【晴晋】晋作太夫ルートif 08. 共寝


「正規の英霊召喚システムを模した、冬木の聖杯戦争のさらに真似っこ。しかもリアルタイムで改良を加えてる現在進行形システムときた。そりゃあこんなこともあるよね!ゴメンゴメン。でもキミさぁ、特に支障ないでしょ」
 僕が管制室に乗り込んだときには、すでに同じ案件での問い合わせが複数来ていたらしい。手慣れた様子で説明するシオン君によると、『再臨異常』と名付けられたシステムバグは、一部のサーヴァントの霊基を特定の再臨状態に固定するものなのだという。
 『支障がない』というシオン君の言葉は確かに正しい。それこそ大図書館の主や内海の妖精、月のお姫様やルーラーの謙信公なんかは、再臨で宝具どころか性格まで変わるのだと聞く。その面々の不便さを考えれば、ちょっと昔の姿になるくらい、確かに支障がないと言って憚りない。
 手慰みに髪に触れようとした指が空を滑って、未練がましさにため息が落ちる。信玄公に断りの返事を送ったのは一日目、催促の煩わしさに彼個人の通知を切ったのが三日目、そうして七日が経った今でも、この再臨異常が解決する兆しはない。
 信玄公と会えないことに淋しさを感じるかと思ったけれども、意外とそんな殊勝さは僕にはなかったらしい。こんな欠片の赤もない姿をどうして見せられるものかと思うのも半分、いざ呼び出されて不要だと断じられるのも面白くないのが半分で、むしろ彼に会わずに済むことに安堵すら感じている。
 それにきっと信玄公だって、そろそろ割り切って他の赤に目星をつけ始めているだろう。そんな姿を目にせずにいられるのなら、この断絶だって悪くない。
 据付のテーブルに投げ放しの端末がかすかに震えて、呼び出しの音が聞こえてくる。手に取り内容を確かめて、電磁三味線を背に担ぐ。
 部屋から出ようとしない僕をおおよそは察しているのだろう。画面に申し訳なさげに綴られていたのはマスター君からの出撃要請だった。


 高杉と連絡が取れなくなってもう数日になる。初めこそ、呼び出しを断る珍しさはあれどそんな気分もあるだろうと腑に落とせていた。その返事すらもなくなって、まともに姿を見ることもないものだから、伏せっているのかと医療班に訊ねてみたものの、『その心配はない』の一点張りだ。
 俺の高杉の扱いがお世辞にも良いものではなかった自覚はある。初めて床を共にしたときはさもありなん、それからも幾度となくあの男の傷を開いてきた。意図なく傷つけることもあれば、膿が見えるようあえて開いた傷もある。
 その振る舞いに愛想を尽くしたと言われれば、不満はあれど納得はできよう。今、憤りを感じているのは、それすら言わずに高杉が俺の視界から消えようとしているからだ。
 さてどうやって捕らえようかと思案していた最中、端末の通知音が鳴った。
『今日は高杉社長に出てもらってます。戻るのはたぶん夕飯前』
 昨晩出会いがてら声をかけたマスターは、さっそく動いてくれたらしい。その早さと簡素な文面にやってくれると笑いが漏れる。あれはあれで、馬に蹴られる覚悟で発破をかけてしまいたいらしい。

 食堂から管制室までのルートは一本道ではないが、マスターが選ぶ道は限られている。食堂を出るタイミングさえ分かれば辻で待つのも難しくはなく、更にこちらには内通者までいるときた。
 そうして俺は根回しの通りに、目の前を通り過ぎようとする高杉を脇道から担ぎ上げた。
「……は?え、んん???あ゛ぁ?!」
「この後は?」
「高杉社長はこれで上がり。……あんまいじめないでくださいね。これで拗ねるとめんどいんで」
「可能な限り善処する」
「おい君ら何の話してんだ!?てか降ろせ!いきなりこんな目にあう謂われはないぞ!」
 肩に担がれたまま、高杉の膝が容赦なく胸を蹴ってくる。毎夜何の抵抗もなく抱かれる男の、子供じみた抗いはなんとも新鮮で、ついつい笑みが浮かびそうになる。思えば彼を抱くようになるまでは、こんな気安いやりとりが望めば近くにあったのだ。
「あまり騒ぐと人目を引くが。いいのか?」
「ならば疾く降ろせ。なぁに、君相手に逃げはしないさ」
「お前のその手の言は信用できん」
 ぐ、と喉が詰まる気配とともに、高杉はだらりと力を抜いて、ゆらゆら手を揺らす勢いで俺の背を叩いてきた。わかりやすい『気に食わないが観念した』だ。平素の高杉からは想像もつかない振る舞いだが、慣れぬ年若い見目に彼自身も少しは引っ張られているのかもしれない。
 懲りずにぶちぶちと文句を連ねている高杉を片手に、自室へ戻ろうとした俺の背に「お気をつけて」と声がかかる。
 そう、気を張らねばならないのは、これからだ。

 自室の扉をくぐりロックをかけてすぐ、騒がしいばかりだった高杉の抵抗がぴたりと収まった。まるで俺の部屋であれば繕う必要もないと言わんばかりの豹変だ。
 確かにああも騒いでいれば、これが一方的に無体を強いられている姿だとは誰も思わないだろう。実際に道中すれ違った幼年のサーヴァントたちは「悪の社長さん、また楽しいイタズラかしら?」と期待混じりに声をかけてきた。そういった高杉の取り繕いの巧さに、これまで俺は騙されも、助けられもしていたのだ。
 肩からベッドに投げ入れられても、高杉は俺から顔を逸らしたまま微動だにしなかった。その大人しさをいいことに、逃げられないよう腰の上にのしかかり、無理やり顔をこちらに向けさせる。
 投げ返された視線はひどく冷ややかだ。硬質なその紅の中に、かつて見た怒りと逡巡がほんのわずかだけ滲んで見える。それもすぐに瞼に隠して、ようやく高杉は口を開いた。
「どういうつもりだ」
「ほう?覚えがないと?」
「こんな仕打ちを受ける理由がない。君の誘いは断っただろ」
「ここ数日は断りなど受けていないがな」
「ハ、一度や二度じゃ伝わらないって?信玄公はいつからそんなに鈍くなったんだ?」
 返ってきたのは予想通りの反応だった。煽るにしたって定型が過ぎる文句は、『怒らせればすぐに諦めるはず』と高杉が俺を見くびっている証左なのだろう。その、彼らしくない拙さに、苛立ちがまたぶり返してくる。これまで放置した己にも、逃げようとした高杉にもだ。
「ろくな返答もせず、面と向かいすらしないくせによく言う。応じが途絶え、姿すら見えなくなれば俺でも心配はする。それに至らないお前ではないだろうが」
「心配、心配ねえ。……ま、不義理は詫びるさ。気軽に抱けてたやつがある日突然その気はないなんて言い出したら、さすがの信玄公だって次を探すにも苦労するだろうしな。
 うん、丁度いい。せっかくの機会だ。こんな面倒な男、そろそろ手放したらどうだい?ご覧の通り、君の『お気に入り』はもはやどこにもない。今なら惜しまず手を切れるだろう?」
「おい高杉、何を言い__」
「こんな姿、抱く気も起きないだろってこと。君に呼ばれる理由も、君の利になるものも、もうなくなった。……だったらわざわざ抱いてくれなくていい」
 俺を遮るように言を連ねて、高杉はいつものようにぎこちなく口元を歪ませた。
 笑みにすら満たないその顔を見た瞬間、眼前が赤く染まったような気がした。ふつふつと腹を煮る熱さがある。まったく話にならない。はじめからずっと、高杉は俺と対話する気などなく、己に言い聞かせるために言葉を積み上げていただけだ。結局この男は、俺を観察しているようで己の見たくないものは視界に入れはしないのだ。
 だったら俺とて、これ以上、手を選ぶ必要はない。
「なるほど。つまり、利があれば抱いてよいと」
「……は?」
 無防備に投げ出されていた両腕を捕まえて、片手で高杉の頭上に押しつけてやる。しばらく目を白黒させていた高杉は、シャツの隙間から指を差し入れられた途端にぎくりと身体を強ばらせた。その反応に気をよくして、開いた首元に吸いつき舌を這わせていく。幾度となく抱き潰した身体は、たったそれだけの愛撫でむずかるように喘ぎを漏らし、朱に染まっていく。
「この、離せ、離せよ……!今はそんな気分じゃない。だから、いい加減に、……聞けよ、信玄公!」
「ならばどう加減したらいい。お前がどんな気分だろうが、『わざわざ抱いてやれば』いいのだろう」
「勝手な屁理屈を……!ん、くぅ、やめ、……嫌だ、や、ふざけるのも大概にしろ!」
「誰がふざけていると?」
 拒絶も露わにこちらを睨みつける瞳は焦りと困惑に満ちている。それも俺の視線を捕らえてすぐに、怯えの色に染まっていった。顔を覗き込まれてようやく、俺が本気で抱くつもりなのだと高杉も得心がいったのだろう。悦楽に浸りつつあった顔ですら青ざめて、はく、と薄い唇がわなないた。
「わ、わかった。君が本気なのはちゃんと、わかったからさ。だから、離せ、離してくれ。
 この再臨異常が直ったら、きちんと信玄公の呼び出しに応える。言うことだって何でも聞く。どれだけひどくしてくれたっていい。
 でも今は……こんな、お情けで抱かれるのは、嫌だ……!」
「甘ったれるなよ高杉。情けなど、いつお前にかけてやった」
「好きでもないやつに依存されて、惰性で抱こうとするそれのどこがお情けじゃないって言うんだ!」
「知るか。こんなにも稚く愛らしい姿のお前を抱かずに帰せるはずもないだろうが」
「それこそ今すぐ帰せ……ば、ん?んん?あ、愛らしいって……は??信玄公?何を言っ……や、はっぁ!
 やめ、やめろ、後生だから許せ、許してくれ。頼む。こんなの、嫌だ、やだ、ぁ、ひ、ぃ」
 もうどうせ禄なことは言わんだろうと、高杉の懇願を無視して鎖骨に歯を立てる。この程度の痛みなら容易に快楽として受け取るよう教え込んだせいか、つけられた歯型を抉る舌の動きにすら、高杉は非難の声をひきつらせて悶えていた。それも次第にぐす、と鼻をすする音が混じるようになり、「嫌だ」「許してくれ」とうわ言のように繰り返される言葉にも泣きが入りはじめてきた。流石にここいらが限度だろう。
 押さえ込んでいた両腕をゆるめて、高杉を横向きに転がしてやる。腕ごと背後から俺に抱きしめられる形になった高杉は、顔こそ見えないものの拍子抜けしたように戸惑いの声を漏らしている。抱え込んだまま指を絡めとり、腕の力を強めると、びくりと高杉の身体が揺れた。
「な、何で」
「お前を泣かせてまでどうこうする気はない。今のお前は俺に抱かれたくない。俺はお前を帰したくない。ならばこうするしかないだろうが」
「なんなんだその理屈。……というかだな、信玄公。その、当たって」
「それだけこのお前に懸想しているんだ。まったく、これで戻るまでお預けとは無理を言う」
「えぇ……?こ、こんな僕でも信玄公のお気に召してなにより……なのか?いや待て。このまま寝れるわけ」
「俺もだ」
 らしくない気の抜けた応酬に思わず笑いがこぼれてしまう。ちょうど耳元を息がくすぐったのか、目の前で高杉の背がきゅっとすくんだ。あやすようにうなじに唇を落としながら、しばらくの間、高杉の抱き心地を堪能しておく。何を言おうが俺に放す気がないと察したのか、絡めた指を撫でているうちに高杉もこちらに寄りかかってくるようになった。
「これ以上はお前が望まない限り触れない。が、ひとつだけいいか」
「こちらも文句なら多分にあるが。なんだ」
「この姿のお前は喋りもどこか砕けていて、愛らしい」
「信玄公のそういうとこ、ほんと疲れる……リップサービスはほどほどにしてくれ」
 ため息混じりの高杉の声からは、照れは一切感じられなかった。透けるように白いうなじもあらわな耳も染まることはなく、『勝手にしろ』と諦めだけを伝えてくる。今日はもう、これ以上俺に踏み込ませる気はないのだろう。
 それで十分だ。いくら高杉が俺を信じきれないとしても、彼のうちに残るものはあった。その拒絶がこれまでの残滓によるものだとわかった以上、あとは無視できなくなるよう、積み上げていけばいいだけだ。
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