~コンパス通常業務~


≪始≫

暗闇をミサイルの雨が飛び交い、黒煙が星空を覆う。
 無数のMSが蝗の如く押し寄せ、ゴリアテめいた機械の巨人が全てを破壊せんと都市を蹂躙する。
 どこにでもある戦場の光景‥‥とはいえない。
 この繊細は第二次プラント連合大戦終結から始まった新たな地獄。戦略的目標も何もない、ただただ己のエゴと憂さ晴らしをするためだけのテロ。
 ゆえに、彼らは何も躊躇しない。病院を攻撃することも、避難所を爆撃することも、女子供を踏み潰すことも。
 破壊の化身――デストロイガンダムが腕を切り離し、遥か前方にあるサッカースタジアムを蹂躙せんと飛び立つ。
 スタジアムの空から黒い腕がみえたとき、市民たちは絶望のままにあの世へと旅立つだろう。


「ギャラクシービーム発射ァァァ!!!!」

 しかし紅い閃光が、燃える空を切り裂き、対地爆撃ウィンダムごとデストロイの腕を撃ち落とした。
 戦艦の砲撃にも匹敵する高エネルギー攻撃など、本来であれば都市部で放つようなものではない。
 鉄と血が焦げる匂いが夜の風にのって都市に充満していても、まだここには民がいる。
 彼らを護る、ザムザザー改め流星号がいる。
 ギャラクシービームなる連合の兵士が聞けば卒倒しそうな高出力ビームが、空に向けて放たれたのだ。

「ミサイル・浮遊腕、およびウィンダム4機撃墜確認!後方のスタジアムに被害なし!!」
「こちとらキラの兄貴とアスラン野郎からドラグーン対策をみっちり仕込まれてんだ!!そんなノロマな遠隔攻撃見逃すかよお!」

 機器観測をするヤマギが漏れなく虐殺攻撃を補足し、火器管制と駆動系を操るシノが容赦なく撃ち落とす。
 戦闘が始まってからはや1時間。避難スタジアムの真っ正面に鎮座するザムザザー流星号は鉄壁の守りで民の守護者となっていた。
 かつては連合の兵士もいただろう、下品なバイオレットピンクに染め上げられノーズアートまで施されたザムザザーをみて、彼らは何を思うか。
 少なくとも、敵として相対した・拠点防衛に徹したザムザザーの憎らしさを思い知ったに違いない。

「よくやった流星号!こんなもんとっとと墜とすに限る!」

 間髪置かずムウの駆るムラサメがもう片方の浮遊腕とウィンダムを撃ち落とした。ある意味ではキラ以上に人間を超えた男に、鈍い動きで浮遊する・狙いどころも明らかすぎるオールレンジ攻撃などいい的だろう。
 厄介な浮遊物がいなくなり、ムラサメ隊がジリジリと戦線を押し上げていく。

「デストロイに動きあり!全機要注意!」

 スーサイドアタックそのもので暴れるブルコス残党だったが、連中とて勝ち筋があるならそこに突き進む。
「あの下品なザムザザーを墜とさねばジリ貧だ」と判断し、低空を侵攻するウィンダムが突貫を仕掛ける。

「甘い!狙いがバレバレなんだよ!」
「そっちが使ってる戦術を!」
「俺達が使わないとでも思ったかァ!!」

 ゲルググメナース三機の一矢乱れぬ連携が、ザムザザー流星号の脇腹を突かんとした哀れなウィンダムを薙ぎ払った。
 制空権を確保し、デカいMAに蹂躙させ、随伴に小回りの利く機体を配置する。奇しくも全く同じ戦法、であれば勝敗を制するのは練度と士気。
 日に日にベテラン兵を損耗していき、ロクな訓練もままならずデストロイ頼りのブルーコスモスが勝てる道理などない。
 勝てる道理などないからこそ、ブルーコスモスは勝敗を度外視した行動をとる。デストロイがMA形態へと変形し、主砲四門ドライツェーンを構える。

「直上へ15m浮上!」

 ヤマギの警告の瞬間、シノは流星号をピタリその位置につける。ひとたび撃てば大地を抉る高出力ビームをすんでのところで回避‥‥したのではない。
 受け止めた。
 ザムザザー流星号のもつ陽電子リフレクターが、スタジアム避難所を焼かんとするビームを防ぎきった。
 ヤマギは回避のための指示を出したのではない、後ろにいる市民を自分たちが守るための位置を示したのだ。

『奴らは勝つことを考えちゃいない、負けるとわかれば"嫌がらせ"に走る。それを阻止することもお前たちの戦いだ』
『幸い、デストロイのデータは十二分に集まってる。阿頼耶識による精密操作と観測機能があれば、新型流星号はドライツェーンを防ぐ強力な盾になるはずだ』

「見たかブルコス野郎め!これが流星号のギャラクシーバリアだ!!」
 
 ブルーコスモスには「金のためにここまで命を張るかこの傭兵団は」と狂気を抱かれただろう。
 旧式ジンで無謀な戦いを挑んでいる国軍には勇猛果敢なる献身に見えただろう。

 しかしシノとヤマギにとってはそうではない。
 アスランには死ぬほど鍛えられた。
 キラの死なせたくない想いを受け止めまくった。
 であれば、たかだかビーム一つ止めることなど造作もない。必要なのは土壇場のド根性。
 明日に向けて生きるために戦う、何よりも強い力だった。

「お返しのぉ‥‥ギャラクシービーム発射ァ!!」

 お前も食らってみせろと言わんばかりに、シノは流星号のクローから高出力ビームを発射する。
 されど、デストロイも陽電子リフレクターを装備しているがために、ギャラクシービームは命中するどころかその寸前で弾かれてしまう。果たしてこの行動に意味や意義はあったのか。流星号の珍奇な行動に、ブルーコスモスの隊列行動に嘲笑めいた困惑が広がる。
 だが、この一瞬こそが必要だった。

「鈍い」「隙ありッ!!」

 最前線にいたバルバトスとグリムゲルデが、デストロイと流星号が作った「道」を一気に駆け抜けていく。
 痺れを切らしたデストロイが主砲でスタジアム避難所を狙うことは、マリュー艦長が予測をつけていた。重要なのはそれを如何にして防ぐか、普段の訓練の成果を発揮できるか。
 そしてデストロイが主砲ドライツェーンを放つということは、敵もまた射線上から退避する。そこに敵はいない。
 一手に懐へと飛び込める「道」ができるわけだが、デストロイにも迎撃装備はある。迂闊に飛び込めば死……だが、その小回りのきく火力はムラサメと流星号が潰し、さらに「道」を突き進む二機のために一瞬の隙まで作った。
 ギャラクシービームは本命ではない、自分が目立つための愚考でもない。コンパスが、鉄華団が勝利するための道筋を告げる、仲間へのド派手な狼煙だった。

「見飽きてるのだよ、壊す一辺倒しか芸のない醜悪なる姿は!」
「いい加減、出てくんな」

 赤い二刀流か、ガンダムタイプか。
 今度はデストロイ自身が致命的な隙を産んでしまい―あるいは生体CPU自体の"教育"も疎かなのか―致命的な肉薄を許す。
 飛び掛かったグリムゲルデはドライツェーンの主砲を飴細工でも斬るかのごとく斬滅し、バルバトスは対物斬艦刀でコクピットを一突きに貫いた。
 英雄たちが、またしてもデストロイ撃破を成し遂げた。

 ブルーコスモス残党の戦略はデストロイが大暴れすることが大前提になっている。虎の子を墜とされたウィンダムが退却していく。
 だが、動きが遅い。

「妙だな、引き際だけは立派だったコイツ等の足が妙に遅い……こちらフラガ!ラミアス艦長、連中の動きが妙だ!そっちで何か探れるか!」
「了解!イツカ隊長、」
「了解!こちらアイアン01、オルガ!アイアン03ダンテ、相手に怪しい動きはあるか!」

 後方に控えていたアークエンジェルから、現地で展開しているロディ隊のランドマン・ロディ(電子戦改修仕様)へ指示が飛ぶ。

「こちらアイアン03ダンテ、今報告しようと思ってたとこだ!モビルワーカーでもモビルスーツでもねえ反応がいくつか確認できる!熱源をみるかぎり人間が複数乗ってるみたいだが…」
「退却の足か?」「いえ、まさか‥‥」
「マンハントだ!!」

 マリューとオルガが車両爆弾も含めた多用な可能性を探るなか、"前職"の記憶が残るムウが確定情報を弾き出した。

「奴らここで"人材補充"をしたようだ!!そのトラックは攫われたここの市民が乗ってる!!」

 コンパス・アークエンジェル隊全員の血の気が引き、脳裏に浮かぶ。この先に待つ、最悪の未来を。

「ロディ隊およびバルバトスとグリムゲルデは輸送トラックを最優先で確保しろ!"潰す"のは運転席だ、間違っても"荷台"にぶつけるんじゃねえぞ!!!」
「モビルワーカー隊緊急発進!!」
「フラワー01了解!ハッシュ・ミディ、出ます!!」
「ハーケン隊は流星号と協力して引き続きスタジアムの防備を!スタジアム内にも"敵"が紛れ込んでる可能性があるわ、注意して!」
「「了解!!!」」

 コンパスの戦いは、命を守るための戦い。ゆえに、ブルーコスモスを撃退できたとしてもそれだけで勝利にはならない。

 コンパス・アークエンジェル隊が会敵したこの日の戦闘、市民の死者行方不明者は91名、死傷者378名。
 大型の人材補強とその連携を完璧に仕上げた結果、活動から史上初の死者3ケタ到達を阻止したことは、市民たちから大いなる賞賛を集めた。

「それでも死人は出ちまったんだがな…特に、ムウのおっさんは悲しそうな眼をしてやがった」

 だが喜びに浸ることはなく。傭兵団の団長は怒りと悲しみの無表情で悪辣なる非道を嘆いたと、後年語られている。

 後に戦災に遭った市民たちもまた、「モビルワーカーの兄ちゃんたち、立派だったよ。ありゃ兵士さんのツラだ」との言葉を残した。

 鉄華の意志は、確実に世界へと広がっている。


≪終≫
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening