五年生春


「ねえ、隣のクラスの愛空くんってかっこよくない?閃堂ちゃん、仲良いんだよね?」
 確か、五年生の春だったと思う。クラスメイトにそう言われた。閃堂と愛空はクラスは違うが同じサッカークラブに入っている。だからこそ彼女も閃堂にこの話を持ちかけたのだろう。
「そうだけど……。今までかっこいいとか考えたことなかった」
 そう言いながら、閃堂は自分の髪を弄る。そろそろ伸びてきたから切ろうかな、なんて考えていると、他のクラスメイト達は彼女に賛同し始めた。
「愛空くん、足速いしサッカー上手いしハーフだしかっこいいよね!」
 それを言ったら閃堂だって女子の中では足は速いしサッカーだって上手い。それに愛空は母親が日本人で父親がスウェーデンとドイツの血を引いているというミックスだ。厳密に言えばハーフではない。愛空と仲がいいわけではない彼女たちは知らないのだろう。
「あの目もなんかかっこいいよね!」
「オッドアイだっけ?マンガみたい」
 その言葉に閃堂はムッとする。転校してきたばかりでまだ日本語が不十分だった愛空を、寄って集って変な目だなんだと言っていじめていたのを閃堂はまだ忘れていない。勝気な閃堂は怒ったり先生に言いに行ったりしていた。そのうち日本語をマスターした愛空が言い返すようになると次第にいじめはなくなっていったが、閃堂は未だにそのことを思い出すとムカムカする。

「閃堂、どうした?」
 放課後、サッカークラブでリフティングをしていると愛空にそう問われた。
「べっつにー」
 ぽんぽんとボールを蹴りながら愛空に答える。
「嘘だ、なんかあったんだろ」
「何もないってば」
 食い下がる愛空に、閃堂はそう返す。閃堂は素直に思ったことを何でも口にする子供だったが、この複雑な胸中を言葉にしようと思わなかった。どうにも表現するのが難しいし、愛空にはなんとなく知られたくない。
 愛空を無視してぽんぽんとリフティングを続ける。言いたくない閃堂の心情を察したのか、愛空はこれ以上聞いてこなかった。その時だった。
「閃堂、危ない!」
 誰かが蹴りあげたサッカーボールが弧を描いて、閃堂の頭目掛けて飛んできた。愛空の声でその事に気付いた閃堂は、咄嗟に身構える。目を瞑り、数瞬。一向に襲って来ない痛みに、閃堂はそろりそろりと瞼を開く。目の前にあったのは、誰かの身体。え、と閃堂が思うと同時に、閃堂の頭の上から声が降ってきた。
「閃堂、大丈夫だった?」
 愛空だ。ボールが閃堂を目掛けて落ちてきた瞬間、愛空が閃堂を抱きしめ庇いながら腕でボールを弾いたらしい。
「ごめん、愛空!」
 ボールを飛ばしたチームメイトが謝りながら閃堂たちのところにやってきた。
「謝るなら閃堂に謝れよ」
「ごめん、閃堂ー!あれ、閃堂?どうした?」
 愛空とチームメイトがそんな会話をしているが、閃堂の耳には入らなかった。
 愛空の片腕に抱かれながら、閃堂はその大きな身体に異性をみた。愛空は小学生ながら、海外の血がそうさせるのか、中学生並の体格をしている。発育の良い愛空には、手の大きさも足の速さも力の強さももう閃堂は敵わない。
(愛空……男の子、みたいだ)
 もちろん愛空は生まれてからずっと男の子だし、十歳という年頃になり、二次性徴を迎えつつある愛空の身体はどんどん大人の男性に近付き始めている。
 それを感じた閃堂は、どうしようもなくドキドキした。
「な、なんでもない!」
「そうか?」
 そろそろ声変わりが来そうだと言っていた愛空の声は、同年代の男の子よりも低い。半ば抱きしめられている形の閃堂にはその声すら毒だった。
「ほんとになんでもないから!ちょっと水分補給してくる!」
「あ、おい閃堂!」
 愛空の腕を振りほどいて走り出す。じわじわと自分の頬が赤くなっていくのを閃堂は感じていた。
 脳内で、愛空のことがぐるぐると廻る。優しい笑顔。神秘的なオッドアイ。シャープになり始めた横顔。いつの間にか抜かれた身長。女の子に優しいところ。でも一番優先してくれるのは閃堂だというところ。
 朱に染まる頬が、速い鼓動が、どうしようもなく愛空を意識していることを指し示す。恥ずかしさで閃堂はどうにかなりそうだった。
 これが恋だと自覚するまで、あと少し。
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