アショカ王と女神ディーヴィ


 インド神話における最高位の女神ディーヴィには数多の伝承が存在する。
その中でも有名なのが、彼女が人間に転生するという伝承である。

 伝承によれば、女神ディーヴィとその娘達は、地上に苦しみが多いのは自身の不徳が原因だと考えた。
そのために、贖罪としてあらゆるカーストの人間に転生し続けるのだという。
化身(アヴァターラ)の派遣という形ではなく、自身を人間まで格を落としてという、神々にとって最悪級の苦役であった。
具体的な事例には、同様の状況に陥ったヴァス神群が、人としての生を得た瞬間に溺死させてほしいと懇願したというものが、マハーバーラタの重要なエピソードで存在する。
ゆえに、神々や聖仙達は定期的に彼女達が報われるように儀式を執り行い、それが衆生の益となるのだとか。

 だが悲しいかな、彼女達はあまりにも高徳過ぎて、人間に格を落とそうが記憶を消そうが、その高貴さがいずれは表に出てしまう。
当時では、悪い意味でカースト外とされた不可触民に転生した時ですら、そうなったのだとか。
そのために、どのようなカーストに産まれようとも、いずれは放浪しながら衆生済度。
すなわち苦しむ者達を救い出し、解脱へと導くようになるのだという。

 そのような無数の転生の中で、女神ディーヴィは、ある英雄と出会うことになる。
彼の名はアショカ、後にインド全土を平定することになる男である。
彼はマウリヤ朝の王子で、王の命令で反乱の鎮圧に向かったが、鎮圧には成功したものの重傷を負ってしまった。
その治療を、たまたま通りかかった。
当時は商人の娘であったディーヴィが行ったのである。

 アショカは一目で彼女の高貴さと徳に惚れ込んだ。
とはいえ、王子であるアショカが一介の商人の娘とそう簡単に結ばれるわけもなく、その時は恩賞を与えるにとどまったという。

 転機は、アショカが王になろうとした時だった。
彼は、その時にディーヴィを妻に迎えたのである。
当然ながら国政を担う大臣達や兄弟達は反対したが、ディーヴィを見た瞬間に、正妃に相応しきは彼女しかいないと確信し全員が忠誠を誓ったという。

 こうして王となったアショカは、インドを平定する戦いに乗り出し、それによって生じた惨禍をおおいに悔やんだ。
 正妃ディーヴィの尽力で敵味方双方の被害は抑えられたが、それでも紀元前3世紀という時代に十万人を超える死亡者を出したのだから、凄惨さがうかがえる。

 その後、アショカ王は法(ダルマ)の政治を実施し、インド全域を生涯見て回りながら、国の統治に尽力した。
彼の時代に限れば、宗教間の対立も無く、全体的に平和で安定した時代であったという。

 伝説では、女神ディーヴィとの契約でガンジス川の保護と、その見返りに繁栄を得たという。
後の王朝も建前上は、アショカ王と女神ディーヴィの契約を引き継いでいる形にする位には、インドにおいて重要なことだった。

 やがてアショカ王と女神の転生体であるディーヴィが没すると、国は分断されたが、事前に整えていたインフラやガンジス川の恵みのおかげで、民衆の苦しみは大幅に軽減された。

 それゆえに、女神ディーヴィとアショカ王は現代でも、インド全土でおおいに崇敬されているという。
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