境と∀【悪役刑務所】


 十二次元刑務所、医務室にて。医務室の管理を任されている境窕は、ベッドに座り紅茶を飲んでいた。先程、退職した部下の見送りをして来たところである。
「吾輩にも一杯いいかな?」
 隣を見れば、同僚の∀(オール)がいつの間にかそこにいた。二冊本を持っている。自分の持ち場である図書室から持って来たのだろう。
「いつも言ってますよねえ~。急に現れるとぼくの部下がビックリしますってえ~」
 少しムッとした言い方をするが、∀は気にも留めない。
「その部下は辞めただろう。嘘は良くないな」
 気付けば、∀の手元には紅茶の入ったカップがあった。彼はそれを優雅に飲みだした。隠し事は効かないな、と境は笑みを溢す。同僚たるこの男は、自分と同じ存在だ。ニンゲンが”上位存在”と呼ぶ、超越的な存在だ。この男は、どうやらこの刑務所の一切を関知しつくしている。
「寂しいのであれば言ってくださればいつでも相手しましたよお~。あとそのカップ後でちゃんと洗って返してくださいよお~」
「返すよ。……吾輩のところは誰もいないからな、話し相手が欲しいってのは間違っていない」
 ∀が本を一冊境に渡す。医学系の本だ。
「安直ですねえ~。しばらくは暇ですしいくらでも雑談に付き合ってあげてもいいですよお~」
「やった。今な、紙城が図書室の本の状態を確認してんだ。さっきの暴れん坊共に汚されていないか心配なんだとよ」
「暴れん坊ですかあ~。確かにあのニンゲンたちは元気でしたねえ~」
 ふよふよと医学本を浮かせ境は言う。∀は半目で境を見る。「本を浮かせるな、本を」と呟いた。
「ここに来る前、所長と話したんだ」
 所長、その単語に境の手が止まる。本が浮力を失い落下する。
「それで、どうだったんですかあ~?」
「てんでダメ。やっぱアイツ所長とか向いてないな。どこまでいっても遊び人だ」
「そうですかあ~。ぼくも少し”お話”しないといけませんねえ~」
 境は少し口角を上げる。それから、歩いて医務室の外へ向かう。
「おや、歩いて行くのか?」∀は問う。
「時間もありますしねえ~。あなたも着いて行きますう~?」
 境がそう∀に訊くと、∀はフッと笑顔になる。
「ああ! なんて言ったって吾輩は”友人”だからな!」
「ぼくはあなたを友人だとは思ってませんよお~」
「そう言うなよ、友の友はまた友だろう? さあ、愚かな友と話しに行こうじゃないか!」
 楽しそうにステップしながら、∀は境の隣に着く。
(本当、面倒な”友”を持ったものですねえ~)
 その一言は、口に出さなかった。
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