汎伊織殿と正雪先生、稀に剣気


 俺と違う世界の妻──由井正雪殿は、同じキャスタークラス同士であることからか関わる頻度が多い。それ故か暇をしている時は時間が合えば、茶を啜りつつ話をする間柄となった。
 彼女は妻と同一人物であるとは云え、俺の妻とは別の人生を歩んだ者だ。同一視するのは失礼だから節度を守って接することを心掛けてはいるのだが、時たま彼女に対し、妻が養女だった頃の対応をしてしまうことがある。その度に「童扱いするな!」と怒られているのだが、中々どうして直すことが出来ないでいる。
 だが恐らく、養女時対応を正そうとしてしまえば妻に対するものと同じ態度を取ってしまいかねないため、出来得ることなら諦めてほしいとも思う。

 そして最近、彼女が俺に対し斯様に抗議をしている時に限って、強い視線を感じるようになった。それが誰からのものであるのか、如何いった意味合いのものであるのかは既に理解しているため、彼方から何か云ってこない限りは此方も態度を改める気はない。改める気はない、が──生まれた時期や生き方が違ったとは云え、矢張り俺は俺かと内心で苦笑した。
 如何なる理由かは知らない──とは云え、粗方察することは出来る──が、小笠原家に仕えることなく浪人として若くして死したらしい未熟者である彼方の俺は、生前の記憶の一部を喪っている。その一部の中に、今俺の目の前でむくれている彼女との思い出すら消えているらしい。そのことについて以前、寂しそうに、しかしそれで良いと云わんばかりの口振りで告げた彼女に、一体何を仕出かしたのだ未熟者の俺は、と天井を仰いだのは苦い思い出である。

 それはそれとして、斯様に不誠実な態度を取られているのにも拘わらず彼女はあの未熟者を恋慕っているようで、そして不誠実な未熟者の俺もまた、無意識にも彼女に惹かれているらしい。
 そう、無意識。全くの無自覚だ。
 あの男、俺以上に剣に傾倒していることはおろか、彼女に関する生前の記憶をばっさりと斬り棄てると云う不誠実な行為をした上で、彼女へ無自覚に心を寄せているようなのだ。小笠原様や師匠に朴念仁だ女心が分からないだと苦言を呈されていた俺でさえ、奴ほどではないぞと云いたくなるほど、今の奴の在り方は頭が痛い。

「──聞いているのかっ、宮本殿!」
「うん? ああ、童扱いするなと云う話だろう?」
「分かっているならっ、何故改めないのだ!?」
「すまんな、一応気をつけているのだが、中々如何して上手くいかない」
「貴殿本気で改める気が無いだろう!?」

 吠えるように怒る彼女の態度に、浮かびそうになる笑みを噛み殺す。此処で『改めようとしたら妻に対してと同様の接し方をしかねない』ことを暴露したら、彼女はどの様な反応を返してくれるのだろう。少し興味を引かれたが、流石に趣味が悪いなと自重することにした。

「そう云えば、エミヤ殿が新作のあんみつを出したと耳にした。今から食しに行くか?」
「…………宮本殿。貴殿、甘味を与えれば私の機嫌が直ると思っていないか?」
「貴殿が行かないのならそれはそれで構わない、俺一人で行こう」
「べ、別に行かぬとは云っていな──ちょ、本当にひとりであんみつを食べに行く気か待ってくれ私も行く!」

 全くそう云う所だぞ、と小さく笑みを零しながら、俺は彼女を伴って食堂へ向かうのだった。
 なお、今にも斬りかからんとする殺気は無視だ。斯様なモノを俺に放っている暇があったら、いい加減に気付け未熟者。
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