即死が刺さった恋心


飲み会が終わり、同僚たちが弾む笑い声と共に店を出る。その中には、仕事中とはまた違う快活な笑みを浮かべる、ちょっと気になっている人もいた。せっかくだ、二次会にでも誘ってみようかな、とアルコールに背中を押される形で一歩踏み出して…

「おい、こんな時間になるなら先に連絡ぐらい寄こせ」

フワフワとした足取りの彼女。その腕を引いたのは、白いパーカーにフードを目深に被った少年と青年の中間にいるような声をした人だった。

「あ、ハサンだぁ~」
「あら、お迎えが来てるのね。あんまり心配させるようなことしちゃだめよ、藤丸ちゃん」
「気を付けまぁす」
「それを言うのはもう4回目だぞ、お前」

ため息を吐く”ハサン”と呼ばれた青年。腕を引かれた彼女がえい、とフードを後ろに引っ張ると見えたのは日本では見ない顔立ち。その表情は若干呆れていて、悪戯の仕返しとでも言いたげに彼女の額にデコピンをしていた。その間、引かれた腕が離されることはない。

「あの人、もしかして藤丸さんの?」
「もしかして、じゃなくて確実に、だろ」

そんなことを言いながら二次会に向かう同期たちの声をバックに、いやでももしかしたら、なんて僅かな可能性が自分の足を動かして、気付けば仲良く喋っている二人の前に来ていた。

「あの、お二人は付き合って……?それともご姉弟だったり…?」

初対面に名前も名乗らず、かなり不躾な質問をしている自覚はある。絶対姉弟はないだろって自分でも思うし、周囲の女性社員たちからも冷たい視線を頂戴していることも重々承知の上で、それでも聞かずにはいられなかった。酔っぱらってちょっと眠たげな藤丸さんが首を傾げる姿に”かわいいな”と純粋な感想を抱きつつ、その隣にいる彼の反応を伺ってみれば、何を言う訳でもなく、ただ観察でもするようにジッとこっちを見ていた。きっと緊張で震える息にも、回数の増えた瞬きにも気付いただろうなと思うほどだった。

「姉弟、ねぇ…。アンタが”そう思いたい”なら、それでいいだろ。例えそうでも、そうじゃくても、俺はこいつが死ぬまで付き合うからな」
「ハサン?」
「帰るぞ、また化粧もろくに落とさないまま寝られても困る」
「今回はだいじょーぶ!」
「それは大丈夫じゃないやつだろ……」

ようやく口を開いた彼の言葉に反応した女性社員たちの、黄色い声なんて聞えていないかのように、彼は藤丸さんの腕、ではなく手を握って去っていく。指と指を絡めるような形のそれは、姉弟ではないことの証にしか思えなくて。去っていく二人の背中を見送った後、俺の淡い恋心は少しだけしょっぱくなった酒に混ざって、胃の中に流れていった…。
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