題名:死にたがりの吸血鬼 作者:草壁ツノ
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<登場人物>
サチ:女性 女子大生。過去に夢破れた経験がある。ヴァンから自分を殺してくれと持ちかけられる。
ヴァン:不問 千年生きている大吸血鬼。(外見年齢は20代後半)長く生き過ぎた結果、生きる事に絶望している。
メイ:不問 ヴァンに命を与えられた人形。生みの親である彼の事を大切に思っている。
スチュワード:不問 ヴァンに命を与えられたリビングデッド。メイよりもヴァンとの付き合いが古い。紅茶を淹れるのが得意。
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<役表>
サチ:女性
ヴァン:不問
メイ:不問
スチュワード:不問
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■注意点
・特に無し。
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■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で、「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:
https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
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ヴァン:「――お前、『私を殺してはくれないか』?」
サチ:「......はい?」
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※海岸沿いでサチは我に返り、辺りを見渡す
サチM:どうしてこんなことになったのか。それは、今朝(けさ)にまで遡(さかのぼ)る。
今朝、私は普段通り、大学までの通学路を歩いていた。
何でもない1日が始まるはずだった。それなのに、校門前で急に足が止まってしまう。
無性に、どこか遠い場所へ行きたい気持ちが湧いた所までは覚えてる。
そうして、気が付けば私は、知らない土地の海辺に立っていた。
サチ:「ここ、どこ......?」
サチM:これじゃ、まるで夢遊病だ。そんな風に頭を抱えていると突然、辺り一面に雨が降り始めた。
サチ:「わっ。もう、急に降ってくるじゃん。傘持ってきて無いのに......」
サチM:周囲を見渡すと、海岸沿いの先に、家が建っているのが見えた。
サチ:「しめた。あそこで雨宿りしよう」
サチM:私はこの雨をあの下でやり過ごそうと思い、急いで駆け出した。
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※大雨の中、目の前に不気味な黒い洋館が佇んでいる。屋敷の入り口の前で雨宿りをしているサチ
サチ:「あー、もうずぶ濡れ......それにしても、遠くで見たら分かんなかったけど、結構不気味なお屋敷。
(くしゃみをする)......こんな大雨の中、これだけ雰囲気のあるお屋敷って、なんか出てきそう......なんて」
メイ:「あの」
サチ:「(悲鳴)」
メイ:「ここで何をしてるんですか?」
サチM:び、びっくりした~!
サチ:「す、少し雨宿りを......」
メイ:「そう」
サチ:「......あの、あなたは?」
メイ:「僕はメイ、ここの使用人」
サチ:「あ、どうも......」
メイ:「ここは、ヴァン様のお屋敷。あなたが雨宿りする場所じゃない」
サチ:「ヴァン様......海外の人のお屋敷なんだ」
メイ:「それはいいから、早く出てってくれますか?」
※屋敷の中から知らない人物の声が聞こえて来る
ヴァン:「――メイ。そこにいるのか」
メイ:「ヴァン様。今戻りました」
ヴァン:「そうか......それはそうと、メイ」
メイ:「はい?」
ヴァン:「そこに、お前の他に誰か居るのか?」
メイ:「......えっと、野良猫が」
サチM:野良猫って、私......?
ヴァン:「......おい、そこにいる猫」
サチ:「え」
ヴァン:「聞こえていないのか、猫。返事をしろ」
サチM:こ、これはどうすれば......
メイ:「それっぽく鳴いて」
サチ:「えっ」
メイ:「いいからはやく」
サチ:「......(猫の鳴き声)」
ヴァン:「......人間か」
サチ:「(小声で)どうするんですかメイさん、すぐにバレちゃいましたよ」
メイ:「えっと、ヴァン様。これには理由があって」
ヴァン:「ちょうどいい。メイ、そこにいる人間を私の下(もと)に連れて来い」
メイ:「え、けどヴァン様」
ヴァン:「メイ」
メイ:「......分かりました」
サチ:「えっと、あの......?」
メイ:「......あなた、名前は?」
サチ:「えっ。さ、サチです」
メイ:「......サチ。ヴァン様が君を呼んでる。ついて来て」
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※屋敷の中を進み、一つの扉の前に立つメイとサチ
メイ:「(扉をノックする)ヴァン様、連れて来ました」
ヴァン:「入れ」
※部屋に通されると、背の高い人物と、容姿の整った人物が二人を出迎える
スチュワード:「ようこそお客様」
サチ:「えっと、どうも......あなたは?」
スチュワード:「私(わたくし)、執事のスチュワードと申します。以後お見知りおきを」
サチ:「初めまして、私はサチと言います」
メイ:「サチ、奥にいるのが僕たちの主人」
スチュワード:「そう、あの方こそが我らの主人。ヴァン様です」
ヴァン:「......」
サチ:「......えっと、お邪魔します」
ヴァン:「肩の力を抜け。別に取って食いはしない」
サチ:「そ、そうですか。良かった~なんて......」
メイ:「ヴァン様。僕、荷物を置いて来ます」
ヴァン:「ああ、頼む。......おい、そこの人間」
サチ:「は、はい。何でしょう」
ヴァン:「お前、紅茶を飲んだことはあるか?」
サチ:「え、紅茶? ああ、はい......甘いものだったら」
ヴァン:「そうか。スチュワード」
スチュワード:「かしこまりました、ヴァン様。ミルクティーをご用意します」
サチ:「あの......」
ヴァン:「なんだ?」
サチ:「......メイさんが。私を呼んだのは、あなただって」
ヴァン:「ああ」
サチ:「......私に、何のご用でしょうか?」
ヴァン:「なに、大したことでは無い。お前にひとつ、私の頼みを聞いてもらおうと思ってな」
サチ:「頼み......ですか?」
ヴァン:「ああ。雨が止むまでの間、お前をこの屋敷に置いてやる代わりだ」
サチ:「なるほど......」
ヴァン:「別に嫌ならこの屋敷から出て行ってくれても構わん。......外はひどい雨だな。雷も鳴り始めた」
サチ:「......内容を聞いてもいいですか? 出来るかどうかの返事は、そのあとで」
ヴァン:「フン。人間」
サチ:「はい」
ヴァン:「――お前、『私を殺してはくれないか?』」
サチ:「......はい?」
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※スチュワードが紅茶を片手に部屋に戻ってくる
スチュワード:「(扉をノックする)ヴァン様、ミルクティーをお持ちしました」
ヴァン:「ああ、すまない」
サチ:「......(小声)いや、真顔で何言ってるのこの人。冗談だよね? 怖い怖い、無理なんだけど......」
スチュワード:「......あの、ヴァン様?」
ヴァン:「なんだ」
スチュワード:「こちらの方に、何をお伝えなさったのです?」
ヴァン:「『私を殺してくれ』と頼んだだけだ」
スチュワード:「ああ、なるほど......」
サチ:「......あの。ヴァンさん。ひとつ、質問してもよろしいでしょうか」
ヴァン:「手短(てみじか)にな」
サチ:「どうしてそんなお願いを、私に?」
ヴァン:「どうして、とは?」
サチ:「いや、だって私、ただの普通の女子大生ですよ? ......それに」
ヴァン:「それに?」
サチ:「......普通の人は、突然知らない相手に『殺してくれ』だなんて、頼まないじゃないですか」
ヴァン:「(笑う)普通、か」
サチ:「え?」
ヴァン:「いや。......では理由があれば、お前は納得するのか?」
サチ:「それは......分からないですけど」
ヴァン:「理由か。そうだな......私が生きることに、飽きたからだ」
サチ:「説明がざっくりすぎる......」
メイ:「ヴァン様、それでは説明が足りません。僕が伝えます」
ヴァン:「......ああ、頼む」
メイ:「ヴァン様は、人間じゃない」
サチ:「人間じゃないって、どういう......」
スチュワード:「あなたはご存じありませんか? 《吸血鬼》という存在を」
サチ:「吸血鬼?」
スチュワード:「そうです」
メイ:「スチュワード。今は僕が説明してる」
サチ:「吸血鬼って、あの......人の血を吸ったりコウモリを操ったりする......」
メイ:「そう。ヴァン様はその中でも、伝説の存在。1000年以上夜の世界を生きる、大吸血鬼」
サチ:「......えっと、私、からかわれてます?」
ヴァン:「嘘だと思うなら証明してやろうか。私の、この牙で」
サチ:「いや。いやいやいや、結構です」
ヴァン:「フン」
サチ:「......仮にあなたが本当に吸血鬼だとしても。吸血鬼が死にたいだなんて、聞いたこと無いです」
スチュワード:「ひとつ宜(よろ)しいでしょうか」
サチ:「はい」
スチュワード:「あなたは自分がどの程度生きるのか、考えたことはありますか?」
サチ:「なんですか? 突然......」
スチュワード:「質問にお答えください」
サチ:「......えっと、5、60年ぐらいですかね」
スチュワード:「では、吸血鬼の場合はどうでしょう?」
サチ:「吸血鬼の場合......?」
ヴァン:「......吸血鬼にとっての100年は簡単に過ぎ去る。
しかし、200年を超えてもまだ自分に終わりが訪れない。
300年、400年、500年経とうとも......周りが次々と眠りについていく中、
私だけが、いつまでも終わりのない命に生かされ続けている。
そして、1000年になると......もう、生きることよりも、死ぬことにしか関心が持てなくなる。つまり」
サチ:「つまり?」
ヴァン:「言っただろう。生きることに飽きると」
サチ:「生きることに飽きる......」
ヴァン:「そうだ」
サチ:「......詳しい事情は分かりました。けど、それでどうして私なんですか?」
メイ:「ヴァン様は、自分の命を脅(おびや)かすものに、触(さわ)れない」
サチ:「触れない......?」
メイ:「そう」
サチ:「あ。そうか、だから自分で死ねなくて誰かに頼むしか......」
ヴァン:「ようやく理解したか」
サチ:「だとしても......私には出来ません」
ヴァン:「何故だ。この私の最期を任されるなど、名誉なことだぞ」
サチ:「私は名誉なんて要りませんし、この時代にそういうの無いですから」
ヴァン:「(溜息)こうも扱いづらい人間は初めてだ」
スチュワード:「(小声)ヴァン様」
ヴァン:「なんだ」
スチュワード:「(小声)人間に何か交渉をする際は、褒美をちらつかせるのが効果的かと」
ヴァン:「褒美。なるほど......おい、人間」
サチ:「なんですか?」
ヴァン:「お前は何が欲しい。言ってみろ」
サチ:「えっ? 欲しいもの?」
ヴァン:「ああ。......そうだな、この屋敷はどうだ? 人間一人が住むには勿体ないほどの代物だ」
サチ:「いや、こんなに大きいものいただいても......」
ヴァン:「では、このワインはどうだ? これ一つを求め、歴史上多くのものが争い、血を流した一品だ」
サチ:「私、アルコール駄目なんです。アレルギーなので」
ヴァン:「それなら......」
サチ:「......申し訳ないですけど、どれも私は要りません」
ヴァン:「では、お前は何が欲しいんだ?」
サチ:「......才能」
ヴァン:「なに?」
サチ:「何でもないです。とにかく! あなたの願いは聞けません。失礼します!」
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※サチが部屋を出て行く
ヴァン:「......メイ。あの人間を連れ戻して来い」
メイ:「分かりました。ヴァン様」
ヴァン:「(溜め息)まったく。人間というのは、ままならない生き物だ」
スチュワード:「ヴァン様。あの方をどうなさるおつもりで?」
ヴァン:「決まっている。......願ってもない来客だ。私の願いを叶えるために、あの人間には働いてもらう」
スチュワード:「......もし、彼女がヴァン様の命令に従わない場合は?」
ヴァン:「そんなことをお前が気にする必要は無い。それよりも、どうすればあの人間が言うことを聞くかを考えろ。いいな?」
スチュワード:「......かしこまりました、ヴァン様」
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※屋敷の鍵のかかった窓を手あたり次第調べているサチ
サチ:「......うう、ここも鍵がかかってる」
メイ:「あなたも諦めが悪い人ですね」
サチ:「(悲鳴)」
メイ:「何をしてるんですかこんなところで」
サチ:「びっくりした......見て分かりませんか? ここから出る方法を探してるんです」
メイ:「無駄です。ヴァン様が良しと言わない限り、あなたはここから出られません」
サチ:「そんなぁ......」
メイ:「さ、戻りますよ。......ヴァン様の願いをあなたが叶えれば、すぐに済む話です」
サチ:「......ね、メイさん。一つ聞いてもいい?」
メイ:「なんですか」
サチ:「......あなたは、ヴァンさんが死んでもいいと本当に思ってるの?」
メイ:「......(小声)思ってるわけない」
サチ:「え?」
メイ:「決めるのはヴァン様です。......僕たちが口を挟むことじゃない」
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※ヴァンとスチュワードの居る部屋に、サチとメイが戻る
ヴァン:「......戻ったか。手間をかけさせるな」
サチ:「言っておきますけど、あなたの願いは聞けませんから」
ヴァン:「(溜め息)強情な女だ」
スチュワード:「ヴァン様。それにサチ様も、少し冷静になさって下さい」
ヴァン:「......それで? どうするのだお前は」
サチ:「え? どうするって......」
ヴァン:「私の言うことを聞くつもりは無いのだろう?
しかし、お前がそれに頷かない限り、私はお前をこの屋敷から出すつもりは無い」
サチ:「......」
ヴァン:「お前がそういう態度なら、無理やり従わせてもいいんだぞ?」
メイ:「それは駄目ですヴァン様。ヴァン様は今、お体が弱ってる。無理に力を使ってはいけない」
ヴァン:「(笑う)今更だろう。どうせ私はもう死ぬつもりなのだから」
サチ:「......ヴァンさん」
ヴァン:「なんだ」
サチ:「......あなた、本当に死にたいと思ってるんですか?」
ヴァン:「......なんだと? どういう意味だ」
サチ:「私には、大きな子供がダダを捏(こ)ねて、周りを困らせてるようにしか見えません」
ヴァン:「......(笑い)。大きな子供か。面白いことを言うな」
ヴァン、サチの首を掴み持ち上げる
サチ:「(呻く)......!」
ヴァン:「理解出来ているか人間? お前のこの首を折ることなど、私には赤子の手をひねるも同然だということを。
お前が今こうして生きているのはただの、私の気まぐれにしか過ぎないということを......」
スチュワード:「ヴァン様、何をしてらっしゃるのですか!」
ヴァン:「私のこの苦しみ、孤独、絶望を、お前はまやかしとでも言うつもりか......? どうなんだ、はっきり言え人間」
メイ:「ヴァン様! 手を離してください!」
ヴァン:「(手を離す)......フン」
サチ:「(咳き込む)......!」
スチュワード:「......大丈夫ですか、サチ様?」
ヴァン:「小娘が、私に楯突(たてつ)くからこうなるのだ」
サチ:「......何も言葉にせずに、自分の考えを理解して貰おうだなんて......それこそ子供の言い分よ。
知ってもらいたいのなら、まず自分から伝えなくちゃ......」
ヴァン:「......」
スチュワード:「ヴァン様、何があったかは知りませんが、少し落ち着いて......」
ヴァン:「......私は」
スチュワード:「え?」
ヴァン:「......私は、その時が訪れるまで、お前達と同じ人間だった。
吸血鬼の血に目覚めるその瞬間まではな......あれは忘れもしない。12歳になった冬の頃だった」
メイ:「......ヴァン様のそんな話、初めて聞いた」
ヴァン:「初めは些細(ささい)な変化だった。しかし、時間が立つにつれ、それは隠すことが出来ないほどに膨らんでいった。
血に対する欲求。渇望(かつぼう)。飢えと言ってもいい。気が付けば、私は当時の友人達をその手にかけていた」
サチ:「......それで?」
ヴァン:「私は世界から追われ、もうこれまで通り平穏な日々には戻れないことを悟った。
人の街から離れ、人目から逃れるようにして生きてきた......何年も、何年も」
スチュワード:「......」
ヴァン:「少しは理解出来たか? 私はな、もう生きる事に疲れてしまったんだ」
サチ:「......そっか。ねえヴァンさん」
ヴァン:「なんだ」
サチ:「話してくれて、ありがとう」
ヴァン:「......フン」
サチ:「......実は私もね。これまで何度か死にたいと思ったことがあるんだ」
ヴァン:「お前が?」
サチ:「......うん。子供の頃からの夢をね、ずっと追いかけてたんだ、私。
けど、周囲には私よりも才能がある子がいっぱいいて、『私じゃ無理だ』って、ある日気付いちゃって」
ヴァン:「......」
サチ:「諦めないといけないって分かった時、すごく死にたくなった。私には、それしか取り柄が無かったから。
けど、夢を諦めても人生は続いていく。諦めたら今度は、何の取り柄も無い自分と向き合わなきゃいけない。
空っぽの状態で放り出される現実に、向かい合わないといけない。
......今はなんとか落ち着いてはいるけどね。だから、あなたが死にたいと思う気持ち。私も分かるよ」
ヴァン:「......」
メイ:「あの、ヴァン様」
ヴァン:「どうした、メイ」
メイ:「少し、お話が。......僕に時間を貰えませんか?」
ヴァン:「......構わんが、手短にな」
※メイとヴァンが部屋を出ていく
スチュワード:「......サチ。あなたは人間だというのに、ずいぶんと勇敢だ」
サチ:「そんなことありません。......途中、声震えてましたし」
スチュワード:「あのような振る舞いをされる方なので、誤解されたかも知れませんが......
ヴァン様は、寂しいのですよ。望まない形で吸血鬼となり、人の世から疎まれ、血の繋がった家族はもう誰も居ない......
その上、過去にご友人を殺めてしまったこともある。血を吸う事にトラウマがあるのです」
サチ:「......ヴァンさんは一人じゃない。メイさんとあなたが居た。それなのに、その孤独は埋められないの?」
スチュワード:「......私達では、ヴァン様の中の根本的な孤独は、埋めて差し上げることは出来ません」
サチ:「......そっか」
スチュワード:「サチ様。あなたは先ほど、夢を諦めたと話をされていましたね」
サチ:「はい、それが何か......?」
スチュワード:「同じです。人生には何かを諦めることでしか進めないものもある。今回であれば、ヴァン様は......」
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※紅茶を注ぐメイと、机に肘を置きくつろいでいるヴァン
メイ:「......ヴァン様。紅茶が入りました」
ヴァン:「お前が紅茶を淹れるなんて珍しい。......この茶葉は?」
メイ:「......街で見かけたので、買ってみました」
ヴァン:「そうか。......いい香りだな」
メイ:「ヴァン様」
ヴァン:「なんだ?」
メイ:「......僕は、ヴァン様のお役に立てていますか?」
ヴァン:「......何を聞くかと思えば」
メイ:「......」
ヴァン:「スチュワード、それにメイ。お前たちがどれほど私の孤独を癒してくれたか。
......お前たちが居なければ、私はもっと早くに幕を下ろしていた」
メイ:「......ヴァン様。カップの横に添えてあるレモンを......その紅茶に絞ってみて下さい」
ヴァン:「これか? どれ......」
※紅茶にレモンのしずくが落ちると、色が水色から紫、そしてピンクへと変わっていく
ヴァン:「紅茶の色が青から、鮮やかな色に変わっていく......不思議だな。これは?」
メイ:「......ブルー・マロウ。別名《夜明けの紅茶》と呼ぶそうです。
この紅茶のように、ヴァン様の長い夜がどんな形であれ......明けることを祈っています」
ヴァン:「(笑う)......ありがとう。メイ」
※スチュワードがヴァンとメイのいる部屋に入ってくる
スチュワード:「(扉をノックする)ヴァン様、失礼します」
ヴァン:「どうした、スチュワード」
スチュワード:「いえ、何やらサチ様がメイに大事な話があるそうで、私が呼びに来たのです」
メイ:「サチが? ......分かった。ヴァン様、失礼します」
ヴァン:「......それで? お前は何の用だ、スチュワード」
スチュワード:「......ヴァン様。私があなたにお仕えして、もうどれほど時間が経ったでしょうね」
ヴァン:「どうだろうな、お前は、メイよりも長い付き合いだから」
スチュワード:「(笑う)そうですね......ヴァン様?」
ヴァン:「なんだ」
スチュワード:「もし宜しければ、サチ様に断られたあなたの《願い》......私が叶えて差し上げようかと」
ヴァン:「......お前が?」
スチュワード:「はい」
ヴァン:「(笑う)......スチュワード。お前がそんなに野心家だとは思わなかった」
スチュワード:「何を馬鹿なことを仰(おっしゃ)るのです。私は従者。主人であるあなたの願いを叶えて差し上げたい。それだけです」
ヴァン:「冗談だ。......なあ、スチュワード」
スチュワード:「はい、ヴァン様」
ヴァン:「......任されてくれるか? 私の最期を」
スチュワード:「勿論ですヴァン様」
ヴァン:「......すまないな」
※メイとサチが慌てた様子で入ってくる
サチ:「スチュワードさん!」
メイ:「ヴァン様!」
スチュワード:「おや、サチ様にメイ......どうしたのですか、そんなに慌てて」
サチ:「あなた、一体何をしてるんですか!?」
スチュワード:「見てわかりませんか? 我が主がもう眠りにつくと仰るので、そのお手伝いですよ」
メイ:「スチュワード......本気で言ってるのか?」
スチュワード:「本気に決まっているでしょう」
メイ:「どうして......そんなこと」
スチュワード:「何もおかしいことはありません。我らはヴァン様の忠実な僕(しもべ)。他の何に変えても
主人の願いを聞いて差し上げるのが我らが務め。違いますか? メイ」
メイ:「確かにそうだけど、だけど......!」
スチュワード:「......メイ。お前は思考が感情に振り回されている。従者として失格です」
サチ:「スチュワードさん、ヴァンさんはあなたの大事な人でしょ!?」
スチュワード:「......人間には理解出来ない繋がりが、私達にはあるのですよ」
ヴァン:「スチュワード、まだか」
スチュワード:「ええヴァン様。もう暫(しば)しご辛抱を。私が今、その心臓を止めて差し上げます」
スチュワード、用意していた銀のナイフを手に取る
スチュワード:「(呻く)......!」
サチ:「メイさん、スチュワードさんの持ってる刃物、あれなに......!?」
メイ:「銀のナイフ......吸血鬼を殺す道具だ」
サチ:「えっ、それじゃあ......!」
メイ:「けど、それはヴァン様に生み出された僕たちも同じはず......」
スチュワード:「(呻く)......!!」
サチ:「手から煙が.....駄目ですよスチュワードさん、あなたも死んじゃう!」
スチュワード:「(笑う)この程度の傷......なんともありません。私はヴァン様のために、この身を捨て去る覚悟は出来ています」
サチ:「スチュワードさん......」
メイ:「......そんなこと、させない!」
スチュワード:「な、何をするのですメイ! 離れなさい!」
メイ:「いやだ! ヴァン様を、死なせたりするもんか!」
スチュワード:「ええい......離せ!」
メイ:「(悲鳴)!」
サチ:「メイさん!」
スチュワード:「......ヴァン様、ご安心下さい。あなたが旅立った後、私もすぐにあとを追います......!」
サチ:「ダメ! (呻く)...!」
※スチュワードの振り下ろしたナイフが、ヴァンをかばったサチの胸に突き刺さる
メイ:「サ、サチ!」
サチ:「え?......あー、最後までこんな役回りなんだ。私......(笑う)」
メイ:「おい、しっかりしろ!」
スチュワード:「......邪魔が入りましたね。すみませんヴァン様。次こそは......」
ヴァン:「いや......待て。スチュワード」
スチュワード:「ヴァン様?」
ヴァン:「おい人間。貴様......一体、何をしているのだ」
サチ:「......ほんと、何してるんだろうね私」
メイ:「喋るな! す、すぐに止血しないと......!」
ヴァン:「......おい人間」
サチ:「なに......?」
ヴァン:「貴様、何故私を庇(かば)った? 言っただろう。私は死にたいと」
サチ:「......メイさんが......辛そうな顔してたから」
ヴァン:「メイが?」
メイ:「......ヴァン様」
ヴァン:「メイ。いい加減聞き分けろ。スチュワードと同じことが、なぜお前には出来ない?」
メイ:「......スチュワードが言ってたことは正しい。正しいよ。僕たちはヴァン様の考えを第一に行動しなければならない」
ヴァン:「それならば何故......」
メイ:「けど......けどやっぱり、僕はヴァン様には生きていて欲しいよ!」
ヴァン:「......そんなに私に生きることを強いるのか? 私をそんなに追い詰めて、どうしたいんだ」
サチ:「メイさんは、あなたを追い詰めたいわけじゃない。あなたが大事だから、生きていて欲しいんだ。それだけなんだよ」
ヴァン:「それが迷惑だと言っているんだ......!」
サチ:「分かるよ......だけど、それでも生きてればいいことあるよ。......私達が出会えたみたいに、ね」
ヴァン:「......サチ」
サチ:「......なんですか、ヴァンさん」
ヴァン:「『私を殺してくれないか』?」
サチ:「......この状況で、私に何をしろって言うんですか。......私、今にも死にそうなんですよ」
ヴァン:「私が、これからお前の血を吸う」
サチ:「え?」
ヴァン:「そうすることで、上手くいけばお前は転化し、私と同じ吸血鬼となる」
サチ:「......」
ヴァン:「サチ。私と同族(かぞく)になって、《孤独な吸血鬼》である私を、殺してくれ」
メイ:「ヴァン様......」
サチ:「......いいですよ、どうせ、このままだと私は死んじゃいますし。それに......」
ヴァン:「それに?」
サチ:「(笑う)私も、新しい生き甲斐を、見つけてみたいと思ってたところだったんです」
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※吸血を終え、身を起こすヴァンとサチ
ヴァン:「......終わったぞ」
サチ:「う......」
スチュワード:「ご気分はどうですか? サチ様」
サチ:「......目が、チカチカします」
メイ:「傷は、大丈夫なのか?」
サチ:「......まだちょっと痛むけど、血は止まってるみたい」
メイ:「そうか、良かった......他には?」
サチ:「......痛い」
メイ:「え。ど、どこが?」
サチ:「伸びた歯が唇に当たって、痛いです......」
スチュワード:「(笑う)成功のようですね」
ヴァン:「(笑う)誕生日おめでとう、私の新しい同族(かぞく)」
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※月が出ている夜空を飛ぶ、ヴァンと転化したばかりのサチ
ヴァン:「サチ。なんだその無様な飛び方は。それでも本当に私と血を分けた同族(かぞく)か?」
サチ:「無茶言わないで下さいよ!......こっちはついさっきまで、ただの女子大生だったんですよ!」
ヴァン:「それもそうか。(笑う)まったく、妙な同族(かぞく)が増えたものだ」
サチ:「ねえ、ヴァンさん!」
ヴァン:「なんだ?」
サチ:「今はどうですか? まだ、死にたいと思いますか?」
ヴァン:「......不思議と今は満ち足りている。メイ、それにスチュワードが居て、新しい同族(かぞく)もいる」
サチ:「(笑う)そうですか、それなら良かった。ね、ヴァンさん! あそこの月まで競争しませんか?」
ヴァン:「馬鹿か貴様。月までどれほど距離があると思っているんだ」
サチ:「それでも、私たちならいつか届く。そうでしょ?」
ヴァン:「......(笑う)ああ、いいだろう。あの月まで、どちらが先にたどり着くか競争だ」
<終>
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2021.7.27 修正