ヌオーと古代王 人物紹介① エンヘドゥアンナ


 女神イシュタルと、その夫アヌキガル(はじまりの六ヌオー)の娘。
母であるイシュタルとその親族には溺愛されていたらしく、“天の女主人”たる権能を持っている。
それは場に存在するだけで他者の気力を増すなどの効果として現れている。

 出自としては完璧な神霊ではあるが、父より遺伝したヌオーとしての性質故に、立ち位置的には人間寄りとなっている。

 人間形態の容姿は、当時の女神イシュタルに似ているが、ヌオー的な穏やかな雰囲気と母性的な包容力ゆえか印象がだいぶ違う。
圧倒的な美で場を支配するのがイシュタルなら、ほんわかとした包容力で場の主導権を気付けば握っているのがエンヘドゥアンナである。

 ギルガメッシュとの出会いは、彼が王に就任した直後の時期に、修行としてウルクに出向した時である。
当初のギルガメッシュは、イシュタルとその親族に溺愛されている彼女を危険視し、祭祀長の地位を与え厄介払いした。
しかし厄介払いしたと思っていたのはギルガメッシュだけで、ウルクの人々は、いずれエンヘドゥアンナを妻に迎え入れるための下準備に、祭祀長の地位を与えたのだと思っていたようだ。

 彼女は祭祀長としての務めを完璧に行っていたが、それと同時に神でありながらウルクの市井の人々とも交流していたという。
彼女の、その在り方を理解できなかった幼き日のギルガメッシュは、「あなたは何者なんですか?」と訊ねたという。
そう訊ねられた彼女は微笑しながら
「私は、人でも神でも無い存在です王様。 強いて言えばお父様と同じヌオーでしょうか? 
 まあ、私はお父様とも色々と違います。 なので私は私、エンヘドゥアンナと覚えてください」と答えたという。

 その答えに、ギルガメッシュはあまり納得は出来なかった。
しかし、はぐらかしているとかではなく、本心から答えているのは理解できたので彼は、それ以上何も言わなかった。

 ギルガメッシュは、定期的にエンヘドゥアンナについて調べたが、それでも彼女のことが理解できなかった。
ギルガメッシュは、人間の人生にさほど価値を感じていなかった。
だが彼女は、キラキラとした瞳で
「人も、その歴史も、成果物も私は価値があるのだと思います。
 う~ん、なんでかと言われると困りますね。
 だって、価値とか意味とか考える必要なんてなく、私には尊い宝石のように見えるからです」、そう語るエンヘドゥアンナを美しいとは思いながらも、ギルガメッシュには彼女の瞳に映る世界が理解できなかった。

 そして、その言葉に偽りが無いことは日々の言動からも確かだった。
女神イシュタルの気紛れに殺されかけた人々を彼女は守った。
いかにイシュタルに溺愛されていても、あの女神の怒りに立ち向かえるのは凄まじい胆力である。

 こうして幼年期のギルガメッシュはエンヘドゥアンナが気になりつつも、関係が進むことは無かった。

 青年期に入ると、ギルガメッシュは暴君になった。
当然ながらエンヘドゥアンナは、ギルガメッシュを諫めた。
だが、年々悪化するギルガメッシュの暴虐ぶりは、ウルクの人々にいつかエンヘドゥアンナ様を殺してしまうのではと心配させるほどだった。

 なお初夜権を行使する好色さを見せながらも、ギルガメッシュとエンヘドゥアンナはこの時期には、そういう関係にはなっていない。
ギルガメッシュ曰く
「エンヘドゥアンナ。 あの女は我の好みではない。
 容姿はたしかに素晴らしい、“至高の宝石”と称されるのも無理はない。
 が、あの女の精神は、もはや慈母神とかそう言う域なのだ。
 あの善良の極みたる父、傍迷惑の代名詞である母との間に産まれたことや、
 父がいない間の母親の面倒を見られる包容力ゆえにああなったのは分かるがな。
 
 とはいえ、我は甘えたいのではなく、愛でたいのだ。
 ゆえにあれは、趣味の範疇外というわけだ」としている。

 民達の訴えを聞いたイシュタルは、ギルガメッシュを始末しようとしたが、アヌに止められた。
とはいえ、ギルガメッシュの暴走を許せば、いずれエンヘドゥアンナは死ぬ。
そう考えた神々は、エルキドゥをギルガメッシュに差し向けることにした。

 その顛末は省略するが、ギルガメッシュとエルキドゥは親友となった。
エルキドゥの義母であるシャムハトと、エンヘドゥアンナが親しい関係だったこともあり
エルキドゥとエンヘドゥアンナはすぐに親しくなったという。

 ギルガメッシュとエルキドゥが冒険し、ウルクに帰還した二人を、エンヘドゥアンナが麦酒とアカル(大麦パン)を用意して労うのは日常的な光景だったという。
ギルガメッシュにとってもエルキドゥにとっても、二人の帰りを笑顔で迎える彼女と、その後の宴会で冒険の自慢話をするのが、最高の楽しみだったのだとか。

 そんな幸福な日々は、フワワの討伐後のある出来事を機に崩壊していく。
当時のギルガメッシュは最高に輝いていた。
そんな彼にイシュタルが興味を持つのは自明の理だった。
かりに、ギルガメッシュとエンヘドゥアンナが結婚していても、強欲なイシュタルはまとめて二つとも自分の物にしていただろう。

 そしてイシュタルがギルガメッシュを口説く場に、エンヘドゥアンナはいなかった。
彼女はエルキドゥとともに、フワワの葬儀を行っていたからだ。

 ギルガメッシュは、イシュタルの容姿はエンヘドゥアンナに似て美しいが内面は比較対象にするのは、あまりにアレに無礼だと、イシュタルに叩きつけた。
本来は、イシュタルに愛された男の無惨極まりない最期を、一つ一つ懇切丁寧に突きつけようと思った。
しかし、イシュタルの存在そのものがエンヘドゥアンナへの侮辱だと思ったせいで、わりと直接的な言葉を叩きつけたのである。

 イシュタルは激怒し、準備を整えてギルガメッシュを徹底的に殺すことを画策した。
まずは父である大神アヌにグガランナの使用許可を願い出た。
アヌは「ギルガメッシュの言ったことは、もっともだ。 エンヘドゥアンナは母であるお前に余計な汚名がつかないように、尽力していたではないか。ギルガメッシュへの報復は我が身を省みてからでも遅くはないだろう」とその要請を拒否した。

 とはいえ娘に甘いアヌは、イシュタルの脅迫と泣き落としの併せ技に屈して、グガランナを渡してしまった。

 イシュタルは頭に血が上った状態とはいえ、娘は可愛いので、娘を誘拐して自身の神殿に閉じ込めた。
母の行動に異常を感じたエンヘドゥアンナが、神殿を出てウルクに辿り着いたときには、
全てが終わっていた。
グガランナは討伐されたが、ウルクは荒れ果て、数多の人々が死んでいた。

 エンヘドゥアンナはこの時、はじめて母を拒絶した。
イシュタルはエンヘドゥアンナに許しを乞うたが、それが犠牲になったウルクの人々への物でないのならば、聞き入れるはずがなかった。

 ウルクの復興に尽力する彼女の姿は病的で、ギルガメッシュとエルキドゥが協力して、彼女を霊薬で寝させたりするほどだった。

 なおイシュタルは娘の拒絶のショックが大きく、ギルガメッシュとエルキドゥの処遇を決める会議には参加できなかったという。
そして会議の結果、エルキドゥの死が決定された。

 この時、ギルガメッシュもエルキドゥもエンヘドゥアンナも大きく狼狽した。
やがてエルキドゥが死亡するとギルガメッシュは、病的に死を恐れるようになった。
なお、エルキドゥはエンヘドゥアンナにギルガメッシュの面倒を頼んだという。

 そんなギルガメッシュに、エンヘドゥアンナは定命の命の尊さを語ったが、
「永遠を生きられる者が、定命の尊さを語るなど愚の骨頂。
 お前は安全な場所から、他者を論評する卑怯者だ」と返されてしまう。
それに対して、エンヘドゥアンナは神印(ディンギル)を微笑みながら砕いて、定命になった。

 ギルガメッシュはエンヘドゥアンナに恐怖した。
神が定命になる苦痛は、神であればいかなる者も耐えられない。
では目の前の存在は?

 ギルガメッシュは不死を求めて旅に出た。
エンヘドゥアンナを見るのが辛かったというのも一因だろう。

 エンヘドゥアンナが定命になったことは、多くの神々を悲しませた。
その筆頭はイシュタルであり、次いでアヌにシャマシュだろう。
なお、父であるアヌキガルは、悲しみながらも娘の選択を尊重した。

 その後、イシュタル達のたびたびの懇願の甲斐無くエンヘドゥアンナは定命の存在として生きて、死んだ。

 ギルガメッシュがウルクを留守にしているあいだ、エンヘドゥアンナは女主人として、完璧な統治をしたが、ギルガメッシュが居た頃よりは発展させられなかった。

 そしてギルガメッシュが不死の旅を終えて、ウルクに帰還した際には笑顔で出迎えたという。
……なお、ギルガメッシュの雌牛発言や胸やお尻を揉む等の行為には、さすがに笑顔を凍り付かせて、思いっきり頬を打ったそうである。

 その後、なんやかんやでギルガメッシュとエンヘドゥアンナは結婚し、一男一女に恵まれ、次代の王となる男の子が成人した時にエンヘドゥアンナの寿命は訪れた。
その際にエンヘドゥアンナは
「死ぬのは怖いけれどね。
でも一つだけ、とても嬉しいことがあるの、それはね。
みんなと同じ“雑種”になれた。ええ、私はいつでも“特別”だった。

いや“特別”が嫌だったとか言う気は無いわ。
だって“特別”じゃなかったら、お母様とお父様の娘になれなかった。
あなたやエルキドゥにも出会えなかったし、あの子たちの母親にもなれなかった。
だから、これは無い物ねだり、“雑種”と呼ばれる、みんなに憧れただけのこと。

でも、“雑種”になれたことで、あの日のあなたの気持ちや、みんなのことも少しだけ
分かれたのは、とても嬉しいの。
……む~、あなたって最後まで毒舌ね。
お前みたいな雑種なんていてたまるか! お前みたいなのは一人で十分だなんて。

……ありがとう、あなた。
あなたはどうか知らないけれど、私はあなたの妻になれて幸せでした」
と遺言を残したという。

 ギルガメッシュはエンヘドゥアンナの死に涙を流しはしなかったが、その最後の時まで、無意識に彼女に呼びかけることがあったという。
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