思い出のぬいぐるみがないと寝れない幼馴染ジェンティルドンナ概念


「ふぁ……。あら、もうこんな時間」
ふわりと小さな欠伸がでる。
時計へと目を向けると時刻は12の針を指す頃。
彼女ーーージェンティルドンナは、んーっと伸びをすると先程までまとめていたノートを見る。
使い古されシワだらけになったノートにはびっしりと次のレースの情報とその対策が事細かに書き留められている。
何度もG1に勝利してきた超一流のウマ娘である彼女であってもこうした地道な努力を欠かすことはない。
レースに絶対は無いが、その絶対に1ミリでも近づけるのであれば努力を惜しむ必要はないからだ。
「それじゃあ、今日はここまでにしてそろそろ寝ようかしら」
しかし、だからといって夜更かしはあまり褒められたものではない。
休みを取ることもトレーニングの一環であり、結果それが次の勝利へとつながるのだ。
それに、夜更かしをして情けない姿をあの人に見せるわけにはいかないといういじらしい乙女心もあったりする。
ジェンティルドンナは素早く机を片付け、就寝の準備へと移行していく。
すると同じくノートをまとめていた同室の赤いリボンのウマ娘がそれに反応する。
「あっ、ジェンティルさん寝ちゃうんですね。んーっ、ならこっちもちょうど良いところまで行ったので寝ちゃいますかねー」
そう言うと赤いリボンのウマ娘はテキパキとノートを片付けていく。
ジェンティルドンナはというとすでに就寝の準備を終え、ベッドに腰掛けていた。
その腕には、何故か首元に赤いリボンを着けた可愛らしいクマのぬいぐるみが握られている。
常に女王然としている彼女にはおおよそにつかわしくないであろうそれは彼女の腕の中で可愛らしく鎮座している。
「あ、ジェンティルさんとマリーちゃんも準備オッケーですね。それじゃあ、電気消しますよーっと」
「はい、お願いしますわ」
パチリと赤いリボンのウマ娘は自身の机に置いてある電気スタンドのスイッチを切った。
部屋の中が闇へと包まれる。
二人ともベッドへと入り布団を被る。
あとは眠りにつくだけ、なのだが。
「……あのー、ジェンティルさん。一つ聞いてもいいですか?」
「もう寝る時間ですわよ」
「ちょっとだけです、ね?」
「……一つだけなら」
ただでさえ夜更かし気味の時間だというのに何なのか。
ジェンティルドンナは少しの苛立ちを覚えながらも彼女の質問を受け入れる。
そう言うと赤いリボンのウマ娘はそれじゃあお言葉に甘えて、と前置きをし質問を投げかける。
「ジェンティルさんって、いつも寝る時クマのぬいぐるみ……マリーちゃんを抱いて寝てるじゃないですか。それって何でなんですか?」
「変なことを聞きますのね?……何でも何もこれが幼い頃からずっと変わらない私の就寝スタイルですわ。抱き枕じゃないと眠れない、みたいなものと同じ事です」
暗がりでお互いの顔は視認できないが、ジェンティルドンナは心底不思議そうな表情を浮かべる。
「というか、なぜそんな質問を?」
「いや、ちょっと気になったというか。ジェンティルさんっていつも優雅で力強い貴婦人、みたいなイメージじゃないですか。なのに、ぬいぐるみを抱いて寝てるのが意外だなーって」
そういうところギャップですよね、と赤いリボンのウマ娘は続ける。
「……似合わない少女趣味だというのは分かっておりますし、私の普段のイメージと反するものである事は理解しておりますわ。けれどその、恥ずかしい話ですが、ずっとこうして寝ていたせいかこの子がいないと寝付けないようになってしまっていて……」
ジェンティルドンナにとってはこれが当たり前だったのでトレセン学園に入るまでは気づく事がなかったが、高校生ほどの年齢でぬいぐるみを抱いて寝るというのは些か珍しいらしい。
まだ入学したての頃、ぬいぐるみを抱いて寝ようとした時に赤いリボンのウマ娘が「えっ?」と驚いた顔をしていたのを思い出す。
闇の中ではあるが、ジェンティルドンナは自身の顔が少しだけ熱くなるのを感じた。
「ええと、その……自分で言うのも何ですが、ぬいぐるみを抱いてないと眠れないなんて子供っぽいでしょう?」
「えぇー?私は可愛くて良いと思いますよ。ジェンティルさんいつもカッコいいですし、そういう可愛さも隠れた魅力とかになりますって!」
「何やら適当に言ってません?」
「いやいや、紛れもない本心ですって。ジェンティルさんがマリーちゃんをすごく大事にしてるの分かりますから。ジェンティルさんのそういうところ私は好きですよ!」
「……そうですか。それなら褒め言葉として受け取っておきますわ。……それでは、もう寝ましょーーー」
「あ、ところでそのぬいぐるみってどこのやつなんですか?」
「……一つだけと言いましたわよ」
「このままじゃ気になって眠れないのでお願いしますよぉ〜」
赤いリボンのウマ娘はえーんえーんと大袈裟に泣き真似をする。
そんな同室にジェンティルドンナは、ため息をつきながらも早く眠るために彼女の質問に答えることにする。
普段のジェンティルドンナであれば、意味の無い雑談などあまり好まないところだが、何故か彼女の小さなワガママを断る気にはなれないでいた。
それがこのウマ娘の持つ独特の愛嬌故なのか、はたまた別の何かがあるのかジェンティルドンナに知る由はない。
「……この子は私が幼い頃に貰った物なので、どこで売っていた物なのかは分かりませんわ」
「じゃあ、誰から貰ったんですか?ご両親とか?」
「私のトレーナーさんから貰いましたわ」
「え?でもさっき幼い頃って……あ、そっか。ジェンティルさんのトレーナーさんって……」
「はい、私とトレーナーさんは幼馴染ですから」
そう、ジェンティルドンナとそのトレーナーは幼馴染だ。
ジェンティルドンナが北海道にいた幼い頃、近所に住んでいたのが今のトレーナーだった。
彼女にとってトレーナーは、幼馴染であり、力の制御法を教えてくれた恩師であり、人生で初めて友達になってくれた何よりも大切な人だ。
その後、トレーナーが都会へ引っ越したせいで一度は離れ離れになったが、トレセン学園で再び再会することができ担当契約を結んだ。
「そういえば結構前に言ってましたね。あれ聞いた時はリアルに漫画じゃんって思いましたよ〜」
「……そうですわね。今でも出来過ぎなくらいだと思っていますわ」
「じゃあマリーちゃんは、トレーナーさんとの大切な思い出の品ってことなんですね」
「そう改まって言われると少々面映いですが、概ねその通りですわ」
ジェンティルドンナはギュッと腕の力を強める。
ぬいぐるみの柔らかな綿と毛の感触が腕いっぱいに広がる。
(柔らかい……)
今思い返しても奇跡のような出会いだった。
自分を恐れ、周りを恐れ、怯えるだけだった私の手をあの人は優しく握ってくれた。
暗い中で一人ぼっちだった私をあの人が光の下に連れ出してくれた。
あの人が語り魅せてくれた夢の話が、私が夢へと駆け出すきっかけになった。
あの人がいなければ今の自分はいない、そう確信するほどにあの出会いは運命的だった。
「……あの、ジェンティルさん?」
「はっ、な、何でしょうか?」
「もしかして、トレーナーさんのこと考えてました?」
「い、いえ!?考えてませんわ!」
珍しいくらい動揺をするジェンティルドンナ。
そんな彼女のウィークポイントを見逃すほど赤いリボンのウマ娘は鈍感ではない。
「そうですか〜?ジェンティルさん、トレーナーさんのこと本当に大好きですもんね?」
「えぇ!?だ、だい、大好きだなんて、そんな……///」
急な図星を突かれ、ジェンティルドンナの顔はみるみる赤くなっていく。
今まで見たことがない程に狼狽する彼女についイタズラ心が芽生える赤いリボンのウマ娘。
この機を逃す手はない。
「えぇ〜?だって、ジェンティルさんってば、トレーナーさんと話す時普段よりも楽しそうじゃないですか!それに大好きじゃなきゃ、貰ったぬいぐるみを今も大事にしてて、それが無いと夜眠れない、みたいなことにはなりませんよぉ?」
「も、もう!揶揄わないでください!怒りますわよ!?」
「えへへ、ごめんなさい!ジェンティルさんが可愛くてつい……」
「はぁ……全くもう。ほら、もういいでしょう?本当に寝ますわよ」
明日のことを考え、早く寝るように促すジェンティルドンナ。
しかし、一度咲いた恋バナトークの花はそうそう散ることが無い。
年頃の少女にすぎない赤いリボンのウマ娘はジェンティルドンナの少女漫画のような関係に興味津々だ。
「えぇ!?もうちょっとだけお願いしますよう、ジェンティルさん〜!」
パタパタと尻尾でベッドを叩く赤いリボンのウマ娘。
「こら、ちゃんと寝なさい。明日もトレーニングなのですよ?」
「1個だけでいいんで、幼い頃のトレーナーさんとのエピソードとか聞かせてくださいよ〜!一個だけですから、ね?ね?」
どうしても引き下がらない赤いリボンのウマ娘。
こんなに圧が強い娘だったかとジェンティルドンナは普段の姿との乖離に少しばかり驚く。
しかし、ここは少しだけ話して早々に切り上げるのが正解だろうと思案する。
加えてジェンティルドンナにとっては、あの人との思い出を誰かに語ってみたいというのもあった。
「はぁ……分かりましたわ。一個だけですわよ?」
「やった〜!ありがとうございますジェンティルさん!」
「本当に一個だけですからね?それが終わったらすぐに寝ますわよ」
「了解しました。じゃあお願いします!」
「……ではそうね、あれはーーー」

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チュンチュン
チュンチュン
「……朝、ですね」
「そう、ですわね……」
「ごめんなさい、調子に乗っちゃいました……」
「貴女だけの責任ではありませんわ……私も少々熱が入りすぎましたもの……」
あれから二人は思い出話に花を咲かせるとそこから年頃の少女特有の恋バナに熱が入っていき、気づけば朝日が昇りかけていた。
休みを取ることもトレーニングの一環というのは何だったのか。
完全な寝不足である。
「でも、楽しかったです。ジェンティルさんとトレーナーさんのお話!」
「そうですわね。私もあの人以外に昔の事を語るなんて初めてでしたが、いい夜でしたわ」
そう語るジェンティルドンナの顔は年相応の少女のような幼いものだった。
ーーー瞳が充血している事を除けばだが。
その後二人は一日中睡魔と戦い続け、二人とも仲良く寝不足気味のバッドコンディションがついてしまったのは言うまでもないだろう。

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「い、一応、言っておきますが……。他の子に私がぬいぐるみを抱いていないと眠れないということは……」
「わかってますって。絶対秘密、でしょう?」
「その通りですわ。それとあの夜に聞いたことも絶対に秘密ですからね?」
「了解でーす」
「絶対ですからね!?」
「分かりましたよ、絶対に言いません。こんな可愛いジェンティルさんの秘密は私だけが知ってる秘密にしまーす♪」


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