サマーダンス・シカーダ


題名:サマーダンス・シカーダ 作者:草壁ツノ

<登場人物>
リェネ:女性 宇宙人の女の子。母親の宝物を探すために地球にやってきた。おせっかい。
蝉太郎(せんたろう):不問 高校生の男子。不登校で他者との間に壁を作ってしまう。勉強はからっきしだが料理が得意。
鈴一郎(りいちろう):男性 蝉太郎の父親。小さな診療所で医師として働いている。
ミカユ:女性 リェネの母であり宇宙人。昔地球に来たことがある。
桑山:男性 蝉太郎と同じ学校に通う高校生。蝉太郎のイジメに関わっている。
ラジオ:女性 蝉太郎の地域のニュース情報を流している。
蛍(ほたる):蝉太郎の母親であり、鈴一郎の妻。もう亡くなっている。名前のみ登場。

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<役表>
リェネ:女性
蝉太郎:不問
鈴一郎+桑山:男性
ミカユ+ラジオ+ナビ+駄菓子屋:女性
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■注意点
特になし
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■利用規約
・アドリブに関して:過度なアドリブはご遠慮下さい。
・営利目的での使用に関して:無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見について:お気軽にお寄せ下さい。Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
・両声類の方の利用について(2021/11/11追加)
 演者の方ご自身の性別を超える役のお芝居はご遠慮しております。

 可能:「不問」と書かれているキャラクターを「キャラクターの性別を変えずに演じる」こと
 不可:「男性」と書かれている役を「女性かつ両声類」の演者が演じること
    「女性」と書かれている役を「男性かつ両声類」の演者が演じること

 ご意見ある所でしょうが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。
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リェネ:「それは、ある暑い夏の日の出来事」

ミカユ:「焼けたコンクリート。照りつける強い日差し」

リェネ:「蝉達が、今日も鳴いている。夏の空を踊っている」
     
ミカユ:「これは、ある地球人と宇宙人の、ひと夏のお話」


リェネ(タイトルコール):サマーダンス・シカーダ


ラジオ:「今年も夏の風物詩、ペルセウス座流星群の時期がやって参りました。
     今年はなんと30年ぶりの好条件に恵まれた年と言われており――」

蝉太郎:「......(あくび)」

鈴一郎:「おー。起きたのか、蝉太郎(せんたろう)」

蝉太郎:「......親父、もう出かけんの?」

鈴一郎:「そうだよ、今日も診察の予約がいっぱいでな。お前はどこか出かけないのか?」

蝉太郎:「こんな暑い日に外に出るやつ、どうかしてるだろ」

鈴一郎:「俺と一緒に苦しみを分かち合おうぜ......」

蝉太郎:「嫌なこった。それより、時間大丈夫なのか?」

鈴一郎:「うおっ、もうこんな時間か。それじゃ行ってくるわ」

蝉太郎:「はいはい」

鈴一郎:「おっと、大事なことを言い忘れてた。蝉太郎」

蝉太郎:「なんだよ?」

鈴一郎:「いいか? 別に俺が居ない間に彼女を連れ込んでもいい。
     けどな。くれぐれも、きちんと節度を守ったお付き合いをだな......」

蝉太郎:「いねーよそんなもん! いいから、さっさと仕事行ってこいって!」

鈴一郎:「へいへい。もし出かけるなら家の鍵、ちゃんと閉めてから行くんだぞ~」

蝉太郎:「(溜息)ったく......」

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※果てしなく続く宇宙を、一つの宇宙船が進んでいる


リェネ:「ねえ、ナビ? 目的のあの星まで、あとどのぐらいかかりそう?」

ナビ:「目標地点まで、あと――」

リェネ:「そう......まだもうしばらくかかりそうね。私、少し横になる。
     ナビ、船の制御をオートパイロットに切り替えておいて......ありがと、おやすみ」

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蝉太郎:「はー、ゲーム飽きた......」

蝉太郎M:テレビ画面の黒い背景に、ゲームオーバーの文字が映っている。
     勇者センタロウの旅はここで終わってしまった。

蝉太郎:「退屈だ......どうすっかな......ラジオでも聞くか」

ラジオ:「今年も夏の風物詩、ペルセウス座流星群の時期がやって参りました。
     今年はなんと30年ぶりの好条件に恵まれた年と言われており、
     今日から8月の中頃にかけて、美しい夜空を見ることが出来るでしょう」

蝉太郎:「星か......」

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リェネ:「(あくび)おはよう、ナビ。どう、今どのあたり?」

ナビ:「ワームホールを抜けました。目標地点まで、あと――」

リェネ:「......わあ! ねえ、ナビ。もしかしてあの青い星が、地球?」

ナビ:「そうです、あれが、今回の目的地。地球です」

リェネ:「そう、あれが.......青くて、とてもきれいな星ね。お母さんの言った通りだわ。
     ナビ、座標を伝えるからマークして。星は地球。座標は、日本。それから――」
     
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蝉太郎M:時間は変わって夜。俺は家の近所にある山の上まで来ていた。
     見上げれば満点の星空......なんていうことは無く。

蝉太郎:「......思いっきり曇りじゃねーか。なんだよ、せっかく来たのに」

ラジオ:「ラジオをお聞きの皆さんこんばんは。DJサオリです。
     今日は皆さん、日本のあちこちで夜空を見上げているのでは無いでしょうか?
     ただ、一部地域では生憎の空模様となっており、星空を見ることが出来るのは明日の晩からとなるようです」

蝉太郎:「......どうすっかな。やる事無くなったし、帰ってゲームでもするか」

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リェネ:「......なに、この音。ナビ、船内の状況を伝えて? え......システムエラー? 間もなく不時着する!?」

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蝉太郎:「ん? なんだ、この音......上から?」

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リェネ:「地面がもう目の前まで......ぶつかる......(悲鳴)!」

蝉太郎:「(悲鳴)!!」

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ラジオ:「昨夜未明、斉田(さいだ)町で爆発音のようなものが聞こえたと通報がありました。
     警察と消防が周囲を確認しましたが、今のところ原因は分かっていない模様です――」

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蝉太郎:「あいててて......なんだ、一体。なにが落ちてきて......
     なんだ、これ......まさか、UFO......いや、そんなわけ......でも......」


※宇宙船のハッチが開き、その中から一人の女の子がふらつきながら現れる
     

リェネ:「う......」

蝉太郎:「UFOの中から、女の子......? おい、大丈夫か?」


※倒れそうになる女の子を受け止める蝉太郎


リェネ:「う......?」

蝉太郎:「おっと......しっかりしろ。どうするかな、とりあえず、救急車?」

リェネ:「......ラス」

蝉太郎:「え?」

リェネ:「......ケラスォリオ?」(ここはどこですか?)

蝉太郎:「......は?」

リェネ:「テイラ、ケラスナブ、オリオ、エレ?」(あなた、もしかして地球人ですか?)

蝉太郎:「いや、あの、今なんて言って」

リェネ:「レネキュオリア、マルマンナース、アロ」(私、別の星からやってきたんです)

蝉太郎:「いや待てって! 俺日本人だから! 何言ってるか全然わかんねえって!」

リェネ:「......セルポワ、ブロウド、マルシー」(......どうやら翻訳機械が壊れてるみたい)

蝉太郎:「参ったな、言葉が通じない......そうだ。翻訳アプリ使えば、もしかして」

リェネ:「レニ、ジュア?」(それはなんですか?)

蝉太郎:「なんでもいいから、このスマホに向けて喋ってみて。ほら」

リェネ:「......テイラ、ケラスナブ、オリオ、エレ?」(あなた、もしかして地球人ですか?)

蝉太郎:「......翻訳結果、不明?」

リェネ:「ハウディ?」(なんですか?)

蝉太郎:「......該当する国がありませんって。あんた、どっから来たの......?」

蝉太郎M:見たこともない宇宙船から降りてきた、聞いたこともない言葉を使う女の子......

蝉太郎:「あんた、もしかして......宇宙、人?」

リェネ:「モダクゥ......」(空いた...)

蝉太郎:「え?」

リェネ:「モダクゥ、ボロナ......」(お腹、空いた......)

蝉太郎:「あ、おい!......気失ってる。ええ......どうすりゃいいんだよ、この子」

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リェネ:「ンン......」

蝉太郎:「......目、覚めたのか?」

リェネ:「......ケラスォリオ?」(ここはどこですか?)

蝉太郎:「ああ。ここは俺の家。お前、気失って倒れたから、とりあえず運んだんだ」

鈴一郎:「ただいま~。今帰ったぞ~っと」

蝉太郎:「あ、帰ってきた......(小声)いいか? 親父には俺から説明するから、お前は大人しくしてろよ」

リェネ:「アジュワ、レウロ......?」(なんて言ってるんだろう......?)

蝉太郎:「よ、よう親父。 おかえり」

鈴一郎:「おう。珍しいじゃねーか、お前が出迎えなんて。何かあったのか?」

蝉太郎:「いや、あのさ......ちょっと、親父に相談したいことがあって」

鈴一郎:「お? どうした、何か欲しいもんでもあるのか?」

蝉太郎:「えっと、欲しいものというか......拾ってきたというか」

鈴一郎:「なんだ、猫でも拾ってきたのか?」

蝉太郎:「......ちょっと、こっち来て」

鈴一郎:「おお、どんな品種だ? お顔はいけん......」

リェネ:「レモラ......」(あの......)

鈴一郎:「......(絶句)」

蝉太郎:「お、親父! 実はさ。信じられないかもしんないけど、こいつはその......!」

鈴一郎:「......よくやった、蝉太郎(せんたろう)」

蝉太郎:「お、親父?」

鈴一郎:「......父さんは、お前を見直したぞ!」

蝉太郎:「はっ?」

鈴一郎:「全然女っけの無かったお前が......まさか! こんな美人の、しかもハーフのお嬢ちゃんを連れて来るだなんて!」

蝉太郎:「はぁ!? ち、違えーよ! なに勘違いしてるんだよ!」

鈴一郎:「(溜息)死んだ母さんもこれで浮かばれるってもんだ。なぁ、聞いてくれ母さん。今日、実は蝉太郎がな?」

蝉太郎:「おいコラ、バカ親父! 話を聞け!」

鈴一郎:「そうだ。今日メシはどうする? 中華か、ピザか!? それとも、豪勢に回らない寿司でも......」

蝉太郎:「だから、話を、聞けーっ!!」

鈴一郎:「いでえ! お前、実の父親にグーパン......!」

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蝉太郎:「......ということなんだよ」

鈴一郎:「......つまり、あれか? お前はこの嬢ちゃんがその......宇宙人だと。そう言いたいんだな?」

蝉太郎:「そうだよ」

鈴一郎:「(溜息)......なあ、蝉太郎?」

蝉太郎:「なんだよ」

鈴一郎:「......お前な、いまどき小学生でももう少しマシな嘘つくぞ」

蝉太郎:「嘘じゃないっつうの!」

鈴一郎:「彼女だっていうのが恥ずかしいんだろ。そうなんだろ?」

蝉太郎:「だから、違うって言ってんだろ!」

鈴一郎:「中々頑固な奴だなー、お前も」

蝉太郎:「(溜息)それじゃあ、証拠見せてやるよ。ちょっと、お前。こっち来て」

リェネ:「ハウディ?」(なんですか?)

蝉太郎:「なんでもいいから、このスマホに喋ってみてくれよ」

リェネ:「......ケラスォリオ?」(ここはどこですか?)

蝉太郎:「......どうだよ親父、これ見てみろよ」

鈴一郎:「......翻訳結果、不明。該当する国、無し......?」

蝉太郎:「これで息子の話を信じる気になったろ?」

鈴一郎:「壊れてるんじゃねえか?」

蝉太郎:「そんな事無いって!」

リェネ:「オブリガロ、メソポミエ......」(喧嘩はやめてください......)

蝉太郎:「なあ、親父? こいつと会話出来るようになる方法、なんか無いかな?」

鈴一郎:「そう言われてもなぁ......普通の翻訳機が機能しないとなると」

リェネ:「エルモース......」(どうしよう......)

鈴一郎:「うん? 嬢ちゃんのその首についてる機械......」

蝉太郎:「どうしたんだよ、親父」

鈴一郎:「嬢ちゃん、悪いけどちょっと借りるぞ」

リェネ:「レモース、セルポワ、アロ!」(あっ、私の機械!)

鈴一郎:「これ......ひょっとして翻訳機か?」

蝉太郎:「その小さいやつが?」

鈴一郎:「ああ、小さいが構造が似てる......けど、今は電源が入ってないみたいだな」

蝉太郎:「......親父、それ直せたりしない?」

鈴一郎:「中開けてみないと分からんが、なんとかなるはずだ。ちょっと待ってろ」

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鈴一郎:「よし、直ったぞ。その名も......カノジョトハナセールだ!」

蝉太郎:「彼女じゃねーって言ってるだろ......ていうか、ちゃんと動くのかそれ?」

鈴一郎:「それは試してみないとな。嬢ちゃん、ちょっとこっちおいで」

リェネ:「ハウディ?」(なんですか?)

鈴一郎:「元の通りに取り付けてっと......よし、こんなもんで良いだろ」

蝉太郎:「なぁ、なんか喋ってみろよ」

リェネ:「......あ、あー」

蝉太郎:「......何も変わってなさそうだけど」

鈴一郎:「まあ見てろ」

リェネ:「......もしかして直してくれたのかな。ちゃんと、動いてる?」

蝉太郎:「あ、すげえ。ちゃんと聞き取れる」

リェネ:「え? もしかして......私の言葉、分かりますか?」

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※晩御飯を一緒に囲んでいる


蝉太郎:「それにしても......」

リェネ:「(ご飯を食べている)」

蝉太郎:「......お前、すごい食べっぷりだな」

リェネ:「(興奮気味に)あの!!」

蝉太郎:「(驚く)な、なんだよ!」

リェネ:「......地球の」

蝉太郎:「は?」

リェネ:「......地球のごはんってすっごく美味しいですね......!」

蝉太郎:「......(溜息)そうかよ、良かったな」

リェネ:「この、パラパラした食べ物はなんですか!?」

蝉太郎:「焼きめし」

リェネ:「こっちのこの、黄色いふわふわしたものは!?」

蝉太郎:「卵焼き」

鈴一郎:「(大笑い)口に合ったみたいで良かったな、蝉太郎。
     ちなみに嬢ちゃん。今日の飯はこいつが全部作ったんだぞ」

リェネ:「え、あなたがこれを?」

蝉太郎:「......なんだよ、悪いかよ」

リェネ:「(笑う)ううん、本当にどれも美味しくて」

鈴一郎:「こいつ、飯作るのだけは異常にうまいからな。こいつの唯一誇れる長所だ」

蝉太郎:「......もう明日から弁当作ってやんねぇ」

鈴一郎:「あっ! 嘘ですスイマセン、蝉太郎様っ!」

蝉太郎:「そんなことより、その......えっと、『宇宙人』」

リェネ:「『宇宙人』じゃありません。私の名前は、リェネです」

蝉太郎:「言いにくい名前だな」

リェネ:「あなたがセンタロウ。それと、センタロウのお父さんですよね」

鈴一郎:「俺はリイチロウ。ま、嬢ちゃんの好きに呼んでくれ」

蝉太郎:「で、お前やっぱり宇宙人なのか?」

リェネ:「また......まぁ、そうですね。あなたたちの言葉を借りるなら、宇宙人という存在です」

蝉太郎:「ほら見ろ親父。俺の言った通りだったろ」

鈴一郎:「この年で宇宙人を見れるとはな。いやぁ、人生ってのは面白い」

蝉太郎:「......そもそも、お前なんでわざわざ地球なんかに来たんだよ」

リェネ:「それは......お母さんの、宝物を探すため」

蝉太郎:「......タカラモノ?」

リェネ:「そう。私のお母さんも昔、この星に来たことがあるみたいなんです。
     お母さんは地球を出る最後の日に、大事ななにかをこの星に残して来たって。
     私はそれを見つけるために、この星にやって来たんです」

鈴一郎:「なるほどね。地球にはどのぐらい居るつもりなんだ?」

リェネ:「......5日、ぐらいでしょうか」

鈴一郎:「また随分と短いな」

リェネ:「私は、流星群の間しかこの星に居られないので」

蝉太郎:「......ペルセウス座流星群?」

リェネ:「はい。地球ではそう呼ぶようですね。
     何年かに一度、特定の条件下で起こる流星群。それが流れてる間だけ、宇宙に特殊な穴が空くんです」
     
蝉太郎:「そういや、今回のは30年ぶりって......」

リェネ:「そうです。滅多に起こることでは無くて、今回ようやく来ることが出来ました」

鈴一郎:「......なあ、蝉太郎?」

蝉太郎:「なんだよ?」

鈴一郎:「嬢ちゃんのその宝物、お前も一緒に探してやったらどうだ?」

蝉太郎:「はあっ? 嫌だよ。なんで俺がそんなこと」

鈴一郎:「地球に初めて来た嬢ちゃんが、一人で物探しするなんて大変だろ?」

蝉太郎:「知るかよそんなこと。元々、こいつは一人で探すつもりで来たんだろ」

リェネ:「センタロウ、私からもお願い!」

蝉太郎:「しつこいな。何回言われたって俺はやらない」

リェネ:「私、センタロウしか地球の友達居ないの」

蝉太郎:「だ、誰が友達だっ」

鈴一郎:「いいじゃねぇか別に。減るもんじゃあるまいし。ほら、夏のちょっとした思い出作りと考えれば」

蝉太郎:「なんで宇宙人と夏の思い出作らなきゃなんねぇんだよ......」

リェネ:「(嘘泣き)......」

蝉太郎:「うわっ。お、おいお前、泣くなよ!」

鈴一郎:「あ~、蝉太郎が女の子泣かしてた。いけないんだ、いけないんだ」

蝉太郎:「子供かっつーの! ああもう、泣くなよ......」

リェネ:「......じゃあ、一緒に探してくれる?」

蝉太郎:「くっ......ああもう、分かったよ。探せばいいんだろ、探せば」

リェネ:「ほんと!? ありがとう、センタロウ!」

蝉太郎:「あっ。お前ウソ泣き......!」

鈴一郎:「それで? 嬢ちゃんは、その宝物の場所っていうのは、なにか心当たりがあるのか?」

リェネ:「はい。それはきっと、これを読めば分かると思います」

鈴一郎:「それは?」

リェネ:「お母さんが、この星の体験を残した日記です。これを調べればきっと......」

蝉太郎:「なんて書いてあるんだよ」

リェネ:「読みますね。えっと――」

ミカユ:「『――私はある日、宇宙船のトラブルに遭い、地球という星に不時着した。
     初めてこの星に来た私には、もちろん知り合いは一人も居ない。
     困り果てていた私に、偶然通りがかった地球人の男の子が声をかけてくれた。
     私は船を修理している間、その男の子に、この地球という星を案内して貰う事にした』」

リェネ:「って、書いてあります」

蝉太郎:「......それで、続きは?」

ミカユ:「『私はまず、彼の通う学校を案内して貰うことにした』」

リェネ:「だって」

蝉太郎:「学校......か」

リェネ:「どうしたの?」

蝉太郎:「べ、別に何もねぇけど......」

鈴一郎:「その学校の名前は?」

ミカユ:「『その学校は、坂の上にあるシグレコウコウという名前らしい。
     地球人の学校がどんな場所なのか、今から楽しみだ』」

リェネ:「シグレコウコウ?」

蝉太郎:「坂の上の時雨(しぐれ)高校って......」

リェネ:「もしかして、心当たりがあるんですか?」

蝉太郎:「......俺の通ってた学校だよ」

リェネ:「ホントに!? すごい偶然だね」

蝉太郎:「......ああ」

鈴一郎:「まぁ、この辺に住んでるやつは大体シグ高生(こうせい)だからな。ちなみに、俺もそこの卒業生だ」

リェネ:「ねえ、センタロウ。お願いがあるんだけど......」

蝉太郎:「......その学校に連れていけって言うんだろ?」

リェネ:「そう!」

蝉太郎:「嫌だ」

リェネ:「ありがとう! って、あれ?」

蝉太郎:「行きたきゃ一人で行けよ」

リェネ:「そんなあ......」

鈴一郎:「嬢ちゃん。学校には俺が連れてってやるよ」

リェネ:「え、でも......」

鈴一郎:「蝉太郎はその、ちょっとな。色々あるんだよ。だから、俺で勘弁してやってくれ」

リェネ:「......分かりました」

鈴一郎:「それじゃあ、今日はもう遅いから二人とも寝ろ。リェネちゃん、また明日な」


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蝉太郎M:翌朝。

蝉太郎:「はあっ!? どういうことだよ、親父! やっぱり学校に行けなくなったって!」

鈴一郎:「いや、本当にスマン! 今朝、急に仕事の連絡が入っちまってよ」

蝉太郎:「それなら、別に学校に連れて行くのを別の日にすればいい話だろ?」

鈴一郎「......出張でよ。一週間ぐらい家を空けなきゃならんくなって」

蝉太郎:「そんな、どうすんだよ。あの宇宙人のことは」

鈴一郎:「センタロウ。悪いが、嬢ちゃんのことはお前の方でなんとかしてくれ」

蝉太郎:「いやなんとかしろって言われても......!」

鈴一郎:「拾ってきた責任はお前にある! ......頑張れ、我が息子。それじゃあな。鍵閉め頼んだぞ」

蝉太郎:「マジかよ......」

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リェネ:「今日は探索日和だね、センタロウ!」

蝉太郎:「......暑い......帰りたい......」

リェネ:「でも、どうして急に一緒に来てくれる気になったの?」

蝉太郎:「(溜息)......しょうがねぇだろ。親父が家に居ないんだから」

リェネ:「ふーん......」

蝉太郎:「にしても高校に顔出さなきゃ行けないって、いったい何の罰ゲームだよ......」

リェネ:「ねぇねぇ、センタロウ」

蝉太郎:「......なんだよ」

リェネ:「じゃーん、見て、セミ!」

蝉太郎:「(悲鳴)!」

リェネ:「さっきそこで捕まえたんだ。初めて見たけど、すごい鳴き声だね......ってあれ、センタロウ?」

蝉太郎:「(荒い呼吸)......」

リェネ:「どうしたの? そんな遠くに離れて」

蝉太郎:「ここ、こっちに寄るなっ!」

リェネ:「......センタロウ、もしかして......セミが怖いの?」

蝉太郎:「......いいからっ!」

リェネ:「......またねセミさん。バイバイ」

蝉太郎:「(溜息)......心臓、止まるかと思った」

リェネ:「ごめんね。まさか、センタロウがそんなにセミが苦手だと思わなくて......」

蝉太郎:「......次もし同じことしたら、二度と手伝わないからな」

リェネ:「ねえ、センタロウ?」

蝉太郎:「......なんだよ」

リェネ:「どうしてセミが苦手なの?」

蝉太郎:「......ぼーっとしてたら置いてくからな」

リェネ:「え、ちょっと、センタロウ。待ってよ~!」

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鈴一郎:「......今ごろ蝉太郎、ちゃんと嬢ちゃん連れて学校行ってんのかな。
     ......実は出張に行くってのは嘘だった。なんて言ったら、アイツ怒るだろうなぁ」

ミカユM:「『どうやらその学校は、坂の上にあるシグレコウコウという名前らしい。
     私たちは早速、その学校に向かってみることにした。地球人の学校がどんな場所なのか、今から楽しみだ。』」

鈴一郎:「......なんか懐かしいな。なんだっけ、俺も昔、似たようなことがあったような......」

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※回想

   ミカユ:「......ねえ、ひとつ聞いてもいい? 『リンイチロー』」

鈴一郎(学生):「『リイチロウ』な。それで、なに?」

   ミカユ:「あなた......どうして見ず知らずの私に、そこまで親切にするの?」

鈴一郎(学生):「そんなにおかしなことか?」

   ミカユ:「おかしなことよ。私だったら、何か裏があるんじゃないかって思うわ」

鈴一郎(学生):「そういうもんなのか......? 参ったな」

   ミカユ:「で、本当のところはどうなの?」

鈴一郎(学生):「さっきも言ったけど、別に裏なんて無(ね)ーよ」

   ミカユ:「じゃあ、なんで?」

鈴一郎(学生):「爺ちゃんの教えで、『女には優しくしろ』って言われてるだけ」

   ミカユ:「そ、そんな理由なの......?」

鈴一郎(学生):「そうだよ、何か問題でも?」

   ミカユ:「(小声)......呆れた。ほんとお人好し。地球人ってみんなそうなの?」

鈴一郎(学生):「なんか言ったか?」

   ミカユ:「なーんにも」

鈴一郎(学生):「ま、いいじゃねーか。別に減るもんじゃねーしさ」

   ミカユ:「......私は助かるから構わないけど。そんなことより、リンイチロー」

鈴一郎(学生):「はいはい、なんでごぜーますか」

   ミカユ:「私、リンイチローが通ってるその学校、見に行きたい」

鈴一郎(学生):「え?」

   ミカユ:「ダメ?」

鈴一郎(学生):「いやまぁ、別にいいけど」

   ミカユ:「やった。実は私、前から人間の学校に興味があったの」

鈴一郎(学生):「『人間の』って......お前も人間だろ。っていうか」

   ミカユ:「なに?」

鈴一郎(学生):「俺の学校、だいぶ坂の上にあるけど大丈夫か? 歩いて行くには遠いぞ」

   ミカユ:「え、そうなの? そこまで考えてなかった」

鈴一郎(学生):「......」

   ミカユ:「......あー困ったなぁ。優しい誰かが、連れて行ってくれないかなぁ~」

鈴一郎(学生):「(溜め息)......分かったよ。明日、俺が自転車出してやるからさ」

   ミカユ:「さすがリンイチロー! 話が早いわね。けど......その『ジテンシャ』ってなに?」

鈴一郎(学生):「......お前、自転車知らねーの? どんだけ世間知らずだよ」

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学校

蝉太郎:「(溜息)......やっと着いた」

リェネ:「ここがセンタロウの通う学校......」

蝉太郎:「......野球部が練習してるのか、グラウンドから音がする」

リェネ:「......ねえ、センタロウ」

蝉太郎:「なんだよ」

リェネ:「この学校の中って、勝手に入ったら駄目かな?」

蝉太郎:「いや、駄目に決まってるだろ。許可取ってないし、関係無いやつが入れるわけ......」

リェネ:「......堂々としてればきっと大丈夫だよ。突撃!」

蝉太郎:「あ、おいちょっと待てって!......ああもう!」


※校舎の中

リェネ:「わぁー......すごい......」

蝉太郎:「......お前、勝手になにしてるんだよ......」

リェネ:「センタロウ、学校ってすごく広いね!」

蝉太郎:「しーっ。あんまデカい声出すなって、許可取ってないんだから」

リェネ:「......(小声)それにしても、地球の学校ってこんなに静かなの?」

蝉太郎:「まぁ、今は夏休みだからな......」

リェネ:「空気がひんやりしてる......ねえ見て見て。床がキュッキュッって鳴る」

蝉太郎:「それの何が楽しいんだよ......で? その日記には何て書いてあるんだ?」

リェネ:「えっと......」

ミカユ:「『シグレコウコウの2-3が、彼の教室だ』」

蝉太郎:「2-3......教室まで俺と一緒って、どんな偶然だよ」

リェネ:「ね、センタロウもここで勉強してたの?」

蝉太郎:「そうだよ......って言っても、ほんの少しの間だけだけどな」

リェネ:「そうなんだ。いいなぁ」

蝉太郎:「......」

リェネ:「......ね、学校って楽しい?」

蝉太郎:「さあ。人それぞれだろ」

リェネ:「センタロウはどうだった?」

蝉太郎:「......2-3だろ。さっさと用事済ませて、帰るぞ」

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リェネ:「ここがセンタロウの教室!」

蝉太郎:「......久しぶりだな」

リェネ:「うわ、机がたくさんある!」

蝉太郎:「おい、あんまり散らかすなよ」

リェネ:「ね、センタロウの机もここにあるんだよね、どれ?」

蝉太郎:「教えない。それにしても......他になにか情報は無いのか?」

リェネ:「うーん......『学校を案内して貰った』としか」

蝉太郎:「学校に行ったあと、どこに行ったって書いてある?」

リェネ:「えっと......ダガシ屋? に行ってるみたい。ヒマワリショウテンっていう名前の」

蝉太郎:「ヒマワリ商店......ちょっと遠いな。そこはまた明日にするか」

リェネ:「そうだね......私ちょっと喉乾いたな」

蝉太郎:「......そう言えば俺も。外に水飲み場があるから、そっちに寄るか」

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リェネ:「......はぁー、生き返る!」

蝉太郎:「オッサンみたいだなお前......俺、ちょっとそこら辺見て来るよ」

リェネ:「うん、分かった」

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桑山:「あれ、そこに居るのってもしかして......セミタロウじゃね?」

蝉太郎:「桑山......」

桑山:「よ、久しぶりじゃん。元気にしてた?」

蝉太郎:「......ああ」

桑山:「なんだ。てっきりヘコんでるのかと思ったけど、思いのほか元気そうだな」

蝉太郎:「......」

桑山:「日暮(ひぐらし)とは、あれから連絡取ってるのか?」

蝉太郎:「取ってねーよ」

桑山:「そっか。いや、アイツも薄情だよな」

蝉太郎:「......」

桑山:「イジめられてた日暮を庇ってさ、お前が一生懸命頑張ってたのに。
    アイツ、気が付いたら不登校になって、あっさり転校しちまったもんな」

蝉太郎:「(小声)お前らのせいでな」

桑山:「なんか言ったか?」

蝉太郎:「......」

桑山:「な~んだよセミタロウ君。張り合いねぇな、声がでかいのが取り柄なんだろ?」

リェネ:「あの!」

桑山:「あ?」 

リェネ:「センタロウが嫌がってるので、やめてください」

桑山:「......誰? 君(きみ)。......もしかして」

リェネ:「センタロウの友達です」

桑山:「......(笑う)! なんだよセミタロウ。こんな可愛い子と知り合いなんてさ。俺に紹介してくれよ」

蝉太郎:「もういいだろ、行くぞ」

リェネ:「え、うん」

桑山:「なんだよ、もう帰んの? またなー、セミタロウ君」

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リェネ:「センタロウ」

蝉太郎:「......」

リェネ:「ねえ、センタロウ。ちょっと待ってよ」

蝉太郎:「......」

リェネ:「さっきの、クワヤマって人と、何かあったの?」

蝉太郎:「......あいつは」

リェネ:「うん」

蝉太郎:「いや、なんでもねえ」

リェネ:「......さっきの、セミタロウっていうのは?」

蝉太郎:「......俺の名前。蝉(セミ)に太郎って書くから。ぴったりだろ?」

リェネ:「え? うん、良い名前だと思うよ」

蝉太郎:「......宇宙人に、地球の皮肉が伝わるわけ無いか」

リェネ:「......けど、なんかあの時のセンタロウ、辛そうな顔してた」

蝉太郎:「お前には関係無いだろ」

リェネ:「......私は好きだけどな。セミの鳴き声」

蝉太郎:「俺は嫌いだ」

リェネ:「......どうして?」

蝉太郎:「蝉って、弱い虫の代表みたいなやつなんだよ。
     大声で鳴いて、数日も経たずに死ぬ。夏が終われば死骸があちこち転がって......だから嫌いなんだ」

リェネ:「......」

蝉太郎:「よっぽど、親も俺が嫌いだったのかな。まぁ、名付けた人はもう死んじまったけど」

リェネ:「センタロウ?」

蝉太郎:「なんだよ」

リェネ:「センタロウは、弱くなんか無いよ?」

蝉太郎:「......宇宙人に励まされてもな」

リェネ:「ねえ、センタロウ。センタロウはどう? 毎日、力いっぱい鳴いてる?」

蝉太郎:「意味わかんね」

--------

※自室で寝ている蝉太郎と、その側で話しかけているリェネ


蝉太郎M:翌朝。

リェネ:「ミーンミンミンミン」

蝉太郎:「......」

リェネ:「ミンミンミン......」

蝉太郎:「......うるさい。なんだよバカにしてるのかお前......」

リェネ:「してないよ。僕は君の友達だよ。ミンミン」

蝉太郎:「......」

リェネ:「今日は、お友達と一緒に、外に行かないのかい、ミンミン」

蝉太郎:「友達じゃ無(ね)ぇ。行きたきゃ一人で行って来いよ......」

リェネ:「......ね、センタロウ。何か悩みでもあるの?」

蝉太郎:「なんも悩んでねーよ」

リェネ:「昨日の、学校のこと?」

蝉太郎:「お前には関係無いだろ」

リェネ:「悩みは誰かに話したら、少し楽になるって聞いたよ」

蝉太郎:「なんで蝉の宇宙人に話さなきゃいけないんだよ」

リェネ:「......ダガシ屋に行きたいミン」

蝉太郎:「......聞こえねー。俺は寝る」

リェネ:「......」

蝉太郎:「......」

リェネ:「分かった」

蝉太郎:「なんだ、物分かりが良い」

リェネ:「今から昨日の学校に行って、あのクワヤマって子に話を聞いてくる」

蝉太郎:「はっ?」

リェネ:「どうしてセンタロウにこんな意地悪するのか、聞いてくる! ミーン!」

蝉太郎:「ま、待て! 分かった行くよダガシ屋! だからそれだけはやめろ! おい待て!」

-------------

※駄菓子屋


駄菓子屋:「おお......これはまた随分と懐かしいお客さんだね」

蝉太郎:「え?」

駄菓子屋:「鈴坊(すずぼう)と、外国のお嬢ちゃんじゃないか。元気にしてたかい?」

蝉太郎:「すずぼう......? 誰と勘違いしてるんだ?」

リェネ:「そうです、私たちは初めてここに来ました」

駄菓子屋:「ああ? ......いや、すまないねえ。あんまりにもお前さんたちが、昔の知り合いに似てたもんだから」

蝉太郎:「......もしかして、リェネの母さんのことじゃないか?」

リェネ:「そうかも......あの、お婆さん」

駄菓子屋:「なんだい、お嬢ちゃん」

リェネ:「その、私に似た女の人......何か、言ってませんでしたか?」

駄菓子屋:「......どうだったかねぇ、なんせもう、何十年も前のことだから」

リェネ:「......」

駄菓子屋:「そういえば......このあと蛍の川を見に行くとかなんとか言っておったような」

リェネ:「ホタルの川?」

蝉太郎:「多分、瑞日川(すいかがわ)だな」

リェネ:「知ってるの? センタロウ」

蝉太郎:「ああ、昔家族で何度かホタルを見に行ったことがある」

リェネ:「きっとそこだ。お婆さん、ありがとう」

駄菓子屋:「よく分からんが、役に立てたなら良かったわい。それはそうとお前さんがた、かき氷食べていかんか?」

リェネ:「カキゴオリ?」

蝉太郎:「いや、いいよ。俺たち金持って来て無いし」

駄菓子屋:「(笑う)子供がそんなこと気にせんでええ。ほれ、嬢ちゃんにはイチゴ、お前さんにはブルーハワイ」

リェネ:「なにこれ。白い山の上に、赤いソースがかかってる!」

蝉太郎:「もしかしてかき氷食ったことないのか、宇宙人って」

リェネ:「あ、また宇宙人って言った」

蝉太郎:「いいから早く食えよ。溶けちまうぞ」

リェネ:「いただきます......んー! 冷たくて美味しい」

蝉太郎:「あ、そんなに急いで食ったらお前、頭痛くなるぞ」

リェネ:「平気平気!......あ、あれ?」

蝉太郎:「......」

リェネ:「......あ、頭痛い......なにこれ、センタロウ助けて......」

蝉太郎:「......バーカ、だから言っただろ。一度にそんな食うからだ」

リェネ:「うう......」

蝉太郎:「ま、その点俺は弁(わきま)えてるからな。全然なんとも......って、いてて......!」

リェネ:「センタロウ、地球人のくせにバカだね......」

蝉太郎:「いててて......う、うるせー」

駄菓子屋:「(笑う)懐かしいねえ、鈴坊たちもそうして、二人仲良くアイスを食べていたよ」

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※回想


鈴一郎(青年):「げ、アイス外れちまった」

   ミカユ:「ねえリンイチロー。私の、なにか書いてある。これ、なに?」

鈴一郎(青年):「うん? ああ、それ当たり。いいな、俺全然当たったことねーや」

   ミカユ:「ふーん、これが当たりなのね。なにか嬉しいものなの?」

鈴一郎(青年):「その棒と交換したら、もう一本アイスが貰えるんだよ」

   ミカユ:「へえ......ねえリンイチロー。良かったらあげようか?」

鈴一郎(青年):「いいって。それはお前のもんだから取っとけよ」

   ミカユ:「ん......そっか。それじゃあそうする。ねえ、そっちのハズレの棒もちょうだい」

鈴一郎(青年):「はあ? こんなもんどうするんだよ?」

   ミカユ:「貴重なデータだから。当たりと外れ、両方持っておきたいの」

鈴一郎(青年):「ええ......まぁいいけどさ。よく分かんないやつだな、お前も」

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※蛍の川のシーン


蝉太郎M:次の日の夜。俺とリェネは瑞日川(すいかがわ)に来た。

リェネ:「うわあ......! すごいねセンタロウ! この光って飛んでるのが、全部ホタルなの!?」

蝉太郎:「おい、あんまりはしゃぐなって。危ないから」

リェネ:「平気平気、大丈夫――(悲鳴)!」

蝉太郎:「ああ、ほら言わんこっちゃ無い......おーい、大丈夫か?」

リェネ:「いたたた......」

蝉太郎:「(溜め息)気をつけろよ。川の中の石は滑りやすいんだから......ほら、掴まれ」

リェネ:「あ、うん......ありがとう。よい......しょっと」

蝉太郎:「......まったく世話が焼ける」

リェネ:「(笑う)そういえば、確か蝉太郎のお母さんも、蛍って名前なんだよね?」

蝉太郎:「それがどうしたんだよ」

リェネ:「ううん。センタロウのお母さんってどんな人だった?」

蝉太郎:「......あんまり覚えてない。小さい頃に死んじまったから」

リェネ:「......そうなんだ、ごめん」

蝉太郎:「別にいいよ。母さんは......優しかった。体が弱かったけどいつも笑ってて。俺が何しても褒めてくれた。
     母さんが怒ったところ、俺は見たこと無い」

リェネ:「そうなんだ。センタロウと一緒に居られて、お母さんきっと幸せだったんだろうね」

蝉太郎:「どうだろうな」

リェネ:「え?」

蝉太郎:「俺がもっと優秀だったら。人に自慢出来るような息子だったら。きっと......母さんもっと長生き出来たんだ」

リェネ:「そんな、考えすぎだよ」

蝉太郎:「......なんで俺なんかにそこまで構うんだよ」

リェネ:「私、センタロウの友達だから」

蝉太郎:「......友達か。なあ、それなら......俺を、宇宙に連れてってくれよ」

リェネ:「どうしたの、突然」

蝉太郎:「実験でもなんでもすればいい。俺にもそれぐらいの利用価値はあるだろ?」

リェネ:「しないよそんなこと! なに言ってるの、センタロウ」

蝉太郎:「......俺を生んだ、父さんも母さんも、ハズレを引いたんだ。だから......連れてってくれよ、"ハズレ"の俺をさ」

リェネ:「センタロウ、投げやりになったら駄目だよ。私に話してよ、もっと、センタロウの抱えてる悩みを......」

蝉太郎:「(かぶせる)何も知らない宇宙人の分際で」

リェネ:「え?」

蝉太郎:「宇宙人の分際で、地球のことに首突っ込むなよ!」

リェネ:「わ、私は宇宙人だよ。けど......センタロウが心配なんだよ!」

蝉太郎:「それが大きなお世話だって言ってるんだよ!」

リェネ:「センタロウ......そんな風に回りに壁を作ってたら、いつか、誰も居なくなっちゃうよ」

蝉太郎:「っ! ......帰れよ」

リェネ:「センタロウ、私」

蝉太郎:「(かぶせる)帰れって言ってんだよ! 放っておいてくれよ!」

リェネ:「......分かった」

蝉太郎:「......」

リェネ:「私、船を見てくるね。センタロウも、あまり遅くなったら駄目だよ」

蝉太郎:「......何やってんだ、俺は......」


リェネ:「(溜め息)......お母さん。私、センタロウと喧嘩しちゃった。
     ダメだな、私。ぜんぜん上手く行かないや。
     ......お母さんならきっと、もっと上手に気持ちを伝えられるんだろうな。
     
     そう言えば、お母さんはこのホタルの川で、一体どんな話をしたんだろう......」


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※回想


鈴一郎(学生):「まだ目を開けるなよ? もう少し、もう少し」

   ミカユ:「ねえ、どれだけ歩くの? 私もう疲れてきちゃった」

鈴一郎(学生):「まぁもう少し待てって......よし、もう目開けていいぞ」

   ミカユ:「......わあ」

鈴一郎(学生):「どうだ、感想は?」

   ミカユ:「なにこれ......すごくきれい」

鈴一郎(学生):「(笑う)だろ? この光って飛んでる虫が、蛍」

   ミカユ:「これがホタル......初めて見たけど、とても幻想的ね」

鈴一郎(学生):「......パシャッと」

   ミカユ:「わ、ちょっとなに突然?」

鈴一郎(学生):「いや、あんまりにもいい顔してたもんだから、写真をさ」

   ミカユ:「もう、撮るなら一声かけてよね......」

鈴一郎(学生:「わるいわるい」

   ミカユ:「ねえ、どうしてこの虫は川の側にしか居ないの?」

鈴一郎(学生):「こいつらは綺麗な水のそばじゃないと生きていけないんだ。寿命も短いし」

   ミカユ:「そうなんだ......」

鈴一郎(学生):「......俺にもホタルっていう名前の幼馴染がいてさ。
       そいつも体が弱くて......けど、こいつらみてぇにすごく綺麗なんだ」

   ミカユ:「......もしかしてリンイチロー、その子のこと、好きなの?」

鈴一郎(学生):「そ、そんなんじゃねえよ!」

   ミカユ:「(笑う)地球人って分かりやすいわね。耳まで真っ赤じゃない」

鈴一郎(学生):「ほんとに違うんだって! その、ただ......」

   ミカユ:「ただ?」

鈴一郎(学生):「......今はまだ無理だけど、いつか、アイツを支えていけたらなとは思ってる。
        って言っても、俺がそう思ってるだけで、まだ何も出来ちゃいないんだけどさ」

   ミカユ:「......大丈夫じゃない? リンイチロー、超がつくお人好しだから」

鈴一郎(学生):「それ、今の話となにか関係あるのか?」

   ミカユ:「(笑う)リンイチローはきっと誰でも助けようとするもの。
       考えるよりも先に足が動いてしまうでしょ? 私の時みたいに。
       だから、そんな風に悩むだけ時間の無駄というものよ」

鈴一郎(学生):「そうかな......ま、お前が言うならそうなんだろうな」

   ミカユ:「ええ、そうよ。だって私が言うんだもの。リンイチローなら、きっと大丈夫」

鈴一郎(学生):「そういえばさ」

   ミカユ:「なに?」

鈴一郎(学生):「ここに来る前に、なにか俺に話したいことがあるって言ってなかったか?」

   ミカユ:「......ああ、あれのこと?」

鈴一郎(学生):「ああ。あれ、なんの話だったんだ?」

   ミカユ:「(笑う)この景色見たら忘れちゃったわ」

鈴一郎(学生):「なんだよそれ。ま、いっか。また思い出したら話してくれよ」

   ミカユ:「はいはい。思い出したらね」


   ミカユ:「(溜息)......弱虫だなあ、私」

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※宇宙船の落ちた山


リェネ:「(溜息)......」

鈴一郎:「おー、これが宇宙船ってやつか? 思ってたより、随分と小さいな」

リェネ:「センタロウの、お父さん......?」

鈴一郎:「お、ここにいたのか嬢ちゃん。......あれ、センタロウは居ないのか?」

リェネ:「えっと、ちょっと色々あって......それより、センタロウのお父さんこそ、なんでここに?
     確か、仕事で戻って来れないって」

鈴一郎:「あー......(笑う)あれな、実はその、嘘なんだ」

リェネ:「嘘?」

鈴一郎:「ああ」

リェネ:「......どうして、そんな嘘をついたんですか?」

鈴一郎:「......蝉太郎が立ち直る、良いキッカケになるんじゃねぇかなと思ってさ」

リェネ:「立ち直る?」

鈴一郎:「実は......蝉太郎はその、長いこと不登校でよ。学校でちょっとした問題があってな。それがトラウマになってんだ」

リェネ:「トラウマ......?」

鈴一郎:「よくある話さ。イジめられていた生徒がいて、それを蝉太郎がかばった。
     そしたら、今度は蝉太郎がイジメのターゲットにされちまってな。
     アイツ、変なところで見栄っぱりだから、俺にもずっと隠しててよ」

リェネ:「......」

鈴一郎:「それで、俺も色々手を尽くしてはみたんだが、どうも上手く行かなくてな。
     どうしたもんかと困ってたところに、嬢ちゃんが現れたんだ」

リェネ:「私ですか?」

鈴一郎:「そう。嬢ちゃんなら蝉太郎とも年が近そうだし、話相手になってくれるんじゃねえかってな。
     だから蝉太郎には悪いが、嬢ちゃんの手伝いを断れないように、俺は嘘をついたんだ」

リェネ:「そういうことだったんですね......」

鈴一郎:「で、どうだ? 蝉太郎、ちょっとは嬢ちゃんに心開いたか?」

リェネ:「いえ......それどころか、怒らせてしまいました」

鈴一郎:「どうした、なんかあったのか?」

リェネ:「......何も知らない宇宙人のくせに、首突っ込むなって」

鈴一郎:「なるほどな」

リェネ:「けど......その通りですよね。私は宇宙人で、センタロウは地球人だから。
     私なんかがセンタロウの悩みに踏み込んで、きっと......迷惑だったでしょうね」

鈴一郎:「そんなことは無いさ」

リェネ:「え?」

鈴一郎:「アイツ、俺にはそんな風に真っすぐ気持ちぶつけて来たこと無かったからな。
     本人は気付いてないかもしれないが、きっとどこかで嬢ちゃんには心を許してるんじゃないかな」

リェネ:「そう......でしょうか」

鈴一郎:「多分ね。それにしても」

リェネ:「なんですか?」

鈴一郎:「嬢ちゃんはどうして、そんなに蝉太郎を気にかけてくれるんだ?」

リェネ:「何故なんでしょう......なんだか、放っておけなくて」

鈴一郎:「ふむ」

リェネ:「センタロウが悲しい顔してると、こう......胸がぎゅ~ってなるんです」

鈴一郎:「胸が、ぎゅっと?」

リェネ:「センタロウのお父さん、私、なにかの病気なんでしょうか?」

鈴一郎:「......確かに、ある意味病気と言えるかもしれないな」

リェネ:「えっ!」

鈴一郎:「(笑う)安心しな、死にはしない病気さ」

リェネ:「そうですか、良かった......」

鈴一郎:「さ、子供がこんな時間に外居たら危ないからな。家に帰ろう」

リェネ:「でも......センタロウ怒ってるかも」

鈴一郎:「どうだろうな、あれでアイツも繊細なところがあるから」

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※自宅。蝉太郎が母の仏壇に話すシーン

リェネ:「(小声)ただいま......あれ、家の中真っ暗。センタロウ、まだ帰ってきてないのかな」

鈴一郎:「いや、靴があるから戻って来てるはずなんだが......」

リェネ:「私、探してみます」


蝉太郎:「よいしょっと......ただいま、母さん。
     あ、これ......そこのコンビニで買ってきた。ここ置いとくね」

リェネ:「......センタロウ? だれと話してるんだろ」

蝉太郎:「母さん、俺さ......さっき、女の子にひどいこと言っちまったんだ」

リェネ:「......」

蝉太郎:「ほんと、カッコ悪いよな。なにやってんだろ俺......」

リェネ:「センタロウ......」

蝉太郎:「......なぁ、母さん。母さんは俺のこと......どう思ってた?
     産んで良かったと思ってる? それとも......。

     母さん、俺......怖いんだ。
     このままなにも出来ずに、人生終わっちまうのかなって考えたら、怖くて。
     俺が嫌いな......蝉みたいに死ぬのかなって思ったらさ。    

     なぁ、母さん。俺......どうしたらいいんだろ。教えてくれよ......母さん......」
     
鈴一郎:「......蝉太郎」

蝉太郎:「お、親父!? 出張でまだ帰ってこないはずじゃ......」

鈴一郎:「細かいことは気にするな。なんだ? 母さんに、なんか話してたのか」

蝉太郎:「......なぁ、親父。聞きたいことがあるんだけど」

鈴一郎:「なんだ?」

蝉太郎:「......母さんはなんで俺に、蝉太郎なんて名前つけたのかな」

鈴一郎:「なんでだと思う?」

蝉太郎:「分かるわけ無いだろ」

鈴一郎:「(笑う)そりゃそうだ。あのな、母さん......蛍は生まれつき体が弱くてな。
     おまけに気が小さくて、誰かに意見したりするのが苦手なやつだったんだ。
     そんな蛍が口癖のように言ってた。私は、蛍じゃなくて蝉に生まれたかったって」

蝉太郎:「蝉に......なんで?」

鈴一郎:「俺も母さんから話を聞かされた時、いまいちピンと来なかったけどよ。
     母さんいわく、自分の意見を恐れず、はっきりと伝えられる人間は、蝉みたいだって。
     だから、そんな風に育ってほしくて、お前にその名前をつけたんだ。
     なにも、嫌がらせでつけたわけじゃない。当たり前だろ? 自分の子供なんだから」

リェネ:「......センタロウ」

蝉太郎:「うわ......びっくりした。居たのかよ」

リェネ:「センタロウ、ちょっとこっち来て!」

蝉太郎:「えっ? うわ、なんだよおい引っ張るなよ!」

鈴一郎:「いや、青春だねえ」

-----

蝉太郎:「......なんだよ、家の外まで連れて来て」

リェネ:「ここ見て、センタロウ」

蝉太郎:「これ......」

リェネ:「羽化したばかりの蝉。さっき、たまたま見つけたんだ」

蝉太郎:「......これ見せるために、わざわざ?」

リェネ:「そう、センタロウに見せたくて」

蝉太郎:「......ほんと変なやつ」

リェネ:「(笑う)きれいだね」

蝉太郎:「......生まれたばかりは、大体みんなそうだろ」

リェネ:「ねえ、センタロウ?」

蝉太郎:「なんだよ」

リェネ:「......もしかしたら、センタロウはまだ、生まれてすら居ないかもしれないよ?」

蝉太郎:「どういう意味だよ」

リェネ:「殻を破れてないってこと」

蝉太郎:「......」

リェネ:「......さっきは、ごめんねセンタロウ」

蝉太郎:「なんでお前が謝るんだよ」

リェネ:「私がセンタロウにひどいこと言ったから」

蝉太郎:「......別に、なんとも思ってねーよ」

リェネ:「ほんと?」

蝉太郎:「......ああ」

リェネ:「じゃあ、これで仲直りだね」

-----

鈴一郎:「そういえば、あれからどうだ。宝物見つかったのか?」

リェネ:「それが全然......もうあんまり時間が無いのに」

鈴一郎:「日記にはなんて書いてあるんだ?」

ミカユ:「『明日が地球にいられる最後の日になる。私はリン......と一緒に、『大きな木の根元』に宝物を埋めた』」

蝉太郎:「『リン』、『大きな木』、それに『埋めた』......? 宝物を、なんでわざわざ」

リェネ:「......私にも、分かりません」

鈴一郎:「もしかしたらそれ、タイムカプセルじゃないか?」

リェネ:「タイムカプセル?」

鈴一郎:「地球じゃあな。手紙とか、思い出のあるモンを地面に埋めるんだよ。それがタイムカプセル」

リェネ:「なんのためにそんなことを?」

鈴一郎:「まぁ、未来の自分に向けたメッセージみたいなもんだな」

リェネ:「そういう風習があるんですね......」

蝉太郎:「他にはなんて書いてあるんだ?」

リェネ:「日記に書かれているのは、これで全部。それに......なぜか最後のページは、破り取られていて」

蝉太郎:「そうなのか......さすがにそれだけじゃ」

鈴一郎:「家の......裏庭」

蝉太郎:「え?」

鈴一郎:「ほら......家の裏庭に、でかい木が立ってるだろ? 試しに掘ってみたらどうだ?」

リェネ:「行ってみよう、センタロウ!」

蝉太郎:「えっちょっと待てって!」

鈴一郎:「......なんで忘れてたんだろうな、そんな大事なこと」

------

※回想


   ミカユ:「これでよし、と」

鈴一郎(学生):「結構埋めるの時間かかったな。それにしても......タイプカプセルに何入れたんだ?」

   ミカユ:「言うわけ無いでしょ、そんなこと」

鈴一郎(学生):「それもそうか。けど良かったな、元の家に帰る方法が見つかって」

   ミカユ:「そうね。......色々と世話になったわね、リンイチロー」

鈴一郎(学生):「なに、爺ちゃんの教えを守っただけさ」

   ミカユ:「......この景色も、これでもう見納めね」

鈴一郎(学生):「見納めって、もう二度と会えなくなるわけじゃないんだろ?」

   ミカユ:「そうね」

鈴一郎(学生):「だろ? まったく、急に深刻な顔するなよ」

   ミカユ:「(笑う)ちょっと驚かせたくなっただけ」

鈴一郎(学生):「また会えたら、今度は色んな場所案内してやるからな」

   ミカユ:「......そうね、楽しみにしてる」

鈴一郎(学生):「さて、それじゃそろそろ俺は家に帰るよ。また明日な、ミカユ」

   ミカユ:「うん、また明日。......バイバイ、リンイチロー」

------

蝉太郎:「くっそ、地面固いな......よい、しょっと......ん。何かにぶつかった」

リェネ:「見つかった?」

蝉太郎:「ああ......箱が出てきた」

リェネ:「開けてみて!」

蝉太郎:「まぁ待てって。これ......アイスの当たりと、外れ棒?」

リェネ:「こっちは......蛍の川の写真。多分瑞日川(すいかがわ)だね。女の人が映ってる。こっちは......手紙?」

蝉太郎:「宛名はなんて書いてある?」

リェネ:「ミカユから、リンイチ......掠れていて読めないけど、お母さんの名前だ」

蝉太郎:「じゃあ、やっぱりこれがリェネの母さんが残したタイムカプセル......」

リェネ:「読んでみてもいい?」

蝉太郎:「当たり前だろ、お前の母さんの物なんだから」

リェネ:「じゃあ、読むね」

蝉太郎:「あ、俺に伝えなくてもいいからな」

リェネ:「うん、分かった」

蝉太郎:「......」

リェネ:「......そっか。お母さん。そうだったんだ」

蝉太郎:「読めたのか?」

リェネ:「うん」

蝉太郎:「そっか。良かったな、母さんの残した物見つかってさ」

リェネ:「......うん、そうだね」

蝉太郎:「にしても、なんで親父のやつ、タイムカプセルの場所知ってたんだろうな?」

リェネ:「......私、少し外の空気吸ってから戻るよ」

蝉太郎:「そっか、分かった。それじゃあ後でな」

リェネ:「......センタロウ!」

蝉太郎:「なんだ?」

リェネ:「えっと......いや、なんでもない」

蝉太郎:「なんだ、変なやつだな」


リェネM:私は、さっき読んだお母さんの手紙を思い返していた。


ミカユ:「――リンイチローへ。
     明日帰ると言ったけど、実はあれ、嘘なんだ。
     この手紙を埋めた後にはもう、私は地球を出ているはずだから。
     そもそも、この手紙をリンイチローは読めないだろうけど。
     
     ごめんね。嘘ついて。
     短い間だったけど、リンイチローと一緒に過ごした日々は楽しかったよ。
     
     この星の"夏"を知ることが出来て、とても素敵な体験でした。

     そう言えば......実は一つだけ私、この星で心残りがあるんだ。
     なにかは秘密。この気持ちはこの星に置いていくと決めたから。
     リンイチローの困る顔も、少し見てみたかったけど。なんてね。
     
     リンイチロー。ありがとう。
     どうか、彼女と幸せに。
     
     『アロ、エレミア、シカーダ』」   


リェネ:「......お母さんは、言わなかったんだね」

--------

蝉太郎:「......あいつ、さっきなんて言いかけてたんだろう」

鈴一郎:「なあ、蝉太郎。起きてるか?」

蝉太郎:「なんだよ、親父」

鈴一郎:「実は、嬢ちゃんには秘密にされてたんだけどな。
     ......嬢ちゃん、今晩に地球を出るらしいぞ」

蝉太郎:「え? なんでアイツ親父にだけ」

鈴一郎:「......知られたく無かったんじゃねぇか、お前には」

蝉太郎:「......なんだよそれ。意味が分かんねえ」

鈴一郎:「追いかけないのか?」

蝉太郎:「なんで」

鈴一郎:「別れの挨拶もまだ済ませてねえんだろ。言わなきゃ後悔すんぞ?」

蝉太郎:「言ったって、後悔するだけじゃんか」

鈴一郎:「バット振らなきゃ三振とすら言えないんだよ。やって後悔してこい」

--------

リェネ:「......ねぇ、ナビ」

ナビ:「なんでしょうか」

リェネ:「伝えたいけど、伝えたら、前と同じでは居られなくなる。
     そんな時、どうするのが正解だと思う?」

ナビ:「質問の意図が分かりません」

リェネ:「えっと......つまり」

ナビ:「......録音データが、残っています」

リェネ:「え?」

ナビ:「再生します」

リェネ:「録音データって......一体、なんの」

ミカユ:「――ねぇ、ナビ?」

リェネ:「この声って......」

ミカユ:「私の選択って正しかったと思う?」

リェネ:「もしかして、お母さん......?」

ミカユ:「別れの最後にふさわしい星空ね。いっそ、清々しいくらいだわ」

リェネ:「......」

ミカユ:「故郷のみんなに話したらビックリするでしょうね。まさか、私が地球人にだなんて」

リェネ:「......」

ミカユ:「え? 彼を星に連れて帰らないのかって? 冗談言わないで。
     そんなこと出来るわけ無いじゃない。だって彼にはもう、この星に大事な人がいるんだから」

リェネ:「お母さん......」

ミカユ:「私は......この選択を後悔しないわ。だって、大切な人の幸せを願うのは当たり前のことだから。そうでしょう?」

--------

リェネ:「......今ならお母さんの気持ち、少しは分かるよ」

ナビ:「船の準備が出来ました。いつでも出発出来ます」

リェネ:「うん......それじゃ、行こう」

蝉太郎:「(荒い呼吸)......リェネ!」

リェネ:「せ、センタロウ?」

蝉太郎:「(荒い呼吸)......」

リェネ:「どうして......?」

蝉太郎:「それは、こっちの台詞だ......なんで、何も言わずに、勝手に行っちまうんだよ」

リェネ:「だって......言うと、別れが辛くなるから」

蝉太郎:「......えっと、あのさ、あの」

リェネ:「?」

蝉太郎:「......ち、地球! どうだった?」

リェネ:「楽しかったよ、とても」

蝉太郎:「そっか」

リェネ:「......それだけ?」

蝉太郎:「いや、えっとその......め、飯はどうだった?」

リェネ:「美味しかった。センタロウ、将来は料理人になれるね」

蝉太郎:「バカ、そんな簡単になれるわけないだろ」

リェネ:「なれるよ。センタロウなら」

蝉太郎:「......そうだった、お前はそういうやつだったもんな」

リェネ:「私、必ずまたセンタロウに会いに来るよ。いつになるか分からないけど、必ず。
     センタロウの作った料理、食べに来るよ!
     ほら、タイムカプセル埋めたでしょ。あれを掘り返す頃に!」

蝉太郎:「......分かったよ。約束な」

リェネ:「それと、今度はセンタロウが、私の星に来て欲しいな」

蝉太郎:「何年先の話だよ。そんなもん無理に決まってるだろ」

リェネ:「無理じゃないよ。だって私達がこうして出会えたんだもん」

蝉太郎:「......そうだな」

リェネ:「......それじゃ、私そろそろ行かなくちゃ」

蝉太郎:「......またな」

リェネ:「うん、またいつか。夏の日に」

蝉太郎:「......あのさ、リェネ!」

リェネ:「なに?」

蝉太郎:「......ありがとな!」

リェネ:「え?」

蝉太郎:「俺、お前のおかげで、ちょっとは自信が持てた!
     お前が居てくれたから、俺、自分の名前が好きになれたんだ!
     だから......地球に来てくれてありがとうな! 宇宙人!」

リェネ:「センタロウ......もう、宇宙人じゃないって、何度言わせるの!」

蝉太郎:「(笑う)本当に、ありがとうな、リェネ!」

リェネ:「......センタロウ!」

蝉太郎:「......なんだよ?」

リェネ:「実は、私からも言いたいことあるの!」

蝉太郎:「なんだよ!」

リェネ:「......あのね、実は私......」


蝉太郎M:リェネが、翻訳機を首から外した。そして――


リェネ:「アロ、エレミア、シカーダ!」(私、あなたが好きだよ!)


蝉太郎M:そう言い残すと、リェネの乗り込んだ宇宙船は煙を噴き上げながら、夜空へ向かって飛んで行った。

          
鈴一郎:「......嬢ちゃん、もう行っちまったのか?」

蝉太郎:「......うん、ついさっき」

鈴一郎:「寂しくなるな。それで、なんて言ってた?」

蝉太郎:「......内緒」

蝉太郎M:あいつが最後に言った言葉。あれはきっと。

鈴一郎:「さて、俺らも帰るか」

蝉太郎:「あのさ、親父」

鈴一郎:「ん?」

蝉太郎:「俺......夏が明けたら、また行くよ。学校」


蝉太郎M:この先どうなるかなんて、誰にも分からない。
     だから踊ろう、この夏を。叫ぼう。精一杯大きな声で。

     夏がもうじき終わろうとしている。けれど蝉は力強く鳴いていた。

<終>
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