イヌナゾ ビナー直面ルート


プールサイドに転倒防止のために敷かれているマットの上を歩きながら、イヌは天を仰いで汗を拭いた。
「こう熱いと水に飛び込みたくなるなと思っていたらわざわざ学校指定水着を着て行ったのにプールに入ることを拒否されたのを思い出しました」
「そもそも貯水槽として使われてるんだから人が入ることを許可するはずがないね」
「美少女の出汁が出た水だったら飲みたい奴らはいるんじゃないか?」
「うわきっしょしね、ただでさえ慢性的に不足している資源がたった一人の奇行によって汚染されることは誰も望まないと思うよ」
ナゾは文字通りに涼しい顔をしながら、イヌのウエストポーチから水筒を抜き取って水を一口分含んだ。
「でも前にシュノーケルまでつけて泳ぎ回ってる奴を見たぞあれはいいのか」
ゆっくりと口内を湿らせて貴重な一杯を飲み下したナゾは元通りに水筒を戻し、質問に答えた。
「あれはそもそもプールのメンテナンスのための作業だしスイムスーツを着て完全防備の状態なら水が汚染される心配はほとんどないから問題ないね」
「うわずるいぞそれなら投稿者も泳ぎたかった」
「投稿者は義手のせいで普通のスイムスーツは着られないからプールの整備を今まで任されていなかったわけだね」
「くっしかし義手のかっこよさには勝てないのでおとなしく諦めます」
ナゾがプールに被せられているシートを外し、イヌがその端を掴んでひょいとめくった。
「中に入れないなら目視で確認できる範囲で済ませるか」
「そうするしかないね」
二人して水面を覗き込むと、水はまだプールの深さの半分程度まで残っていた。底にいくらか砂が溜まっているものの、目に見える不純物や濁りはない。
「そういえば謎生物は泳げないの?」
「……」
「わかったから無言で銃に装弾するのはやめてくれないか?」
(バンッバンッ!)
「やめてくれ投稿者の体内の栄養を貯蔵する役割を持つ金玉が!」
ナゾが放ったのはゴム弾だったが、2発ともイヌの右肋骨下部、つまり肝臓の位置を正確に撃ち抜いていた。
「おー気持ちいい息ができないくらい痛いけど気持ちいいいや気持ちよくはない」
悶絶するイヌを尻目にハンドガンを脇のホルダーに戻すと、ナゾはプールの水面に目を向けた。
水面に細波が立っている。ナゾの発砲のせいかと思われたが、時間が経つにつれ波は収まることなく少しずつ大きくなっていく。
「むっなんだこの揺れはこんな砂漠の奥地で地震など起きるはずがないんだが」
力なく横たわっていたイヌは尋常ではない振動を頬と全身で感じ、負傷していたとは思えない動きで起き上がった。
「……高い場所に逃げる用意をした方が良いね」
「なんだ津波でも来るのかここは砂漠の奥地だが」
「早くしろ」
イヌは胡乱な目つきでナゾを一瞥したが、黙って制服の袖を捲ると義手を露出させた。
「どこに行けばいいんだこの辺で高い場所なんてそれこそ校舎の屋上くらいしかないが」
「高い場所に逃げるのはあくまでも延命でしかないから今動くのは得策じゃないね」
言葉の意味を図りかねてイヌが首を傾げているうちにも振動は段々と激しくなり、プールの水はバシャバシャと音を立てて暴れていた。
異常を察知した他の生徒たちが校舎の窓や地下室の入り口から顔を出し、何事かと辺りを見回している。
「何? また辺奈が何かやらかしたの?」
「ふぁ~……アホイヌ、私昨日のドラゴン討伐で疲れてんだから静かに寝かせてくれ……」
「おい辺奈ァ! クラフトの手元が狂うから校舎の近くで爆発とか起こすのやめろッつったよなァ!?」
「なんでこいつらはナチュラルに投稿者に責任があると認識しているんだ?」
「今まで投稿者がやらかしてきたことを考えれば当然の仕打ちだね」
ナゾは地面から目を逸らすことなくそう言った。もうまともに立っているのが難しいくらい揺れが激しくなってきている。生徒たちは各々柱や壁にしがみつき、イヌは輪郭がぐにゃぐにゃになりながらもその場に留まり、ナゾは揺れなど最初から無いかのように直立不動で立っていた。
冷静な何人かの生徒は、地面の振動に紛れて、土砂崩れや地盤の崩落、またはトンネル掘削によく似た音がこの場所へ近づいてきていることに気付いた。
ナゾは地面の揺れに合わせて「ううううううう」と声を上げながら残像とともに振動しているイヌの首を引っ掴むと、一足でプールのフェンスを飛び越えた。イヌならまだしもナゾが突然アクロバティックに動いたことに驚いた生徒たちの視線がナゾに集中する。
「ふん」
「ウオッ」
ナゾは着地と同時にイヌを踏みつけてクッションにすると、プールの方を振り向いた。
──その瞬間、プールは突如として地面から生えてきた純白の柱によって土台ごと突き上げられ、完全に破壊された。
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