アーサー王の優雅なる睡眠


 ふと目を閉じると、瞼(まぶた)の裏に浮かびます。
“彼”と過ごした夢のような日々が。

 私にとって睡眠とは肉体の維持に必要な儀式であり、精神まで休む必要は無いと考えていました。
なので私は、マーリンに協力してもらって、学習したり、国家運営についての考えをまとめたりするのに睡眠時間を使用していました。

 “彼”はそのことを知ると、珍しく怒ったのです。
『自分を大事に出来ない王は、いずれ民を蔑ろにするようになる』と言って、助力を拒否しました。
“彼”の助力はブリテンにとって必要だったので、私は困り果てていましたが、私は強情なので譲りませんでした。

 そんな私たちの様子をケイ兄さんは、呆れ顔で『馬鹿だなあ、お前ら』とでも言いたげでしたね。
マーリンは、私達を見て、にやにやといつもの面白がるような微笑をしていました。

 結果は―――理解(ワカラ)せられました。
彼との喧嘩が続いたある日、朝目が覚めると、頭はやたらと冴えて、身体は素晴らしく軽快でした。
……恥ずかしながら、その理由になかなか気が付かないほど、私はとてつもなく浮かれていました。
『おはよう。体調はどうだい? アルトリア』
“彼”が、あの心が和む緩い笑顔で、そう問いかけてきた時には、私は弾んだ声で
『おはようございます。 はい、絶好調です。 これほど気分爽快で身体が軽い日もめずらッ!』
そこまで言ったところで、ようやく私は気が付きました。
ええ、今までと朝起きた時の感覚が違い過ぎたのです。
「一つ、聞きます。 あなたは私になにをしましたか?」

 無意識に剣を抜き、彼に突きつけながら、私はそう言ったのです。
“彼”はいっさい悪びれず、むしろ穏やかに諭すように、私に語りかけました。

『ああ、きみに『あくび』という技を使ったんだ。 
正常な状態なら、多少眠くなるだけなんだけど、君は丸一日眠っていた。
竜の因子を持つ君の強靭な肉体でさえ、それだけの休みを求めたんだ。
これで、理解(ワカッ)たよね? 無理は禁物だよ、アルトリア。
いかに強靭な肉体でも、強い精神力があっても、休まなきゃ肉体も精神も壊れるんだ。
例を言えば、聖剣や魔剣だって、きちんと手入れしないと性能を発揮できなくなるよね。
……本当は、もっと違う例えを出したいけど、今はこちらのほうが納得できるでしょう?』

「……あなた相手とはいえ、隙を見せたのは私の落ち度です。
今回は許します。 でも次は、無いと思ってください」
ええ、私は彼の道理が正しいのを認めながら、受け入れられなかったのです。
“彼”があえて、剣の手入れを例に出したのは、それが“彼”なりの譲歩だと知りながら、
私は反発していたのです。

 まあ私も強情ですが、“彼”も強情です。
似たようなことは何度もありました。
時には、本気で喧嘩したこともあります。
とはいっても、“彼”は私の攻撃を回避したり防いだりするだけで、反撃は一切しませんでしたが。
ええ聖剣解放こそしませんでしたが、全力で攻撃したのに、そんなでしたから。
「なぜ、反撃しない! これだけの攻撃を無傷で凌げるあなたなら、私に一方的に攻撃され続ける必要はないはずだ!?
私には本気で相手する価値すら無いというのか、あなたはッ‼」
そう見当違いの怒りをぶつけた事すら、ありましたね。

 そのような事を何度も繰り返した後、ある時、私は“彼”に訊ねました。
「あなたは、なぜ私をそこまで気にかけてくれるのですか?
私は、あなたに恩はたくさんあっても、私からあなたに与えた物はありません。
いえ癇癪や苛立ちは、ぶつけましたね。
……そのような無礼な私を、あなたは見捨てないで、今も付き合ってくれている。
なぜなのですか?」

『君が大好きだからだよ、アルトリア。
頑張り屋で強情で、いつも“みんな”の事を考えて行動している。
そんな優しくて立派な君が大好きだから、出来ることだけでもしてあげたいんだ』
そう言って、照れくさそうに、少し顔を赤くしながら頬を掻くあなたの姿に。

 私は……
頬がとても熱くなって、心臓が早鐘のようになるのを感じました。
そして、気が付くと涙を流していたのです。
ああ、心が温かくても、涙というのは流れるのだと、私ははじめて理解したのです。
「ありがとう。 私もあなたが大好きです」
そのような月並みな言葉しか言えませんでした。

 だからこそでしょう、私は初めて妥協したのです。
「睡眠の件は、条件付きで受け入れます。
私が本当の睡眠をする時は、あなたも私の隣で寝てください。
今まではあなたが手を握ってくれたり、お腹を枕にしてくれていたようですが、
私はあなたを抱きしめながら寝たいのです。
ええ、私は夢の中でもあなたに会いたいのです。
この条件で良いですか?」
言ってから気恥ずかしくなって、頬がまた違った熱さを宿したのを憶えています。

 “彼”は即答で了承してくれました。
その日から、キャメロットにいる間はたいてい、“彼”は私と一緒に寝てくれたのです。
彼を抱きしめると感じる、彼の身体の心地良い弾力も、相手を思いやる気持ちが伝わる“熱”も、その心が落ち着く匂いも、私にとっては大切な思い出です。

余談
 この時のアルトリアの涙を流しながら感謝を“彼”に伝える姿は、マーリンの心の写真館に大事にとってあります。
彼はこの時のアルトリアを心から“美しい”と思ったそうです。
この出来事が、マーリンに“彼”への興味をひきだし、マーリンもまた“しあわせ”と苦しみを得る結果となったのです。
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