過去と生き方


エルは今日、2歳の誕生日を迎えた。
一国の姫の誕生日となれば、国民が総力を挙げて盛大に祝うのが当然の流れである。
否、国民だけではない。
エル本人たっての希望で彼女を守り戦ったプリキュア達と、彼女を攫おうとしたアンダーグ帝国の人々も招待されている。
こう書けば後者は不自然極まりないが、300年越しに和平を結んだ両国の関係は現在良好なのだ。
なんら不思議なことではなく、寧ろ祝いに行かなくては無礼に当たる。

「……分かっては、いるのだがな」

カイゼリンは玉座で独り言ちる。
エルの誕生日はカイゼリンにとってもめでたいことで、祝福することには何の抵抗もない。
しかしそれでも、スカイランドへ赴こうという気は一向に起こらなかった。
原因は分かり切っている。
スカイランドのプリンセスの誕生会の最中、父カイザーが殺された――300年間忘れることのなかった、偽りの記憶だ。
実際にカイザーが殺されたのはその後アンダーグ帝国に戻ってからのことで、カイゼリンが最後に目にしたエルレインは本当は笑顔だった……はずだ。
だが、カイゼリンにはその顔が思い出せない。
エルレインとの最後の記憶は未だ、父を斬り殺し自分にも刃を向けた冷たい瞳だった。

スキアヘッドの作り出した幻に過ぎない。
そう分かってはいても300年という月日は長すぎた。
幻に向けた空虚な憎しみが本来の記憶を塗りつぶしてしまったのだろう。
憎悪と言うのは強い感情だ。
一度捉われればあらゆるものが見えなくなって、憎しみを晴らすことしか考えられなくなる。

「お母様」

ふと、最近よく聞くようになった声が響いた。
視線をやればエルレインによく似た、しかし髪と瞳だけが金色の少女がこちらを見つめている。

「スカイランドへ行かなくてよろしいのですか?」

口調も、エルレインと同じ丁寧なものだ。
目上の者に無礼がないようにとミノトンが教え込んだものだが、かつてのカイゼリンにとってはそれも腹立たしくて仕方がなかった。

「……ああ、直に向かう。お前はミノトン達と先に行って構わん」

彼女は人間界で暮らす内、プリンセス・エルと親しくなったと聞いている。
早く会いに行きたいのだろう。
そう思っての言葉だったが、予想に反して彼女はその場を動こうとしない。
こちらを静かに見つめる瞳がカイゼリンは苦手だった。
彼女、ミクモはカイゼリンにとって一言で言い表せない存在だ。

無二の友人の生き写し。
スキアヘッドの置き土産。
自分の遺伝子が組み込まれた人工生命体。

本人はカイゼリンを母と呼ぶが、自分が母親などとても烏滸がましいと思う。
彼女を生み出したのはスキアヘッドで、育てたのはミノトンで。
カイゼリンが彼女にしてやったことと言えば視界にエルレインの似姿が目に映る度に不快だと罵ったくらいだ。
今更どう接していいのか見当もつかない。

「昔、お母様とお爺様に何があったのか。ヤクモから聞きました」
「……私のことなど、お前には関係のないことだ。早くプリンセスの元へ行ってやれ」
「関係ない、ですか。確かに、そうかもしれません」

突き放すような言葉に、ミクモは声を沈ませる。
折角笑顔が増えていた彼女が俯く様子に胸が痛んだが、心の整理がつくまではどうかそっとしておいてほしい。
エルレインの顔で、こちらを見ないでほしかった。

「それなら、これから関係を紡ぎます」
「? ッおお!?」

二ッと歯を見せた実にいい顔を上げたかと思うと、突然カイゼリンの体が硬直した。
いつの間にかアンダーグエナジーの糸に拘束されていたのだ。
いかに物思いに耽っていたとはいえカイゼリンの不意を打つのは並大抵のことではない。
驚いたのも束の間、糸によって玉座から引きずり降ろされたカイゼリンはそのままミクモに横抱きで受け止められる。

「な、お前……!」
「ふっふっふ、驚きましたか。実はこっちに帰ってきてから少しずつ力が戻りまして……アンダーグエナジーの海の傍だからですかね? あ、腕力はミノトンの筋トレに付き合わされた成果なんですよ!」

何やら得意げに力自慢を始めたが、そういうことを聞きたいわけではない。
そんなカイゼリンの内心を察してか、ミクモは一度口を引き結び、再び声のトーンを落とした。

「多分私は、貴女のエルレインさんへの憎しみを煽る為に作られたんだと思います。でも、生まれとか過去とかじゃなく今の自分の生きたいように生きていいんだって。ヤクモやムラクモ叔父さん達を見てて、そう思ったんです」
「……」
「もう弱いから惨めに生きるしかないなんて言い訳はしません。私は笑って生きたい。その為に、貴女ともスカイランドの人達とも仲良くなります」

「ぷっ……はははははは!」

カイゼリンは大笑いしてしまった。
仮にも母と呼ぶ相手を簀巻きで抱えあげたまま、人生観を語られるとは思ってもみなかった。
どうやらミクモはカイゼリンが思っているほどエルレインに似てはいない。
いや、スキアヘッドが主観からエルレインに似せて作っただけなのだから当然だ。
寧ろこうも強引な手段をとるのはアンダーグ王家らしいと言えるかもしれない。

「話は纏まりましたかな?」

一通り笑って呼吸を整えていると、ミノトンがカバトンとバッタモンダーを伴って歩いてきた。
どうやら様子を伺っていたらしい。
「ううん、まだ了承はもらえてないわ」
「ならもうこのまま連れていっちゃうのねん。2年連続で王女を攫うなんて俺様TSUEEE!」
「いやもう王女なんてトシじゃ」
「……ふんっ!」
「なんでもないですすいませーん……」

流石に部下達の前で縛られた姿を見せ続けるのは羞恥心が勝り、力任せに糸を引きちぎる。
決してバッタモンダーにイラッとしての行動ではない。

「まったく……つくづくおかしな奴らだ」
「そんなことより、ちょっとお母様の人形貸してくれませんか? 折角また糸を使えるようになったことですし、即興の人形劇を披露しようと思ってまして」

ミクモが言うと、カバトン達も得意げに各々の人形を取り出して見せる。
以前頼まれてカイゼリンが作ったものだ。彼等も人形劇とやらに出演予定らしい。

「……そうか、分かった。少し待っていろ」


カイゼリンの自室にはエルレインに渡すことのできなかったカイゼリンの人形と、新たに作り直したエルレインの人形が飾られている。
300年前の遺物であるカイゼリンはすっかりくたびれて倒れてしまっているが、ほとんど新品のエルレインはしゃんと背筋を伸ばして優雅に座っていた。
実にアンバランスな2つを離して置いていたが、カイゼリンは両方まとめて手に取り、そのまま胸に抱いた。

「私を母と呼んでくれる少女が、過去に捉われない生き方を示してくれました」

ポツリと呟いてみる。
人形に語りかけたところで当然返事はない。

「貴女はもういない。でも、私は今でも貴女の友でありたい。だから今からでも、貴女の友として……あの子の母親として、恥じない生き方をしようと思います」
『ありがとう、カイゼリン』

不意に、かつてのエルレインの笑顔が脳裏に浮かぶ。
最早いつか見た記憶の反芻か、カイゼリンの妄想かも分からない。
だがそれでもいいと思えた。
スカイランドのプリンセスも、アンダーグ帝国のプリンセスも、もう孤独ではない。
紆余曲折の末、賑やかすぎる仲間達に囲まれて前に進んでいる。

カイゼリンは今ようやく、過去を忌まわしいものではなく自らを形作るかけがえのないものとして受け入れられた。


「お母様、この期に及んで引き籠ろうとしていませんか?」
「すまない、今行く」

部屋の外から呼びかけられたカイゼリンはやかましい3人組と2つの人形、そして一人娘を伴ってスカイランドへのトンネルを生成した。
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