【閲覧注意】アレクセイ・コノエ×アーサー・トライン


(オメガバースパロなコノアサ小咄。幻覚と捏造と独自設定盛り盛りです。バース設定的にオメガ性に該当するキャラクターの扱いにモヤると思いますがご了承願います)


 コンパス本部に入った時から嫌な予感がしていたのだ。
 鈍いと散々揶揄されるが、こればかりはしっかり理解る。
 アーサーはオメガだ。
 とは言ってもコーディネーターはあらゆる可能性を調節した種である。その為ナチュラルのオメガ性とは違いヒートは年に一度、またフェロモンは波長が合うアルファ性しか嗅ぎ取ることができない。故にフェロモンによる事故も無いことはないが、かなり低い水準を維持できている。
 また妊娠率はベータ性より数パーセントながら上だ。これが一時期は婚姻統制すら強いていたプラントにとって如何に救いに見える数字であるかは、オメガ性なら理解できてしまうだろう。
 けれども。だからこそアーサーは誰とも番いたくはなかった。子供を産むことだけを望まれる人生なんて、真っ平ごめんだった。
 幸いミネルバの艦長だったタリアはその点においては自分事のように寄り添ってくれた。保健局からの要請資料を思わず握り潰したアーサーの肩を叩き『貴方は貴方の好きな人生を送るべきだわ』と言ってくれた。
 本心はどう思っていたかはもう知る術は無いが、オメガである自分に対してそのように言ってくれたのはこの後に待ち受ける試練を耐えさせてくれる原動力の一つになった。
 だから、ここで諦める訳にはいかないのだ。例えすこぶる相性のいいアルファと出遭っても。

「……アレクセイ・コノエです。よろしく頼むよ」
「……アーサー・トラインです。こちらこそ……よろしくお願いします」

 差し出された手に触れ握手をする。
 幸い声は震えてはいなかったようで、周囲の者から不審な視線を送られることはなかった。

(最悪だ)

 アーサーは内心では泣きたくて仕方がなかった。
 ミレニアムの艦長で今度の上司たるアレクセイ・コノエはアルファだ。
 落ち着いた態度に柔らかな低音の声色。少しだけ癖のある黒髪から覗く深い海の瞳は理知的な色を湛えていた。
 本能的に身体のハードルが下がったのを感じ、憂鬱になる。オメガは相性の良いアルファを見つけてしまうとこんな風に自らを明け渡そうとしてしまうのだというのを身を以て理解してしまうとは。
 握手をした時、コノエの目が一瞬だけ不穏な色に輝いたのをアーサーは見逃さなかった。恐らく僅かに漏れているフェロモンを嗅ぎ取られたのだろう。もしかしたら無意識に誘惑しようと溢れたのかもしれなかった。
 どちらにしてもアーサーにとってコンパス並びにミレニアムでの活動の難易度が急激に上がってしまったのは確実であった。


 新天地での説明が終わり少しずつ人が捌けていく。シンとルナマリアが資料を片手に何かを話しながら出ていくのを視界の端に捉えたのを見届けてコノエの傍へ向かう。
 コノエは金髪の男性──確かハインライン技術大尉だった筈──と雑談をしているようだった。ハインラインが溜め息をつきコノエはそれに苦笑を返している。どうやらハインラインの心証を悪くすることが起こったようだった。
 コノエの方が地位が上にもかかわらず砕けた態度ということは同じ部隊の出身なのかもしれない。
 この後コノエとアーサーは艦の運営と戦略の擦り合わせ、それに新造艦の基幹システムのシミュレーションをすることになっている。
 平和維持という今までとは違う目的で艦を動かしていくのだ。擦り合わせは必須事項というのは頭では理解している。けれど二人きり、というところがどうにも受け入れ難い。
 まぁ流石に業務中にはそういった接触はしてこないだろう。諦めて腹を括るしかなかった。

「お話し中失礼します。そろそろ我々も……」
「うん? あぁ、もうそんな時間か。じゃあハインライン、また後で」
「分かりました」

 意を決して話しかけた瞬間、ハインラインが瞠目したのが目を引いた。しかしすぐにコノエへと意識を移す。
 新しい上官の後ろをついて行ったアーサーは気が付かなかった。後にとんでもなく塩対応をされることになるハインラインの表情が珍しく曇っていたことを。


 驚く程スムーズに話が進む。ブリーフィングルームのテーブルに表示された航行図を指差して流れを説明していくのを時に端末に書き取りつつ聞き取っていく。指示方法も同じZAFT出身なのでその点も問題ない。
 唯一挙げるとするならタリアとは違うスタンスくらいだ。こればかりはシミュレーションで調整していくしかない。
 書き留めた内容をスクロールしながら反芻していく。教え方もとても上手かった。志願する前は教師かそれに準ずる職についていたのかもしれない。

「……先程はすまなかったね」
「……、……はい?」
「握手した時、怯えただろう?」
「……そこは気づかないふりをするものですよ」

 思わず顔を上げれば、椅子に深く座ってこちらを見つめるコノエの視線とかち合った。
 大海原のような瞳でアーサーの内面の奥底まで見られてしまいそうな気持ちになってしまい、視線を逸らす。

(なんで掘り返すんだろう……)

 やはり、オメガの自分が欲しいのだろうか。途端にこの場から去りたくなったが、まだまだやることはある。だが休憩と称して一旦席を外すくらいはしてもいいだろうか。

「あぁ、勘違いしないでくれ。今君をどうこうしたいという気持ちはないよ」
「へぇ……そうですか」
「第一、だいぶ歳が離れているからね、流石に悪いと思うよ……。それに君にもいい人がいるだろうからね」

 本当に謝りたかっただけなんだ、と眉尻を下げてそう言われてしまえば口を噤むしかない。
 確かに相性はいいだろう。穏やかに話しながら囲われたら恐らくは抜け出せない自信があった。

「生憎と交際経験はありません」
「そう、なのかい?」
「え、どういう印象があったんですか」
「いや、遊んでいるという意味ではないよ。君のように尊重しつつ隣にいてくれるような人というのは……、……気分を悪くさせたらすまないが、その、アルファの男は簡単に好きになるからね」
「はぁ……。そんなこと初めて言われましたよ」

 これは本当だ。まず自分のフェロモンを嗅ぎ取られたのはコノエが初めてなのだから。
 溜め息をつく。本当に相性がいいと実感してしまう。
 別に付き合う相手の年齢なんてどうでもいい。外見の美醜も取り立てて考えることもない。
 ただお互いを信頼し、対等な立場で隣を歩くことを望んでくれる人ならアーサーはきっと心を許してしまうし、愛してしまう。
 本来オメガ性は愛したい、愛されたいと強く願う生き物なのだから。それが第一性の垣根を越えて子を成すことができる身体を取得した理由なのだろうとアーサーは考えている。

「……世間話はここまでにしましょう」

 言外に謝罪を受け入れる。暗い気持ちにはなったがコノエを即嫌いになった訳でもないのだから。
 端末の画面を落とし、脇に抱える。
 そろそろ開発エリアにあるシミュレーションの準備が整う頃だろう。

「そうだな。後は追々調整しようか」
「承知しました」

 コノエもこれ以上追うことはやめたようだった。だがその淡白さに少しだけ残念な気持ちが浮かんだのも事実で、自分のちぐはぐさに呆れ返ってしまう。いつから自分はこんなに面倒くさい人間になったのだろうか。
 ブリーフィングルームを先に出ようとして……立ち止まる。

「……コノエ『さん』」
「うん? ……うん?」
「僕はきっと貴方を嫌いになれません。だから……どうしたいかは貴方次第だと思います」
「……君、」
「……先に向かいます」

 それだけを告げてアーサーはさっさと出ていった。


 部下になったばかりの青年に置いていかれたコノエは呆然と扉を見つめた。
 数秒程硬直したのち、軍帽を目深に被ると笑いを零れてしまう。
 とてもじゃないがハインラインを始めとして誰にも見せられない顔をしている自覚があった。

「ハハ……。いや本当に、相性のいいオメガというのは恐ろしいな」

 独りごちる。
 今まで数人の女性とオメガの男性と交際してきたが、たった1日であっさりと心に踏み込まれたことは無かった。
 女性達はコノエの能力を愛しており、そしてオメガの男性はコノエの『人としての』優しさを愛していた。
 その誰もがやがてコノエとの壁を認識して離れていった。皆、燃えるような愛をコノエに求めていたが、それが返ってくることはついぞ無かったから。
 あの時のオメガの項を噛まなくて本当に良かった。その身の上でアーサーに手を伸ばしたら嫌悪感丸出しで睨まれただろう。

(まさか選択権をこちらを渡してくるとはな)

 典型的な慈愛型のオメガだ。そんな男が軍人、それもあのミネルバの副長をしていたのだから本当に人間とは面白い。亡くなった艦長のタリア・グラディスは攻撃的な戦略を得意とする期待のホープだったと記憶していた。なら副長だったら彼もまたその戦略も取れるだろう。
 見る機会が無いことを祈るしかないが、もしそんな場面に遭遇することになったら意見を求めてみようか。
 両手を伸ばして関節をリラックスさせ、立ち上がる。
 軍帽の位置を元に戻して息をつく。
 これでも自陣のダメージを最小限に留めながら作戦を成功させることには自信がある。
 透き通る橙色の瞳を思い返す。怯えながらも、確かにこちらの存在を意識していた。可哀想に。こんな壮年のアルファと相性がいいとは。
 時間を見れば集合時間間近に迫っていた。そろそろ出ないと間に合わなくなる。彼も手持ち無沙汰に待っているだろう。
 もう一度笑う。アルファらしい強欲で独占欲に塗れているだろう笑顔は誰にも見せられない。いや、番になった者になら見せられるだろうか。

「後悔はさせないよ、アーサー」
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