裏路地に茂る小錦草


「えヘヘヘヘ・・・」
私はマハミス。牧歌的な雰囲気漂う片田舎、〇〇村のパン屋の看板娘。
そんな私が焼きたてのパンを持ち、似合わぬ裏路地に入ってゆく姿は、さぞ怪しげに映ることだろう。
私はそう考えながら、どんどんと奥へ入ってゆく。
「・・・また、来たのか。」
心地よい低い声が、あたりを包み込む。
「アッシュくん!」
私が振り返ると、アッシュくんが冷ややかな目で私を見ていた。
アッシュくんは、私の幼馴染。
小さいころによく遊んでて、いつもきらきらと目を輝かせてて、どこに行くにも一緒だった。
私が14になるまでは。
急にぱたりとアッシュくんが来なくなって、私は心配になって家へ行った。
綺麗だった家がぐちゃぐちゃに荒らされ、アッシュくんも、アッシュくんのお母さんもお父さんもいなくなっていた。
ひどく怖くなって、悲しくなって。アッシュくんが死んじゃってたらどうしようって思って、ずっと悪夢を見てた。
お父さんとパンをつくったり、お母さんとパンを売ったりしていたら、その苦しみもまぎれたけれど、心の中にぽっかりとあいた穴は、なかなか塞がらなかった。
そして、一年前。アッシュくんが私の前に帰ってきた。
様子を見に来た、って私に言って。バレバレの嘘をついて私に心配かけないようにして。また来る、ってどこかに行こうとして。それがすごく悲しくて。もっとここにいて、と私がねだった。
その次の日、国の兵隊さんが来て、「アッシュは殺人鬼だ。誰かアッシュの居場所を知っているものはいないか」と言ってきた。
みんなアッシュくんが殺人鬼なわけがない、ってくってかかったけれど、兵隊さんに鎮圧されてしまった。
その日から、アッシュくんはこの裏路地に身を隠している。
「もう来るなって言ったろうが。・・・お前、毎日毎日こんなところ来て、飽きねえのかよ。」
「でも、私が来なかったら、アッシュくんなに食べるの?」
さらにアッシュくんの眉間に皺がよる。
パンを持ってきて、他愛もないお話をして。そんな何気ない時間が、すごく楽しい。
アッシュくんが殺人鬼だなんて呼ばれる理由が、全くわからない。
「・・・ところで、兵隊はまだいるのか?」
「うん、いるよ?今日もパンを買ってくれたんだ。」
「・・・ッチ・・・しつこいな・・・。」
嘘だ。本当は、兵隊さんは数ヶ月前に引き返している。
一人の殺人鬼の故郷に長々と居座る理由がない。
アッシュくんは、こうでもしないとどこかにいっちゃう。私のそばからいなくなっちゃう。
捕まったらどうするの?殺されちゃったらどうするの?
「・・・どうして、そんなにこの村から出たいの・・・?」
口からこぼれてしまった思い。私ははっとし、口を押さえたが、もう遅かった。
「・・・お前らを巻き込みたくないからだよ。・・・わかったら、帰れ。もう来るんじゃねえ。」
ふいと別方向を向き、アッシュくんはどこかへ行ってしまった。
なにそれ。なにそれ。巻き込んでよ。私のこと巻き込んでよ。突き放さないでよ。一人にならないでよ。一緒に行こうよ。私アッシュくんとなら、死んだって怖くないよ。私にも、その罪を背負わせてよ。
決めたよ、アッシュくん。私はこの日々を何度も続ける。
アッシュくんにパンを持ってきて、嘘をついて、お話をするよ。
明日も。明後日も。明々後日も。その次も、その次も。だから、私と一緒にいよう?
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