死体の埋まった満開の桜の森でお願いをする


4月といえば何を思い浮かべるだろうか。
定番なものは出会い、別れであろう。しかし、あたしの通う学園は中高一貫だから出会いも別れもあんまり感じない。そも、レースで走る選手としては引退に接しない限り「別れ」を真面目に感じる事はないだろう。

「4月は、花粉か、やっぱり桜かな?」

一つの机を中心に椅子を寄せ合って友人と話す。置かれた複数の携帯の画面には花粉の情報と、綺麗な桜の写真が映し出されていた。
あたしも写真のフォルダを開き何枚か横にスワイプする。

「あ、丁度季節の写真だ」

画面に広がる黄色。
少し前に撮った菜の花の写真である。背景には桜の木も沢山植えられていて本来なら薄桃色と黄色と水色のコントラストが楽しめる筈だが、お天道様がそっぽを向いたので黄色しか綺麗に映されていない。空も、この時は雲が多かった。
なんか、寂しいね。友人があたしの携帯に表示されている写真を見ながら言う。
あたしもそう思うよ、来年にリベンジだ。と、あたしは返す。
そうして、友人とアレコレ話していれば授業の開始を告げるチャイムが鳴って、一人、また一人、別のクラスに所属する友人はまた後で!と笑い、教室を飛び出して行く。
その時に見えた窓の外で広がる桜は美しかった。
これなら、三色のコントラストが狙えるかもしれない。





「……という訳で撮りに来たんですね!」

たった一人。周りに誰もいない道の真ん中で頭に浮かんだ言葉がそのまま声に出る。
あたしの考えは見事に当たり、雲一つない空、満開の桜、絨毯の様になっている菜の花が視界に映る。
綺麗だな。と思うのと同時に、この美しい桜の下に死体が埋まっている、桜の元では気持ちが狂うなんて文章を書いた人間の気持ちが分かる様だった。

あたしは最近の学生だから一眼レフとか沢山の撮影機材なんて大それた物ではなくポケットに仕舞っていた携帯を取り出す。
素人なりに良さそうな画角を試行錯誤しながら、シャッターをきる。
一度目は指が入った。
二度目は少しピントがズレていた。
三枚目にして、漸く満足のいく写真が撮れた。
変な体勢で撮ってしまったから、一応辺りを見渡してはいるもののどうか誰にも見られていません様にと誰かにお願いする。

「後は、そうだなぁ……」

目に映る中で一番綺麗に映る木の下に歩いて、花弁が降る中で手を合わせる。

「えぇと、今年一年の息災をお願いします。あたしのチームメンバーはあたし以上にレースの出番があるから、皆の無事故無違反……無違反は違うか?いや、違わないか……兎に角お願いします……なむなむ……」

病は気から、プラシーボ効果なんて言葉や現象があるのだから、こうして何の変哲も無い木だって気持ちを込めれば何かご利益をくれるかもしれない。
たっぷりと時間を掛けて、お願いしたい事を全て詰め込んで頭を上げる。
なんだか一方的にお願いをしてしまったから、申し訳ない気持ちになる。次は活力剤的な物を持ってきた方が良いのだろうか。行政に怒られるかな。

なんて、馬鹿みたいな事を考えながら歩く。
数分経ってもほんのり赤い掌があたしの本気を伝えてきて、なんだか恥ずかしくなった。
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