怪盗 グレイ・グラナタス
作成日時: 2024-04-08 23:12:42
公開終了: -
19世紀、産業革命のただなかにあるイギリスで、暗躍する一つの影があった。
『怪盗グレイ・グラナタス』あるものはその名を聞くと恐怖に震え、あるものは称賛の声をあげる。広がる貧富の中、財宝を貪るようにコレクションする者たちがいた。そのような者たちの財宝を華麗に盗みその鼻を明かす、そんな存在がいる。そんな彼に社会に虐げられる人々はその復讐心を託す。
彼のトレードマークは、黒いマントに黒い上品なシルクハット、予告状を出したうえでの犯行を好む。その状態でも彼は高い確率で、目的のものを手に入れる。
今宵もある富豪の屋敷に、予告状が届いた。
「おお、よく来てくれました。ミスターソール」
屋敷の主が鋭い雰囲気の男を迎え入れる。彼女はソール・フレグレー、優秀な刑事であった。怪盗の犯行成功率を『高い確率』にお会いとどめているのがこの女なのだ。
「お迎え、ありがとうございます」
ソールは上品な笑みを浮かべ歓待にこたえる。
「早速ですが、改めて招待状を見せてください」
彼は一瞬で表情を引き締め、冷たい声音を出す。
「は、はあ。これです」
主人は、雰囲気に気圧されたのか、慌てて一枚の紙を取り出す。
「相も変わらず気取った手紙ですね。筆跡を残さないやり方なんでしょうけど」
その紙には、様々な字体のアルファベットを新聞や雑誌などから切り抜いて張り付けて文章が綴られていた。
-今宵アルファ・ルビーを頂きに参上する‐
グレイ・グラナタス
そのルビーとは、7つセットの宝石であった。北斗七星になぞらえた二つ名を持つきわめて質の高い宝石たちの一つがこのルビーであった。
「たしか、ロンドンにもう一つあった七星の宝石も盗まれたのでしょう?叱りしてほしいものですな」
宝石の主は不安そうに言う。
「なぜそれを?」
「コレクターとしてはそのような話題には敏感ですからな」
ソールは、情報統制の担当官に後で抗議しておこうと決めてから主人に向き直った。
「前回は不覚を取りましたが次はそうはさせません。ご安心を」
※
その夜屋敷は厳戒態勢であった。怪盗はを守る男で、この夜をやり過ごせば怪盗は手を引くだろう。ソールは警官たちを屋敷の全体に配置する。かく乱のためにいくつかのポイントを重点的に守るようにしている。
ソール本人は、面が割れているので遊撃班として外で待機している。日が落ちかけたタイミングで一人の警官が遅れてやってきた。
「いやー、申し訳ない。道端で派手にすっ転んだ爺さんがいて、その人を助け…イテテ」
遅れてきたそいつがすり替えられている可能性を感じたソールは、その警官の頬をつねる。
「ふん、偽物ではないな。お人よしもほどほほどにしておけよ」
「はっ、はい」
変装を含めた様々な手段で盗みを働く。あらゆるものに気を配らなければならない。
「怪盗が出たぞ!」
屋敷の南の一角から声が響く、陽動であることを考え、遊撃反の身が声のもとへ向かう。
ソールがその区画に向かうと、一人の警官があたりを見回した。
「怪盗は…「怪盗はどこですか⁉」
疑問を投げかけたのはその警官だった。
「お前が声を出したんじゃないのか⁉」
「違います⁉近くで声が聞こえて…」
「…⁉お前たち下手に動くな?」
その区画は本命の隠し場所から離れているわけでも、近いわけでもない。おそらく怪盗は本命の位置を把握しているわけではない。そう推理したソールは部下たちに巡回を命じる。
「広間だ!大広間いるぞ!」
また別の声が響く、広間も本命のある場所ではない。だが今度は部下たちも疑念からすぐには動けない。
「奴め、何が目的だ⁉」
無視するわけにもいかず、ソールは走り出す。
バシュッとどこかで破裂音がする。本命の部屋だった。
「まずい…!」
ソールが保管庫の部屋に向かうと、すでに煙幕が周りの空間を満たしていた。
「あの部屋の周りに窓はない煙を囲え⁉」
ソールと部下たちは煙から飛び出す、影を幻視して身構える。その想像通り影が飛び出した。想像できていなかったのは、その陰にシルクハットが乗っていないこと。そして常軌を逸した脚力だった。
「なっ⁉」
怪盗はソールへまっすぐ走ってくる。腰にタックルするソールをひらりとかわし、後ろの警官の帽子を奪う。
「これも返してもらうよ」
怪盗は帽子のつばで顔を隠しながら不敵に言った。
「さらばだ!」
怪盗は窓から外に飛び立つ。その足についていける者はいそうになかった。
※
「うまくいったね」
人ごみまで逃げおおせ一息ついた。
【そうだな】
それに答えた声は警察帽ではなくそれが姿を変えたシルクハットだった。『怪盗
グレイ・グラナタス』は二人で一人の怪盗だった。もともと瓜二つの外見でかく乱して泥棒を働いていた二人だったが、兄が何者かにシルクハットに変えられた。初めは困惑する二人だったが、しゃべる帽子という特異性と一定時間なら他の帽子に変身できる能力を生かし、よりトリッキーに盗むことを信条とする怪盗を始めてみたのだ。
「七星の宝石を集めたら願いが叶うってホントかな?兄さん」
【さぁね、俺がこんなことになるんだ何が起こっても不思議はないさ。帽子でいるのも飽きてきたからもとに戻りたくはあるね】
そのような願いがあっても二人は遊びながら盗むことをやめない。彼らは、どこまでも道楽的に生きている。
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