行き過ぎて水脈と成る


(ゆきすぎてみおとなる)

 妻が子供たちに言わねばならぬことがある、と真面目な顔で言って夫である俺を含め家族を自室に集めたのは、とある麗らかな春の日のことだった。
 十になる長女は正雪より俺に外見が似ている。跳ねた黒髪を束ねた様はカヤ曰く「昔の兄ちゃんにそっくり!」だと云う。
 年子の長男は逆に妻似だ。薄い色彩の髪に、暇さえあれば良く本を読み、解らない部分があれば直ぐに飛んできて母に説明を強請る。
 少し年の離れた次男は俺と正雪を足して割ったような相貌だ。気質は呑気だと思うのだが、妻とカヤは二人して俺に似ていると云う。カヤ曰く「話を聞いてないようでちゃんと聞いてるし、知らないうちに勝手に一人で片付けちゃうんだよね」、正雪曰く「武技に秀でた者の噂を聞くとすぐに父親との比較を問うようだ。元服した頃には仕合を挑んでくるかもしれないな」らしい。確かに姉兄と一緒に庭で剣術の真似事をして遊んでいるのを良く見かける。
 一月前にめでたく年を一つ数えることが出来た次女を片腕に抱えて神妙に座っている妻の隣へ腰を下ろした。子供の前では隠して滅多に見せないが、今日は不安げな色を珍しくその双眸に映しているから、そっと背中に触れてやると、意を決したように背を正した正雪は子供たちをまっすぐに見た。
「ずっと黙っていたが……私は、お前たちの父のような、人……いや、人間ではない」
 自慢では無いが、同じ年頃の子供に比べ聡いところがある己の子たちはしばし動きを止めて、それぞれが母の言葉を理解しようとしているようだった。その沈黙が辛かったらしい正雪が悲痛な面持ちで目を伏せる。
そして。
「ほら――――!やっぱり私の言う通りだったでしょ!?母様は富士の御山の天女様だったのよ!だってずーっとずーっと綺麗だもん!」
「そんな訳ないだろ!母上の頭の良さは天神様の元で学び励んでいた証に違いないんだ!」
「はぁ!?」
「あぁ!?」
 勝ち誇ったように拳を突き上げ立ち上がった長女と、それに反論するべく立ち上がった長男が両親の目の前で口喧嘩を始める。
「えっ……。いや違……」
 隣で呆然と呟く妻の横でつい噴き出してしまった。まるで母の言うことなど聞いていない上二人の言い合いは留まる所を知らない。いつものことだが、今日はどちらが先に手を出すのやら。
「あの、私は天女だとか梅の精だとかそんな恐れ多いモノではなくてだな…ホムンクルスと云う神ではなく人に作られたモノで」
「ほむ…ほむんく…?それ、ほむなんとか。父上と何が違うの?」
 上の喧嘩に我関さずとしていた次男が首を傾げた。その色素の薄い目が母の隣で苦笑する俺を捉える。
「父上は知ってたの?」
「ああ、そうだな。知っていて夫婦になった」
 正雪の握りしめたまま固まっている手に触れる。温かい手は当たり前だが俺と何ら変わりはない。
「だが、正体が何であれ、俺とお前たちの傍で元気でいてくれればそれでいいと思っている」
 俺の言葉に、子供たちは揃って勢いよく頷いた。長女は後数秒で弟に巴投げを決める寸前ではあったが。
「……でも、私の所為でお前達に不具合があっては……」
「母様!そんなの今から心配したってしょうがないよ!大丈夫大丈夫、私、体が強いのが取り柄だもん!それにね、何があっても母様のこと嫌いになったりしないからね!」
「母上。そのホム何某の事を教えてください。僕は自分の体は自分で看られるようになりたいです」
「あ、逆に母上のおかげで凄いことになったりするかもしれないのか……。それはそれで面白いじゃん」
 三者三様の答えだが、言いたいことは似通っていた。少しも大人しくしていない子供達は俺を押しのけ、母へ抱きつく。
 手を伸ばしこの騒ぎの中でもすやすや眠ったままの次女を引き取ってやると、空いた両の手で正雪は愛しい子供達をまとめて抱きしめていた。
「……お前達……ありがとう……」
涙を浮かべ、それでも微笑みながら正雪は俺を見た。
 我が子が集まる真ん中で綻ぶそれは、正に陽だまりのような笑みであった。


 子供たちが去ったのち、疲労困憊といった風情で正雪は足を崩した。
「だから云っただろう、俺たちの子達はおまえの正体程度で恐れたり怖がりはしないと」
「……ああ……ほっとした。よかった……」
 ふかぶかと息を吐き出した妻はふと俺を見た。少しばかり不満そうにしている。
「あなたより私の方があの子たちといる時間は長いというのに……不覚だ」
「引いた方が良く見える、ということもある。今回はたまたま俺がそうだっただけだ」
 むしろ普段は逆であるが、今回ばかりは妻のよく透る目も濁っていたようだ。当たり前と云えばそうだろう。なにせ、詳らかにした秘密は本当ならば正雪が死んでも隠していたかったもの。
「まあ、なんだ。ともかく此度は無事に終わったのだから、今日は本でも読んでゆっくり休むといい。気を張っていただろう。あいつらにも母は疲れたと云っておく。しばらくは近づかないはずだ」
 血を継いだが故にこの先何が起こるか解らない子らに、心構えを作ってやるため己の事実を告げる覚悟を決めたとは云え、腹を痛めて産んだ子達にそれが元で拒絶されてしまうのはどうにも堪えるはずだ。夜に空を見つつ物思いに更ける正雪を俺だけではなく家の者の幾人かが目撃している。
 まあ、心配していた全ては杞憂であったから良しとしよう。そう云うと妻はようやく安堵の表情を浮かべて頷いた。
「伊織殿はこれから如何にする?」
「そうだな……。では久しぶりに子供たちに構うことにするか。たまには遊び相手になるのもいいだろう。娘とは話す機会も少ないしな」
 それはいいな。みんな喜ぶ、と妻が頷いた。
 これで正雪はしばらくの間部屋から出ないだろう。
 俺は密かに企みがうまくいったことを喜んだ。
 実は子供たちにはこの後に別の部屋に集まるように言ってある。
 理由は――正雪の体の秘密について、足りない部分と伝えた言の葉の補足だった。
 天女だの花木の化身だの云うのは構わない。そもそも昔から彼女に対して良く云われる類いの言の葉だからだ。
 しかし、真実はそうもいかない。突拍子もない事実であるが、気軽に口にして万が一それが噂となって尾鰭がついて広がってはいけない。
 例えば俺たちの子は家の内外で評判が良い。ありがたいことに子宝に恵まれていると思う。
 だがそれが、もし母体に由来するモノだと噂になれば。必ず良き子を産む、お家を保つ為に最上の宝であると認識されれば。
 それが遠く広まり、良くない何かを呼び寄せる可能性が高い。
 その何かは必ず妻に害を成すだろう。身体か、心か、絶対にどちらか、或いは両方に正雪は傷を負う。恐らくそれはこののち一生消えはしまい。
 それだけは止める。何があっても、妻と子たちは守る。
 幸いなことに、子供たちは聡く、また母を強く慕っている。協力して正雪を守ろうとしてくれるだろう。
「さて、では行ってくるとするか。後で顔を出すから、その時は迎えてくれ」
「おとなしくあの子たちが離してくれると思わない方がいい。ふふ、きっと伊織殿から離れないだろうから、皆がここで休めるよう準備をしておこうか」
「無理をしない程度で頼む。まあ、まだあれくらいの歳格好であれば全員担いでこれるか……」
 俺の呟きに皆を担ぐのは良いが落とさないようにと妻が笑い、部屋の外まで見送ってくれた。






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後はマジでどうでもいい書きながら考えてた今回の伊正の子供の個性
ここだけの話なので特に固定したい訳ではありません


長女→多分一番剣の才能がある。強い。でも武にはなんの興味も無いので才能は死んだ。でもきっと薙刀とかクソ強いんだと思う
長男とは今は殴り合いの喧嘩したりもするけど大人になると落ち着く。しっかりものの長女ってやつだ
長男→剣はそこそこ強い。でも剣より本が好きなタイプなので母親似。当主力SSRでそのうちURになる系未来のご家老様
頭は思ったより固くないけど女心がなんもわからなくて後々長女にジト目で馬鹿呼ばわりされるタイプ
もしアスクレピオス先生が呼ばれたら一番くっついて回るのはコイツ
見た目ギャラハッドかと思ってたけど日曜の朝テレビつけたらやってたプリキュアに出てきた兎飼いの男のメガネない感じが何となくのイメージに一番近いなって思った
次男→剣が長男より強いが自薦他薦共に「家老というか勤め人向いてねえんだわ」タイプ
大人になったら部屋住みの身分活かしてふらふら藩じゅう出歩いたあげく顔隠して必殺仕事人か印籠ない黄門様か将軍言わない暴れん坊将軍みたいなことしてこっそり藩の治安少しだけよくしてんじゃねーかな
強者には喧嘩を売るので武蔵ちゃんの気配がする ヤマタケが召喚されたら興味津々になるのがコイツ
見た目は黒髪のギャラハッドにまげくっついて…んのかなわからん…
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