竜と話すことを目的とした旅だ。人間と叫竜の橋渡しは、ヒロとゼロツー以外不可能である。
「まぁまぁ、ゾロメ。帰ってきたら話を聞かせるから」
「ミクもゾロメばっかりに構ってちゃ駄目だよ」
 出発前の送り出し。ゼロツーもヒロも、皆でしっかりと送り出すのが常だった。始めの内は涙もあったものの、今となっては騒がしいだけだった。
「こっちは俺らに任せろ。心配は自分のことだけにしとけよ。気をつけてな」
「ゼロツーもしっかりヒロを見といてあげてね。鈍いところあるし。あとあんまりうつつを抜かしすぎないこと」
 イチゴはヒロを見て、それからゼロツーを見て苦笑してみせた。
「分かってるよイチゴ」
「それ、前も言ってた気がするけど……あ、そうだゴロー」
 手招きされ、ゴローはヒロの目の前まで歩いていった。そしてどこからか一枚、紙のようなものを差し出す。
「これって、あれか? 撮影した写真」
「うん、ここにも置いといてくれないか。俺らだと思ってさ」
「それはいいけど、俺に渡していいのか?」
「もう一枚あるから」
「なるほど。分かった、飾っておくよ」
 用は済んだのだろう、とゴローは元の場所に戻ろうとするが、その前にヒロが声をかけた。
「ゴロー」
「ん? まだなんかあったか?」
 少しの間ヒロは逡巡するように黙った。しかしすぐに口を開く。
「ゴロー、イチゴのことはもういいのか? 長い時間経ったけど……」
 およそヒロの言葉としては珍しい恋愛話だった。ゴローは驚き、フレームを押し上げて戸惑った様子になる。ゴローはヒロにさらに近寄り、そして小声で、
「お前から珍しいな……。いや、俺はイチゴのことは好きなままだ。でもな、今はまだ色々と大変っていうか、なんて言えばいいのか分からないっつーか。……まぁ言い訳だ。言おうと思ってもチャンスがなかなかな。実際大変な時期もある」
「とりあえず、早く気持ちでも伝えておいた方がいいと思うよ。俺が言うことじゃないかもしれないけど」
「今更かよ。それこそ随分時間が経ってるぞ。……ま、考えておかなきゃな、確かに」
 片手を振って、ゴローは元の場所へ戻っていく。隣でそれを見ていたゼロツーは半分笑いつつも半分真面目な顔で二人を見ていた。
「それじゃ、行ってくる。またね、みんな」
「じゃーねー!!」
 そうしてヒロとゼロツーは外の世界へと旅立っていく。


「ヒロから何貰ってたの?」
 トリノス内にあるゴローの部屋まで着いてきたイチゴは言って、ごくごく当たり前なことのように近くの椅子をたぐり寄せ、座る。
「これだよ。ほら、ちょっと騒いでたやつだ」
 机の上に置かれていた写真をゴローは手に取り、イチゴへ渡す。
「あ、写真ってやつか。凄いな、ちゃんと二人が映ってる」
「俺たちも撮らせてもらいたいもんだ」
「そうだね。……幸せそうでよかった」
 酷く安心したようにイチゴは笑う。
 ゴローはその横顔を見て、ヒロからの言葉を思い出す。その言葉を頭の中で何度も繰り返し、一度深呼吸をした。
「ああ、そうだな」
 少しイチゴの横顔を見つめ続ける。イチゴは写真に気を取られて気づいていない様子だった。
 どの言葉を選ぼうなどとは思わなかった。上手く言えるとも思わなかった。
「なぁイチゴ。俺、お前のことまだ好きみたいだ」
「へ?」
 急な言葉。しかし、イチゴは照れたように顔を一瞬だけそらしただけで何も言わなかった。言葉を探しているようにも見える。
 写真を机の上に戻し、イチゴはゴローと向かい合った。
「ありがとう、ゴロー。返事はいらないって言わなかったから、まだはっきりとは言えないけど、今したほうがいいと思うからするね。……あたし、きっとゴローのこと—―好き」
 ゴローは驚いた顔で何も言えず、イチゴは微笑んでみせる。

 机に置かれた写真には、幸せいっぱいの笑顔が二つ。抱きしめられているような青い角のヒロと抱きしめている赤い色のゼロツーが幸せそうに笑っていた。
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