その日、私は初めて講義をサボった


「今回もヤマト君がトップだね」

先日の実技試験の結果、そのトップに表示されている名前を見て、隣に座る子が何故か我が事のように得意げに呟く。
誰だろうこの人。

「やっぱりヤマト君だよね」

既に何十回と耳にする称賛の言葉。
キラ・ヤマトとラクス・クラインの息子。
英雄の子であり、歌姫と呼ばれた人を母に持つ彼はさしずめ王子様でもあるのだろう。
アカデミーの成績もトップ。
物腰は柔らかく、容姿端麗、なるほど確かに王子様だ。

そして、この称賛の後には一定の確率で続く言葉がある。

「アスカ君はねぇ、カッコいいんだけとさ」

ほらね。

同じ英雄の子でも彼は「でも」とか「けど」がついて回る。
選民思想の強いコーディネイターのなかでもプラントの家柄についてのプライドの高さは、そのまま家柄に劣る者への蔑視に繋がる。
彼らは認めたくないのだ、理由も無く強い存在、裏付けのない優れた存在が。
キラ・ヤマトなら出生から優れているのは仕方ない。
アスラン・ザラなら家柄から生み出されるだろうコーディネイトが凄いのだろう。
そうやって彼らの努力には目を向けずに言い訳を見つけて安心する。
そして、言い訳が見つからない存在は見えないフリをする。けれど、強過ぎる存在感は嫌でも目に映る。だから、排斥する理由を探す。

「ノリアさんもそう思わない?」
「名前で呼ばないでください」

名前もわからない同期に言い捨てると、まるで訳もなく引っ叩かれたような表情を浮かべる。
私は自分の順位(2位だった)を見てから、画面をスクロールして行く。

【失格:ヴァン・アスカ 左記上記の者はC.E.◯◯.07.25の再試験を受けること。】

その表示された名前を指でなぞる。

機体のトラブルで動けなくなった僚機を牽引した結果時間切れで失格。
とうの動かない機体に乗っていた生徒は他の試験結果を考慮して再試験を免れてるのだから何のための失格なのかわからない。
それを笑う人間もいることは知ってる。
それを賞賛する人間がいることも知ってる。

そして…


「アスカ君。やっぱり抗議すべきです」
「ん〜?お、ノンちゃんじゃん。何?デートのお誘い?」
「怒りますよ?」

アカデミーの人工芝に寝そべってうたた寝をする彼の隣に腰掛けると、軽く睨む。
瞼をゆっくりと開くと、優しく色合いの瞳とぶつかる。
彼の父親のような燃える炎のような瞳とは違う、青ほど潔癖な硬さがなくて、赤ほど苛烈さのない、優しい瞳。思わず吸い込まれてしまいそうな…

「アスカ君は何も間違ってません。そもそも、あのトラブルが人為的な…私への嫌がらせです。それなのに…」

彼の失格の理由。
マシントラブルで彼の足を引っ張ったのにも関わらず、成績や親の威光で不問になってしまった恥知らずは…私だ。

「ノンちゃんが無事だったしいいじゃん。結局あの人らはバレて退学になっちゃったし。俺はさぁ〜失格じゃなくても割とヤベェっていうか…」

成績だけならヤマト君にも負けないのに、命令違反、サボり、朝帰り等の規則違反(朝帰りについてはとても問い詰めたい)でプラスマイナスゼロ。
ディアッカおじ様の話ではこのまま卒業させた時の彼に着せる制服を赤にするか緑にするかで教官達は頭を痛めているそうだ。(確かに、赤服より強い緑服なんてみんなやりづらい)

あははは、と何が楽しいのかと言いたくなるほど明るく笑う。

「なんでそんな楽しそうなんですか…悔しくないんですか?」
「悔しいけどさぁ…ま、いいかなって」
「全然よくありません!!」
「だってさ、ノンちゃん学長室に直談判したんでしょ?自分も失格にして再試験にするべきだって。そうじゃなきゃ俺の失格取り消せって…そこまでしてくれただけで俺的には何か報われたな〜っていうか、俺の分まで怒ってくれたなら、俺は怒らなくていいかな…なんてさ」

へにゃりとだらしの無い笑みを浮かべる。
その緩み切った頬をつねってやりたくなる。
さぞ柔らかいのだろう。
私を助けた時の凛々しい顔とは大違いだ。
けれど、日向ぼっこをする猫のような穏やかな彼の表情も私は嫌いじゃない。
自分の顔が熱を帯びてるのを自覚して、彼の笑顔から目を逸らす。

「ノンちゃん、そんなに気にしてるならさ、今から俺に償ってもらおうかな」

そう言うと、立ち上がり制服に付いた芝を払いながら見下ろす。償いという言葉とは不釣り合いな優しく表情に、顔が更に熱くなる。

「ご飯奢ってよ。行ってみたい店あんだよね」
「今からMS工学の講義ですよ?」
「サボっちゃえ」

事もなげに言われて、言葉を失う。
名門ジュール家の娘として、将来のプラントを担う者としてアカデミーの講義に出席すること。
たかがランチの為にサボってしまうこと。

考えるまでもない2択だ。

「着替えて来るので少し待っててください」
「オッケー。バイク回して来るわ」

私は迷う事なくその手を取った。
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