ヤマトタケル あのヒトを想う


 カルデアでは、妖精國所属のヌオーたちを媒介に、始祖を含めたヌオーたちが召喚されてくるのだという。
召喚の儀には、生前にヌオーと縁のあった者や、求めた者たちが見学に来る。

 私こと、ヤマトタケルもその一人だった。
残念ながら、今日も会いたかったヒトは召喚されなかった。
まあ、もともと望み薄だし、しかたがない。
あのヒトは、平和の匂いがするヒトだったから、それでいいのだ。
会いたいという気持ちは本当なのに、私は安堵していた。

 ふとカイニスと目が合う、ああ彼女も想い人は召喚されなかったようだ。
彼女と私の関係を一言で言うならば、同志というのだろうか。
深くはないが、浅くもない関係で、気楽に接することのできる貴重な存在だ。

 その理由は、彼女が筋の通った敬意に値する英雄であると同時に、私に近しい後悔を抱えているからだろう。
……多大な恩義がある相手に、なにも返せずに死んでしまった者同士という意味で

 あのヒトは―――姉上は、私の妻の一人で父上の末の妹だった。
姉上は誰からも愛されるヒトで、父上からも、兄上たちからも民たちからも、オトタチバナからも姉上は慕われていた。
その理由は、姉上が満開の桜を思わせるような、幻想的な美貌の持ち主だったからでも、先祖返りで尊い血を発現したヌオーだったからでもない。
姉上は、あまりにも優しかった。
あの時代に産まれたとは思えないほどに、他者を慈しみ、包み込む、大きな度量を持つヒトだったからだろう。

 だからこそ、父上が私に姉上を授けてくれたのは、精一杯の誠意だったはずだ。
なのに当時の私は、姉上の何もかもが気に障った。
暴力こそ振るわなかったが、『弱い』だの『また寝言を言って、姉上は恵まれていたからそのような理想論が言えるんだ』などと、暴言は毎日のように言っていたと思う。
姉上は正室で、立場的には尊重しなければならないのに、下僕扱いで道具や料理とか身の回りの世話をさせたのに、姉上はいつも優しく微笑んで面倒をみてくれていた。

 今なら分かるが、あの当時の私は姉上を嫌っていたのではなく、甘えていたのだ。
その限度が理解できなかったし、ついでに反抗期も重なっていたからこその、あの醜態だったのだろう。

 オトタチバナと出会い、私に人の心が芽生え始めたころ。
あのころでさえ、私は姉上に憎まれ口を叩いて、オトタチバナがそれをたしなめていた。
そんな言い争いの最後には、私とオトタチバナは姉上の腕に抱かれる。
ああ、人生で一番幸せな日々を、私は幸せだと気が付かず、ただあたりまえだと享受していたのだ。

 その果てにオトタチバナは海に身を投げて死んだ。
姉上が海神の求めに応じて、海に身を沈めようとしたのを、オトタチバナは静止し、姉上の代わりに命を捧げたのだ。

 私が『弱い』から、オトタチバナは死んだのに、私は姉上に八つ当たりをした。
姉上に『オトタチバナではなく、貴女が死ねばよかったんだ!』そのような許されざる言葉さえ叩きつけた。
姉上だって、オトタチバナの死に苦しんで、夜毎泣いていたのに……私はッ!

 きっと今、当時の私を見たら、その無様な姿に我慢できず、殺すだろう。
……そして、私は最後まで姉上に迷惑をかけ続け、伊吹山で無様な最期を迎えたのだ。

 姉上が私の死後に尽力してくれなければ、私は名前が残らないか、残ったとしても汚名だっただろう。

 だからこそ、姉上には心からの感謝と、罪悪感を抱いている。
そして、恐怖もある。
姉上と再会したら、私はまた、かっての愚か者に戻るのではないかと。
……それが姉上に再会したくて、再会したくない理由だ。

 でも、どのような食事をしていても、ふと思うときがある。
姉上のつくったお粥が食べたいなあと。
そして、その気持ちを打ち消すのだ。
私には、姉上を想う資格すらないのだから。
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