Re:Contact with You


──耳鳴り。
ミレニアムを訪れると、時折耳鳴りのようなざらつきを感じるような気がする。
そういえばルビコンにおける数少ない同族だった男もまた、戦闘中耳鳴りに悩まされていた。アイスワーム、ウォッチポイント・アルファ…高濃度のコーラルが近い場所で耳鳴りが起きていたな、そうぼんやりと認識した時、彼の脳裏では情報が繋がった。

第4世代型強化人間。
致死量に近いコーラル。
脳深部コーラル管理デバイス。
コーラルに生じる変異波形。
脳波と同期することで行われる交信。

ぞくり、と背筋に嫌なものが走る。

「先生?」

ユウカが振り向いた。
突然止まったのだ、当然だろう。なんでもないよ、と続けようとして耳鳴りのようなざらつきを感じる。まただ、またこの感覚だ。
もし、もしこの感覚が自分が想像するモノならば、あるいはそれに近しいモノであるならば、燃え残った全てに火を付けた監視者の猟犬としてやらねばならない。
取り戻した心がそれを拒否するのに、猟犬の自分が残酷なまでに俯瞰し、心さえも無視して火を付けなければと使命を第一に考え出す。そう、自分は切り捨てたのだ。大恩ある飼い主と、唯一無二の友人を天秤にかけて、あれ程までに自分を求めていた彼女を──ならば、今更何を躊躇うのかと。

「先生、大丈夫ですか? 顔色が──」
"……平気だよ、ユウカ。大丈夫。私は、問題無い"
「そういう時は決まって休んでませんよね! ほら、着いてきてください。休憩室で一息つきましょう」

そうやってユウカから気遣われてる度に、心の奥底に眠る猟犬が吠え立てる。確かめろ、見つけろ、燃え残ったモノを。

俺を救ったウォルターたちの為に。
俺が殺したエアたちの為に。

「……ユウカ先輩? その方は?」

ピタリと、ざらつきが止んだ。
この、声は。
視線を動かす。生徒がいる。

白い髪に、赤い瞳。
色白の素肌に、華奢な身体。
儚く美しく、それでいて毒々しさも併せ持つような、そんな生徒。

「あぁ、この方はシャーレの先生よ。ちょっとした野暮用でミレニアムに来てて」
「……野暮用、ですか。シャーレからわざわざ外れるほどのことは、野暮用とは言わないと思いますが」

ユウカとその生徒の会話。聞くだけで喉が渇く。
なぁ、まさか、やめてくれ、そんな──そんな残酷なことは、やめてくれ。

「紹介しますね、先生。この子は──」
「……!」

生徒が明確に自分を認識した。ひどく驚いたその生徒。
そしてそれが目に入った。赤い光のヘイロー。血のように赤い、見慣れた光。

"……エア"
"そこにいるのは、お前なのか……?"

言葉が勝手に出てきた。

「なぁんだ、知ってたんですか。でもシャーレの仕事で名前出るかな……? だってエアは問題児とかそういうのでもないし……」

ユウカは言った、『エア』と。ならばそれは、それは、その生徒は。コーラルの赤をヘイローとする、その生徒は──!

「……あなたでしたか」
「あれ? やっぱりエアも知り合い?」
「いいえ、知り合いなどではありませんよ。ユウカ先輩。彼とは──」

ギロリと睨み付ける、絶対零度の視線。殺意と敵意、そして憎悪と嫌悪。今更どのツラをして現れたのかという憤怒。あらゆる感情が混ざり合い、それ故に一つの言葉で纏められるような、そんな表情。

「……しばらくぶりですね。一度生まれたものは、そう簡単には死なない。火種を消しそびれましたね」
"エア、俺は──"
「このキヴォトスで為すべきことでも見出したのですか? あなたの戦友のように」

ガチャリと音を立ててショットガンが抜き放たれる。

「ええっ!? ちょっとエア、あなた何考えて──!」
「退いてください、ユウカ先輩」
「エア、話を聞いてよ!」
「……警告はしました」

発射。
ユウカがたたらを踏む。その隙を逃さずエアは彼女に近付き、物理的に自分から引き剥がす。

"エア、ユウカを何故撃った!"
「あなたとの交信には、邪魔だったからです」

間髪入れず出てきた『常識的だが馴染みの無い』言葉が、『非常識的だが馴染みがある』言葉ですり潰されて。

"それは笑えない冗談だ……俺を、殺すのか"
「ハンドラーの影を追う野良犬、私はあなたを──」

顎に突き付けられる銃口。

「消さなければならない」

告げられたその一言が全てを物語る。
友人の尊さを説くのに、お前は友人を手にかけた。猟犬が野良犬になった以上、人のフリして子供を導けるわけがないと。

──それが、『先生』と『生徒』の『再交信』の始まりだった。
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