【閲覧注意】アーノルド・ノイマン×TSアーサー・トライン


(ノイアサ♀小咄。成り行きでデート?をしたら恋を自覚してしまうノイマンの話です。時系列順は多分映画後だと思います。前に投稿したノイアサ♀の続き?みたいな扱いですが、読まなくても大丈夫かと……)


 切欠は本当に些細なことだった。というか偶然だった。


 オーブはオロファト。コンパスのオーブ支部、中央階段傍をノイマンは歩いていた。
 すると軽やか……というより忙しない様子の足音が聞こえてきたのでなんとはなしに振り向くと、階段を誰を探しながら降りる艦違いの同僚の姿があった。そういえば昨日着港したんだったか。

「……トライン?」
「あっノイマンだ〜! ちょうど良かった!」
「?」
「お願いがあるんだけど……。あっその前に今日はこの後予定ってある?」
「いや無いが、どうした?」
「買い物に付き合ってほしいんだ」
「買い物」

 何度か目を瞬いてノイマンは首を傾げた。
 アーサーはナチュラル目線で見れば小柄な女性に分類される。だがしかし彼女は正真正銘のコーディネーターだ。しかもZAFTでは黒服を与えられている身。時にはミレニアムの艦長であるコノエの護衛もすることがある程の実力を持ち合わせているらしい。事実かどうかまでは分からないが。
 なんだったら前に軽々と持ち上げられた事があるくらいだ。あの時は尊厳とか……色々なものを失いかけた。それに、アーサーの背後に座っていたコノエの視線が心なしか鋭かった気がする。アレは間違いなく父親の顔だった。
 つまりは重量物の手伝いではないのだろう。となると決めかねている商品があるとか、そういうことだろうか。
 そろそろ業務時間は終了だし、特に用事もない。そう考えてノイマンは気軽に首を縦に振った。
 振ってしまったのだ。これがノイマンの人生の分岐点になることも知らずに。


「すまない、待たせた」
「ううん。僕もさっき来たところだから気にしないで」
「ならいいんだが。……そういえば俺に何をしてほしいんだ?」

 特にアクシデントも無く業務が終わり、待ち合わせ場所の繁華街に一番近い出入口付近に向かえばアーサーはひと足早く到着していた。
 私服の彼女はシンプルな白いブラウスに薄水色の薄手のカーディガン、そしてスキニータイプのGパンという出で立ちだ。少しだけ意外だったが、ミネルバを含め艦をいくつか渡り歩いたとも言っていたので動きやすい格好を好むのかもしれない。
 立ち話もなんだし、と出入口へと進みながら当初の目的を訊く。そういえば、くらいの気持ちだった。
 パチリ、とまんまるの夕焼け色の瞳が瞬く。あれ、言ってなかった? と呟き、次いでとんでもない発言をブチかましてきた。

「服!」
「……は?」
「服を見てほしいんだよねぇ」
「……………は?」
「最近は情勢も落ち着いてるし、ミレニアムの外に出る時間も増えてきたからそろそろ私服を増やしたくて」
「……………………は?」
「でも僕って服の趣味が微妙で……。誰かに見てほしいな〜と思ってた時にノイマンを見つけたからちょうど良かった〜!」

 良い案でしょ? と言わんばかりの笑顔を向けられて硬直してしまう。何言ってるんだこいつ。

(何を言ってるんだ?! 俺は男だぞ?!!?!!!)

 仰天しすぎて声を失ってしまった。ここが往来でなければひっくり返るところだった。
 たまたま同じ機関に所属している、敢えて挙げるとするなら同い年というくらいの男に服装の選択権を与えるなんて正気の沙汰ではない。天然すぎるのも程々にした方が良いのでは?
 黙ってしまったノイマンとそれを不思議そうに見やるアーサーの横を次々とオーブ軍人やモルゲンレーテ社の社員が通りすぎていく。20人程が通り過ぎたところで恐る恐る疑問を投げかけた。

「ちなみにその……どういう服を買いたいんだ……?」
「特に決めてないんだよねぇ。ノイマンはどういう服が似合うと思う?」
「………………………」

 今度こそノイマンの思考回路が完全に停止した。


「ねぇねぇ〜。これとさっきのならどっちがいい?」
「あー……さっきのかな。それは少しゆったりしすぎるんじゃないか?」
「そっかぁ……」
「……前の店で買ったカーキのボトムがあっただろ? あれにならそっちが合うんじゃないか?」
「……そうかな?」

 疑う反応を見せつつもノイマンが持つショッパーをチラ見するアーサーに苦笑する。気持ちはほぼ定まっているのに最終決断ができないところが彼女らしい。

「大丈夫だ。似合うよ」
「……うん」

 いそいそと試着室のカーテンが閉じるのを待って音もなく息を吐く。
 アーサーと喋っている間は気にならない(ようにしている)が、一人で待つとなると途端に店員の視線が気になって仕方がない。

(すごく微笑ましい温度を背中に感じる……)

 恋愛経験が少ないノイマンでさえ理解させられている。向こうは完全に恋人同士かその寸前の関係だと勘違いしていると。実際はただの同僚なのに、だ。
 ……ジワリと形になれない何が心に広がっていく。悲しいのだろうか。それともアパレルショップの店員の癖に勘違いする浅慮さに?
 自分の感情を読み取れなくて自然と眉を顰めてしまうと、試着室から出てきたアーサーがどうしたの? と声をかけてきた。

「あー……疲れたよね。もうこんな時間かぁ。これを買ったら終わりだよ。夕飯奢るからどこかで食べよう?」
「いや、気にしなくていい」
「いーのいーの。眉間に皺寄ってるよぉ」

 荷物も持たせちゃってるもんね、と申し訳無さそうにするアーサーへ首を横に振って否定するも、確かにもう時間は20時に迫っていた。さっさと食べて宿舎に戻らなければ明日に響いてしまうだろう。
 ここは甘えてしまうか。その方が彼女も気遣わなくて済むだろうし。
 頷いたノイマンに笑みを見せてちょっと待ってて、とレジへ向かうアーサーの後をゆっくりと追った。


 オロファトの繁華街は眠らない街である。
 たまたまチャンドラが旨いと言っていたバーが近くだったのでそこに入り、トマトのマリネと白身魚のフライとローストビーフとアンチョビポテトサラダをつまみ、それからクラフトビールを飲んで店を後にする。
 共に1杯ずつしか飲まなかったので酔いらしい酔いは感じないが、気分はいい。
 アーサーはプラントの街の雰囲気とかけ離れている様子に興味津々だった。あちこちに視線を巡らせて、時におぉ、やらへぇ、と言って一瞬だけ歩みを止めたりしている。
 街灯や店の明かりによってアーサーの横顔が照らされる。時間が夜の為か夕焼け色の瞳の色がよく見えないのが残念だ。

「今日は急に誘ってごめんね」
「いや、気分転換になったし構わないさ。夕飯奢ってくれたしな」
「そう? ならいいんだけど……。僕も楽しかったよ」

 あっという間だったなぁ、と言って笑う姿はノイマンの目には寂しげに映った。
 楽しいという言葉は真実だろう。歩く速度は行きよりずっと遅い。
 なんとなく、会話が止まる。春の柔らかい風が街と二人の間を抜けていく。
ノイマンのジャケットが風に遊ばれたことでふと、ポケットに仕舞った存在を思い出した。

「忘れてた。トライン、ほらこれ」
「うん? なぁに?」
「あげるよ」
「うーん??」

 アーサーがシンプルな袋から取り出したのはネックレスだった。シルバーのチェーンの中心に明るいブラウンのガラスが宝石のようにカットされたワンポイントのもの。2軒目に寄ったショップで彼女が試着をしている間に見つけて、買っていた服と合うなと思い値段も手頃だった為買ってあげようと、本当にそれだけの気持ちでレジに向かった代物だ。

「わぁ……。綺麗だね。いいの?」
「折角かわいい服を買ったんだ。そういうのもあっていいだろと思ってな」
「……うふふ、ありがとねぇ」

 そう言って街灯のライトにネックレスを翳す姿は可愛い一人の女性で、黒服の軍人には見えなかった。彼女にとっては失礼に当たる表現になると思うので口にするつもりはないが。

「じゃあ今度は買った服を着てこのネックレスをつけるからどこか行かない? オーブでもアプリリウスでもいいよ」
「アプリリウスか……。出歩くにはまだ微妙じゃないか?」
「西側は確かにまだそういう人が多いけど、南側は第一世代の家族が中心になって作ったエリアだからそこなら全然問題ないよ」
「へぇ。いや当たり前か。第一世代のコーディネーターは必ずナチュラルから産まれるもんな」
「そうそう」

 じゃあ今度はアプリリウスだね、と言ってアーサーが万年の笑みを浮かべた。恐らく彼女に会ってから一番の眩しさだった。

(かわいいな)

 自然と浮かんだ感想だった。
 満開の花だって今の彼女の笑顔には勝てないだろう。心から笑う姿を自分が見られるとは思わなかった。
 少しは距離が近くなった証拠だろうか。いや、アーサーは誰にでも優しく、それでいて殆どの場合距離を間違えない。それが彼女の長所であり特技の一つだ。

(………いや、何を考えているんだ)

 距離がどうこうなんて何故気にする必要がある? 今日はただ服を見てほしいと頼まれて付いてきただけじゃないか。
 頭を振って邪念を追い出す。これでは楽しんでいるアーサーに申し訳ない。

「ミレニアムが停泊してるドックの最寄り口まで送るよ」
「えぇっ? 良いよー大丈夫だよ。まだ深夜じゃないし。それに僕はコーディネーターだもん」
「コーディネーターであってもトラインは女性だろ。送らせてくれ」
「うわ」
「なんだよ『うわ』って」
「あはは。今の台詞がサラッとでてくるところ、……格好いいなぁって」
「……あのなぁ」

 ごめんごめん! とオーバー気味に手を振りながら笑うアーサーに溜め息で返してショッパーを持ち直した。時間を見れば立ち話で思ったより時間を潰してしまった。少し早足で戻らなければ副長が門限時間を過ぎるという情けない話になりかねない。
 行こう、とノイマンは笑いかけた。


「それじゃあまた」
「うん、またね。連絡する〜」
「頼んだ」

 入場口に消えていく姿を見送り踵を返す。
 フェンスに沿う道から逸れて宿舎がある方向へと足早に歩き、1ブロック分程進んだところで突然足を止める。
 限界だった。

(好きだ……)

 駄目だ、やっぱり見過ごせない。見て見ぬふりはできそうにない。
 選ばせてくれるのをいいことに、似合うと称して自分の好みの服を指差したし、それを気に入ったと笑って購入してくれた。
 意外と豪快に食べる姿もギャップがあっていい。自分も味にそこまで拘りがある方ではないので、美味しければそれでいいから感想が浮かばない……と、少し困ったようにトマトをつつくところも喧嘩しなくてよさそうだ。
 でも、一番好きなところはやはり笑顔だった。陽だまりのような温かみのある微笑み。
 春の野草のような、息吹を感じる優しい緑色の髪と水平線へと沈みゆく夕焼け色の瞳が絶妙にマッチしている。

(挑んでもいいだろうか。少なくとも次の約束をしてくれるくらいには好かれてるとは思うんだが……。いやでもトラインだしな……)

 彼女は大体の人に分け隔てなく優しい。そう考えると自分だけだと自惚れるには早すぎる気もする。
 とりあえず地道に距離を詰めていくことにする。あと3ヶ月程でこちらは新造艦に乗り込むことになっているから、それまでにある程度進めておきたい。
 確かミレニアムは今回、何事もなければ1週間ほど停泊するはずだから先んじて連絡を入れてみよう。
 そうと決まればさっさと帰ってチャットを打とう。なんて書こうか。
 そうノイマンは決心して帰路を駆けた。
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