チリ婦人とドッペル婦人 part2


夜明けとともに戻ってきたパルデア四天王、
そして2人のチリが、

エントランスに続く長い橋の上で待ちかまえていたブライアを驚きのあまり卒倒させた7時間後。

「なはは……その飲み方、ユニークやね」

「クッククク……アッハハハ!!」

「……もう、このさい他人のフリをいたしましょうかね……」

「もう1人のチ……ドッペル婦人。相手が自分?だからって遠慮は無用です!」

「アオキさんの言う通り!こんなトラブル製造機、甘やかしちゃいけませんわ!」

ちゃうねん。ツッコむ気力もないだけや。

おのおの睡眠をとった6人は、食堂で落ち合い、遅めのランチをとっていた。

こちらのチリの部屋で添い寝するのは何とも不気味だったコガネチリにとって、疲労と心労が優先し、思いのほか早く寝つけたのは幸いだった。

こちらのチリと真向かいで席についたコガネチリが驚いたのは、オモダカから渡されたメニューの内容。

緑黄色たっぷりマルゲリータに、キハダ教授監修・10種のきのみスムージー、ビタミンB豊富な雑穀ライスつき天そば定食……

「あのカロリーおばけどもは、どこ行ったんや」

どれもこれも、写真から美味しさと匂いが伝わってくるような、栄養バランス満点の品々。

アオキは絶賛し、コガネチリは辟易していた、あのケミカルと炭水化物と茶色にまみれたカロリーの塊が、影も形もないではないか。

「……?あなた、ここのメニューでカロリー過多だと言うなら……まさか、地元の尼僧でも目指しているのですか?」

「いや、そういうわけやなし……」

ハッサクのジョークをいなす余裕がないほど、コガネチリは、つぎつぎ襲いくる矛盾に困惑していた。

まず、メニューの右下で指示棒をかざす白衣の女性――ハルトの話では、おそらくアカデミーのキハダという教師。

そのアカデミックで冷徹ささえ覚える、メガネをかけた真顔は、額のキズなど人相こそ一致するが、ハルトから聞いたとおりの明るく熱血な人物とは思えなかった。

「もう1人のチ……ミス・ゲンガー。ご飯はどれになさいます?どれもホッペタが落ちますよ!」

オモダカの、年ごろの少女のような満開の笑顔に、

「マ、マルゲリータ……」と力なく答えたコガネチリは、厨房がわの最後列に目線をくばった。

後頭部を刈りあげた、赤い髪の少年。

あの子は、たしかアカマツ。
いつだったか彼の勝負を観戦した時、そのルックスに違わない初々しい熱さに、思わず顔がほころんだのを思い出す。

が、そんなアカマツが、別人のごとく鋭く目をほそめ「ソクラテス」と書かれた表紙を広げている。

それも、片思いを告げられずに悶々としているらしいとハルトから伝え聞いた、タロを背後にはべらせながら。

「そう、真逆なんよ!何もかもアベコベや!」

弾かれたように立ち上がったコガネチリ。
食堂中が、いっせいに彼女を見た。

ポーカーフェイスで本を机においた、アカマツらしき少年も。

彼に抱きつくタロや、その背後のジャーからおびただしい量の白米を茶碗によそっている、ネリネらしき少女も。

「落ち着きなさい、ミス・ドッペルゲンガー。
酷な言い方でしょうが、小生たちからすれば、アナタこそ、このアホ女を騙っている物好きなファンではないのかと疑わしいのですよ。

今のところ、100パーセントではありませんですけどね」

入口から拝借した新聞に目を通しているハッサクの、珍しい前置きとフォローありの正論。

ふー、ふー、と息をついたコガネチリは、しおらしく腰を下ろした。静まり返っていた食堂に喧騒が戻っていく。

いらぬ混乱を招くでしょうから、とパルデア空港のお土産コーナーでアオキから買いあたえられ、ブライアを気絶させてから羽織ったドオー柄のポンチョが功を奏したようだ。

「自分ホンマに誰なん……?ここ、どこやねん……!」

「チリ !ブルーベリー!イッシュ♪(*´▽`*)」

「はぁー……おんなじ見た目で気の抜ける話し方せんどいて……」

「まあまあ、ともかく。ランチの後にお会いする偉大な方が、立ちどころに謎を解き明かしてくれますよ!」

「偉大な方……まさか、博士!」

喜色満面に華やいだオモダカに、アオキが力強くコクリ、とうなずく。

「ささ、今は何もかんがえず、絶品メニューに舌鼓をうちましょう!ね!」

机にうずくまるコガネチリをアオキが励ましたのと同時に、1人分ずつのマルゲリータが2人のチリに運ばれてきた。

「おかまいなく。お先にどうぞ!」

アオキの闊達な社交辞令に、こちらのチリは(*´罒`*)シシシシと嬉しそうだ。

「う、うまそう……」

「うまそう。ではなく、うまいんですのよ!ここのシェフたちはパルデアなら全員五つ星です!」

「オオゥ!!」

と、右の人差し指を立てたこちらのチリが、おもむろに席を立つなり、

厨房カウンターから、カゴに入ったコーヒー粉の小袋と使い切りのミルクを2つずつ鷲づかみ、その横に置かれた銀のケトルを1本持ってきた。

「お、おおきに。チリちゃんもコーヒーは好きやで。せやけど、ブラックはよう飲まんねん」

いちおう、容貌だけでなく味覚に関しても一致はしているようだ。

「いただきます……」
「(-ω-)人」

同時に合掌したチリたちは、とろけるチーズの糸を同じ速度で引かせながら、同時に1切れ口にふくんだ。

「う、うんまぁ……」

「ホオォウ…(*´﹃`)」

だが、リアクションは真反対だ。
オペラの三文役者よろしく、ゆったりと首を振りつつ、肩の高さで両手を広げて嘆息するこちらのチリ。

「今まで食ったピザの中でいっちゃん美味い……!

具材とソース、あとモッチモチの生地とのコンビネーションが最高や……」

と、かじったマルゲリータの断面を見つめながら食レポするコガネチリ。

「なんだか双子みたいですね」

青い手袋の指ごしに、ふやけた唇がクス、と笑った。

2人のチリがマルゲリータ、アオキが天そば定食、ポピーとハッサクがガラル風カレーライスとスムージー、オモダカがシチューとサラダを平らげ、それぞれの食器が下げられたころ。

パルデア勢の机上には、チリ同士の手もとに置かれた、インスタントコーヒーの一式のみが残された。

「カフィ♪カフィ♪」

食後の1杯に、両手をスリスリ喜ぶこちらのチリ。

「みなさん、すんません。この子とおんなしで、チリちゃんも食後の1杯が楽しみなんですわ」

「どうぞどうぞ、おかまいなく。
……ただし、チリさん。いつもの飲み方だけは、ドッペル婦人にくれぐれもお見せしないよう」

「お、おん?」

「止めてもムダですよアオキ。

彼女の嗜みかたは、ある種の習慣みたいなものですから。依存性の病と一緒なのです」

「え?……あっ。なぁ自分。カップは?」

チリたちの手もとには、熱いドリンクをすするのに不可欠な物が足りていない。

「紙でもええから、どっかにあらへんの?」

キョロキョロと見回すコガネチリを意に介さず、こちらのチリは、優雅な面もちでつまんだコーヒー粉の袋をピーッと裂いた。

「♪(´ε` )」

「ああもう、しゃあないなあ。チリちゃんが持ってきたるから……ちょちょちょ!何やっとるん!?」

こちらのチリは、袋をかたむけてコーヒー粉を流し入れた。

上を向き、うがいの要領で「アー」と開かれた口の中に、サラサラと。薬のように。

「は……は?」

こちらのチリの顔芸に勝るとも劣らない、コガネチリの唖然とした表情。

彼女がワナワナとたじろぐ間に、こちらのチリの口の中には、ミルク、スティック入りの砂糖の順に、流れる手つきで放り込まれていく。

そして仕上げに、持ち上げられたケトルの湯が、天井を向いている顔面コーヒーカップの中になみなみと注がれた。

「あ……あ……」

アホか!熱くないんか!自分の口ん中は台所のシンクか!即席って、そういう意味ちゃうやろ!

頭の中でパンパンにつかえるツッコミ所の嵐に対処しきれきず、コガネチリの唇は、陸に上がったコイキングばりにパクパクするしかなかった。

「(((*> 3 <)))」ブルブルブル

定位置に戻された頭が、音速で横に振られる。

こちらのチリは、口内のモノを4、5秒ほどシェイクしたのち、ゴクリと飲み込んだ。

「(*^^*)ヤミー」

「ククッ……ヒヒヒッ」

忍び笑いとともに、キラーメのようなオモダカの髪が、机に突っ伏した。

「な、な、な」

目にした一部始終のアホさに脳がマヒしたコガネチリは、苦笑いで呟くことしかできない。

「なはは……その飲み方、ユニークやね」

「クッククク……アハハハ!!」

お腹を押さえたオモダカの大笑いに、食堂中が再度ふりむいた。


「フトゥー博士!その節はお世話に……」

「これはこれはオモダカ嬢!それに四天王の歴々も!」

ランチを終えた一行は、昨日と同じくリーグ部へと直行した。

アオキからの依頼で急きょ駆けけつけていた、パルデアでも指折りの科学者・発明家にして、エキセントリックな変わり者でもあり、そして、こちらのパルデアを襲った大事件の終結に大きく貢献した男と会うために。

「申し訳ありません。わたくしたちの方が出迎えなければならないのに……」

「いやいや気にしなさんな。それほど待ってはおらんよ!」

パルデア一行が入ると、ホワイトボードの前に立ったフトゥー博士が、よく通る声で6人に笑いかけた。

「それに、キミたちが来るまでの間、こちらのブライア嬢や部長くんと実りある議論ができた事だし!」

2つの机が連結された席には、赤いクーラーボックスをはさんで、ブライアとスグリが対面で座っている。

「ヤバい奴だって思ってたけど、意外とマトモなおっさんじゃん。難しい言葉が多すぎて話の内容はこれっぽっちも分かんなかったけどさ。な、せんせ?」

「どこが『マトモ』なんだい?」

苦々しく頬づえをついたブライアが、スグリに異を唱えた。

「ソース顔のイカれドクから、部室に押しかけられるなり時間だの宇宙だの……30分近くも一方的に世迷い言をまくしたてられた苦痛が、パルデアの遅刻魔どもに分かるのかな?」

「なに……?いいかねッ!ブライア嬢!!」

博士の背後にあるホワイトボードが、全身タイツの左手でしたたかに叩かれた。ブライアとスグリ、そしてドオー柄ポンチョの肩がビクン!と跳ねた。

「さっきから散々言ってるだろう!!アオキくんから連絡がきた今回の騒ぎは!

アナタがこき下ろすオカルトや世迷い言では断じてないッ!!」

あちゃー、と眉間を人差し指でおさえたアオキとポピー。
ブライアの不用意な一言が、フトゥー博士に火をつけたようだ。

「七不思議のたぐいではなく、宇宙の真理。時の流れ!
むしろアナタが最も舌を舐めずりそうな、理路整然とした!そう、サイエンスに等しいのだ!!」

「わ、わかった。悪かったから落ち着きなさい……」

目をギラギラに血走らせた彫りのふかい顔を目の前まで詰められては、さしものブライアも怖気づくしかなかった。

「それを今から立証してやる! 反証があるなら後で聞く!さあ、パルデアの歴々も席につくんだ!」

入口そばから立ちんぼで3人を見つめていたパルデア一行は、くっつけられた長机へと、スグリとブライアを取りかこむ形でゾロゾロと座った。

「スグリくんと言ったか?せっかくだ!ヒマならキミも聴いていきたまえ!」

ホワイトボードと向き合った博士が、所在なさげに渋々と席を立とうとしたスグリを振り向きもせずに止めた。

ボードを横ぎるのは、定規でも使ったかのように真っすぐと引かれた長い2本の平行線。

人から命令されるのが大嫌いなスグリだったが、

大事なものを侮辱された(のであろう)博士が見せた剣幕や、「A」「B」「過去」「今」とテキパキ記していく手つきに惹かれ、上げかけた腰をおろした。

苦手な生活主任の姿がなるべく視界に入らないように、意識をホワイトボードに集中させながら。

「……座席は8つ。受講生も8人。セガレから聞いてたリーグ部ってのは、講義にも打ってつけの場所だな!」

講習生たちに向き直ると、口をニッコリ吊り上げて、両手を激しくさすりながら生徒を見わたしたフトゥー博士。

「あの……博士。この線と文字は一体?」

「いやあ。ブライア嬢とスグリくんには不評だったようなので、今度はつとめて平坦な表現で説明しようと思ってな!」

一同の目が、ホワイトボードに釘づけられる。ポピーの質問が、始業のベルだった。

博士は、一同に図が見えやすいようボードの右よりで半身になって話し始めた。

「この2つの直線AとBは、どちらも時の流れを表している。現在こうして、ボクやキミ達が体感している……

そう。時間そのものを図におこした物だ。

どちらの直線も同じ。左に行けば過去。右に行けば行くほど、いま現在に近づく」

人差し指がついた長い指示棒が、上段の直線Aを、左端から右へとジワジワなぞっていく。

「ところが!」

と、直線Aを左から3分の1なぞった所で、指示棒がピタリと止まった。すかさず、博士の腕がホワイトボードに踊りこむ。

「Aの右端。すなわち!Aの現在に至るまでのどこかで、何らかの分岐点が生まれてしまい、

結果、Aの流れの上で生きていたはずのチリ嬢の存在が、もう1つの時の流れ……すなわち、われわれが住んでいる線Bへと迷いこんだのだ!」

平行線AとBの間が縦線で結ばれ、1本だけの線でつながったあみだくじのような図へと変化した。

「直線のAとBを入れかえても、同じ理論が成立するはず。もう1人のチリ嬢が行ったか来たかの違いだけだ。

つまりだ!我々にとってはドッペルゲンガーに思えても、当のドッペルゲンガー本人にとっては、我々の方がイレギュラーなのだ!

この例えは、主語を入れ替えても通用するとでも言おうか!ドッペル嬢にとっては正常でも、我々からすれば異常といった具合に!」

アオキとポピー、ハッサクは合点がいったのか大きく何度もうなずいた。

「……なるほど。非常にシャクだが内容としては矛盾はない。かといって決め手もないがね」

不服そうに目を閉じたブライアの言葉に、博士はホクホク顔で指示棒を縮めた。

「ま、待てよ、おっさん。さっき8人つったよな?オレと先生を引いても、パルデアの奴らは5人じゃなきゃおかしい……」

座席の面々を指折り数え始めたスグリ。
オモダカやブライアを失神させた出来事について、どうやら別の切り口から気づこうとしているらしい。

「ドオーのポンチョ。アンタ誰だ……」

目深く被られたフードのからのぞく緑色の髪は、スグリも見なれた人物のものだ。

「ま、ま、まさか、チリ姐さん……」

「もういいでしょうミス・ドッペルゲンガー。半分バレたようなものですから」

やむなしと目を伏せるアオキとポピーを一瞥し、ハッサクが促した。

「あー……スグリ。ビビらんといてな」

プチプチとボタンを解かれたポンチョの中から、オモダカの肩にもたれかかってイビキをかいている女性と瓜二つの容貌が現れた。

「ひっ、チ、チ、チ……」

「ま、まいど。チリちゃんやで〜」

コガネチリがどれだけ披露したか分からない、スグリが初めて見る挨拶は、フニャッとしたタレ目の横に冷や汗があること以外はいつも通りであった。

スグリがパイプ椅子から転げ落ちた音で、こちらのチリがハッ( ゚д゚)と目を覚ました。

「ドク。さっきの『分岐点』とやらは一体どういう意味だ」

椅子に戻ろうと床を這いつくばるスグリに構わず、ブライアが質問を吐き捨てた。

「アクシデント。またはハプニングと言いかえてもいい。平行線の上を行き来するきっかけとなった共通の出来事をさす!」

しばしの静寂…………

「……ポピーたちは」

ポンチョを畳むドッペルと、うとうとしながらオモダカに頭を撫でられているチリとを交互に見て、口火を切ったのはポピーだった。

「ポピーたちは、てらす池に来ていましたの。ここを勝手に抜け出して観光にいったトップとチリさんを探すために」

畳んだポンチョを椅子の下に置いたドッペルは、眉をよせた。

「お2人を見つけて学園に戻ろうとしたら霧に包まれて、トップのお声がして、霧がなくなったらチリさんが増えてて……」

訝しい顔のままドッペルの頭が真横にかたむいた。

「いや……遊びになんか行くわけないやん。仕事中やろ」

ドッペルと目を合わせたオモダカは「えっ」と息を吐き、オモダカの肩から外れたチリは突っぷして眠りこけ、後頭部で腕を組んだハッサクは「ははっ」と笑い、アオキとポピーの首がちぎれんばかりに縦ゆれした。

「チリちゃんらは池を調べに来ててん。もちろん仕事でな。面接とチャレンジャーいてこますのに時間かかってしもうて、5人で池のほとりに着いたんは夜もふけた頃やったな」

行動は同じだが動機が違う。しかしながら表裏一体の2組のパルデア一行は、あの時あの場所で同時に立っていたのだ。

スグリとブライアは無言で手元を見つめて聞き入っている。顔の堀りをいっそう濃くした博士が、「どうぞ続けて」とドッペルを手先で指した。

「それで、その……池のほとりに着くまでに色々あって……」
「……何故ぼかすのですか?」

相手の痛いところを、皮肉屋のハッサクは見逃さない。

「まあ……その」

「Aのチリ嬢。どんな些細な事でもいい。元の宇宙に帰れるカギになるかもしれん」

博士に乞われること数秒。チリはうつむいて自嘲ぎみに明かした。

「ポピーとケンカしてん……仲直りはしたけど」

Aの世界。
いつもは定時ピッタリに帰るポピーだが、他のメンバーがキタカミに行くと知るや、チリちゃんと行きたいです!と言いだしたらしい。

トップみずから連絡して親に許しをもらい、ポピーはますます喜んだ。ただし、絶対に娘を1人にしない(させない)こと。これが親から下された条件だった。

業務を終えたチリを待ち、四天王がキタカミに入ったのが夕方。そこからモトトカゲで山を登り、てらす池に着く頃には日が沈みきっていた。

目に映るもの全てに興味をしめすポピーのために、たびたび皆で立ち止まらなければならなかったからだ。

いつも通りの業務に、慣れない土地への視察。そこにポピーのワガママ。いつものチリなら、ポピーを笑ってたしなめる事も出来たかもしれない。

だが、その日の彼女は、疲労と心労にくわえてポピーの親からの言いつけも重なって、普段よりいきり立っていた。

「アカン。はよ戻り」

「ポピー。仕事中やで……」

「ポピー……ええ加減にせな、チリちゃんホンマに怒るで……!」

「ごめんなさい……」と戻ってくるポピーを膝元に乗せるたびにハッサクやトップから「まあまあ」となだめられ、

「今日のチリちゃん、おこりんぼさんです……」とポピーからは怯えられた。

いつにもなくギスギスしたまま、チリとポピーたちは池のほとりに着いたのだった。

「みなさん。変わった点は見つかりましたか?」

「……特になにも」

「アオキさん……ホンマに見回りました?」

調査の間じゅう、ポピーは案の定はしゃぎ回ろうとしたが、はぐれないようにとハッサクが手を繋いでいたおかげで、どこかに行く事はなかった。

だがハッサクには、考える時に腕を組むクセがある。

「しかし……ハルトくんが遭遇したという現象は、とうとう現れませんでしたね……」

思わずクセを出したハッサクが手を離したスキに、ポピーは渡しにむかって駆け出してしまった。

「ああっ、ポピーくん!」

ポピーをつかもうと伸ばされたハッサクの手袋は、わずかに届かない。

「すごいすごい!お水がピッカピカ!」

「ポピーくん!落ちたら痛い痛い、水の中は寒い寒いなのです!そろそろ帰りますよ!」

ハッサクの制止も効果がないようだ。

ポピーは木の渡しの上から身を乗り出して水面を覗きこんでいる。

「ポピー。アナタに何かあったらと思うと……」

オモダカが、しなやかな早歩きでポピーへ駆け寄った。

「お池の中を見るのは、またの機会にしましょう」

両脇を抱える青い手袋を「やーやーですの!」と身をにじって拒むポピー。

自身も渡しに上がったハッサクが、オモダカとともに、もがくポピーをだき抱えようと悪戦苦闘する。

なんで今日に限って、いつにも増してワガママやねん……!

何分たっても聞き分けないポピーを見て、チリの堪忍袋の緒はブチっと切れた。

2人をぼーっと見つめていたアオキが、「ふー」と鼻息を吐いて渡しに歩みよった瞬間。

「ポピーさ「ええ加減にせぇっ!!」

全員がチリを見はった。

「オトンとオカンが言うてたよな!!要らん事すなって!!」

池の七色の光が、いっそう輝きを増し始めた。

「チリ!落ち着きなさい!!ポピーくんも悪気がある訳では!」

渡しの上から、冷や汗をとばして叫ぶハッサク。悲しげに眉間を指で押さえるオモダカ。彼女の胸に飛び込み大声で泣くポピー。

「チリさん。幼い子供に……そのような言い方は」

あまりの剣幕に、いつも無気力なはずの昼行灯までもが彼女をたしなめた。

「……あっ」

言いすぎた……そう気づいた時には遅かった。

「ポピー、ごめ」

言葉がつむがれるのを待たず、涙でずぶ濡れのポピーが渡しを全速力で下りてきた。そして、チリの足下に駆けよると

「チリちゃんなんか大嫌いですの゛っ!!!どこかに行っちゃえっ!!!」

チリに並ぶほどの怒鳴り声をあげたポピーは、カバンから取り出した写真を地面に投げつけた。

「こ、これ……」

チリが拾った1枚の写真。
ポピーが四天王に加わった日、職員に頼んでポピーと2人で映ったものだ。バトルコートの壁を背に、ほっぺたをくっつけて満面の笑みを見せている自分とポピー。

「うわあああん!!」

「ま、待ってポピー!!」

逃げようと振り向いたポピーの肩を、チリの腕が写真ごと抱きとめた。

「ごめんなポピー……チリちゃん、大人気なかったわ……!」

「グスッ……チリ……ちゃんもう……怒ってませんか?」

ポピーの背中に回った手が、答え代わりに強められていく。

「……この写真、まだ持っとったんかいな」

「チリちゃんは、つよくてかっこよくて、あった時から、大好きだから……」

アホやなあ、と潤んだ声に、うう……というハッサクのすすり泣きも加わった。

「大嫌いなんてっ……どこか……行っちゃえなんて……言っちゃって……ごめんなさいぃ!!」

「うぼおおおい!!おいおいおい!!
ながなおりでぎで!よがっだのでずううう!!」

微笑を浮かべたオモダカと、目を細めたアオキがかすかに頷いた。ひとしきり泣きあったあと、気を取り直したチリは、泣きやんだポピーをポンポン撫でて立ち上がった。

「しっかし、ここまで来て何もなしやと正直へこむわあ」

「仕方がありません。ここは引き上げ、後日キタカミ地方の方々から情報を収集しましょう。いいですね?アオキ」

「え」

なはは、とチリは尻ポケットに写真をしまった。飛行機にでも乗って、落ちついてから返してやろうと。が。それから間もなく。

「こ、これは一体!!」

ハッサクが声を荒げた。

池の水面からは、湯立つような霧が上がりはじめている。


雄弁に語られたドッペルの回想を、アオキとポピーは口をあんぐりさせながら清聴していた。

池に5人揃うまでの経緯に差異があったのも原因だが、年中とぼけ倒しているチリと、明朗快活なドッペルの弁舌とのギャップ、そして何より……

ツッコミどころが無さすぎる!

似たようなツッコミを思い描いたのであろうハッサクが、二の句をつげないアオキとポピーの代わりにイッヒッヒッヒッ!とドッペルを指さして笑いかけた。

「いえね、アナタを嘲笑っている訳ではなく、

まるで2人の違うライターに同じお題で掌編を書かせたかのように、筋書きが何もかも掛け違いの連続ではありませんか!」

珍しく破顔したハッサクの振る舞いは、ドッペルに懐かしさめいた感情を与えた。

いっぽう、無表情で彼から会話を受けとったのはブライア。

「共通点をあげるならば……5人まとめて池を訪れ、霧に巻き込まれた点……」

「……!という事は、向こうとこちらのポピーたちにとって、『分岐点』は池の霧!!」

「……!おんなじシチュを、もっぺん作りゃあいいって事だよな!」

「ザッツライト!ポピー嬢もスグリくんも花丸だ!キミらにはボクの助手となる素質がありそうだぞ!」

「「それは結構です/それは断る」」

博士のお墨付きは、即座に返納された。

「てらす池で5人……」

「違いますポピーさん!6人揃って!」

「チルタリスの屁のような忌々しい霧を」

「もう一度浴びれば、ミス・ゲンガーは家に帰れる……かもしれないのね!

ところでハッサクさん。その例えは、白かったから……ですか?」

「( -ω- )zZ」


こちら側の5人(マイナス1人)の足並みは完璧に揃ったようだ。

それぞれは思い思いに立ちあがった。

跳ねるように。ちょこんと座席の上に。マイペースに泰然と。リーグの頂点にふさわしく、しなやかに。机に突っ伏す1人を除いて。

「では行きますよ!
ほまれ栄えあるパルデア四天王のみなさん、そしてトップ!えい、えい、おー!!」

「おー!こ、こんなの恥ずかしいですわ……!」

「おー。……フン。フフ」

「うふふ。おー!ほらチリも!」ユサユサ

「( ゚д゚)ハッ!」

勝手気ままのバラバラだが、いざと言う時は団結する。赤の他人でも、困っていたら手を差し伸べる。

「みんな……なんかホンマ……ホンマおおきに……!」

性格が大きく違えども、元いた世界の面々を思いおこさせる温かさと優しさに、ドッペルの目柱がツンと熱くなった。

「ドッペルさん!その涙は元の自分たちに会えてから流しましょう!!」

「……ドク、水を差すようで悪いが……」

静かに立ち上がったブライアが、雰囲気を崩さないように博士へ耳うちする。

「霧が発生した日時までタイムマシンでさかのぼるのは無意味なのか?貴方の妻が作ったとかいう……」

「残念だが意味がない。それに不可能だ……

我が妻・オーリムなき今、二度と起動しなくなったアレは大きな棺桶にすぎん。

それに四天王が遭遇したのは、あくまでドッペル嬢が『呼び出された』現象だ。

例えその時の池に戻っても、チリ嬢が3人に……いいや、ドッペル嬢まで含めれば4人に増えてしまうだけだ……おまけに他のメンツまで2人ずつにな」

「よく分かったよ。今度は明確にね。嫌味ではなく……先ほどは失礼したね。堕ちてしまったらしい妻と違って、アナタはイカれドクではなさそうだ」

フトゥー博士は静かに口角を上げた。
「全ての科学は、人の未来のためにあるべきだよ」

「フフ。行こうか」とスグリをうながして、先にリーグ部の部室を退出したブライア。オロオロと彼女の後を追ってドアを開けたスグリも、

「あのさ、何かあったらオレに言えよ!アンタらのためなら、ねーちゃんと力になるからさ!」と言い残し、お互いを励ましあうパルデア勢を後にした。
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