ヤンデレ・執着


カルデアの伊織殿との戦いから数日。マスターと伊織殿はなんとか退去できたようだが私は変わらずに宮本伊織と共にいた。
「正雪。如何した」
「貴殿は私ではない由井正雪を見ているのだろう。それは……」
「あぁ、不毛なことだ」
男はわかっていると言いたげに首をふる。
「それでもお前は由井正雪だ」
凪いだような穏やかな笑みを浮かべ、男は私の頬を優しくなでた。

「正雪。……。俺を置いて逝かないでくれ……」
逃げられないようにか同じ布団で眠りにつきしばらくすると男は子どものように私に縋る。
(伊織殿はこのように私に心を預けることはないだろう……)
そう思うと胸にちくりとした痛みを感じ、ここの由井正雪が少しだけ羨ましくなった。

(それでも……)
心を通わせられなくともこの男は伊織殿でもなく、私も男の由井正雪ではない。
(故に、間違えてはいけない)
うなされる子どものように縋り付く男の頭を撫で、男の呼吸が浅いことには気づかぬふりをして再び眠りについた。


「お前は変わらないな」
「そうだろうか」
私が逃げないとわかったのか宮本伊織は警戒しつつもある程度の自由をくれるようになった。誰もいない空間だからか、男は徐々に穏やかに過ごすようになるがそれでも私の姿が見えないと不安定になるのか四六時中ともにいることや男から離れぬよう拘束されていることには変わりはなかったのだが。
「あぁ。清廉でまっすぐに自分の意思を貫き通す」
懐かしむように正雪の髪を梳き、どこか遠くを見る。きっと彼の由井正雪を思い出しているのだろうと私は彼にされるがままの状態で鏡越しに熱がこもった瞳を見る。
「俺の愛した由井正雪と同じだ」
「宮本伊織殿。……一つ聞きたい」
「何だ?」
「貴方が由井正雪に向けるものが愛や恋なのだとしたら」
苛烈に相手を追いかけるような、自分だけのものにしたいという想いが恋なのだとしたら。私のようにただそばにいるだけで満たされるような、支えたいという想いは何なのだろうかと宮本伊織殿に問いかける。
「やはり、未熟な俺には勿体無いな」
宮本伊織殿は何かを呟くが聞き取れず、首を傾げるが彼は私に簪をつけ、いつか教えようと約束した。


「この場所はじきに崩壊するだろう」
「そうか」
「その前に正雪。最期に仕合ってはくれぬか?」
「だが、貴方は……」
聖杯からの後ろ盾もなくサーヴァントに生身の人間が勝てるとは思っていない。つまり、彼は……。
「……相、分かった」
「感謝する。由井正雪……」
何合かの切り合いの末、男を切り捨てる。多くのものを斬った私であってもこの感触を忘れることはないだろう。血に塗れた彼は満足するように笑った。
「あぁ、正雪。いつかの答えだ。お前の、それも恋なのだろう」
息を引き取った彼を地面に寝かせてしばらくすると退去の時が近づくていることに気づく。
「伊織殿に会いたい……」
最初から宮本伊織の願いも私のこの想いも互いに代用できるものではなかった。それを分かっていながら過ごした日常は、互いに傷を舐め合い、お互いに手に入らないものを自覚するための行為にしかならなかった。
「やはり、私は……」
変わらないものだなと自嘲し、目を閉じ静かに退去の時を待った。

マスターに渡すレポートには当たり障りのないことを記し、一息つく。
バイタルチェックも特に問題なく通過したはずが、安静にするようにと休みを言い渡されたため、自室で静かに書を読むことにした。
(全く、マスターは心配しすぎだ)
「正雪、いるか」
「あぁ」
部屋に入るや否や伊織殿は深々と頭を下げる。
「……済まなかった。俺が未熟なあまり貴殿には迷惑をかけた」
「本当に何もなかったのだ。伊織殿が気にする必要はない」
「だが……」
「それにあれは私にとっても必要な時間だった」
見目が同じであるあの男では駄目だと、私が欲しいのはこの宮本伊織だけなのだと。そして、この想いの名を自覚するが出来たことだけでも彼に感謝すべきことだなと、あの日常を懐かしく思い出す。
(きっと、この想いと共に宮本伊織殿を思い出すことになるのだろうな)
「正雪……。貴殿はまさか」
そんな事をぼんやりと考えていると伊織殿から声をかけられたが、考え事をしていたからか反応が遅れてしまう。
ふと、伊織殿を見ると不快に思わせてしまったか苦虫を噛み潰したよう顔をしていた。
「伊織殿?」
「……いや、何でもない。今日は疾く休むと良い」
一瞬だけだが出会ったときのあの男に似た気配を感じたが伊織殿はそう言うと私の部屋から出ていった。

一人になった部屋で決して手に入らないだろう伊織殿をモノにするための策を考えるが朴念仁であろう彼に通用するような策は思いつかなかった。
「いっそ、あの宮本伊織殿と同じであれば楽だったものの……」
いや、あの執着心は失ったから持ったものでここの伊織殿に当てはまることはないなと頭をふる。
(一先ずは伊織殿の罪悪感を利用させて貰うか)
そうと決まればまずは行動せねば。この療養期間中にどれだけ外堀を埋めることができるだろうか。
「まずは食事に誘うところからだな」


ちなみにデア正雪先生はカルデアの恋人勢(主にアルテミス、ブリュンヒルデ)のせいで恋は苛烈なものと思い込んでいた。
デア伊織殿は正雪先生が特異点伊織の事を思っていると勘違い中。
外堀を埋めるペース及び執着心は伊織殿>>>正雪先生。
デア伊織殿の執着心に気づいてないのは正雪先生とマスターだけ。
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