参考に


『最強』

 いい響きだ。
 すばらしい言葉だ。
 しかし、大半のモノにとっては無縁な言葉だ。

 しかし、俺は違う。
 最強になるべくして産まれたのだ。
 この俺『ハイカミショウドウ』は!! 

 ──ー

 俺の生まれは、少し特別だ。
 いわゆる『前世の記憶』というやつがある。
 前世の俺はどこにでもいる有象無象の男だった。
 ハタチを過ぎても厨二病が抜けず、アニメやゲームを見てはオリジナルの呪文詠唱を考えたりしているタイプの男だった。
 そんな事をぼんやり考えていながら歩いていたら、うっかり交通事故を起こしてアッサリと死んでしまった。

 しかし今生はウマ娘に産まれ、幸いレースの才能もあった。
 前世では、何者でもない有象無象として生を終えた。
 しかし、今回の俺には野望がある。
 最強となり、名を残す! 
 絶対に誰も忘れないような、究極のウマ娘になってやる! 

 そう志した俺はトレセン学園の入学試験を圧倒的頭脳と実力で突破し、輝かしい未来への第一歩を踏み出したのだ。
 そして、選抜レースの日がやってきた。

「おい……見ろよ、あのウマ娘」

「なんて身体してやがる……デビュー前のウマ娘の仕上がり方か?」

 選抜レースのスタート前。
 案の定、俺はスカウトの注目を集めていた。
 周囲と比べても圧倒的な長身に、鍛え上げた肉体。
 当然、他の有象無象とは比べ物にならない。

 与えられた天賦の才に加えて、最強に向けての努力も惜しまず鍛えてきたのだ。
 ああ……注目が集まる。
 この場の全てが、俺を見ている。
 フフ……最高だ。

 今生になっても厨二病が抜けきっていない俺は、強者として注目されるのが大好きだった、
 なんて気分の良い視線なんだ……。

「ちょっと、アンタ!」

 優越感に浸っていると、隣のウマ娘から声をかけられる。

「何か?」

「何か、じゃないわよ! 気持ち悪くニヤニヤしちゃって。
 ちょっとくらい目立ってるからって、調子に乗るんじゃないわよ!」

 それは、小柄なウマ娘だった。
 高く可愛らしい声で噛みついてくる彼女を見て、俺の口から笑いが漏れた。

「な、何笑ってんのよ!」

「いや失礼。実家で飼っていたウズラを思い出してね。
 ピィピィと鳴く姿がそっくりなものだから」

 俺の挑発を受けて彼女の怒りのボルテージが上がり、顔まで真っ赤になる。

「なっ……この~! 
 絶対泣かす! アンタにだけは絶対に負けないからね!!」

「その意気やよし。
 あとは実力で示すんだな!」

 程なくして、スタートの合図が鳴る。
 おしゃべりの時間は終わりだ。

 ──ー

 俺は最後方について、前のウマ娘たちの様子を見る。
 ハナを走っているのは、さっきの小柄な子だ。
 後続に大きな差をつけ、余裕の表情で逃げている。

(アイツ、偉そうな口聞いてた割には全然前に来ないじゃない。
 正直、拍子抜けね)

 ……とか、思っているんだろうな。
 甘い。それは砂糖菓子のように甘い思考だ。
 砂糖菓子が砕けぬまま走れるほど、俺のレースは優しくない。

 第三コーナーを回り、最終直線。
 先頭との差はざっと見、二十バ身ほど。
 なるほど、有象無象にとっては絶望的な差だ。

 しかし、俺にとっては大した問題ではない。

(この程度のバ身差を覆せず……なにが最強かッ!)

 強く大地を蹴り、猛スパートをかける。
 一人、二人、三人。
 次々とライバルを追い抜いていく。

 そして──

「な、ッ……!?」

 先頭のウマ娘を、いとも簡単に追い抜く。
 すれ違い様に見えた彼女の表情は、信じられないものを見るような顔をしていた。

 そのまま、先頭でゴールする。
 何一つ苦戦することのない、文字通りの圧勝。

 まあ、想定内だ。
 特に喜ぶこともない。
 俺はコースから出て、レース場を去ろうとする。

「す、凄いよ君!!」

「是非、私と組まないか! 君ならG1の冠も……いや、三冠も夢じゃない!!」

 洪水のように押しかけるスカウト共を一瞥する。
 そして俺は、一言で切り捨てた。

「魂が感じられん」

「……は?」

 俺の一言に、全員がポカンとしていた。

「全てを擲つつもりで来い。
 そうでなければ、私は応じん」

 呆然として動かなくなったスカウト達を尻目に、俺はその場を後にした。

 ──ー

「ちょっと、アンタ!」

 背中から声をかけられる。
 さっきの選抜レースで隣だったウマ娘だ。

「ああ、ウズラの君か」

「誰がウズラの黄身よ! 卵みたいに言うんじゃないわよ! 
 私にはアッドアウェイっていう、立派な名前があるの!!」

「おっと失礼。
 名前を知らなかったものだからな。
 それで、俺に何の用だ?」

「用も何も、アンタのせいで選抜レースはグチャグチャよ、どうしてくれるの!? 
 あの後、だーれもスカウトの声かからなかったんだから!」

「それは君たちの実力が足りなかっただけのことだろう?」

 俺がばっさり切り捨てると、彼女──アッドアウェイの顔は、再び真っ赤に燃え上がる。

「こっの……く~っ、ムカつくけど反論できない……! 
 そんだけ強いのに、なんでスカウト蹴ったのよ! 
 あの中には、ベテランのトレーナーだっていたのよ!?」

 ここで逆ギレしないあたり、音はいい子なのだろう。
 だから俺は少しだけ、本心を話すことにした。

「そうだな……あそこのスカウト連中はみな、笑顔だった」

「は? それの何がいけないのよ」

「笑顔には覇気がない。誠意がない。
 魂に来る、ばちばちと燃える炎がない。
 それではダメだ。最強を目指すには、全てを捧げられるトレーナーでなければいかん」

「めちゃくちゃ言うわね……普通じゃないわよ、アンタ」

「フフ……普通でいて、最強を目指せるものか?」

 俺はそう言って誤魔化す。
 実際は、派手な言動で派手なレースをして、目立つのが大好きなだけだ。

「……ハイカミショウドウさん!!」

「ん?」

 俺の名を呼ぶ声。
 それに振り向くと、小柄な少年が立っていた。
 いや……よく見ると少年ではない。
 服装を見る限り、トレーナーだろう。

「何か用か?」

「あなたを、スカウトしに来ました!」

 その表情は、いたって真剣だった。
 彼は大きく綺麗な黒い瞳で、俺のことを見据えている。
 笑顔はない。至って真剣な表情だった。

「……いいだろう。
 君の担当ウマ娘になってやる」

「えっ……本当に、本当ですかぁ!?」

 男は一瞬きょとんとした後、喜色満面の笑みを浮かべてこちらに握手を求めてきた。
 俺はそれに応じて、ぎゅっと手を握ってやる。

「やったぁ~! 今日からお願いしますね、ハイカミショウドウさん!!」

 その光景を、アッドアウェイは信じられないものを見るような目で見ていた。

「あ、アンタ……さっきの話しといて、なんでその人のスカウトはアッサリ受けたわけ?」

「フン、そんなことは決まっているだろう?」

「ああ……真剣で、誠意を感じたとか?」

「いや」

 俺はゆっくりと首を振り……そして一言、ハッキリと答える。

「顔が好みだ」

「ズコーッ!?」

 アッドアウェイはその場にずっこけ、トレーナーは複雑そうな表情をしていた。
 ともあれ、俺の最強列伝はここから始まったのであった。
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