ダンツフレームと魔法のじゅうたん


 カランコロン。
 商店街に、軽やかなベルの音が鳴り響く。
 目の前には笑顔の店員さんと、福引の回す奴、そして転がる赤色の球。

「2等! 2等が出ましたーっ! おめでとうございまーすっ!」

 仰々しく声をあげる店員さん。
 周囲からは好奇の視線と共に、まばらな拍手が聞こえて来て、思わず顔を伏せてしまった。
 まあ、正直自信の運には全く期待していなかったので、当たったことは素直に嬉しい。
 ところで2等ってなんなのだろうと、顔を上げる。

「ではどうぞっ! 商店街が誇る逸品、高級絨毯ですっ!」

 ドンッ、と重い音を響かせながら、巻かれた分厚い織物が縦に置かれる。
 見るからに重量感と高級感を感じさせるそれは、あまりにも俺には見合わないものであった。
 というか、これを持って持ち帰るのがしんどい。
 ……というか、これ絶対に在庫処分の類でしょ、さっきから店員さん笑顔だけ目を合わせてくれないし。
 申し訳ないけど受け取り拒否させてもらおう、そう思った瞬間だった。

「わあ……! トレーナーさん、これ、良い絨毯ですよ!」
「えっ」

 突然、横から、一人のウマ娘が現れる。
 ふわりと広がる鹿毛のミディアムヘア、左右のもみあげに一房流れる流星、ぱっちり開いた柔和な瞳。
 彼女はその瞳をきらきらと輝かせて、絨毯を右から左から、じっくりと眺めていた。
 やがて、彼女はぽかんと見つめる俺と店員さんの視線に気づいたのか、ハッとした表情になる。

「あっ……えへへ、そこでトレーナーさんの背中を見つけて、つい……」

 俺の担当ウマ娘であるダンツフレームは、頬を微かに染めながら、恥ずかしそうにはにかんだ。


  ◇


「……助かるけど、本当に良かったのか?」
「もちろん! こんな良い絨毯を使わないだなんて、勿体ないですから!」
「別に、ダンツに使ってもらっても構わないけど」
「……正直惜しいんですけど、この大きさだと同室の子の迷惑がかかっちゃいますからね」
「なるほど」

 俺とダンツは、ともにトレーナー寮へ向かっていた。
 彼女は先ほど当たった絨毯を軽々と抱えながら、朗らかな笑顔を浮かべている。
 あの後、事情を話したらダンツ(と店員)に猛反対され、結局俺の部屋で使用することとなった。
 そして、懸念であった持ち帰りに関しては────この通り、ダンツが手伝ってくれていた。

「でも、本当に良い絨毯ですね、生地もしっかりしていて、模様も華やか、大事にすれば長く使えますよ」
「へぇ、そうなんだ」
「材質は、木綿ですか、それなら肌触りも良さそう、密度もなかなか高そうですし」
「……ダンツってさ」
「はい?」
「…………絨毯、好きなのか?」

 俺の言葉に、ダンツは懐かしむような表情で、遠くを見つめた。
 そして、絨毯をぎゅっと強く抱きしめて、言葉を紡ぐ。

「……トレーナーさん、『アラジン』って見たことありますか?」
「えっと、アニメのやつなら」
「ええ、それで大丈夫です、それに、空飛ぶ魔法の絨毯が出てきますよね」

 見たのは小さい頃だったので内容はあまり覚えていないが、魔法の絨毯は覚えていた。
 意思を持って、空を自由に飛び回る。
 主人公のピンチを助けたり、ヒロインとの空中散歩を演出したりと、様々な活躍をしていた。

「私────あれに、憧れてたんです」

 アラジンでもなければ、ヒロインでもなく、ランプの精でもない。
 空飛ぶ魔法の絨毯に憧れていたと、ダンツは言った。
 彼女は少し照れたような表情を浮かべて、言葉を続ける。

「部屋のテーブルとかをどかして、魔法の絨毯ごっこをして、良くお母さんに怒られてました」

 小さなダンツが、絨毯のど真ん中に陣取って、遊んでいる光景を想像して、微笑ましい気分になる。
 しかし、そのことを話す彼女の表情は、少し切なげなものになっていった。
 
「あれに乗っていれば主役になれるような気がして……それで絨毯が好きになったんですよね」

 ────いつか、主役になれるといいなあ。
 あまり自分に自信が持てない彼女、大切な願い。
 小さな頃の彼女が憧れていたのは、魔法の絨毯ではない。
 魔法の絨毯に乗って活躍をする、“主役”という役割に憧れていたのだ。
 それならば。

「じゃあ、俺はランプの精を目指そうかな」
「……へっ?」
「君の夢や願いを叶えられるような、そんな存在になりたいからさ、まあ、何でもってわけにはいかないけど」
「……………………私にとっては、今もそうですけどね」
「ん? 何か言った?」
「なんでもありませーん、じゃあ、そんなランプの精さんに、早速一つだけお願いを」

 ダンツは悪戯っぽく微笑むと、そっと、こちらに向けて手を伸ばした。
 同世代の女の子よりは大きい、手入れの行き届いたきれいな手が、ふわりと俺の頭に触れる。
 そして、一回二回と、まるで魔法のランプをこするように、優しく撫でつけた。

「……私と、いつまでも一緒に、レースで走っていてくださいね?」
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