【閲覧注意】トネリコの椅子


────切っ掛けは小さい頃に見たアニメだったと思う
魔王を勇者がやっつけるというよくある設定のアニメだ。あまりに普遍的で今ではその勇者や魔王の姿は思い出せない。覚えているのは『魔王軍が捕らえた人間を家具や美術品のように扱っていた』シーンただそれだけだ。普遍的なアニメにしてはかなり攻めたシーンだったのでよく覚えている。勇者は許してはいけないことだと叫んだ。一緒に見ていた母は魔王を嫌悪していたと思う。私も魔王は悪いことをしていると思った。しかし、私にはなぜか魔王の事が嫌いになれなかった、魔王がやったことから目を離すことが出来なかった
「気に入ったモノを手元に置いて何が悪い」
小さかった女の子の心を魔王の言葉が静かに蝕んだ────



「お願いトネリコ!一生!一生のお願いだから!」
「駄目ですよマスター!一生のお願いでもです!」
最近ではもはや日常になってしまったマイルームでのマスターの懇願とサーヴァントの拒絶の声。何も不仲になってしまったというわけでは無い。むしろサーヴァント達は私の為を想って拒絶している、私の事を大切にしてくれている、それ故に私はさらに強く哀願してしまう
「駄目なことは分かってるよ、それでももう我慢の限界なんだ・・・」
私は願う、サーヴァント達を愛しているからこそ
「駄目ですよマスター!最後の一線だけは超えないと約束したはずです!」
彼女は願う、私を好いていてくれるからこそ
平行に進む彼女らの想いは交わることのない
彼女は言葉を続ける
「その一線を越える時は全てが終わった時だと決めたはず。それとも、あなたは私達に嘘を付いたのですか・・・?」
違う、その言葉自体も嘘偽りのない本心だ。だけど、私が抱えるこの感情に嘘を付けるはずがない
「・・・お願い、お願いだよ────」
私は強く願う
「────お願いトネリコ!私を、あなたの家財道具として!私をあなたの好きに扱ってよ!!!」
私の狂った性癖が彼女の制止の声と共に部屋に響いた



────失うことが怖かった
人類最後のマスターとして多くの旅を重ね、沢山の出会いを得て、少なくない別れを重ねた。その重ね続けた悲しみに、私という人間の器が悲鳴をあげ始めた
悲しい、別れたくない、失いたくない、ずっと手の届く場所にいて欲しい・・・
心の悲鳴が自覚できるほどに大きくなったある日、奥底の瑕を埋めるかのように小さな頃の記憶が蘇る

『気に入ったモノを手元に置いて何が悪い』

・・・そうだ、手元においておけば良いんだ
皆を、私の物として
家具として、美術品として
アニメで見たあの魔王と同じように

────それは悪いことだ
確かに心の瑕は埋まるかもしれない
だが人として、マスターとして、絶対にしてはならないことだ
この汚れた欲望は永遠に奥底に沈めなければならない
私はこの感情を墓まで持っていきたかった
しかし、私の所属するカルデアにおいてただ一人の人間の悪意なんて隠し通せるものでもなかった

幸いにも皆からは重大な問題だとは思われなかった
「魔女達のようなもの」「悪いことだと思っているなら大丈夫」
皆は私の心に寄り添うように優しく諭してくれた
その優しさが心をさらに蝕むことには気付けなかった
それに気付いたのは事が起こった後の事だった

やってしまった
サーヴァントの一人を椅子として使ってしまった
やってはいけない一線を越えてしまった
マスターになら身を委ねても悪くないかな、なんて冗談交じりに言っていた彼女を汚れた欲に飲まれた私は私が望むままに彼女を人間椅子に仕立て上げた
見た目も不出来で、椅子としての使い心地もあまり良くはなかったが、それでも私は椅子と化した彼女を美しいと感じてしまったんだ

正気に戻った私は思いつく限りの謝罪の言葉を並べた
罪悪感に苛まれる私の心以上に彼女は深く傷ついているはずだ
マスターである私に裏切られたのだから
それなのに
彼女は微かに恐怖の涙を浮かべながらも私の事を笑って許した
私は私を許せなかった

皆の献身もあり、私の汚れた欲望はちょっと歪んだ性欲という形に納まった
本当に収まったかは定かでは無いがそれでも最悪と比べればかなり良い着地点と言える
私が大好きなサーヴァント達を私の趣くままに家具にする、そんな妄想で欲の大半を発散できるなら万々歳だ
稀にだが志願してくれたサーヴァントを実際に家具や美術品にしてみたりもした
もちろん皆もそれぞれの生き方があるので私が満足するまでの短い時間だけではある
何度か試したところ、男性で作る家具はあまり私の性癖ではないようだ。その筋肉美に感心することはあっても興奮することは一度も無かったことからもそれはうかがえる
私と同性である女性の皆を家具や美術品にすることに興奮を覚えるようだ
私は身勝手な欲望を彼女達に押しつけつづけた
家具や美術品達は身勝手な私の愛を受け止めてくれた

そうして歪んだ欲望を溶かしつつもマスターとしても戦い続けた
未だ奥底に眠る小さな瑕に気付かぬまま────



私の愛を受け止めてくれた内の一人であるトネリコは私に問う
「そもそもあなたの欲は『愛する者を手元に置いておきたい』というものでは?」
その疑問は正しいと思う。失いたくないという願いが歪み、暴走した結果がアレだ
「それは今もだよ。あなたの腕を、足を、躰を、どこをどう使えば美しい家具に、価値のある美術品になるか考えてしまう」
何かを言いたそうにしていたトネリコを遮るように言葉を続ける
「それと同時に自分を家具に、美術品に、誰かの所有物として扱われたいとも考えるようになってしまったんだよ」
「・・・考えるだけなら自由だと思います。でも、絶対に実行してはいけません」
「前にも聞いたけどなんで?」
「たとえ形だけであったとしても「誰かの道具として使われ、その事に心を許した」という事実は身体的にも精神的にもマスターにとっての毒となります。今すぐは大丈夫だとしてもその毒がいつあなたを蝕むか分かりません。世界を救おうとするマスターならば看過できないことです」
理路整然と述べられては反論する余地もない、私はうなだれるしかなかった
「まぁ私はあなたのことを小鳥とか宝石に変えたいとは今でも思ったりしますけどね」
────トネリコさん?



「魔女達のようなもの」
私の欲望が知られた時に誰かがつぶやいた言葉だ
魔女のようなもの、たしかにそうかもしれない
キルケーは気に入った人物を豚に変えて愛でようとする
トネリコは心配だからと私を宝石に変えようかと言った
自分の元から離れられないように好きな人の姿を変える、まさしく魔女の所業だ
家具や美術品してしまう私と何ら変わらない
カルデアのマスターが実は魔女だった、とんだ笑い話だ
そんなことを考えていると一つの疑念が浮かんだ

どうして皆は私の歪んだ欲を受け入れてくれるのか?

答えは簡単、私のことを愛してくれているからだ
私を好いているから私の欲を受け入れてくれる
魔女達と同じように私が皆を家具や美術品に変えようとしても皆は受け入れてくれる
こんな私を皆は愛してくれる
失いたくないと思ってくれる
利己的で歪んだ魔女を
そうか、そうなんだね

私は皆が愛してくれる私を愛してもいいんだね

私を許せなかった私はもういない
皆が私を受け入れてくれるのなら私も私を許せる
そんな私を私は愛したい
この愛情を失いたくない
好きなものは手元に置いておきたい
皆も私を手元に置いておきたいはずだ
気に入ったモノを手元に置いて何が悪い
私は今の私を失いたくない

「私が皆の物になれば誰も私を失わないで済むんだね」

私は私を所有物にしたいと思ってしまった
気付いてはいけない感情だったのかもしれない
でも、この感情を私は不思議と心地良く思えた



「そういうわけですのでマスター!下着含めて私の服を全部着てください」
何がそういうわけなのかは分からないが、何かを思いついたらしいトネリコに言われるがまま彼女が脱ぎ捨てたばかりの服に手をかける

トネリコの衣装は白を基調にしたとんがり帽子の魔女らしい服装だ
あと丸底メガネ
私には少し大きな衣装だが魔術でサイズを調整してくれた
下着は彼女の雰囲気に合わせた質素なものだった
少し湿っているような気がするが気のせいだろう
それらに私は袖を通し、着込んでいく
私という存在が少しずつ『雨の魔女トネリコ』に塗り替わっていく
彼女の衣装を全て身に着けた頃には魔術によって髪が彼女と同じ長さまで伸びていた
なおざりに伸ばされた髪を本来の服の持ち主と同じ髪型に整えていく
ひとつに束ねられたおさげ、編む回数を間違えないよう丁寧に編む
もはや私は『トネリコ』という存在に成り代わったと言えるかもしれないが、髪の色や顔つきは間違いなく私であり曖昧になりながらも私は私として定義できる

「・・・どう?似合ってる?」
「もちろん似合っていますよ、赤毛のマスターが着ると私と比べてお転婆魔法少女っぽくなりますね!」
褒められてついニヤつきたくなる
しかし、裸体をさらしながらも恥じらう様子もないトネリコの真意が分からない
「さて、マスターはなぜ私がこんな事を要求したか疑問には思いませんでしたか?」
ずっと思ってる
「今のマスターの姿はまさしく『私』そっくりです、もちろんマスター自身であることに変わりはありませんが」
「なら・・・」
「ところでマスター、私はマスターの家具にされてはよく使い込まれたサーヴァントの一人ですよね?」
そこまで堂々と言われると私の方が恥ずかしくなる
「・・・ま、まぁそうだね?」
「そして今のマスターの姿は家具にして使い込んだサーヴァントの一人と同じ姿をしています」
・・・ん?
「その姿と同じ人物は椅子になりマスターを支え、机となってマスターを手伝いました」
「その人物の腕は家具のどの部分に使われていましたか?足は何を支えていましたか?」
・・・この腕が・・・この足が・・・
「私は様々な家具となりあなたの欲を満たしてきました。どれだけ繰り返したかは覚えていません」
「家具になったトネリコが目に焼き付いていますか?家具として扱ったトネリコの感触を覚えていますか?」
「私は家具になることが好きです。マスターの愛を感じることができますからね」
「今日も私の事を想ってくれる、それだけで私は────」
彼女は私の頬に自らの手を添えた
「・・・マスター。いや、ここはあえて『雨の魔女トネリコ』と呼ばせてもらいます。『トネリコ』、あなたに一つだけお聞きします」

「貴女は今、自分の体でどんな想像をしていますか?」



────私の前に私がいる
きっと幻覚を見ているのだろう
目の前にいる私はサーヴァント達を家具や美術品として愛したい欲を我慢しているときの顔だ
飾りたい、使いたい、私を受け入れてくれるサーヴァントに愛をぶつけたい、そういう眼をしている
隠しているつもりだろうけど私のサーヴァントなら、何より私自身に隠し通せるはずがない

おそらくこの景色はトネリコの記憶だ
魔術で私に記憶を流し込んだのだろう
私がトネリコを家具として扱い、愛する。その時の記憶
今の私の見た目がトネリコに限りなく近い姿であると認識しているためだろうか、違和感は限りなく小さい
私の眼にはトネリコとなった私が見えているだろう
ならば私がトネリコとして、家具として、私の愛を受け止めてあげるべきだ
そうして私は私に体を差し出した

トネリコの椅子は私が愛用している家具の一つ
私はその記憶を私自身に転写する
私は『私』の記憶と混じり、一つとなる

マスターのお願いに『私』は二つ返事で家具になる準備をする
事前に用意している細長い箱に座り自身を椅子の形へと近づけていく
マスターが座りやすいようにふとももを座面とし適切な広さになるように足を少し開く
脇を少し広げて肘から先を水平にする、指を絡ませられるように手は軽い握りこぶしで留める
背筋を伸ばし体は90度より少し後ろ側に倒れた位置で固定する
何度も使われた『私』の椅子は少しずつマスターの体がなじみ、今では座られる前からマスターにとっての最高の状態となれるようになった
より家具として正しくあるために『私』の体すべてを魔術で固定する
魔術を解かぬ限り『トネリコ』はマスターの『椅子』であり続ける

準備が終わり、『私』はマスターに合図を出す
マスターは謝罪と感謝の言葉を述べるが『私』からの返答はない
『私』は心を沈め、家具としてあるべき姿に変わる
動かない、喋らない、使用者を意識しない、『椅子』として正しい姿に

マスターはすぐ『私』に座ることは無い
サーヴァントにはサーヴァントに送る礼儀があるように家具には家具への礼儀がある
『私』が着ている服に付いた埃を取り、お湯で濡らしたタオルで露出している皮膚を丁寧に拭く
『私』の髪を丁寧に梳かし、家具らしい装飾として髪を編みなおす
そこまで丁寧に扱う必要は無いと何度か言ったがマスターはやめようとはしなかった
『私』はそのことを嬉しく思い、私は私の行動に少し恥ずかしくなった

マスターの下準備が終わり、いよいよマスターは『私』に座る
一気に体重がかからないように時間をかけてゆっくりと座る
座面と化した『私』の太ももにマスターの体重がのしかかる
軽すぎず重すぎずなマスターの体重は『私』にとって心地良いものだった
『私』の負担が大きくならないように次の行動までに猶予をもうけてくれる
一息ついたのちマスターの背中が私の体にもたれかかる
『私』に二つ付いている少し大きな乳房はただマスターの体を支えるクッションでしかない
そんなクッション越しに私の鼓動がマスターに伝わっている気がする
右の腰骨がポンポンと二回叩くと背もたれの角度変更の合図だ
マスターが『私』に体重を預け、『私』は身を預けるように後ろに倒れていく
ポンともう一度叩けばまた動かぬ『椅子』となる
例え無茶な角度だとしても『椅子』であるならばマスターを支えてこそである
マスターの髪が『私』にかかる、私はくしゃみが出そうになる
『私』でできたひじ掛けにマスターの腕がのる
愛するサーヴァントでできた椅子を愛でるようにひじ掛けを撫でる
その手つきからマスターの優しさが十二分に伝わってくる

『椅子』そのものを一通り堪能したあと、マスターは読書をしたり音楽を聴いたりと『私』に体を全て委ねて休息を楽しんでいた
『私』を椅子として使う家具のあるべき姿
あるときマスターが諸事情で退室して『私』は独りぼっちになったりもした
それでも『私』は動かない、『椅子』はマスターの許可が下りるまで『椅子』であり続ける
それが家具としての正しいあり方だからだ
マスターが返ってくるのを私は今か今かと待ち続ける
座るべき人が居ない空虚感、まるで私の心に大きな穴が開いたようだ
寂しい、座って欲しい、愛して欲しいと焦燥にかられる
『私』は動かない、私は動けない、家具になるということはそういう事だ
マスターが帰ってくると何事もなく『私』はマスターを受け入れる
私はマスターの帰りに喜び、マスターの体の感触を噛みしめる

幾ばくかの時間が過ぎ、マスターはまた『私』の体を綺麗にし始めた
もうすぐ『私』は家具ではなくサーヴァントに戻る
マスターの大事な家具として扱われた時間をかみしめつつマスターの合図を待つ
この時間が終わって欲しくないと私は切に願う
それでも終わりの時は近づいていく

『私』は改めて綺麗にされマスターからの合図が出た
魔術を解き体の力を抜く、『私』の体にはまだマスターの体温や感触が残っている
体感としては半日ほどマスターの家具でありつづけた
椅子ではなくなった『私』は何事もなかったかのようにサーヴァントの一人としてマスターに接する
私は椅子として使われた感覚に脳が溶けており上の空である

『トネリコ』のようにマスターを想った行動が出来ない
『私』の体と私の精神とのズレが大きくなる
『私』はトネリコであり私とは違う
トネリコは私のサーヴァントであり私はそのマスター
私は『私』とは違うと嫌でも認識させられる



────彼女の記憶との差異を脳が許容出来なくなり現実に引き戻される
力が抜け、床に倒れこみそうになるところでトネリコに受け止められる
それによってこの体が記憶に引きずられていない私の体だと認識する
息が荒い、体が熱い、心臓の音が体に響く
実際に家具になったわけではない
実際に椅子として座られたわけではない
記憶の中の半日は現実においては僅か十分にも満たないだろう
それでも、私の記憶には椅子として私に愛された記憶がこびりついている
トネリコの記憶を私の記憶としてなじませるかのように恥部に手を添える
いつの間にか置かれていた姿鏡に映る私の顔は欲に溺れた女の顔をしていた
サーヴァント達の事も私自身の事も欲望を満たす手段としか思えていない最低な女の顔だ
そんなマスターすら愛してくれるサーヴァント達に私は感謝しなければならない

「どうでしたかマスター!私の記憶による追体験で満足してもらおう作戦は!」
「悪く、なかった・・・かな。事前に・・・説明、欲しかった、けど・・・」
沸騰した頭で何とか返事をしようとするがうまく言葉がまとまらない
結論としてはとても良かった。家具として使われた側の事をよく知れた
「事前に説明して受け入れてしまうより無理やりぶち込んだ方が最終的な影響が小さいのではと判断しました。こんなことをしても許してくれるマスターに甘えた手段だったのは分かっています。悪いサーヴァントでごめんなさい」
「そんな・・・こと、ない・・・はぁ、はぁ・・・」
欲に溺れ、興奮しきった体では返答も覚束ない
トネリコは悪い子じゃないときちんと否定してあげたい、私想いの優しい子だとちゃんと肯定してあげたい
「正直に申し上げますと今回の手段も実は相当危険なものです。他人の記憶に寄生して欲を満たす、一歩間違えればマスターの精神が記憶に汚染されてしまうでしょう。何度もできる手段ではありませんし同じ人の記憶は二度と使わないでください」
つまり私は二度と『トネリコ』にはなれない
あの記憶を再度体験することが出来ない
忘れたくない記憶を体にしみこませようと指を動かす
「リスクを承知で追体験してもらった理由は、私達サーヴァントのマスターに対する想いを、家具等として使われることの嬉しさを、マスター自身に経験してもらおうと思ったからです」
私はそれを確かに受け取れた。トネリコから流れてくる感情が、想いが私の心の瑕をたとえ一時的だとしても埋めてくれる
「それに、家具の気持ちを直に理解すればマスターの妄想も捗るんじゃないかと」
・・・それは確かにそうだと思う
記憶を再現して精度の高めた妄想ならば私の欲望も多く発散されられるかもしれない
「それは・・・次の機会の、お楽しみ・・・だね、」
「期待してくださいね。当分は私だけで満足できるかもしれませんよ?」
期待に胸が膨らむ
「でも、やっぱり・・・いつか、本当に家具として、扱って・・・ね?」
「それはマスターが全てを救った後に、ですよ」
彼女は真剣な眼差しを私に向ける
どれだけ欲望に飲まれようと、これだけは私が私として真摯に向き合わなければいけない
私は欲を全て呑み込み、強くうなずく
それを見たトネリコは屈託のない笑みを浮かべた
釣られて私の口角もあがる

────あぁ、なんて優しい笑顔なのだろう
こんな壊れた私をここまで受け入れてくれるなんて私は幸せ者だ・・・

「ところで、今のマスターはとてもお疲れですよね」
「・・・そう、だね」
トネリコの言葉をきっかけに尋常じゃない疲労感に襲われる。記憶を流し込まれた事によって半日の疲れを数分で無理やり体験したようなものだ、疲労感は普段の比じゃない
「早く休みたいんじゃないですか?そろそろ横になりたいですよね」
疲れた。彼女の言葉通り体を洗ってから眠りについて早く疲れを癒したい
「・・・さて、マスター」
「・・・どうしたの?」
なんとなく嫌な予感がする
「ここに質がとても良くて貴女の体にフィットする家具があります」
・・・うん、そんな気はしてた
「いつもと違って服を着ておらず、胸も陰部もさらけ出したあられもないトネリコという名の椅子です」
「事前に体は拭いてあるのでいつでも使える状態ですし・・・折角なので私で休憩しませんか?・・・なんてね」
使えるものはとにかく使っちゃいましょうと言わんばかりの顔である
しかし、お誘い自体はとても魅力的だ・・・が、
「お誘い、は・・・ありがたいけど。裸はその、衛生面とか・・・」
「散々私達の事を家具として使っておいて、今も私が着ていたその服を汗まみれ愛液まみれにしておいてどの口が言っているんでしょうかね?」
「うぐっ・・・」
それを言われると返す言葉が無い
現にびしょびしょに濡れた私の体が精神的にも肉体的にも気持ち悪い
「それに、折角私の服を着ているのです、いっそのこともっと汚しちゃいませんか?」
「私と、マスターで・・・ね」

疲労で頭が回らなくなっている私の心にトネリコの慈愛が押し入ってくる
もはや抵抗するだけの気力が無い
疲れた、休みたい、愛したい、使いたい
様々な感情に飲み込まれ衣服の事も忘れた私はトネリコに手を伸ばす
その手は受け入れられ、引っ張られ、私の体重がトネリコに全て伸し掛かる
トネリコは私を支えたまま椅子としてあるべき姿に変わっていく
いつもと違う座り心地、肩、腰、胸、股、普段は衣服によって隠されている部分がさらけ出されている。隠されているべき神秘がすべて露わにされている
普段と異なるトネリコの椅子
それでも断言できる、これは私の為の椅子であると
彼女の息が等間隔で後頭部を掠め、私はその感覚に心地良くなる
右の腰骨を二回叩き深くもたれかかる
普段より大きく倒れた背もたれに体重を預けるといつもと違う二つのクッションに意識が割かれる
もう一度叩いて固定し、私は疲れを癒そうと目を閉じる
トネリコは動かない、喋らない、椅子とはそういうものだから
それでも、彼女の愛だけははっきりと伝わる
私は流されるがままに眠りについた

今日も私は私が大好きなサーヴァント達を家具や美術品として使う
それは彼女達を本当の意味で愛していると言えるのだろうか?
私は彼女達の愛に報いることが出来るだろうか?
私には分からない
それでも、これだけは伝えなくてはならない
私の我が儘を受け入れてくれる彼女達に

「ありがとう 大好きだよ」
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