火垂るの屍山血河


今にも死に絶えそうな兵士を幼い少女の霊が見下ろしている。

「なぁ、節子ぉ…見ものだったじゃろ?満足して、もらえたか、のう…」

 女はあたりを見回す、男は骸の山の頂に横たわっていた。少女は、そこであった出来事を回想する。



197X年 ベトナム

 その森と一帯は戦場だった。僕は銃創に呻く兵士を見下ろしている。

「助け…てく、れ…」

断続的な銃声が聞こえるがまだ距離がある。僕は落ち着いてその兵士の様子を見る。同業者だろうか?撃たれたのはほとんど急所、連れて帰るまで持ったとしても助かりはしないだろう。
 僕の表情を見て察したのか、兵士は懇願してくる。

「頼む…家族が待ってるんだ…」

「ごめん、僕にはもういないから、気持ちは分からないな…」

 僕は抵抗できないであろう、その男の装備をあさる。

「おい、何してる…?」

「何って、もう使えないだろう…?」

収穫はAKのマガジンと手榴弾となかなかだった。

「こ、こんなのあんまりじゃないか…⁉」

「そうかもね…でも恨むなら戦争を恨むんだね」

僕は振り向きもせず、戦場に向かった。
節子が死んでからも、僕は意地汚く生きている。そして今度は自ら戦場に出た。ただ、父のような立派な将校などではない。お国のためなどではなく、ただ金を求めて銃をとる卑しい兵士。傭兵になっていた。それもかつてあれだけ憎んでいたアメリカをバックにする北ベトナムに付いて戦っている。父が今の自分の姿を見ればお嘆きになるだろうか?いやそんなことはないだろう、自分はもう人間とすら思われないだろう、節子を見殺しにしたあの日から。
 銃声が近い僕は草木に紛れながら、先に進む。軍からの指令は陽動、アメリカ軍は南ベトナムのゲリラに弱いそれを補う策として僕のような傭兵が雇われ、逆にゲリラ的襲撃をかけてやろうというものだ。もちろんそれなりに危険が伴う。だからこそ僕のような捨て駒を使うのだろう。
 それでいい、僕は自ら地獄に行くのだ。死に場所を求めている。そのために傭兵になったはずなのに今までずるずると生き伸びている。挙句それなりの名声まで得てしまった。ひどく矛盾している。
 小さい林の陰に何人かの兵士が隠れている。隊列を組んで進んでくる米兵を待っているんだろう。数は3。こちらには気づいていない。

 ナイフと拳銃を構え、一番の背後ら一気につかみかかり、頸動脈を裂く。

「う、ぐううぅ…」

 パンッと破裂音がして、異変に気付き振り向いた一人の頭を打ちぬく。

「お、おい…がっ」

もう一人には横に倒れこむようにしながら、胴体に数発撃ちこむ。うめき声は聞こえるが他に動く気配は感じず、他に仲間などはいないようだった。一人ひとり、反撃を警戒しながらナイフでとどめを刺しておく。それは僕の優しさからくる行動だろうか?いいやきっと違う。
 また死体をあさっていると携帯している無線機に通信が入った。どうやら少し離れたところでゲリラと傭兵の集団が撃ち合いになっているから援軍に来てほしいそうだ。
 僕は了承し、指定された方向へ向かう。

 ※

 戦列に加わったころにはすでに敵味方両方に相当な犠牲が出ている。相手方もそれなりの練度のようだ。

「僕があぶり出す、君はここでねらえ」

 僕は同僚にそう声をかけた後、斜め前の地面のくぼみに向けて駆け出す。そうして動きのあった敵をAKで撃ち抜く。動きながらの偏差射撃には自信がある。くぼみに転がりながら滑り組む。身体にこびりつく泥も構わず油断なく敵を見据える。
 敵もゲリラ的に動いているため、付け入る隙は大いにある。僕は手榴弾を投げて、迂回しながら前に進む。

 “ボォォォン‼”

 爆風で一人吹き飛んだようだ。たまらず飛び出した一人を仲間が狙撃する。僕はそれに応え後ろに向けてサムズアップをする。しかし、帰ってきたのは爆風だった。

「…!」

 迫撃砲かっ⁉飛びかける意識の中で何とか理解する。今度は後ろの仲間が吹き飛んだようだった。
 死と生の境界線があいまいな場所、戦場。自分がいま生きているかもわからなくなる。もしかしたら自分は日本で野垂れ死んでいて今の現実はその亡霊が見ている悪夢なのかもしれない。それでもいい、と思う。
 どちらにしろ戦場に身を置くのは、自分を罰したいという僕自身の意思なのだから。だが何なのだろう、この身を苛む飢えは。
 脳の震えを振り払い、何とか体制を整える。爆煙が運良く僕にかぶさってくれたのか追撃の弾丸はかすめただけだった。でもそれは一時しのぎ、生き残るには賭けに出るしかない。
 煙が晴れる前に、打って出る。視界はないが地形からあたりを付け、最後の手榴弾を投げる。爆発とともに駆け出す。視界が開ける。
 賭けには勝ったようだ。手榴弾で乱れた戦列に突撃しながらAKを乱射する。恐れをなして後ずさる一人の兵士に狙いをつける。AKに添えていた左手でナイフを抜く、荒ぶる銃身を右手だけで抑え込み、さらに距離を詰める。

「うおぉぉぉ!」

 絶叫しながら跳びかかり、ナイフで首元から胸元を切り裂く。血しぶきを浴びて脳に何かのスイッチが入るのを感じる。

「あああああ!」

 獣のような咆哮をあげながら、すぐ近くの敵兵をにらむ。

「con quỷ(鬼だ…)」

完全に怖気づいて無力になった。その兵をAKが蹂躙する。
鬼?僕はそんな大層なもんじゃない、僕はただの浅ましい餓鬼だ。
 自分を罰したい心と、生きたいと願う身体の狭間で苦しむ。それこそが、自分に課された罰なのだ。その後も敵へを次々撃ち殺す。銃声で耳はもう機能していない。もちろん反撃を受けるがトランスした脳は身体が鋼になったと錯覚させる。

 だが怪物の好き勝手を許し続けるほど、人間は弱くなかった。バンっという音をぼろぼろの耳がなんとか捉える。それと同時に胸元に熱と衝撃が走った。

 後方にいたのだろう一人のベトナム兵がこちらをまっすぐ見つめ、両手で拳銃を構えている。その銃口から硝煙が立ち上っているのを見つけたところで僕は崩れ落ちた。
 怪物はついに英雄に討たれたのだ。

 僕は胸の痛みが薄れていくのを感じた。その痛みは生きることの痛みだろうか?

 そして話は冒頭へ戻る。
 
 死にゆく兵士は幼女に語り掛ける。

「欲に苛まれ、て、挙句満たされることのないまま死ぬ。こんなもんでいいのかの…」

 ついに兵士は息絶える。それを見た少女はかすかにほほ笑んだ。その笑みの蒲にあるのは嘲笑か、憐憫か、その答えは誰も知らない。
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