【閲覧注意・大幅捏造注意・死ネタ有】暁の涙


「今、なんて・・・言ったんだ・・・」
ジブラルタル基地から帰還したキサカは、潜入中に基地から発進し、撃墜されたモビルスーツからアスランと赤髪の少女を救出したと報告した。
だがその後に続けられた言葉を、カガリも、そして一緒に来ていたキラも認識出来なかった。いや違う、したくなかった。
キサカは2人の様子を見て、もう一度重い口を開いた。
「アスラン・ザラは、もう助からない」

救出した際、アスランはかろうじて息をしていた。その身体にはモビルスーツの破片が突き刺さり、コクピット内は血の海だったにも関わらずだ。そんなアスランと同乗していた少女は衝撃で気を失ってはいたが奇跡的にほぼ無傷であった。アスランが全力で庇ったのだということはキサカにも見てとれた。
その後医療班が処置を施したのだが、彼らは一様に顔に影を落としていた。容体はどうなのかを問い、その答えを聞いたキサカもまた悲壮な面持ちとなり、急ぎオーブへと向かったのである。せめて、最後の対面が出来るように。

意識が戻るかは分からないが、そばにいてやれと言われ二人は医務室に移されたアスランの傍らにいた。カガリとキラは先ほどのキサカの言葉が頭から離れない。
多量の出血の影響もあり、元より色白だった肌の色はさらに青白くなっていた。アスランの肉体はもう手の施しようがないほど衰弱しきっている。意識が戻らずそのままということも十分あり得ると、キラはぼんやりとその言葉を思い返した。
ベッド脇に椅子を置いて腰かけているカガリは、アスランの左手に手を重ねていた。その左手は意識がないにも関わらず頑なにこぶしが解かれていない。何かを握っているように感じたが、無理に解くことはせずにカガリはそっと手を重ねていた。

どのくらい時間が経っただろう。かすかなうめき声と一緒にアスランの瞼が震えた。
「アスラン!アスラン!!」
カガリとキラは思わず身を乗り出して呼びかけた。そうすると声に導かれるようにゆっくりと翡翠の瞳が姿を見せ、ゆっくりとこちらを捉えた。するとアスランの瞳から涙があふれた。
「カガリ…キラ…いき、て」
「うん、大丈夫、僕たち生きてるよ!」
「おれ…」
「キサカが、お前を連れてきてくれたんだ」
「そう…か…メイリ、かのじょ…は?」
「無事だよ。傷もほとんどないって。君が庇ったんだろ?」
「よか…なにも…きかない…で、おれを…にがして、くれて…」
「そう、だったのか。じゃあ後で、お礼を言わないとな」
カガリがアスランの手に触れながら、懸命に言葉をつむいでいた。
アスランの声は泣きたくなるほど弱弱しくて、いつも僕に怒鳴り散らしていたあの声ではなくなっていて。その事実がどうしようもなく悲しかった。
「…カガリ」
「うん?どうした?」
「てを…」
そういうと、アスランの左手が動いた。カガリは意図を察して触れていた手をどけた。
するとアスランは震えながらも左手を持ち上げて、カガリの前で握っていたこぶしを開いた。そこにあったのは、血のついたハウメアの護り石だった。
「これ…」
「どう、したんだ?それは、お前にあげたやつで」
「きみを…まもって…ほし、から」
「…!」
「たのむ…」
その言葉を聞いて、分かってしまった。アスランも、分かっているんだって。
カガリもそれを悟ったように、震えながら護り石を差し出すアスランの左手を両手で包んだ。その瞬間耐えきれずカガリの目から涙が溢れた。
「どうして…こんな…」
「まも、り…たかった…カガリ…キラ、も…だから、ちからが…ぎちょ…それ、しって…」
「アスラン…!」
護りたかった。アスランの嘘偽りないその願いは、僕たちの心に刺さった。彼はいつもそうだった。なのにどうして、こんな風になってしまったんだろう。
「カガリ…キラ…すまな、かった…お、れは…じぶん、ばかりで…ふたり、に、あんな…」
「アスラン!そんなこと!」
「ごめ…ほんと、に…ごめん」
ただひたすらに、アスランはごめんと言い続けた。そんな姿を見てるのがつらくて、僕はカガリの手の上に自分の手を乗せた。
カガリは僕がアスランの手に触れられるように一度片方の手をどけた。触れたアスランの手は氷のように冷たい。その手を温めてあげたくて、僕とカガリで石が乗せられているその左手を包んだ。カガリはどけていた手を僕の手の上にのせて、両手で僕らを包んだ。
「アスラン、もういいよ。十分伝わったよ。そりゃ、何でって思ったけど、それはアスランもそうだったんでしょ?僕たち、お互いさまだったんだ。だから、仲直り、しよう?」
そういうと、アスランは少しだけ目を見開いて、わずかに笑った。
「なか、なおり…いつも…おれ、から…だったのに、な」
「ええ!そんなことないでしょう?」
笑え、笑え、そう自分に言い聞かせた。アスランの呼吸が、少しずつ弱くなっていることに気付いてしまって。顔に出ないように必死だった。
「…キラ」
「なに?」
「ラクスと…なかよく、な?」
「っ!」
「すまな、て…イザーク、ディアッカも…すま、ない…って」
「そんなこと言ったらラクス、怒っちゃうよ!ディアッカたちも怒るよ!?」
「あと…カリダさん、ハルマさん…にも」
「母さんたち、泣いちゃうよ…」
「ろーる、きゃべつ…おいしかった、なあ…」
コペルニクスにいた時の事を思い出しているのだろうか。アスランが目を細めて、そう呟いていて、その声色がなんだか幼いように感じて。言葉が出なかった。
「せんそ…とめたかった…シン、も」
「シン?」
「シン・アスカは、ミネルバにいたパイロットの1人だ。お前と戦ったあのモビルスーツの…まさか、アスランを墜としたのは!?」
「あいつ、は…わるく、ない…おれ…もっと…キラ」
「なあに?」
「シン、を…とめて…ほし…おれ、みたい…な、るまえ、に…」
「分かった。頑張る、から!」
「さいご、まで…ごめ」
「だから、謝らないでってば…」
どうしてこんなことになったんだろう。アスランはただ、無我夢中で、自分に出来ることをしたかっただけだった。お互い分からなくて、ぶつかりあって、何で、どうしてこうなってしまったんだろう。
「きら…」
「ごめんは、聞きたくないよ」
「ありが、とう…」
「…!?」
「ずっと…ありがとう」
「…うん…うん…もう、みずくさいなあ。もう兄弟みたいなものじゃない、僕たち」
僕らの手をつづんでくれているカガリの手が、震えていた。アスランの腕の力は、もうほとんど入ってなかった。
「…かがり」
「!…なんだ?ああそうだ、メイリンの事なら心配するなよ。私がきちんと面倒を見る、キラたちのことだって私がこれから!」
「あいしてる」
「!!」
「おーぶを…まもろうと、ひっしな…きみごと…まもれな…ごめ…ずっと…あいして、る」
まぶしそうにカガリを見つめるアスランは、とても穏やかだった。その翡翠の目はどこまでも優しい色をしていた。
それにこたえるように、カガリも優しい笑顔になった。
「わたしも、愛してる」
アスランは、嬉しそうに目を細めた。ゆっくり閉じられたその瞳から涙が一筋流れるまで、僕は目を離すことが出来なかった。2人で持っていた手の重みが増したことを感じた瞬間、僕の視界は揺らいだ。
世界が壊れた音がした。
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