2人きりの舞踏会を


今日はリーニュ・ドラワッド当日、中央トレセン学園に在籍するウマ娘達のウマ娘達による学園イベントの日だ。
あるウマ娘は『デート』と呼ばれているダンス相手を誘って、またあるウマ娘は特定の相手を定めず会場にいるウマ娘と、少数だが1人で踊るウマ娘もいるそうだ。
そんな日にトレーナーである俺は、溜まっていた雑務を消化するために1人トレーナー室でパソコンと睨めっこしている。
担当ウマ娘であるエースは『デート』はいないが同級生達と参加すると言っていたので、今頃誰かと踊っているのだろうか。
エースのことだから、燕尾服を着こなし無垢な娘達の恋心を無自覚に射止めているんじゃないかと心配していると……。

《………ドドドドドドド!》
「ん?」
《バァン!》
「え?」
《ガチャ!バン!》
「えぇ?」

足音が聞こえ、急にトレーナー室の扉が勢いよく開き、そこから黒い影がトレーナー室に入って来たかと思ったら仮眠室の扉が凄い速さで開閉した。
何事かと思い立ち上がると、今度は複数人の足音が聞こえて来た。

「やあエースのトレーナー!こっちにエース来てない?」
「シービーちゃん、流石にノックはしなきゃダメ子ちゃんよ?」
「ミスターシービーと…マルゼンスキー…」

煌びやかなドレスを纏ったエースのクラスメイトであり友人の2人がトレーナー室に入って来た。

「まさかその姿で走って来たの!?」
「うん、だってエースが逃げちゃったからさ、追いかけなきゃいけないよね」
「逃げた?あのエースが?何でまた…」
「実はね、レンタル用の燕尾服が全部貸し出されててドレスしか残ってなかったの、そしたらエースちゃん参加をやめるとか言い出してねぇ」
「エースは『ドレスなんてぜってぇ似合わねぇ!』とも言ったんだよ、絶対そんな事ないし似合うと思ったからさ、シリウスとラモーヌにも協力してもらってドレス着させたんだ、化粧もばっちりしたのに、ちょっと目を離した隙に逃げられちゃった」
(ああ、そういうことか)

後ろの仮眠室で立て籠っているのはきっとエースだ。
今頃、シービー達に気付かれないよう祈っていることだろう。

「残念だけど、エースはこっちに来てないよ」
「そっかぁ、絶対君の所に来ると思ってたんだけど」
「期待に添えなくてごめんね、もしエースが現れたら大人しく会場に戻るよう説得しておくから」
「お願いするわね!」

シービー達を見送り、扉と、ついでに鍵を閉める。
仮眠室の方を見るが、扉は開く気配がしなかった。
俺は、小さく息を吐いて仮眠室の扉の前まで歩く。

「シービー達は行ったよエース」

…………無言。

「エース?もう出て来て大丈夫だよ?」
『………トレーナーさんがいる……』

よかった、反応があった。

「もしかして、ドレス姿を俺にも見られたくないの?」
『当たり前だろ…!似合わなすぎて見たら絶対笑うぞ…!』
「笑わないよ」
『……でも……恥ずかしいし……』

ここまで意固地になるのは珍しいな。
仕方ない……。

「そうか……でも、いつまでそこに居るつもりだい?エースが出てこないとトレーナー室の鍵閉められないから、俺帰れないよ?」
『ゔっ』
「トレーナー室に泊まる事になっても、エースが仮眠室で立て篭もってるから、俺は椅子に座って寝なくちゃならなくなるよ?体バキバキになっちゃうよ?」
『うぐっ……ぅ……』

こうやってエースの良心を突いていけば彼女は折れることをこの3年で学んだ。
無論、罪悪感が生まれるんだが。

『…………………分かった、出る……けど、その前に、部屋の明かり……消してくれないか……?』
「いいよ、ちょっと待ってて」

トレーナー室の照明を全て消すと、室内を照らすのは窓から差し込む月明かりだけとなった。

「消したよ」
『………』

……5分くらい経った。
まだ出てくる勇気が出ないのだろうか。
もう一度声を掛けようとした時、仮眠室の鍵が開く音が聞こえた。
扉がゆっくりと開かれ、人が通れる程の隙間から、エースが出てくる。

「ーー…」

エースの頭のてっぺんから足のつま先まで彼女の姿をじぃっくり、ゆぅっくり、目に焼き付けるように観察する。
まず頭、ハーフアップにしている黒曜石のような艶のある髪は毛先にウェーブがかかっていて、耳にはいつもの白いのではなく、黒いレースのオシャレなメンコを付けていて、右耳の方にはレースのリボンと真っ赤な薔薇の髪飾り、ハーフアップの編み込みには薔薇と同じ色のリボンが巻き込まれていて、結い目には大きなリボンとレースのバレッタが付けられていた。
首には後ろの留め具がリボンの形となっているシンプルな黒いチョーカー、しかしそれがドレスの豪華さを引き出している。
エースの身に付けているのは、肩を惜しげもなく晒したオフショルダーフィッシュテールのドレス。
上半身の部分は黒と赤の薔薇の刺繍が施されており、下半身は黒いレースとサテンの生地が重なったスカート、そこからエースの程よく筋肉が付いた素足が出ている。
靴はドレスと同じ色のパンプスでかなりヒールが高く、その靴で走ってきたのが信じられない。

「……やっぱ似合わねぇだろ」
「そ!そんなことない!えっと!」

不機嫌そうにそっぽを向くエースに何か言わねばと考えるが、月並みな言葉しか思い付かない。

「とても似合ってる!いつも以上に可愛い…いや、綺麗だ、すごく…!」
「そ、うか?」
「ああ!本当に!メジロのご令嬢達やダイイチルビーのような、そう!お姫様みたいで!」
「流石に言い過ぎじゃねぇか!?」
「そんな事ない!今のエースは可愛さのエースを目指せr「だあーー!!分かった!!分かったからそれ以上喋らないでくれ!!」ごもぉ」

まだまだ褒められるのだが、黒いレースの短いグローブを付けたエースの手で口を塞がれてしまう。
その時、外からゆったりとしたクラシックのメロディーが聞こえてきた。
エースは手を離し、窓の先にある体育館を眺める。

「もうそんな時間か…」
「ドロワが始まったんだな、エース、今からでも行きなよ」
「……行かない、やっぱりこの格好をみんなに見られるのは、恥ずかしいから」
「そんな、せっかくダンスの練習頑張ってたのに」
「なら、トレーナーさんが一緒に踊ってくれるか?」
「んぇ?」
「もちろんリードしてくれるよな?」

スッと、エースが左手を差し出して来た。
その行動と先程の言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

「…………いや、いやいやいや、俺ダンスの知識はあるけど踊ったことないよ!?それにトレーナーは会場に入らないんじゃあ……」
「此処で踊ろうぜ、この曲なら動きの激しくないワルツが出来るし」
「でも……」
「あたしの練習、無駄にしたくないんだろ」
「……っ」

今度は俺が折れる番だった。
エースの手を取り室内の中心まで移動して、彼女の腰に手を添え、エースは俺の肩の後ろに左腕を回してくる。
俺は頭の中にあるワルツの踊り方を思い出し、曲のタイミングに合わせて、足を動かした。
エースの足を踏まないよう、物にぶつからないようステップを踏む。

「上手いじゃねぇかトレーナーさん」
「エースが合わせてくれるからだよ」
「謙遜するなって」

体育館から流れてくる曲は大きくはなく、暗いトレーナー室には、2人分の足音がよく響いている。

「………ふふ」
「どうした?」
「いやな、今の状況を考えたら、トレーナーさんがあたしの『デート』みたいだなって」
「俺が?」
「ああ、でも間違いじゃないよな、こうやってあたしをリードしてくれるのは、トレーナーさんしかいないし」
「そんなことはないと思うけど…」
「そんなことがあるんだよ、だってアンタは、あたしの『エース』で……『大好きな人』だから」

エースが添えていた手を離して、両手を背中に回して抱き付いてきた。

「ずっと、ずうっと、あたしの『生涯のデート』でいて下さい、トレーナーさん」
「………もちろん、喜んで」

俺は空いてしまった手をエースの後頭部に添えて、彼女を抱き返した。
曲は明るいアップテンポのものに変わっていたが、俺達はただずっと、トレーナー室の中心で抱き合っていた。



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ーーーーー
ーー



「………音、聞こえなくなったね」
「もしかしてエースちゃんトレーナーと…きゃー!」
「君達あまり大きな声を出すな…気付かれるぞ…」

トレーナー室の外、ミスターシービーとマルゼンスキー、その2人を迎えにシンボリルドルフが来て、扉に耳を付けて盗み聞きしていることを、俺もエースも気付きはしなかった。


終わり
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