スエズ基地防衛戦


 とあるホテルの一室で、地球連合軍の軍人たちがビリヤードに興じていた。
 誰かが球を打つたびに、歓声や悔しがる声が上がる。
 と、つけっぱなしにしていたテレビの映像が変わり、ニュースに切り替わった。
 と思えば、そのニュース番組はすぐにまた別の映像を映した。
 まだ年端のいかない様子の3人の子供が、テレビ画面の向こうで原稿を手に、まるで記者会見でも行うかのようだった。

『パパの名前はアルフォンス・ロッシ。ママの名前はエカテリーナ・ロッシ。二人とも医者だった。だけど、ナチュラルはパパ達を殺した。コーディネイターだからって』
『ナチュラルは野蛮だ』
『これから僕たちは仕返しをする。だけど悪いのはナチュラルだ』
『ナチュラルを殺せ!ブルーコスモスに死を!』
「……」

 騒がしかった部屋は一転、沈黙に包まれた。
 今の映像は、フォルダレザで起きたコーディネイターによるテロ事件後にテレビ局に届けられた犯行声明だという。
 『あからさまなプロパガンダだ』と笑い飛ばしたいところだったが、そうもいかない。
 何せ今の映像に出ていた少年少女は、MSに乗り込みテロを起こした実行犯なのだから。
 最後は焼夷弾により、コックピットで蒸し焼きになった状態で死んでいたという。
 沈黙が続く中、1人がキューを手に立ち上がった。
 白い軍服ばかりの中、唯一青い軍服を着た青年だ。
 キューをティップで拭く彼の背中に向けて、また1人軍人が口を開いた。

「この子らも気の毒だよな……コーディネイターに生まれたばっかりにこんなことやらされるなんてよ。ヒダカはどう思う」
「関係ねぇよ。ガキだろうが、女だろうが、コーディネイターは殺すだけだ」

 青服の青年、ヒダカはキューを構えながら答え、白球を打ち抜いた。

「あっ」
「ブハハハ! ヘタクソか!」


C.E.73
 後に『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれるユニウスセブン落下事件は、大きな絶望と混乱の闇をもたらし、世界はまた、新たなる戦乱へと突入することとなっていった……



 スエズ運河を地球連合軍の巨大特務艦が通航していた。
 行き先は地球軍の中東最大拠点であるスエズ基地だ。
 特にトラブルもなく、穏やかな船旅が続いていた、その船内でのこと。

「おはようございます。艦長殿」
「うむ」

 ある兵士が老年の艦長に向けて、敬礼と挨拶を送った。
 それに対して艦長も敬礼で返して過ぎ去る。
 その後、副官である男性は艦長に向けて尋ねた。

「艦長……もしや彼が噂の?」
「そうだ。所謂『青空』の通り名で有名な我が軍のエースパイロットだよ」
「『ベルセルク』という呼び名もあると聞いていたので、もう少し荒々しい人物を想像していましたが、あまりそうは見えませんね」
「人を見た目で判断するのは感心せんな。ウィンダムのスペックを完全に引き出せるのは、連合広しと言えど彼かファントムペインのネオ・ロアノークくらいだぞ」
「そんな人物が護衛に付いてくれるとは、我々は幸運ですね」
「それだけここも騒がしくなってきたということだよ」

 開戦からしばらく経った現在、その主戦場は地球に移りつつあった。
 先の大戦でも、ザフトはスエズ基地を最優先制圧目標の一つとして挙げていたという。
 それに加えて、ザフトの新型戦艦が鉄壁を誇ったガルナハン基地を陥落したという方があれば、悠長なことなど言っていられないだろう。
 そんなこと駄弁りながらブリッジへと入った、その時だった。

「艦長! スエズ基地より緊急入電! ザフトのMSが率いる敵部隊に襲撃されている模様です!」
「なにっ!?」

 寝耳に水の急報だ。
 だが、驚いてる暇などない。
 即座に総員へ第一戦闘配備を伝え……と、今度は通信が入った。

『艦長、私が出ます。出撃許可を』
「……『青空』か!?」
『はい。私が先行して援軍に向かいます。今最も避けるべきは、スエズ基地の陥落のはずです』

 艦長は言葉に詰まった。
 スエズ基地がそう簡単に落ちるはずはない。そう考えていたからだ。
 だが、それは敵も承知のはず。
 こんなにも大胆に攻めてくるということは、落とすだけの算段があるのではないか?

「……いいだろう。出撃を許可する。だが、敵はスエズに攻め入ったほどだ。相当な戦力を注ぎ込んでいるが予想される。心してかかれ!」
『了解』



 通信を切り、ホッとため息ひとつ。

「物分かりのいい上官殿で助かった……」

 あまり悪口を言いたくはないが、連合の上官には自分たちの防衛力を過信するものも少なくない。
 意地を張って許可をもらえないどころか、上官に逆らったとみなされて処分でもされないかと少しばかり心配したが、杞憂に終わった。
 やがて彼の乗るウィンダムが艦のカタパルトへと移動し、バイザーが青く光る。
 そのバックパックには通常のジェットストライカーにはない対艦刀「シュベルトゲベール」が2本マウントされていた。

「ヒダカ・バーズ、ウィンダム。行きます!」

 艦より発進したウィンダムは、そのまま一直線にスエズ基地に向けて飛び立った。
 ジェットストライカーの最高速度で飛び続け、5分とたたずにスエズ基地を視界に捉える。
 侵攻はまだ始まったばかりの様子で空から攻めるザク・ウォーリアの大群を迎え撃っていた。

「宇宙の化け物どもが……」

 吐き捨てるようにヒダカは言う。
 速度を一切緩めぬまま対艦刀を構え、ザクの大群に突撃をしかける。
 肉薄する寸前、ザクが気付きこちらへ銃口を向けた。だが、

「———遅い!!」

 対艦刀が滑るように薙がれる。
 すれ違い様の一閃に、ザクはコックピット部分から真っ二つになり、爆発四散した。

〈なにっ!?〉
〈何者だ!〉

 味方がやられたことで、動揺する敵の声が流れてくる。
 しかし、それに反して敵の動きは冷静だった。
 群の内の3機のザクがウィンダムを囲むように展開する。

(仲間をやられたってのに冷静だな。来てるやつは結構な精鋭か)
〈盾も持たずにぃ!〉

 ザクのビームライフルが火を吹く。
 しかし、ヒダカのウィンダムは最小限の動きでそれをかわしながら、腰から取り出したスティレット徹甲弾を放り投げた
 それはザクの左手に突き刺さり、爆裂。
 大きく態勢を崩し、その隙にウィンダムが接近する。

「必要ねえんだよ、お前らと違ってな!」

 コックピットめがけて対艦刀が振り下ろされる。
 真っ二つになったザクは、そのまま爆発四散した。

〈エミール! クソォ、貴様ァ!!〉

 他のザクがビームトマホークを抜き放ちながら叫んだ。
 エミールとは、先ほどやられたザクのパイロットの名前だろうか。怒りと悲しみが混じった慟哭は、彼と親しい友人だったことを窺わせる。
 だが、ヒダカにとって空の化け物同士の交友関係などどうでもいい。
 腰のビームサーベルを鞘走らせ、トマホークを持っていた腕を切り落とし、続け様に対艦刀をコックピットへ突き刺した。

「———近距離(そこ)は俺の間合いだ」

 火を吹きながら堕ちていくザクを一瞥もせず、ヒダカは周囲を見回す。
 早々とザクを3機落とされたことにより、流石に周囲も警戒を強めていた。
 と、今度はレーダーに急速に近付く機体を捉えた。

〈奴は私が抑える! お前たちは基地へ攻撃を続けろ!〉
「ザクファントム……隊長機か!」

 ザクファントムの振るうスラッシュアックスをかわし、対艦刀を横薙ぎに振るうが、敵はシールドで受け止める。
 続いてザクは、突きを繰り出してきたが、身を捻ってかわし、手で柄を抑える。

〈対艦刀を持つウィンダムだと……もしや貴様が『ベルセルク』か!〉
「チッ……その名前、あんま好きじゃねえんだけどなァ!」

 身を縮めて敵の体を蹴り飛ばし、後退して距離を取った。
 ザクはビームガトリングを連射してきたが、ヒダカの繰り出すマニューバを捉えられない。
 高速機動を保ったまま、今度は上空へと飛び上がる。
 ヒダカを目で追ったザクのパイロットの視界を、眩い太陽の光が襲い、動きが鈍ったザクをヒダカは見逃さなかった。

「死ね! コーディネイター!!」

 ジェットストライカーを用いない、重力を利用した自由落下状態で一気に急降下し、勢いのままザクを切り伏せた。
 機体の爆発により、ウィンダムの周りは黒煙に包まれた。
 ヒダカはここで小休止を挟むことにした。
 ここまで機体は無傷で敵を圧倒しているが、流石に連戦は体に堪える。

(まあ、隊長が死んで指揮系統は潰したし、ここの戦いはもう大丈夫だろ。ダメ押しでザクを2、3機落とせば、奴らも不利と見て撤退を———)

 その時、接敵を伝えるアラームがけたたましく鳴り響いた。
 直後、黒煙を突き破り何者かが突撃してきた。
 ザクによく似た青色の機体は、大剣をウィンダムに向けて振り下ろした。

「ぐあっ……!!」

 反射的に後ろに下がったために直撃は避けられたが、ウィンダムのボディには大きな亀裂が走っていた。

「グフ……イグナイテッドだと!? こんなもんまで持ち出すとは、どうやら今回の侵攻はかなり本気みてぇだな……!」

 グフイグナイテッドの機体性能はウィンダムと互角、またはそれ以上だ。
 その優秀な性能から、機体を任されるのはザフトの中でもエース格が多い。

(こりゃあこいつは落とさないと、勢いは止まらないかもな)

 ヒダカは2本目の対艦刀を起動し、グフへと斬りかかる。
 横一文字をかわして袈裟斬り。それもかわし 兜割り、逆袈裟。
 お互いに一歩も引かない一進一退の攻防が続いているように見えた。
 しかし、ヒダカはどこか違和感を覚えていた。

(こいつ、妙に攻めっ気が足りてねえ。殿というには、周囲のザクに動きがない。他に目的が……)

 刹那、ヒダカは見た。
 多数のザクが周囲を飛ぶ中、それはその影の中に隠れていた、2体目のグフを。
 ヒダカが反応するより先に、グフのスレイヤーウィップがウィンダムの右腕を捕らえ、そのまま腕は爆散した。
 握られていた対艦刀が重力に負けて落ちていく。
 戦いの中で片腕を失うとは、例えるならば将棋の王手のようなもの。手数が半分に減り、攻めるにも守るにも敵に不利を押し付けられる。
 故に、対峙するものからすれば、それは勝ちを確信するには十分なほどで……

 ———しかし、それはヒダカから見て致命的な隙に映ったのだった。
 彼は落ちゆく対艦刀を蹴り上げると、切先はそのまま、グフに向けて飛んでいき、

〈なっ……!〉

 その無防備な腹部を刺し貫いた。
 そして、パイロットが断末魔の悲鳴を上げる間もなく、グフは爆散した。
 ヒダカはもう1機のグフの方へ向くと、挑発するように対艦刀の切先を向ける。
 形勢逆転、とでも言いたげなその態度にグフは両腕のビームガンを全開にして連射。
 ヒダカはマニューバで回避を試みるが、全てはかわしきれず、ビームに撃ち抜かれた対艦刀の誘爆によって機体は炎と煙に包まれてしまった。



「やったか……?」

 警戒を解かぬまま、盾と剣を構えて敵の動きを伺うグフのパイロット。
 次の瞬間、煙幕を突き破って出てきたのは、ウィンダムが背負っていたジェットストライカーパックだった。

「ぐっ……!」

 こちらに向けて突っ込んでくるそれを盾でなんとか弾き飛ばす。
 しかし、そのせいでウィンダムを視界から外してしまった。
 慌てて視線を戻すが、晴れた煙幕の向こうには既に敵はいない。

「クソッ! どこに……」
〈上です!〉

 仲間からの通信に上を見上げれば、そこにはビームサーベルを構え、今にも突進を仕掛けようというウィンダムが。
 先手を取らなければ、と焦った彼はビームソードを構えて急接近する。
 しかし、突き出した剣はギリギリでかわされ、モニターは眩いビームサーベルの光で満たされていた。

「う、うわあああああああ!!!」



 コックピットへと突き刺したビームサーベルを引き抜き、グフを蹴り落とすヒダカ。
 機体は片手を失い、ジェットストライカーと対艦刀が破壊され、機動力と攻撃力はガタ落ち。
 ボロボロだというのに、そこに佇んでいるだけで威圧感に周囲のザクはたじたじだった。
 それに加えて、下から突き上げるようにスエズの守備兵の攻撃は強まってきている。

「んで? これ、まだ続けるのか?」

 オープンチャンネルに接続して周囲の兵士たちに語りかける。
 今回の戦局決した。スエズ基地侵攻は失敗に終わり、これ以上やり合う意味は見当たらない。
 それでもやるつもりなら、このまま付き合うのもやぶさかではないが……などと考えていると、ザフト軍のはるか後方で母艦からのものと思われる信号弾が上がった。
 退却の意味を持つのか、ザク達が続々と帰っていく。

「あー終わった終わった。ジェットストライカーと対艦刀2本にウィンダムの右腕。これらを引き換えに落としたのはグフ2機にザク4機、内1機は隊長機。戦果としては上々だな」

 戦闘も終わったし機体もボロボロ。
 おまけにヘトヘトだし、基地に着陸許可をもらって、しばらく休ませてもらおうかなどと考えていた最中、地上から飛び立って深追いしようとするウィンダムの姿をカメラが捉えた。

「オイオイ……」

 ヒダカはそれを追い、肩を掴んで静止した。

「それ以上は危険だ。基地防衛は成功したんだし戻ろうぜ」
〈うるさい! あいつらのせいで、仲間が何人もやられたんだ!! このまま引き下がれるか!!〉
「じゃあ1人で勝手に突っ込んで、勝手に死にな」
〈!〉
「あの世の仲間を待たせたくないなら、そうするといい。俺は疲れたから降りるわ。ファ〜眠い」
〈……お前はなんでそんな冷静なんだよ。あいつらをぶっ殺せる最高の機会だろ!?〉
「なんでって……あんな奴ら、いつでも殺せるからだろ? そんな必死になることはねぇよ」

 それだけ言って、ヒダカのウィンダムは基地へと降りた。
 それに少し遅れて、先ほどのウィンダムも降りてきた。

「……」

 2人はそれ以上会話を交わすことなく、基地へと入っていった。



 それから1年後、大戦はデュランダル議長の死を持って集結した。
 ヒダカは終わるまでの間も戦果を何度か上げ、終戦後は少尉に昇進。
 『蒼天のベルセルク』という二つ名も拝命した。
 そしてこれは、終戦からしばらく経った頃のこと。

「入りたまえ」
「失礼致します」

 ヒダカは形式的な言葉と敬礼をしながら、ある部屋に立ち寄った。
 ここは彼の上官の部屋だ。
 ヒダカはこの上官に、入隊してから今までとてもよく面倒を見てもらっていた。
 そしてこの上官は、今の大西洋連邦では珍しい「ブルーコスモス」の派閥だ。当然、周囲にはバレないよう隠されているが。

「今日君を呼んだ用件だが……コンパスは知っているな」
「はっ。目下、ブルーコスモスの最大の脅威であります」
「そうだ。早急になんとかせねばならないが、あの組織の運営にはうちの上層部も絡んでいて手が出し辛かった。だが、状況が変わった。君にコンパスへの出向を命じる。所属先はザフト最新鋭戦艦、ミレニアムだ」
「! それはつまり……」
「そういうことだ。君の"活躍"に期待する。全ては青き清浄なる世界の為に」

 "活躍"というのは当然コンパスの活動のことではなく、スパイをしてこいということだろう。
 内情を探り、組織の規律を乱してあわよくば瓦解させる。
 ついでにザフトの新戦艦のデータ等も引き抜ければ御の字、と言ったところか。

(俺の本領はモビルスーツの操縦なんだけどな……)

 ハッキリ言って無茶振りに等しい上官からの命令にため息をつきそうになるが、グッと堪える。

「任務、了解いたしました。青き清浄なる世界の為に」

 敬礼し、任務を受諾するヒダカ。
 だが彼はまだ知らなかった。
 この出向が彼の人生を、そして世界を変えることになるということを。

続(きは誰かが書)く
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening