「俺たちは別の世界に転生し三人兄弟として生まれ変わったわけだが」本編SSその1


 やけに息が苦しくて目を開けた。
 まだ夜が明けない時間帯だからか、真っ暗な部屋に目が慣れるまで時間が掛かってしまった。その間にも息は苦しかったが、死ぬほどではなかったのでさほど混乱はしなかった。
 慣れた目で彼の顔を見る。かつて見たことのある憎悪にまみれた顔だ。
 彼はそんな顔で俺の首に手をやり首を絞めてるつもりになっているようだ。そんな力では俺を殺すことなんてできないのに、やっぱりこの人は優しい人なんだと殺されかけている俺はそんな呑気なことを考える。
 ギリギリと一瞬首を絞めている手に力が入るが、それを止めるかのように体が引く。そんなことを繰り返すせいで俺は一向に死ぬことはない。だから、ちょっと息が苦しくても頭はいたって冷静なままだった。
「おまえが、おまえがラクスを!」
 彼は首を絞めながら、そんな言葉を何度も何度も繰り返している。よく見ると瞳の焦点が定まってないのでおそらくはまだ夢の中なのだろう。それかもしくは、思い出している最中なのか。
 そんな状態でおそらく数十分は経過したと思う。(途中レイが彼を引きはがそうとしていたけど、俺はそれはダメだと力を使って止めたのは余談である。)
 徐々に彼の瞳が俺に焦点を当てる。最初は唖然とした顔だったけど、徐々に状況を理解したのか暗い中でも顔がみるみる青くなっていくのが分かった。
「ぁ……ぼ……く……ちがっ、あぁ、ああ!」
 頭をかきむしる勢いで抱えだし、涙を振りまきながら「違う、違う」と首を横に振る。それから「ごめんなさい、ごめんなさい」と嗚咽交じりで泣き出すものだから少し困ってしまった。だから俺は、上半身だけ体を起こして、彼の両手を掴み「大丈夫ですよ?」となるべく優しく声を掛けた。
「泣かないでください……俺、あなたに殺されるならむしろ本望ですよ?」
 そういって微笑みかけると、「……え?」という間の抜けた声と共にゆっくりと彼は俺の顔を見る。彼の顔は面白いぐらいに絶望しており、ちょっとだけ、ああ、かける言葉を間違えたな、なんて苦笑した。
「なん……で……?」
「だって俺、ラクスさんを……キラさんの大事な人を殺したんですから当たり前じゃないですか」
「ち、違う!君は、君は!」
「それに、俺ラクスさん以外にも……キラさんも、アスランも、代表も、ミレニアムのみんなも……ルナも、全部殺したんです。それなのにずっと生き続けて……だから、ちゃんと報いは受けないと」
「違うったら!!」
 彼は勢いよく俺に抱き着く。その勢いがすごすぎて一瞬後ろに倒れるところだったけど、彼の抱き着く強さもすごくて倒れることはなかった。
「君は、ずっと泣いていたじゃないか!苦しくて、悲しくて、やりたくない、誰か止めてってずっとずっと叫んでたじゃないか!なのに、なのに僕、僕は、君を……!」
「………」
「……ラクスが止めてくれてたのに……なのに僕……君に、してはいけないことをやってしまった!……あれのせいで君はずっと苦しむ羽目になって!……ごめんねっ……本当にごめんね……!」
 彼は俺の肩に顔を埋めながら嗚咽交じりの涙を流す。俺を抱きしめている片方の手はいつの間にか俺の頭を包むように移動していて、ただ締め付けが強いだけだったものが、優しくけれど強く離さないと言わんばかりのものになっていた。
 しばらくして、彼は俺の肩から顔を上げ静かに告げた。
「……今度は間違えない。僕は君を、いや君も皆も全部守って見せる。今度こそ、絶対に」
「……無理しちゃったら、アスランに一方的に殴られちゃいますよ?あの時みたいに」
「大丈夫だよ。今世では僕の方が強いもん……だって僕は君たちのお兄ちゃんだから」
「……じゃあ、無理したら俺も無理しますからね?俺が人間じゃなくなったら後悔しちゃうんでしょう?……それとも、人間じゃなくなったら今度こそ俺を殺してくれますか?」
「……君って本当に酷い子だね」
 そういうと彼の顔は俺の肩に逆戻りしてしまった。そして先ほどとは違い静かに涙を流している。
 俺は抱きしめられているせいでうまく上がらない腕を彼の背中に回し優しく撫でる。それがトリガーになったのか、微かに嗚咽も混じるようになってしまった。
 俺はそのまま……されるがままの状態で背中を撫で続けた。

 それからどれぐらいたったのだろうか。いつの間にか彼は眠ってしまっていてスースーと寝息を立てていた。
 道理でいきなり重くなったと呑気に考えていたら、自覚した体が限界と言わんばかりに力が抜けてしまい、俺は彼に下敷きにある形で倒れてしまった。
 ぐえっとつぶれたカエルのような声を出して、若干息が止まりせき込む。
 前世の時の年齢なら抜け出すのは簡単だったろうなと暗い天井を見上げて、ついでと言わんばかりに追想する。

 苦しかったか/おそらく本当。
 悲しかったか/うん、悲しかった。
 やりたくなかったか/当たり前だろう?
 止めてほしかったか/当然だ。
 ……なら、俺のせいじゃないのか?/そんな都合のいい話、あるわけないだろう?
 じゃあ、どうやったら報いを受けられる?/そんなの決まっている。

「ちゃんと、苦しんで醜く死なないと」
 本当にそれだけで俺の殺した人たちが満足するかはわからない。一生の責め苦を求めているのであれば、それもいいかもしれない。
 ……本当はそんなこと望まない人たちだっていうのはわかっている。だけど、それでも、ちゃんと罰を受けないと。
 俺は許されてはいけない存在だ。例え、あの殺しが俺の意識とは別のものだったとしても、俺はあの時の感触を今でも思い出せるのだから。
 ……いや、それだけじゃない。俺は多分人の幸福を食ってしまう存在だ。俺という存在が居るだけで俺の周りは不幸になってしまう。……そして、その不幸のおかげで俺は生き残り続けてしまうんだ。
 前世で家族が吹きとばされた時も、ステラが殺された時も、メサイアが落ちた時も、俺が皆に手をかけた時も……母さんが、マユが俺を助けるために死んでしまった時も。
 俺が居たから……ぼくが、皆を……不幸に……。

 いつの間にか息を吐く方法を忘れてしまい、頭が霞んでいく。
 ヒューヒューと、息を吸い込んでいるのに一向に良くならない症状に混乱してしまい、胸のあたりを強く握りしめる。必死で、この苦しさをどうにかしたくて、わずかに涙を流して、空いたままの口からは涎が垂れてきて。
 随分と滑稽な顔をしているだろうなと、苦しいのとは裏腹に冷静に客観視する。そんなことを考えたからなのか自然と口角が上がった気がした。
 途端に、誰かに口をふさがれる。びっくりして未だに混乱し続ける頭で口をふさいだ誰かを見る。
「それ以上息を吸うんじゃない。ゆっくりでいい、吐き続けろ」
 見覚えのある顔だ。……いや、いつも見ている顔だ。憎たらしくて、口うるさくて、でもちょっとだけ尊敬している人。
 俺は声に従って息を吐く。
「……そうだ、そのまま吐き続けろ……よし、うまく出来てるな……なら今度は息を整えるぞ。俺に合わせて息を吸って吐け」
 言われた通りに呼吸を整える。その間、気持ち悪いと思ってしまうほどやさしい顔をしたその人の顔は、よく見ればほんのちょっとだけ顔をこわばらしていた。
 呼吸が正常になると、徐々に眠気が襲ってくる。本当ならぐっすりと眠っている時間に起きたのだから当然と言えば当然だった。
 その前にレイを出してあげないとと、無理やり頭を起こして再度力を使う。
 無事に出せたようで、驚いているレイの顔を見ながら俺は意識を手放した。


「はぁ……」
 眠ったシンの様子を見て俺はようやく肩の力を抜き、ほんの少しだけ明るくした部屋の惨状を再度確認する。
 シンは先ほどまで過呼吸を起こしていたからか、目じりは赤くなり口からは涎の跡が残っている。
 そして、なぜかシンの部屋に居るキラは泣きはらした顔でシンを下敷きに眠っている。
 なにがどうしてこうなったのかはわからないが、とりあえずそれは突然出てきて呆然としているレイにでも聞けばいいと思い、とりあえずキラをシンの上から退けるためキラの体を持ち上げようとする。
 しかし体格差のせいでうまくできず、仕方ないとこの部屋に入るのを止めていた存在に「手伝え」と言う。
「はいはい、わかったよ。それで、彼の部屋に戻せばいいのかな?」
「ああ……まったく、お前が止めなければシンだって過呼吸を起こさなかったかもしれないのに……なぜ止めた」
「ふふ、気になったからだよ。君だって気になったでしょう?彼らが何を思い出したのか」
「…………」
「まあ、結果的に断片的な情報しか入ってこなかったけど、前世ではなかなかに面白いことが起きてたみたいだね?」
「……面白いだと?」
「面白いよ?僕にとっては、だけどね」
 目の前のそれは、前世の記憶にある彼の顔をとは程遠い邪悪な笑みを浮かべる。俺は気分が悪くなり、眉をひそめた。
「そんな怖い顔しないでよ?って言っても無理な話か。ごめんごめん、ちょっとばかし意地悪なことを言ったね?」
「……次そんなことを口にしたら、俺は全力でお前を殺す」
「おお、こわいこわい」
 おどけた表情でさも怖がっていなさそうに笑う。それがとても腹立たしいが、実力差はわかっているので拳を作り強く握りしめるだけに留める。
「……アスラン」
 いつの間にかうつむいていた顔を上げると、耳を下げ眉をハの字にして所在なさげに立っているレイが居た。レイは「すまない」と消えそうな声で謝罪する。
「俺が止められたらよかったのに……また、シンに力を使われて……」
「……そうだったか」
「……俺は、お前たちのために神になったのに……なにも役に立ててない……」
 俺より大きい体のはずなのに、俺よりも小さく見えるほどに落ちこんでしまったレイに俺はなんと声を掛けるべきかわからなくなり、とりあえず「俺はあまり期待してない」と言うと、さらに落ち込んでしまって滅多にならない狐の姿に変わってしまった。
「今の言い方は流石にないんじゃないかな?」
「…………」
 お前にだけは言われたくないという言葉を飲み込み、落ち込んで狐の姿で丸まってしまったレイの頭を撫でる。ピクッと耳が反応したが、特にそれ以上の反応は示さなかった。
「……これは、色々と満たしてくれたお礼みたいなものだけど」
 そういうと、ヨグ=ソトースはキラを抱えながら俺に目線を合わせるために屈む。そして、ゆっくりと俺を諭すように告げた。
「君たちの前世の記憶は所詮はすでに終わりを迎えた他人の記録に過ぎない。どんな結末を迎えたにせよ、今世では関係のないことだ」
「………」
「前世の記憶って言うのはね、言ってしまえばテレビや本の中の物語の一つでしかなくて、それは今世の君たちが体験したものではない。君たちはそういう娯楽を見て、共感して、心をほんの少し動かされているにすぎないんだよ」
「………そういう、ものなのか?」
「そういうものだよ。というか、君たち無意識に理解しているだろう?前世の記憶はただの他人の記憶でしかないって言うのは。だからこそ、前世と今世の自分の気持ちの乖離にも気づいているはずだよ?」
「それは……そうだな……確かに俺は前世の記憶を思い出すとき、他人事のような気持になることがある」
「本当に"他人事"だからね。……だからこそ、他人の後悔なんてものは背負う必要なんてないんだ。……もし背負い続ければ、いずれ本当の自分を見失うことになるからね」
 普段の張り付けた笑みとは違い、まるで父親のような微笑みで俺を見つめる。この表情がヨグ=ソトースの元になった人間の本来浮かべるべき表情なのだと、つい先ほど混同するなと言われたばかりなのに前世の彼の顔を思い出しながらそう思ってしまった。
「……随分と優しい助言をするんだな」
「……本来の僕ならこんなことわざわざ言わないし、なんなら今の状況を楽しむことすらしないんだけど、僕も君たちと同じで別物になってるからね。……だからまあ、なんというか……こういうことも多分あるんだよ」
 ヨグ=ソトースはそういうと、キラを抱えたまま器用に立ち上がり、そのままシンの部屋を後にする。
 俺はしばらく言われたことを反芻したのち、シンに布団をかけ直しレイに「シンを頼んだ」と伝えて自分の部屋へと戻った。
 部屋のベッドで横になりながら、ため息をつく。
「……俺だけ仲間外れか……はは……こんな気持ち、前世の俺だったら絶対にならなかったろうな……」
 寂しいような、悔しいような……そんなごちゃまぜの感情に、俺は夜が明けるまで振り回され続けた。
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