たとえ血肉が朽ちようと


 
「お……ぃ、おい! なあ、起きろって──……!」

 死ぬのが怖かった。

 特別な理由なんてない。きっと、この年頃の人間なら誰しも──多かれ少なかれ──死ぬという概念への恐怖は抱いているものだろう。とはいえ自分の場合では常日頃その恐怖に晒され怯えて、生身の人間ではなく画面上のキャラクターに頼ってその恐怖を一時的にでも忘れようとしているのだからすこしばかり特殊なのだろう、とも思う。


「やめてくれ……もう喋るなよ、傷が──、どうして、お前、お前が──」

 死んで、それでも何一つ残せないのが怖いのかもしれない。

 無価値の証明。無意味の証明。いずれ忘れられていくこと。そして、"実際どうなったか"を確かめられない不安。──幸い未だお目にかかったことはないが、死の呪霊なんてものがいたなら──それはもう、世界の何より恐ろしいものなんだろう。少なくとも、僕にとっては。


「は──……なに言って、──いやだ、待っ……てくれ、いかないで──」

 死んだらどうなるのか、わからないことが恐ろしいのかもしれない。

 "死後の世界"という迷信。呪術高専に入学、降霊術の存在を知ったことによって、その妄想じみた方便は僕の中で一度は確立された──けれど、結局はまたそれが僕を苛んだ。降霊術で降ろされた魂は平常、どこにいるのか? 天の上か、地の底か、それとも──その辺のバス停やなんかにたむろしているのかもしれない。どこにいるにしても、それはとても虚しくて、やっぱり恐ろしいことに思えてならない。永い永い時をその"死後の世界"とやらで過ごすなんて考えるだけで気が狂いそうにさえなる。


「わ──かった、わかった、からッ……オレが、お前の分まで……──だから──」

 とにかく、僕は死ぬのが怖かった。


 なのに。
 とても。とても、美しいと。尊い光景だ、と。


 なにが美しいと言うのか。なにが尊いと言うのか。
 死は死だ。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ万人に平等に下される現象。
 少なくとも尊いなんてものではない。それは悲しくて、寂しくて、恐ろしいもので。そうあるべきで。


 それでも、それは。


 とてもとても、世界で何よりも尊くて──輝かしい場面だと。
 目の前でたった今冷たくなった先輩の、その人生の完成形だと。
 茹った頭で、思ってしまった、ので。


 きっと、僕はクズなんだろう。





「なあ真狩知ってる? なんか呪詛師殺す任務とかあるんだって」
「どうした、藪から棒に……それは当然あるだろうが」
「んやね、人間殺すとかぜんっぜん実感湧かないし。実際やれって言われてやれるもんなのかなーと」
「そういう任務なら躊躇う必要もない、悪人であるならば遅かれ早かれ裁かれるべきだからな。いい心地のすることではないだろうが」
「うはー……ブレないもんだねほんと。旭川は?」
「あっ、えと……、僕?」

「まあ……たぶん、しばらくは忘れられない……かな」

 ──僕は今日も死にたくない。
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