これは我儘だから


脹相視点
 
  
  

悔しい。
俺ばかりが余裕を無くしている、この現状が。


いつもの作戦会議の後、悠仁が秤と盛り上がって話をしていたから、部屋までの道中が同じ日車と話しながら戻る事にした。
すぐに失敗したと思った。
日車の声を聴いていると、またあの時の情事の記憶が蘇ってきたのだ。
この落ち着いた低音が、掠れ、上擦り、吐息と共に俺の名を呼ぶあの瞬間が、鮮明に呼び起こされる。
ああ、駄目だ。
なんと浅ましい事だろう。
人とは違う身体の奥で、じゅくりと熱い何かが沸き立つ感触がした。
日車を横目で見れば、何時もの冷静沈着を絵に書いたような顔で話しかけてくる。
あの日の記憶に、熱情に溺れているのは俺だけで、彼は何とも思っていないのだ。
その事実に、酷く心が痛んだ。
それと同時に、俺をこんな身体にしておいて何事も無かったかのように振る舞う彼に対しての理不尽な怒りも湧いてくる。
ほんの少しでいい。意趣返しがしたくなった。
だから、別れの言葉を告げて部屋に入ろうとした日車の胸ぐらを赤燐躍動して掴んで、そのまま彼の部屋に引き摺り込んだ。
真っ先に目に入ったソファに座らせ、膝に乗り上げる。
普段は怜悧な三白眼が見開かれたさまに僅かに溜飲が下がる。
赤燐躍動を解くが、合わされた視線に、腿裏に感じる彼の体温に、燻っていた身体の熱がぼうと音を立てて燃え上がる感覚がする。
目を閉じて唇を噛み暫く耐えていると、彼の声が耳に入る。
「脹相……」
それが己の名だと理解した瞬間、ぞくりと背筋が戦慄いた。
恐る恐る目を開き、熱で乾いた唇を舌で濡らし、彼の名を呼び返す。
「……日車…」
随分と熱の籠った声になってしまった。
だと言うのに、彼は何時もと同じ、熱の感じられない平静そのものの顔をしていた。
悔しい。
俺ばかりが余裕を無くしている、この現状が。
じわりと視界が滲む。
「……日車は……お前は…、お前には何も…何も無いのか?俺は……俺はあの日から、あの時からずっと、お前を見るだけで、お前の声を聞くだけで、お前と目が合うだけで、身体がおかしくなる……!身体が熱くなって…お前が欲しくて堪らなくなるんだ……!」
気付けば、張り裂くような胸の裡を吐露していた。
ああ、言ってしまった。
溢れ出る涙で視界はさらに滲む。情けない事だ。
だが、彼の顔が見えなくて良かったと思う。
「……君は、何を言っているのかわかっているのか……?」
落ち着き払っている筈の彼の声が熱に掠れて揺れている。
聞き間違いだろうか。
「俺だって、それが…これがわからない程馬鹿じゃない」
そう返して、涙を拭う。
もし「そう」なら、彼にも俺と同じ気持ちが少しでもあるなら、自分の意志じゃなくていい、俺の理不尽な我儘を受け入れてくれないだろうか。
「お前が俺をこうしたんだ。だから、お前は責任を取るべきじゃないのか……?」
彼の首に腕を回し、挑発的に微笑む。
好色だと思われてもいい。
そういう者であった方が、きっと頷きやすいだろう。
だから、どうか────
「いいや、責任は取らない」
「……っ!!」
ああ、やはり無理だったのだ。
当たり前だ。
仕方無くで及んだ行為だったのだから、何時までも引き摺る方が悪いのだ。
また視界が滲み出す。
ふと頬に熱い掌が添えられ、唇にも熱く柔らかいものが触れる。
「……俺が君を抱きたいから抱くんだ。責任なんかじゃない。俺自身の意志だ」
その言葉の後、また唇に熱を与えられる。
もっと深く繋がりたくて、首に回した腕を背中に滑らせた。
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