貴婦人の配信生活


「みなさまぁ!ごきげんよう〜♪」
 
 そんな何の捻りもない挨拶で私(ワタクシ)の配信は始まりますの。なんでもカタコトだけで十分キャラは作れている、とのことですがよくわかりませんわ。
 この時代では派手なカツラとお化粧をして、私はカメラの前に立つのです。首から下はきわめてラフな服装であるジャージを着ています。頭とのギャップによりキャラが引き立ち、ラフな格好は親しみを生むとアドバイスされました。

「皆さんのよき友人、リリー・ド・ドラゴニョンですわ!初めての方は以後お見知りおきを、そうでない方は再訪頂き大変嬉しいですわ」

 私は心からの笑みで、遥か遠くにいるご友人方に語りかけるのです。この生活を始めてもうすぐ10か月が過ぎようとしていて、このお仕事に慣れ、自然に振る舞うことができています。

「本日は、ア〇ビ大全で10勝するまで眠れない部屋と題しまして耐久配信をいたします。もちろん、得意なものばかり選べないよう、勝利するごとにダイスを振って次のゲームを決めますわ」

 18歳の時、1年と10か月前に17世紀のフランスから遠い未来の日本に飛ばされ、右も左も分からぬところからよくここまで来たと自惚れたいところですわ。

「あら、スーパーチャット痛み入りますわ。本日もご支援に恥じない配信をお約束しますわ!」

 現在の私は、さる高貴な血筋の流れ者として、『配信者』となり皆様に様々なエンターテイメントをご提供することにより日々の糧を得ておりますの。 
 私を拾ってくださった人はこの仕事を現代の道化師と表現しておりました。この時代で活かせるような学と後ろ盾を持たないものが財をなせる数少ない方法だと。

 道化と呼べるような仕事をすることに反発はありましたが、元居た時代ではどれだけ切望しても得られなかった自由を手に入れるための手段と考え、やってみることにしました。
 『道化師』は型にはまらないあり方を体現するものだと思えたのです。
 近頃はこの『配信者』は『道化師』であるという考えには別の側面があると思えてきました。

 ー今日もキッツイメイクだなー

「あら、それはごめんあそばせ。おほほほ」

 私は、敵意を含んだ言葉を受け流します。
 
 『配信者』は時に理不尽な悪意を向けられることもあります。そんな時こそ、嘲りすら賞賛と捉える『道化師』と成りきるのです。

 そうして何度かの敗北と勝利を繰り返したのち…ついに9連勝まで上り詰めましたわ。


「Ça y est !!チェスですわ!」

 次のゲームを決めるダイスで私は最も得意なチェスを引き当てる。

「これは『カチカク』というやつですわ~!」

 私は遠くの誰かさんと向き合うのです。気分は決闘に向かう紳士。相手は素人ではなく、かなりの手練れ方でした。
 試合が始まる前にコメントの表示を切りしばし、観客の皆様のこと忘れ、二人の世界へ入らせてもらうのです。序盤は一進一退、中盤から少し押している、マウスを握る手にチェスの駒の硬さを感じてしまうほど、私は試合に没入します。もう一歩で勝利と企画の達成に手が届く、その高揚感で配信中であることすらも忘れてしまいそうでした。
 そして勝ち筋が見えて…

「~~~!」

 次の瞬間、なんと私は声にならない悲鳴を上げていたのですわ。相手は劣勢に見せかけてチェックメイトへの秘密の道をこしらえていたのです。とんだ策士でしたわ。ちなみにこのシーンはその配信のハイライトとなり、その後切り抜かれたりしました。

 ※

「う~ん」

「あ、目が覚めた?はいこれ紅茶」

 昼過ぎに遅い起床をした私に、目覚めの紅茶を差し出す彼女こそ、路頭に迷っていた私を拾い、配信者に仕立て上げた、安藤ホシネその人ですわ。

「さっきの配信良かったよー。再生数も伸びてる」

 彼女は自分用に淹れたコーヒーを啜りながら、報告してくれます。結局夕方に始めた配信は朝方まで続いてしまいましたわ。その甲斐あって利益はかなりのものだとか。
 彼女は私の生活と環境を整え、配信の利益の半分を取り分にして共同生活を送っています。彼女は過去を詳しくは語ってくれませんがフランスにいたことがあるらしく、私に日本語やこの時代の常識を教えてくださいましたわ。彼女との出会いは、まさに人生で一番の幸運でした。

「しっかし、一年でよくここまで来たもんだ。フリッフリのドレスで街中を歩くあんたを観たときは度肝を抜かれたよ」

「あの時のことは今思い出しても肝が冷えますわ」

「あれからもう、2年近く立つのか。あ、少し気が早いが一周年記念で歌う曲考えとけよ」

 私の配信のメインコンテンツの一つは歌唱です。この時代の様々な曲をカバーさせていただいていますわ。歌手を志していた私にとって歌で評価していただけているのはまさに夢のようにうれしいこと。
 配信活動一周年を記念する歌は、特別なものにしたいと願っています。どんな曲にしようか、現代の日本の素敵な曲を数多く聞かせてもらいました。
 選曲のために思考を巡らせますけども、頭に霧がかかるように別の話題が頭の中を占拠してしまいます。

「………」

「おい、どうした?黙り込んで」

 突然沈黙してしまった私の肩に彼女は手を置きました。

「地元ことでも考えてたのか?」

「何故、それが!?」

 彼女の心を見通したような一言に、私はひどく動揺してしまいます。

「配信でもそういう話題出てたからな、そっから顔が曇ってたし」

 配信の中盤あたりで、親の抑圧に困っていてどうしたらよいかという視聴者様から相談コメントを頂きましたの。
 時に鋭い諫言をするのも道化師の役目。僭越ながらも私は、自分の経験から勇気を出して親元を飛び出すようアドバイスさせていただきました。実体験からでた簡潔なアドバイス、それだけのはずですわ。

「お前、地元の情報入れないようにしてたよな」

「ええ、知ったって、どうしようもありませんもの」

 下手な感傷を持ちたくない。今を生きるのに精一杯なのですから。

「押さえつけてくる母親が、嫌いだって言ったな」

「そのことが、どうしたというのです?」

 私はあえて避けていると相手も分かっているはずの話題を押し付けられ、声にいかりがにじんでしまいます。

「なあ、あたしは思うんだ、お前はこの2年近くすげースピードで周りに慣れてきた。それはお前の持つ才能と努力故だって」

「………?」

脈絡なく話し出す彼女に私は困惑し沈黙するほかありません。

「でも、他のもののおかげでもあるとも思ってる」

「なんですの?」

「お前、育ちがいいんだよ。なんつーか?教養があるっていうか…」

「それがなにか?」

彼女の話は要領を得ず、私に苛立ちが募ってしまいます。

「つまり、お前がうまくやれてるのはお前のカーチャンの教えのおかげなんじゃないかってこと」

 母の教え、あの厳しく拷問のような日々が私を助けている?認めたくはなかった。私はそれらを否定したからここにいるのだから。

「認めたくねーのも分かる。私も前はそうだった。でも今までだいぶむちゃして生きてきたが、鬱陶しいだけだと思ってた親父に、親父に仕込まれたことに助けられたことが何度かある。そのことを認めるのにはそれなりにかかったが、認めちまえばそれまでマイナスだったもんがプラスになった気がしたんだ」

 それらは彼女から聞きたくないタイプの言葉でした。まるで母親が子供に言い聞かせるような窮屈さがあるのです。母というものから逃げて彼女に出会ってその包容力に救われていると感じたから…。

「お前も本当は薄々気づいてんだろ?」

「あなたの言葉が本当だとしても!私にどうしろというのです⁉」

 私はついに怒りを表に出してしまいます。私にはもはや過去はなく、未来を広げるしかないと決意していたのですから。

「お前が過去のことをどう捉えるかはお前の自由だ。ただお前の胸の中に抱えてるもんがるなら向き合ってみてもいいんじゃないか?」

ホシネは自分のスマホの画面を見せてきました。それはフランス語で書かれていました。

「だいぶ前に見つけてな…お前に見せるかどうか悩んでたんだ。読んでみな」

 私は読みなれない現代フランス語を苦労しながら読み解いていく。

「これは、私の地元の歌劇場?こんなもの、私のいた時代にはありませんでしたのに…創始者は…お母さまっ⁉」

 私はたまらずホシネの顔を見る。彼女は悪戯っぽく微笑みながら言うのです。

「この劇場ができた時のエピソードがちょうど劇になっているらしい。見たい?」

私は即答はできませんでしたが、少しの逡巡の後うなずきました。

「だよな~でも、ム・リ~さすがにパスポートの用意は難易度が高すぎる」

「え、ええ~~~」

拍子抜けする返答に不覚にも気の抜けた声を出してしまいましたわ。
ホシネはそんな私の反応に満足したらしい彼女は、再びはがして言うのです。

「な~んて、運のいいことにネット配信されてるの見つけたんだ。観よ観よ!」

「もう!意地悪な人…!」

 ※

 あるところに貴婦人の中の貴婦人と呼ばれる、立派な女性がいました。彼女は領主の妻として、夫をよく支える女性でした。
 その貴婦人には一人の娘がいたのです。その娘は見目麗しく、才能に満ちていました。貴婦人は自身以上の立派な女性になると考え、厳しく教育を施しました。娘はその教育により貴族の女性に必要な教養や振る舞いを身に着けていきました。それには様々な芸術も含まれていました。それらの中でも娘が興味を持ったのが歌でした。娘の歌は実に素晴らしいモノで、社交の場で披露することもありました。
 貴婦人は娘の成長に満足し、愛する娘を心から誇りに思っていました。そして娘が16歳になったころ、貴婦人は娘に考えうる限り最高の縁談を持ちかけました。しかし、予想外のことが起こります。娘は縁談を拒否し、オペラで歌う女優になる夢を告白します。もちろん、貴婦人はその夢を否定します。貴族の中でも上流である彼女の娘が女優になるなどありえないことだったのです。
 その返答に絶望したのか娘は忽然と消えてしまいます。どれだけ探しても見つけることができません。愛する人を突然失った貴婦人は、教会で祈るしかできなくなりました。
 彼女は毎日祈る中で、聖歌隊と出会うことがありました。彼女はそれを見て、娘が歌を愛するようになるきっかけに思い至ります。娘がまだ幼いころ、貴婦人は家族でパリに旅行しそこで、娘にオペラを見せたことがありました。
 貴婦人はその時の娘の宝石のように輝く瞳と、幼子の戯言と聞き流した一言を思い出したのです。

「お母さま!私もあんな風に歌いたい!」

 それから、貴婦人は夫に無理を言い、小さな歌劇場と歌劇団を立ち上げたのです。その歌声を聞いて、娘が戻ってくると思えたのです。歌劇団は貴婦人の指揮のもと成長していき、名声を高めていった。
 しかし、時が過ぎても娘が現れることはありませんでした。やがて貴婦人は老いさらばえ床に臥せるようになります。
 やがて彼女は死の床で言いました。

「娘にはついに会えなかったけれど、私は歌劇団をつくったことを後悔していません。私はこの半生を通して娘が夢見たことの輝き、その一端に触れることができたと思っているからです。もし、天上の世界で娘に会えたら、このことを伝えともに歌いたい」

 そして、貴婦人は最後にこう言って眠りにつきました。

「ああ、私の小さいリリー。もう一度あなたの歌声が聴きたい…」

 ※

「は~い、皆様。今日の応援本当にありがとうございます」

 今日は、私の配信活動1周年の記念日。あの劇を見た後、私の心はぐちゃぐちゃになり、泣き伏せるような日々を送るようになり配信もしばらくお休みさせていただくほどでした。
 でも、今は気を取り直し、前を見て生きることにしました。取り戻せないこともあるけれど、母が私を思って行った『配信』は時を超えて私に届いた。だから私は母の思いが理解できたし、母が私を理解してくれたことを知ることができた。その奇跡を前に、私が止まるわけにはいかないのです。

「最後に、今日皆様と過ごせた幸せな時間と、今を生きて歌うことを教えてくれた大切な人に向けて歌います」

いつか母と会えた時、恥じることのない歌手であるために。

「どうか、聞いてくださいまし『小さきもの』」
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