語るなかれ、記すべからず


....朝の光が眩しい。
そんなことを思いながら今日も学校まで歩く。
退屈だ、ひたすらに退屈だ。
だが、別に今日もなにもない、なにもおきない、それが一番だ。
そんな独り言を呟きながら一人で黙々とあるく。
「!?」
次の瞬間視界がくらむ、それとほぼ同時に誰かに声をかけられる。
驚きながらも目の前にいる男(多分)の顔を見る。
やはり、同級生の廻、特別仲が良いわけではないがなぜかこいつとは縁が切れない。
そんなことを心の中で思った瞬間大きな声で廻が話し始める、、!?あと2分で遅刻?、、どうりで急いでたわけだ、流石の僕も遅刻は嫌なので渋々これまでよりスピードをあげ早歩きに変える
。校門をくぐった瞬間、チャイムが鳴った。
「ギリギリセーフだな」と廻が言う。 僕は返事をせず、靴箱に向かう。
教室に入ると、いつも通りのざわめき。 先生が来るまでの数分間、みんな好き勝手に話している。
僕は席に座り、窓の外をぼんやり眺める。
そのとき、ふと視界の端に違和感を覚えた。
廊下の向こう、誰かが立っている。 制服ではない。見慣れない服。 そして、こちらをじっと見ている。
僕は目を細める。 でも、次の瞬間にはその姿は消えていた。
「……気のせいか」
そう思いながらも、胸の奥に小さなざわめきが残った。
教室の窓から差し込む光が、机の上の消しゴムを白く照らしていた。
僕はそれをぼんやり見つめながら、先生の話を右から左へ流していた。 廻は隣の席で、ノートに何かを熱心に書いている。
「……そんなに真面目だったっけ」
僕がそう思っていると、廻がふと顔を上げて、目が合った。 「なに?」と小声で聞くと、彼は首をかしげるだけだった。
昼休み みんなが騒ぎながら校庭に出ている。
そんな中僕は一人図書室をめざし狭い廊下をあるく。誰もいない静かな空間、それが図書室、僕にぴったりだ。
静かにドアをあけ、その瞬間僕の目が大きく開いたのが自分でもわかる。そして、おもわず下を向いてしまう。
「はぁ、今日は朝から厄日かなにかなのか、?」
流石の僕でも声に出してしまう。
そして、もう一度目の前の光景を見る。
今日はどうも普通じゃない、なにかこう、事件でもおきそうな雰囲気だ。
なぜ教育の聖域である図書室が僕が苦手である陽キャが大勢、しかもめちゃくちゃに騒いでいる。
一瞬帰ろうかまよったがどうせ教室に帰ってもすることなどないので渋々陽キャの集団の中を無言で下を向きながらあるく。
、、、?一瞬ものすごく物騒な本を見たような気がした、なんか、小学校での殺人事件みたいな、、学校側も小学校にこの本を置くとは不謹慎なものだ、。どこか気になって仕方がないのでその本がどこにあるかを大体の記憶を辿りに探す。
.....ない、自分はこんなにも記憶力がわるかったか?と自分に問いを投げかけながら一人で本を探す。
ふと時計を見る、昼休みが終わるまであと5分か、、、5分!?自分でも驚いた、こんな本を探すのに昼休みのほとんどを使ってしまっただなんて、自分でも情け無い。気づけば図書室内に沢山いた陽キャたちもいつのまにかいなくなっている。
....僕も帰るとしよう。司書の先生に一礼をしてから教室を出る。
....廊下まで静かだ、本来こんな感じの空間が好きな僕でもなにか異様さを感じる
。廊下を歩く足音が、やけに響く。
まるで、誰かに聞かれているような気がして、僕は一度立ち止まった。
振り返っても、誰もいない。
ただ、掲示板の端に貼られた紙が、風もないのに揺れていた。
「……気のせいだろ」
そう言い聞かせて、僕は歩き出す。
教室に戻ると、みんなは昼休みの終わりを惜しむように、まだ騒いでいた。
廻は席に座って、何かをじっと見ている。 僕が近づくと、彼は顔を上げて言った。
「……図書室、行ってたんだろ?」
「なんで知ってる」
「さっき、陽太が“あいつ、また一人で本読みに行った”って言ってた。まあ、いつものことだなって」
僕は無言で席に座る。 廻は、僕の顔をじっと見てから、ぽつりと呟いた。
「.....変な本...見た?」
僕は一瞬息を止めた
「……見たような気がする。でも、見つからなかった」
廻は目を細める。
「“あの本”、俺も前に見た。でも、次の日には消えてた」
「……なんの本だった?」
「タイトルは覚えてない。ただ、表紙に“殺人”って文字があった気がする」
僕は、机の上の消しゴムを指で転がしながら考える。 “殺人”という言葉が、図書室にあるべきじゃないものの象徴のように思えた。
チャイムがなり、授業が始まった。
だが僕の頭はあの本のことしか考えていなかった。
そうして本のことを考えるとなぜか唐突に朝見た謎の人を思い出した。
......そういえばあの人、制服じゃなかった。
見慣れない服、そしてあの視線、明らかに僕を見ていた、確かに。授業中、先生の声は遠く、ただ教室の空気だけが耳に残る。 廻は相変わらずノートに何かを書いている
。 僕は、教科書を開いたまま、視線だけを宙に浮かせていた。
“あの本”と“あの人”。 関係があるのか?
いや、考えすぎかもしれない。 でも、気になる。
放課後。 教室を出ると、廊下は夕方の光に染まっていた。
誰もいない。 僕は、足を止める。
図書室に、もう一度行ってみようか。 そんな衝動が、なぜか胸の奥から湧いてきた。
階段を下りて、図書室の前に立つ。 ドアは閉まっている。
でも、内側から、誰かの気配がする。
僕は、静かにドアを開けた。
そこには、誰もいなかった。 ……はずなのに、棚の奥から、ページをめくる音が聞こえた。
「……誰かいるのか?」
声を出した瞬間、音は止んだ。
僕は、ゆっくりと棚の奥へ歩いていく。 そして、そこに――一冊の本が、床に落ちていた。
表紙には、赤い文字でこう書かれていた。
『小学校殺人事件記録』
僕は、息を呑んだ。
僕はしゃがみ込み、そっとその本を手に取った。
表紙はざらついていて、古びた紙の匂いがした。
「小学校殺人事件記録」――その赤い文字は、まるで血のように滲んでいた。
ページをめくる。 最初の数枚は、何も書かれていない。
ただの白紙。 でも、五枚目をめくった瞬間、僕の指が止まった。
そこには、手書きのような文字でこう書かれていた。
“この記録は、まだ終わっていない。”
僕は思わずページを閉じた。 心臓が、少しだけ速く打っているのがわかる。
誰が書いたのか。 なぜこの本が、図書室にあるのか。 そして――“まだ終わっていない”とは、どういう意味なのか。
「……廻に、見せるべきか?」
そう思った瞬間、図書室のドアが軋む音を立てて開いた。
僕は反射的に本を背中に隠す。 入ってきたのは、司書の先生――ではなかった。
制服ではない。 朝、廊下で見た“あの人”だった。
彼は、僕を見て、微笑んだ。
「それ、読んだんだね。」
僕は言葉を失った。
その声は、静かで、どこか冷たい。 僕は本を抱えたまま、言葉を探す。
「……読んだってほどじゃない。まだ、最初のページだけ」
男はゆっくりと歩み寄ってくる。 制服ではない。 年齢も、よくわからない。 ただ、目だけが妙に澄んでいて、僕を見透かしているようだった。
「その本は、誰かが読むたびに、少しずつ記録が増えるんだよ」
「……記録?」
「そう。過去のことだけじゃない。これから起こることも、書かれる」
僕は本を見下ろす。 表紙は、さっきよりも赤く見えた。 気のせいかもしれない。 でも、ページをめくる手が、少し震えていた。
「君が見た“違和感”も、すでに記録されているかもしれない」
「……朝の、あの人影?」
男は微笑む。
「それも、記録の一部だ。君が気づいた時点で、もう始まっている」
僕は、言葉を失った。 図書室の空気が、急に重くなる。 窓の外は、夕焼けに染まっていたはずなのに、今は灰色に見える。
「君がその本を見つけたのは、偶然じゃない。選ばれたんだよ」
「……選ばれた?」
「記録を、続ける者として」
男はそう言い残すと、棚の奥へと消えていった。 僕は立ち尽くしたまま、本を見つめる。
ページをめくる。
そこには、見覚えのある名前が書かれていた。
“廻”
僕は、息を呑んだ。
僕は本をそっと鞄にしまい、図書室を出た。 夕焼けが廊下の床を赤く染めている
。 さっきまでの出来事が、まるで夢だったかのように思える。 でも、手のひらにはまだ、あのざらついた表紙の感触が残っていた。
教室に戻ると、廻はいつものように席に座っていた。 窓の外を見ながら、何かを口ずさんでいる。 僕は、何事もなかったかのように隣に座った。
「……なに見てんの」
僕がそう言うと、廻は少しだけ笑って、
「いや、夕焼けがきれいだったから」
と、いつも通りの声で答えた。
その“いつも通り”が、逆に気に障った。
「……さっきの話、なんだったんだよ」
「さっき?」
「“あの本”のこと。お前、前にも見たって言ってたろ」
廻は少しだけ間を置いてから、
「うん、でも……あれ、夢だったのかもって思ってた
」と、曖昧に笑った。
僕はその笑顔を見ながら、心の中で思う。 ――嘘だ。 こいつ、何かを知ってる。 でも、それを言わない。
「……まあ、どうでもいいけど」
そう言って、僕は机に突っ伏した。 廻はそれ以上何も言わなかった。
教室には、夕焼けの光と、鉛筆の転がる音だけが残っていた。
次の日の朝。 僕はいつもより少しだけ早く家を出た。
理由はない。ただ、なんとなく、そうしたかっただけだ。
登校中、廻の姿はなかった。
いつもなら、どこからともなく現れて、僕に声をかけてくるのに。 それがなかっただけで、少しだけ空気が違って感じた。
教室に入ると、まだ数人しか来ていなかった。
窓際の席に座り、鞄から本を取り出す。 例の“記録の本”ではない。普通の推理小説だ。 でも、文字が頭に入ってこない。
「……おはよう」
その声に、僕は少しだけ肩をすくめた。 廻だった。 いつも通りの顔、いつも通りの声。 でも、僕の中では、もう“いつも通り”ではなかった。
「……おはよう」
僕は返事をした。 自然に聞こえたかどうか、自信はない。
廻は僕の隣に座り、机に肘をついて言った。
「昨日の本、どうだった?」
「……別に。何も書いてなかった」
「ふーん。じゃあ、気のせいだったのかもな」
廻はそう言って、笑った。 その笑顔が、どこか貼りつけたように見えた。
僕は、机の上の本を閉じた。 そして、心の中で思った。
――こいつは、何かを知っている。 でも、僕に言わない。 いや、言えないのかもしれない。
そのとき、教室のドアが開いた。 担任の先生が入ってきた。 いつもより少しだけ、顔色が悪いように見えた。
「……みんな、ちょっと静かにしてくれる?」
先生の声は、かすかに震えていた。
「今朝、○○くんが……登校途中に、事故に遭ったって連絡があって……」
教室が静まり返った。 誰もが言葉を失い、空気が重く沈んでいく。
先生は続けようとしたが、喉が詰まったようで、しばらく黙っていた。
「……今は病院に運ばれてるけど、意識はまだ戻っていないそうです」
誰かが小さく息を呑む音がした。 僕は、机の上の手をじっと見つめていた。
その手が、かすかに震えているのがわかった。
廻は、何も言わなかった。 ただ、前を向いたまま、目を伏せていた。
事故。 本当に事故なのか? “記録”の本には、まだ続きがあるのではないか。 僕は、昨日の最後のページを思い出す。
“廻”と書かれた名前の下に、うっすらともう一つの名前が浮かび上がっていた。 それは、今朝“事故に遭った”と言われた○○くんの名前だった。
僕は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「……記録は、これから起こることも書かれる」
あの男の言葉が、頭の中で繰り返される。
授業が始まっても、誰も集中していなかった。
先生も、黒板に向かいながら、何度もチョークを落とした。
僕は、鞄の中にある“記録の本”の存在を意識しながら、廻の横顔を盗み見た。
彼は、何も変わらないように見えた。 でも、僕にはわかる。 彼は、何かを知っている。
そして、僕も――もう、知ってしまった。
昼休み。 僕は、誰とも話さず、再び図書室へ向かった。 静かな空間。 昨日と違って、今日は誰もいない。
本棚の奥。 昨日、本が落ちていた場所に、何もない。 でも、僕は鞄から“記録の本”を取り出し、そっとページをめくった。
そこには、新しい名前が書かれていた。
“陽太”
僕は、息を呑んだ。
陽太――廻とよく話している、あの明るい男子。 何が起こる? いつ? どうして?
僕は、ページの下に書かれた一文を見つけた。
“次は、昼休み。”
僕は、立ち上がった。 図書室を飛び出し、校庭へ向かう。 陽太は、いつものように友達とボールを蹴っていた。
そのとき、校門の外に、見慣れない男が立っているのが見えた。 制服ではない。 昨日、図書室で僕に話しかけた、あの男だった。
彼は、校庭を見つめていた。 そして、ゆっくりと、門を開けて中へ入ってきた。
僕は、走った。 陽太の元へ。 でも、足が重い。 声が出ない。
“記録”は、止められるのか? それとも、もう――放課後
の図書室。 昨日と同じように、誰もいない。 でも、空気が違う。重い。静かすぎる。
僕は“記録の本”を鞄から取り出し、ページをめくる。 陽太の名前の下には、まだ何も書かれていない。
“次は、昼休み。” その一文だけが、ページの下に浮かんでいる。
「……まだ、起きていないってことか?」
僕は本を閉じ、棚の奥を見つめる。 昨日、あの男が消えていった場所。 何もない。ただ、古い本が並んでいるだけ。
そのとき、背後から声がした。
「……また来たんだな」
振り返ると、廻が立っていた。 彼は、昨日とは違う表情をしていた。 どこか、疲れたような、諦めたような顔。
「……お前、どこまで知ってるんだよ」
僕の問いに、廻は少しだけ目を伏せてから言った。
「俺の兄貴……昔、似たような本を見たことがあるって言ってた。小学校の図書室で。事件の前日だったらしい」
僕は息を呑んだ。
「……事件?」
廻は頷く。
「その学校では、ある日突然、男が侵入して……何人も……」
言葉が詰まる。 僕は、記録の本を見下ろす。
「それって……池田小の……?」
廻は静かに頷いた。
「兄貴は、助かった。でも、あの本のことはずっと忘れられなかったらしい。誰にも言えずに、ずっと抱えてた」
僕は、ページをめくる。 そこには、見覚えのない名前が一つ、追加されていた。 “佐藤先生”
「……先生まで?」
廻は、僕の肩に手を置いた。
「記録は、誰かが読むたびに進む。誰かが“気づく”たびに、広がる。だから、俺は……お前には見せたくなかった」
「でも、もう見た。止められないんだろ?」
廻は、少しだけ笑った。
「……止める方法は、あるかもしれない。兄貴が言ってた。“記録を終わらせるには、記録の“始まり”を見つけるしかない”って」
「始まり……?」
「この本が、最初に現れた場所。最初に読んだ人。最初に“記録された”事件。それを辿れば、何かがわかるかもしれない」
僕は、ページの最初をめくる。 そこには、古びた文字でこう書かれていた。
“第一記録:1999年6月8日 大阪府池田市”
僕は、息を止めた。 「……本当に、あの事件から始まってるのか」
廻は、静かに言った。
「俺たちが今いるこの学校も、何か関係があるのかもしれない。記録は、場所を選ばない。人を選ぶだけだ」
僕は、ページを閉じた。
「じゃあ、俺たちは……選ばれたのか」
廻は頷いた。
「でも、選ばれたからって、黙って見てるわけにはいかない。記録を終わらせるには、記録の“意味”を知らなきゃいけない」
僕は、図書室の窓から夕焼けを見つめた。 その光は、どこか赤すぎるように見えた。
「……明日、もう一度調べよう。記録の始まりを」
廻は、静かに頷いた。
「一緒に、終わらせよう」
陽太に話すべきか――その問いが、僕の中で何度も反響していた
。 昼休み、校庭の隅で一人座っている陽太を見つけた。ボールを蹴るでもなく、ただ空を見上げていた。
「……陽太」
声をかけると、彼はゆっくり振り返った。
「……あ、なんだ。びっくりした」
「ちょっと、話があるんだけど」
「話?何かあった?」
僕は、言葉を選びながら口を開いた。
「……図書室で、変な本を見つけたんだ。“記録”の本っていうんだけど」
陽太は首をかしげる。
「記録?日記みたいなやつ?」
「いや……もっと、変な本。事件の記録が書かれてて、しかも……これから起こることまで」
陽太は笑った。
「なにそれ、ホラー小説?」
僕は、鞄から本を取り出そうとした。 でも、その瞬間――陽太の表情が変わった。
「……あれ?なんか、見たことある気がする」
「え?」
その本。夢の中で見た。赤い表紙で、“殺人”って書いてあった」
僕は、息を呑んだ。
「……夢?」
陽太は、少しだけ目を伏せた。
「最近、変な夢ばっかり見るんだ。誰かが僕を見てる。制服じゃない人。図書室の奥から、じっと」
僕は、背筋が冷たくなるのを感じた
。 「……それ、俺も見た」
陽太は、僕の目を見て言った。
「じゃあ、これって……夢じゃないのかもな」
そのとき、校庭のスピーカーが鳴った。
「陽太くん、職員室まで来てください」
陽太は立ち上がった。
「……またか。最近、よく呼ばれるんだよな」
「何かあったのか?」
「わかんない。でも、先生たち、なんか俺のこと変な目で見てる」
陽太は、校舎へ向かって歩き出した。 僕は、その背中を見つめながら、記録の本をそっと開いた。
“陽太”の名前の下に、新しい一文が追加されていた。
“語られた者は、記録される者となる。”
僕は、ページを閉じた。 語ることは、救いではない。 それは、記録の“拡張”でもある。
――じゃあ、語らずにいれば、記録は止まるのか?
その夜、僕は夢を見た。 図書室の奥。誰もいないはずの棚の隙間から、誰かが僕を見ていた。
赤い目。白い手。そして、口元だけが笑っていた。
「語らなければ、記録される」
その声は、僕の耳元で囁いた。
「語れば、記録は広がる」
僕は、目を覚ました。 汗でシャツが張り付いていた。
記録の本は、机の上に置いたはずなのに―― 今は、枕元にあった。
そして、表紙の色が、昨日よりも濃くなっていた。

翌朝、僕はいつもより早く学校に着いた。
廻との約束が頭に残っていたからだ。記録の始まりを探る――それは、ただの好奇心ではなく、誰かを守るための行動だった。
昇降口で廻と合流すると、彼は小さな紙袋を持っていた。
「これ、兄貴の遺したノート。記録について書かれてる」
僕は受け取って、そっと中を覗いた。 古びた大学ノート。表紙には“記録観察録”とだけ書かれていた。
「……これ、いつ書かれたんだ?」
「2001年。事件の直後。兄貴は、記録の本を見たあと、ずっとこれを書いてた」
僕たちは、授業が始まる前に図書室の隅に座り、ノートを開いた。 そこには、震えるような文字でこう書かれていた。
“記録の本は、誰かの“記憶”を媒体にして現れる。 それは、忘れられたくない出来事の“残響”だ。 記録を見た者は、記録者となる。 記録者は、語ることで記録を終わらせる。 語らなければ、記録は事件となる。”
僕は、ページをめくる手が止まった。 「……記録って、誰かの“記憶”なのか?」
廻は頷いた。
「兄貴は、事件の前日に“記録の本”を見た。そこには、まだ起きていないことが書かれていた。 でも、誰にも言えなかった。言えば、記録が広がると思ったから」
「……それで、事件が起きた」
「そう。だから兄貴は、記録を“語る”ことが正しいのか、ずっと悩んでた」
僕は、ノートの最後のページを見た。 そこには、こう書かれていた。
“記録は、語られることで物語になる。 物語になった記録は、もう誰も傷つけない。
でも、語るには“覚悟”がいる。 語る者は、記録の“責任”を背負うことになる。”
僕は、ノートを閉じた。
「……俺たち、語るべきなのか?」
廻は、静かに言った。
「語るしかない。でも、誰に語るかは慎重に選ばなきゃいけない」
そのとき、図書室の奥から、誰かの足音が聞こえた。 僕たちは顔を見合わせ、そっと立ち上がった。
棚の隙間から現れたのは――昨日、校庭に現れた“あの男”だった。
「……また、君たちか」
彼は、静かに微笑んだ。 「記録を辿る者は、必ず“語る者”になる。
でも、語ることで記録が終わるとは限らない。 記録には、“意志”がある。
それは、語られることを望んでいる。 語られることで、記録は“生き続ける”」
僕は、息を呑んだ。
「……じゃあ、語ることは、記録を終わらせるんじゃなくて、続けることになるのか?」
男は、棚の奥へと消えていった。 その背中が、まるで記録そのもののように思えた。
廻は、僕の肩に手を置いた。
「……だからこそ、語り方が大事なんだ。 記録を“物語”にするには、語る者の“意志”が必要なんだ」
僕は、記録の本を見下ろした。 その表紙は、昨日よりも少しだけ色が薄くなっていた。
――語ることで、記録は変わる。 でも、それは“語る者”次第だ。
僕たちは、図書室を後にした。 次に語る相手を、慎重に選ぶために。
廻は、図書室の奥の席に腰を下ろすと、静かに語り始めた。
「……俺の兄貴、圭一が通ってた小学校。大阪の池田市にある学校だった。2001年の6月、あの事件が起きた」
僕は息を呑んだ。 その事件のことは、ニュースで何度も見たことがある。
男が小学校に侵入し、児童を次々に襲った。 8人が命を落とし、15人が負傷。 日本中が震えた、あの事件。
「兄貴は、図書室にいた。偶然、事件の起きた教室とは別の棟だった。だから、助かった。……でも、事件の前日、兄貴は“記録の本”を見たって言ってた」
僕は、記録の本を見下ろした。 その表紙が、今までで一番赤く見えた。
「兄貴は言ってた。『あの本には、まだ起きてないことが書かれてた』って。最初は信じられなかった。でも、事件が起きたあと、ページが増えてたらしい。そこには、亡くなった子たちの名前が、順番に書かれてたって」
僕は、言葉を失った。 記録の本は、ただの記録じゃない。
それは、誰かの“記憶”であり、“予兆”であり、そして――“警告”だった。
「兄貴は、それからずっと記録の本を隠してた。誰にも言えなかった。言えば、記録が広がると思ったから。……でも、結局、俺に託した。『次に現れたら、お前が終わらせろ』って」
廻の声は震えていた。 僕は、ページをめくった。
“第一記録:2001年6月8日 大阪府池田市” その文字は、他のページよりも深く刻まれていた。
「……記録は、あの事件から始まった。忘れられたくない記憶が、形になった。誰かが語らなければ、記録は事件として繰り返される」
僕は、ページを閉じた。
「……語るって、そんなに重いことなのか」
廻は頷いた。 「語るってことは、記録の“責任”を背負うってことだ。
誰かの痛みを、誰かの叫びを、ちゃんと受け止めるってことだ」
僕は、記録の本を鞄にしまった。 その重みが、今までとは違って感じられた。
――語ることは、終わらせることじゃない。 それは、受け継ぐことだ。 そして、忘れないことだ
。放課後。 僕と廻、そして陽太は、図書室の隅に集まっていた。
誰も口を開かない。空気が重い。
机の上には、記録の本と、廻の兄・圭一が遺したノート。 そして、僕が持ち込んだ一枚のプリントアウト。
「……これ、ネットで調べた。池田小学校事件。2001年に起きた、無差別殺傷事件」
陽太がそれを手に取る。 彼の指が、紙の端を震わせていた。
「……小学校に、男が侵入して、児童8人が殺された。
教師も含めて15人が負傷。 犯人は、出刃包丁を持って、教室を次々に襲った。」
廻は目を伏せた。
「兄貴は、その学校に通ってた。事件の前日、図書室で“記録の本”を見たって言ってた。 そこには、まだ起きていないことが書かれてた。……でも、誰にも言えなかった」
僕は、記録の本を開いた。 最初のページには、こう記されている。
“第一記録:2001年6月8日 大阪府池田市”
陽太が息を呑む。
「……じゃあ、この本は、あの事件から始まったってこと?」
「そう。誰かが“語らなかった”記録。それが、事件になった」
廻の声は、静かだった。 でも、その言葉の重さは、図書室の空気をさらに沈ませた。
「記録は、語られることで物語になる。 でも、語られなければ、現実になる」
僕は、ページをめくった。 そこには、事件の詳細が、まるで日記のように記されていた。
時間、場所、名前。 そして――“選ばれた者”という言葉。
「……この“選ばれた者”って、誰のことなんだ?」
廻は、記録の本を指差した。
「今は、俺たちだよ」
陽太が顔を上げる。
「じゃあ、俺たちが語らなかったら……また、何かが起きるのか?」
僕は、答えられなかった。 でも、記録の本の次のページには、こう書かれていた。
“語られなかった記録は、次の語り部を探す。 語る者がいなければ、記録は血で語られる。”
図書室の窓から差し込む夕陽が、ページを赤く染めていた。 まるで、記録が語られるのを待っているかのように。

図書室の空気は、どこか重たかった。僕は、再び「小学校殺人事件記録」のページをめくる。
前回読んだときにはなかった記述が、そこに現れていた。
“語り部が語ることで、記録は進む。語り部が沈黙すれば、記録は語り部の中で完結する。”
「……語り部って、俺のことなのか?」
ページの端に、見覚えのある名前があった。廻――あの男の名前だ。
彼は語った。
「語ることで、記録は広がる。語らなければ、記録は閉じる。」
僕は思い出す。廻の目は、何かを諦めたようで、どこか遠くを見ていた。
そのとき、ページがひとりでにめくれた。次の事件の記録が現れる。
“10月18日 午前9時42分。図書室。語り部、沈黙。”
「……今の時間じゃないか。」
時計を見る。まさにその時刻だった。
「僕が語らなければ、記録はここで終わる。でも、それって……」
ページの余白に、手書きのような文字が浮かび上がる。
“語り部が語ることで、記録は誰かの救いになる。”
僕は、静かに語り始めた。
「今日、図書室で……この本を開いた。そこには、僕の名前が……」

放課後、図書室の静けさが嘘のように、校舎の外では風が強く吹いていた
。窓の隙間から入り込む風が、ページを勝手にめくる。主人公は手で押さえながら、次の記述に目を落とした。
「10月18日、午後3時15分。図書室にて、記録者が“次の犠牲者”の名前を知る。」
時計を見ると、まだ午後2時50分。あと25分しかない。心臓が高鳴る。
記録者――つまり自分が、次の犠牲者の名前を知る? どういう意味なのか。誰かが死ぬというのか? それとも、ただの予言に過ぎないのか?
ページの余白には、震えるような筆跡でこう書かれていた。
「名前を知った瞬間、選択肢は消える。」
主人公は本を閉じようとしたが、手が動かない。まるで本が意思を持っているかのように、指先がページに吸い付いていた。
そのとき、図書室の扉が軋む音を立てて開いた。入ってきたのは、廻だった。彼は何も言わず、主人公の前に立ち、机の上の本を見下ろした。
「それ……まだ読んでるのか?」
主人公はうなずいた。廻の目が、どこか怯えているように見えた。
「俺も……昨日、読んだ。最後まで。」
「最後まで?」
廻は小さく頷いた。
「俺の名前が、書かれてた。明日、屋上で……」
言葉が途切れた。主人公は立ち上がり、廻の肩を掴んだ。
「そんなの、信じるなよ! ただの……」
「でも、昨日の記述も全部当たってた。誰がどこで何を言うかまで、全部。」
沈黙が落ちた。時計の針は、午後3時を指していた。
主人公は、もう一度本を開いた。次のページには、たった一行だけが記されていた。
「午後3時15分、廻は屋上へ向かう。」

午後3時15分。時計の針がその時刻を指した瞬間、僕の目の前のページが、まるで誰かに操られるように一枚めくれた。
「午後3時15分、廻は屋上へ向かう。」
その一文が、真っ赤なインクで記されていた。まるで血のように滲んでいるように見えた。
僕は立ち上がった。足が震える。でも、止めなければならない。廻を屋上へ行かせてはいけない。そう思い、図書室を飛び出した。
廊下を駆け抜ける。階段を上る。屋上へ続く扉が見える。
そのとき、扉の前に立つ廻の姿が見えた。彼は手をかけて、扉を開けようとしていた。
「廻!」
僕の叫び声に、廻は振り返った。驚いたような顔。そして、少しだけ笑った。
「やっぱり、来たか。」
「行くな。そこに行ったら……何かが起きる。君の名前が、記録に……」
「知ってるよ。俺も、読んだから。」
廻は静かに言った。
「でも、俺は行く。記録に書かれていたことが、ただの予言じゃないってことは、もう分かってる。だったら、俺が行くことで何が起きるのか、確かめたい。」
僕は言葉を失った。そのとき、ポケットの中の本が震えたような感覚がした。
開くと、次のページにこう記されていた。
「午後3時17分、記録者は選択する。“記録を続ける”か、“記録を終わらせる”か。」
主人公は廻を見た。彼の背中は、屋上の扉の向こうに消えようとしている。
――記録を終わらせるには、どうすればいい?
本を閉じるだけでは、終わらない。語ること。伝えること。記録を“物語”にすること。
僕は本を握りしめ、屋上の扉へと歩み寄った。


朝の校舎は静かだった。僕は誰にも見つからないように、屋上への階段を上った。
扉を開けると、そこには廻がいた。フェンスの前に立ち、風に髪を揺らしながら、空を見上げていた。
彼の手には、あの本――「小学校殺人事件記録」が握られていた。
「来たんだね」
廻は僕に気づくと、振り返って微笑んだ。その笑顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「最後のページ、見た?」
僕は黙って頷いた。
「語られた者は、記録される者となる。僕は語られた。だから、ここにいる」
廻はそう言って、本を開いた。
「2025年10月22日 午前7時50分 屋上 廻悠人(6年1組)」
その文字は、黒々と刻まれていた。まるで、運命を宣告するかのように。
「僕がここに来たのは、記録を終わらせるためだよ」
廻はフェンスに手をかけた。
「待って、廻!」
僕は叫んだ。声が震えていた。
「語られたからって、終わりじゃない。僕が語ったこと、消せるかもしれない。だから、まだ…!」
廻は僕を見つめた。目は静かで、どこか安らいでいた。
「ありがとう。でも、僕はもう語られすぎた。誰かが語るたびに、記録は濃くなる。だから、僕が消えれば、語ることも止まるかもしれない」
そして、彼は本を閉じ、フェンスを越えた。
風が吹いた。
時間が止まったように感じた。
僕はただ、彼の名前が記されたページを見つめていた。
その日、廻は記録通りに消えた。
そして僕は、誰にも語らなかった。
語れば、記録される。
語らなければ、記録は止まる。
それが、廻が僕に残した最後の言葉だった。

廻がいなくなってから、季節は少しずつ進んでいった。
教室の窓から見える桜の木は、葉を落とし始めていた。風が吹くたびに、枝が揺れて、何かを語りかけてくるようだった。
廻の席はそのままだった。誰も座ろうとしないし、先生も触れない。
まるで、そこだけ時間が止まっているようだった。
僕は毎朝、彼の席を見てから自分の席に座る。それが習慣になっていた。
昼休みになると、僕は校庭の隅にあるベンチに座って空を見上げる。
あの日、廻が消えた空は、今も変わらず広がっている。
誰にも語らないと決めた。語れば、記録される。記録されれば、現実になる。
だから僕は、廻のことを心の中だけで思い出す。
彼の笑い声、図書室での好奇心に満ちた目、屋上での最後の言葉。
それらは、僕の中で静かに生き続けている。
時々、誰かが「廻って転校したの?」と聞いてくる。
僕は笑ってごまかす。
「うん、たぶんね」
語らないことが、彼を守る唯一の方法だと思っている。
放課後、図書室の前を通るたびに、あの棚を見てしまう。
黒い表紙の本があった場所は、今も空いたままだ。
誰かが新しい本を並べようとしても、なぜかその場所だけ空白のままになる。
まるで、記録がそこに戻ってくるのを待っているかのように。
僕は知っている。語らなければ、記録は止まる。
でも、語らなければ、忘れてしまうかもしれない。
その葛藤を抱えながら、僕は日々を過ごしている。
廻のことを語りたい。でも、語ってはいけない。
だから僕は、彼の名前を心の中でそっと呼ぶ。
誰にも聞こえないように。
それだけが、僕にできることだった。
そして、僕は今日も空を見上げる。
廻が消えた空は、今も変わらず、静かに広がっている。
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