"監獄"への便り


 新たに建造された農業プラント、その一角にラスタル・エリオンが"収監"されている宿直小屋がある。
 表向きは灌漑用の人工湖を警備するザフト歩兵小隊の詰所となっているが、実情は彼をこの孤島から出さず、また許可を得ていない者を接触させないための監獄島。
 彼らが警備しているのは、その脳髄に世界を滅ぼし得る古代兵器の在処を記憶する者。見る人が見れば「厳重すぎやしないか?」と思う警備態勢も、「水源を守るためだ」と言われればまあそういうものかと納得せざるをえない。
 今日も今日とて、連絡船が護岸から監獄の孤島へと向かっていく。ラスタル・エリオンへ、"刑務"のための材料を提供するために。
 時間どおりに到着したザフト兵を出迎えるように、ラスタルが宿直小屋から出てきた。

「連絡員よりラスタル・エリオン特務作業員へ伝令。資料および郵便を確認したのち、所定の作業を遂行されたし」
「御苦労さまであります。こちら、前回までの"作業日報"となります」
「受領いたしました。では、失礼を」

 お互い敬礼を返し、ラスタルとザフト兵が船べり越しに資料交換を行った。脱出しようなどとは露とも思わないラスタルだったが、彼の身体には位置特定のためのマイクロチップが埋め込まれている。水の上に出ることは許されていない。
 所定のルーティーンを終え、小屋へと足を向ける。彼はこの朝の時間が好きだった。淀みなく資料の受け渡しが行われているということはつまり、世に戦乱が起きていないことに他ならない。少なくとも、プラント周辺は安寧を保たれているだろう。
 六畳程度の小さな事務室兼独房だったが、彼はここでの"刑務"に意義と楽しさを見出している。
 破裂した心臓に血液を送り続けるが如くの組織延命を繰り返すしかなかった彼にとって、今度こそ世界のため・秩序のために働けることは福音ですらあった。
 だが何よりも楽しみにしていたのは。

「まったくジュリアのやつめ…郵便代とてタダではなかろうに」

 未来を託した子からの報せだった。
 事務チェアに「よっこらせ」と腰かけ、オーブの国際切手(アカツキデザイン)が貼られた封筒を開ける。
 
『しばらくぶりです、ラスタル様。お元気でしょうか。オーブの気候は暑さを増し、夏の収穫期に差し掛かりました。
"熱中症"という、気候病に注意しながら日々の鍛錬に励んでおります』

 添えられた写真には、鉄華団のメンバーと共に収穫したプラント品種キャベツを抱えているジュリエッタの姿があった。
 揃いのアロハを着てスポーツドリンクを飲む姿は、一見してギャラルホルンの元将兵とはとても思えないだろう。

「なかなか馴染んでるじゃないか」

 硬い文面とは裏腹の自然体な笑顔に、ラスタルの顔も綻ぶ。

『この時期、オーブでは初収穫の野菜を持ち寄って料理を作るイベントがあり、私も当日警備の一員として参加することとなりました。
正直、新参の私などが参加してもよいものかと思ったのですが……オルガ団長から「むしろ新参だからこそ輪に入ってかなきゃいけねえんだ」と言われ、三日月・オーガス曹長からは「土地使わせてもらってるんだから」と至極真っ当な指摘を受けました。
自分でも気付かぬほど、ギャラルホルンという拠り処を失った喪失感は大きかったのだと、痛感しました。私は未だ、新たな一歩を踏み出しきれていないのだと。
ですが、人員整理や迷子の案内をやっていくうちに「そのようなことは気にしていられない」と思うようにもなりました。
思えばこの日から、訓練にも一段と身が入るようになった気がします』

 オノゴロ島地元新聞の切り抜きが手紙に貼りつけられている。祭り会場公園でのインタビューに答えているのはオルガ団長とアグネス中尉だったが、写真後方ではジュリエッタが一般市民と何事かを話している様子が伺える。「勉学のために皆が読み始めた新聞です」との文言が添えられていた。

『私よりも強い人間が大勢いる。三日月・オーガス曹長はもちろん、今は休職中のあの人も。当面の目標の一つには"最強"に追いつくことを掲げています。ですが、もはやそれに執着することはありません。
 単純な個の強さのみが、全てではないのだと知ったのです』

 デスティニーガンダムの改修機と思しき機体が、休眠状態の厄祭MAを専用対艦刀で一刀のもと斬り捨てた写真。記事には「コンパス、新たな活動の第一歩」と記されている。

『恐らくは記録史上初でしょう。一切合切の被害を出すことなく、厄祭MAの無力化に成功しました。
端的に言えばパフォーマンスです。無力化するだけならバッテリー駆動の重機を使い、マニュアルに従って解体すれば済む。
しかしアルミリア総裁はこう仰いました。「数多くのデストロイガンダムや有人MAを討ったシン・アスカ大尉が厄祭MAを斬り捨てれば、人々に勇気を与えられます。これは討ち滅ぼせる敵なんだ、使ってはいけない兵器なんだ、って」と。
動かぬ的を斬るだけなら、私でも容易です。しかし、得た力で何を積み重ねるか、何を与えられるのか。果たして、それは誰かのための力であるのか。
かつてラスタル様に咎められた私の不出来が、ようやくわかったような気がします』

「そうか…」

 思わず、潤んだ目頭を抑える。愛弟子が我が手を離れて、己の力で成長を為し遂げた。これほど喜ばしいことがあろうか。

『一刻も早く勲功を挙げ、ラスタル様の環境をよりよいものへと改善したい欲もありました。
しかしそれは世の戦乱を望むことと同じ。私は、断腸の思いで、「戦争の後始末」を続けたいと思います。どこかで厄祭の情報を整理しておられる、ラスタル様と共に』
『どうか、この想いと力があなた様と同じであらんことを祈ります。    ジュリエッタ・ジュリス』

「私の恩赦などいらんと前の手紙で言ったろうが、まったく」

 涙で滲んだ文面に、新たな涙雫が落ちる。
 名誉も権威も歴史もない。しかし、何よりも得がたい宝をラスタルは得た。これで奮起せねば男が廃るというもの。
 心のフンドシを締めなおし、提供された「優先して欲しい情報」と今日のアプリリウス新聞を開く。

 しかしてそこには。

「は…?」

 衝撃が記されていた。

【ベルリン、再度の戦禍】
現地時間三日未明、「神聖ギャラルホルン」なるテロ組織がベルリン市街全域を火の海に沈めた。
モビルスーツ、モビルワーカー、モビルアーマー、厄祭モビルアーマー、デストロイタイプ、戦艦、およそ現人類が保有し得る全ての機動兵器が当該地域において虐殺と破壊の限りを尽くした。
当初、ユーラシア連邦臨時政府は現有戦力で以て「神聖ギャラルホルン」に対処しようとしたものの――

「……」

 ラスタルは絶句し、言葉を紡げない。
 何故、今更ギャラルホルンの名が出てくる?何故、死に体のユーラシアでもそのまたダメージが大きいベルリンが攻撃されている?
 何故、半壊状態とはいえ厄祭モビルアーマーが大手をふるって機動していた?
 何故、何故、何故。

 数か月ぶりに感じた焦りと体温が下がる冷や汗の感触。
 理解を超えた事態に遭遇する恐怖。

「落ち着け、私がすべきことは」

 情報を精査し、世界へと提供すること。そのためにも世界で起きたことを直視しなければならない。
 深呼吸し、続きを読み進める。

【首領イオク・クジャンの宣戦布告全文】
『神聖ギャラルホルン、我々は人類の正当後継者である!
遡ればその昔、遺伝子治療でもって人類の遺伝子に手を加えたことが過ちの発端であった。
目的が医療なれど、開けてしまった禁忌の扉は人類を歪ませるには十分すぎた!
血のバレンタインという誅罰でもコーディネイターは罪を自覚せず、ナチュラルもまた人類の領分を自覚せずに禁忌の領域へ手を伸ばすことを止めておらん!』

『ゆえに、私はコーディネイターのみならず、ナチュラルの遺伝子操作跡がある者をも罰を下す、例外はない』

『特に甚だ許しがたいのは、遺伝子の化物どもに加えて宇宙ネズミとも手を結ばんとするオーブ首長国である!
化物が振るう、野蛮なる力で以て統治するその政に徳なし!
だがカガリ・ユラ・アスハ、私は貴様に慈悲を与えよう!』

『ボードウィン家の令嬢とラスタル・エリオン公を解放するとともに、狂戦士キラ・ヤマトと裏切りのファリドの首を差し出し、
我が前に頭を垂れるのならば、貴様の賛同者に手はかけん』

『しかし私の言葉を聞いてなお歯向かうのならば!
私は世界中に蔓延るオーブの賛同者とハーフコーディネイターに、命で以て償わせる!!』
『このベルリンのように!!』

『むろん私も鬼でもなければ神でもない。
私が従えるであろう厄祭の脅威を、自然あるがままに平定することができるというのなら。
私は喜んでこの罪多き責務を、偉大なる英雄に託し、世を捨てることを誓おう』

『どうか人類が、賢明な選択をすることを望む』

以上の文を読んで、多くの市民が驚愕しただろう。ナチュラルもコーディネイターも、アーシアン(地球民)もマーシャン(火星民)も関係ない。このイオク・クジャンという男はあろうことか――

「なんたること……なんたることだっ!!」

「至急、クジャン家の遺産データを提供されたし」という指令。それが、今回ジュリエッタの手紙と共に届けられた凶報だった。

 もはや自分には地位も名誉も、自由すらもいらない。ただ世界へ献身を尽くせることが何よりの褒美であり責務だと、ラスタルは感じていた。
 しかし、もはや無いモノと思っていた名誉が、唾棄すべき汚名へと変じようとは誰が想像できようか。
 愛なき傀儡でしかなかったが目はかけていた若者が、おぞましき道化の王へと変じようとは誰が想像できようか。
 必至に冷静さを保とうとしても、あふれ出る感情の大渦が止まらない。
 くしゃりと新聞を握り潰し、意気揚々と宣言している若者の写真へと叫ぶ。

「この……大馬鹿者が!!!!!」

 それはラスタルが初めて彼を叱った瞬間だったのか、あるいは混沌を産む火種を放置し続けていた自分への悔恨か。
 ジュリエッタの手紙が検閲されていた期間と、ベルリン再火の報が重なってしまったのは、運命の悪戯なのか。
 誰にもわからない。
 流す涙は怒りの涙か、失望の涙か。その失望は誰に向けてのものなのか。
 誰にもわからない。

 ただ彼にできるのは、二人の弟子のために、ペンと端末をとることだけだった。
 それが、世界を救い・二人を導くことだと信じて。

「元気でいてくれるだろうか、ジュリア…」

 今はただ、愛弟子の心が心配だった。
 こんなことが起きてしまっては、ジュリエッタも手紙を出す暇はないだろう。下手をしなくとも、今この瞬間に戦死していてもおかしくはない。
 もう一人の愚かな弟子が喚び覚ました人類の業は、それほどまでに恐ろしいもの。
 
「わかっているとも。私が世界のために、彼女のために……あの大馬鹿者のために出来ることは、これくらいしかないのだ‥‥!」

 監獄の外にいる大切な人を想う心、奇しくもラスタルのそれは……"囚人"のそれに、他ならなかった。
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