盲愛は甘い夢の狭間で


雑導入#

挙動不審な宇沢レイサが持っていた、ある生徒の露出行為が収められたカメラ。それは証拠品としてそのまま押収品管理室に保管されることになっていた。また、被害者のプライバシーという観点からも処分は秘密裏に進むはずだった……
しかしカメラは盗まれ、データも拡散されてしまう。そうして、レイサが犯人であることだけでなく、杏山カズサが露出趣味にふけっているという事実も広まってしまい……)

本編イントロ#

――見られている
あああれが例の……と嘲るような目で
――見られている
ひそひそと、そういえばあの写真って……と憐れむような目で

振り切るように、隠れるように「皆」の方を向く

……なんで、なんで皆もそんな顔してるの
ヨシミも、アイリも、ナツも、いつもみたいに笑っててよ……!
そんな目で私を見ないで――


同級生の盗撮してたんだっけ?
自警団も辞めさせられたと風の噂で……
あの時のスズミさんこわくてさ〜

好奇の目線が突き刺さるように痛い
にげたい にげたい にげたい
でもわるいのは……

ドン、となにかにぶつかる、突然の衝撃に思わず尻もちをつく
「ああえっと……すいません、かんがえごとを……っ」

ティーパーティーの子だろうか、何人かに路地裏に引きずり込まれて、それで
バキッ
「ううっ……」
いたい くるしい にげたい
「なんだっけ?みんなのアイドルぅ!だっけ?!」
バキッ
「それが本当は盗撮魔だったなんてね」
ぐりぐりと頭を踏まれる
「あうっ……」
「ほら!言ってみなよ、私は変態ですって!」
ピピーッ!!
ホイッスルの音が、甲高く鳴り響いた

手当をしてくれるスズミさんは、しかし笑顔を一つも見せなかった
「あ、あの……」
「なんですか?」
睨み返すスズミさんに、思わずたじろいでしまう
「動かないでください、包帯が……」
「その……スズミさんはどうして私をたすけ」
「『どうして?』」
ピタリ、と手が止まった
「無抵抗のあなたを襲っていた彼女らを、自警団員の私が止めた、それだけです」
まるで、自分自身に言い聞かせるようだった
「でも……私悪い子で」
「そうですね」

「ええそうです、あなたは犯罪者です」
震える拳を抑えつけるようにしながらスズミさんは続ける。
「……期待してたんですよ、頼れる後輩だなって。私も先輩として頑張らなきゃなって……」
スズミさんがボロボロと大粒の涙をこぼすのを前にして――そして、それが他でもない自分自身の行いのせいであることに――私は何も言えなかった。


――カーテンが締め切られ、インスタント食品のパッケージや飲みかけのペットボトルが散乱する部屋の真ん中で、杏山カズサは目を覚ました――

「なにしてんだろ、私……」
なんとか吐き出した言葉も、ぽろりと落ちてゴミ山のなかに埋もれてしまった。
――家から出られなくなって最初の数日は、毎日誰かが様子を見に来てくれた、スイーツ部の皆だったり、スズミさんやハスミさんだったり……ああなんて皆優しいんだろう、と思った。
扉越しに、冗談を言い合って新作のスイーツの話をして……

でも無理だった、とてもじゃないけど、誰かと顔を合わせて話すなんてできそうになかった。

そのうち起きる時間がどんどん不規則になっていって、皆も来る回数が減ってきて、たまに起きている日も返事ができなくなってしまって――全部私が臆病なせいだ。

心配はかけたくないから、トークの返信はなんとか返している――皆の優しさにつけこんで、甘えてる。

そうやって外のことを考えていると、「目」を思い出して苦しくなる。誰かに助けてほしいのに、その誰かの「目」が怖くて、気持ち悪くて――

……「先生」からの連絡も今はブロックしている。あの人のことだ、会いたいと言えばすぐにでも来てくれるし、私の欲しい言葉をかけてくれるし、優しい目で私だけを見てくれるに違いない。

その優しさでさえも、今はたまらなく苦しいものに思えた。

そんな日々にも慣れてしまったある大雨の日。ビンポン、という小気味よい音に目を覚ましインターホンのカメラを確認して――ぎょっとした。

そこに映っていたのは宅配ドライバーでも放課後スイーツ部の面々でも、ましてやスズミやハスミでもなく――まぎれもなく、あの宇沢レイサだった。

「たすけて……ください……」

――あのうっとうしくてやかましくてウザったいほど眩しかった少女が、泥まみれで、びしょ濡れで、傷だらけで――

そんなレイサをどうして家の中に招き入れたのか、正直私自身良くわかっていない。
それこそ冷静に、自警団や正義実現委員会でも呼んで捕まえてもらうべきだと思う。
でも……冷めきって、怯えきって、身も心もボロボロの少女がなんとか逃げ込んでこれたのが、教えてもいない私の部屋だったということが、優しさなんか一滴も残っていなくてただただ私を求めるだけのおどおどしたその「目」が

とてつもなく、心地良かった。


「宇沢〜じゃなくて……レイサ、ばんざーいして」
「へっ?」
「どうレイサ?冷たかったり熱かったりしない?」
「へっ??」
「頭流すから目つぶっててね、レイサ」
「へっ???」

いやどうしてこんなことに、なんて考えているうちに杏山カズサは私の体までも洗い始めようとしていて――
「いや、いやいやいや!」
「うわびっくりした」
思わず立ち上がってしまった……とりあえずもう一度座って……
「いや、その、体は自分で洗えますから」
「それはダメ」
「ま、前はさすがに」
「良いから座ってて」

「♪〜」
優しくくまなく私を洗い湯船に優しく運んだ後、目の前の彼女は自身の身体を洗い始めた。
無防備に裸体をさらけ出す杏山カズサ。その姿態から目を逸らすなんてとてもじゃないけどできそうになかった――

――宇沢レイサの顔が真っ赤に染まっている。それが久方ぶりに湯船につかっているからだけではないのは、火を見るより明らかだった。かすかな呼吸音もまた彼女の興奮を物語っていたが、何よりもその視線が情欲に満ち満ちていて、まるで肌に突き刺さるかのようで――

穴が空くほど、なんて言葉じゃ足りないぐらいのレイサからの視線にゾクゾクとした興奮を覚えながら、私は少しイジワルしてやることにした。私だって……私だってもっと、もっと気持ちよくなりたい。

「宇沢」少し低めの声で、話しかける
「…………」あー、聞こえてないなこれ
う ざ わ
ようやく我に返ったらしい、ドタバタ慌てて……湯船の中で正座してる?ふふっ、面白い
「はっ、はい!なんでしょう」
「見てたよね」
「いえっ、み、みてま」
「見 て た よ ね」
顔が真っ青……というか真っ白になっていく――それでいて目は私の体に釘付けのままの――レイサの前ですくりと立ち上がる。

「もっと……見て?」

ごくりと生唾を飲む音が、確かに聞こえた気がした。

本編イントロ2#

「もっと……見て?」

泡が少し残った肢体を見せつけてくる杏山カズサの姿に、私は、私は――

『……最低』
彼女を裏切って、傷つけて、ひどく失望された時の事を思い出した。

「あっ……ああっ」
「レイサ?どうしたの」
ぐらり、と体が崩れるのを感じる。
「レイサ!?ちょっとあんた大丈夫?!」
なにか、なにか、なにかいわなきゃ
「う、あ、あぁ……」
ぜんしんからちからがぬける
めのまえがまっくらになる
「レイサ!!レイサ!!」
ごめんなさい……ごめんなさい……


「!……ここは……?」
目を覚まし上体を起こすと、ベッドか何かの上で寝ていたことに気づく。
ぼんやりとした思考が晴れるよりも先に、砲弾のようなハグが飛んできた。
「レイサ!!よかった……」
「...…きょうやまかずさ……!?」
あわててもがくが、抱きしめる力はもっと強くなるばっかりだ。
「あんたってばいきなり倒れて……!ずっとうなされてて……!」
「く、くるしいです杏山カズサ」
ああごめん、と拘束が緩くなるのと同時に抜け出し、距離をとる。
「……なんで離れるの?」
「そ、それはだって」

――私の盗撮を知り、崩れ落ちる杏山カズサの姿が、なんどもなんどもリフレインする

「わたっ、わたし、私がっ」
くるしい、でもきょうやまかずさはもっと
「大丈夫、大丈夫だから」
のぞき込むように私の顔を見ながら、やさしく背中をさすりながらかたりかける目の前の彼女の姿にほっとする。
ほっとすると同時に、そんな資格ないのに……という気持ちもどんどんとふくらんでいく。
「……私、あなたを盗撮しました」
「……そうだね」
「だから離れてください」
「どうして?」
「ど、どうしてって……」
「ねえ、どうして?」
ドサッ、という音が自分の背中からしたと気づいたときには、目の前は杏山カズサ一色だった。


……なんだかムカムカしてきた、すごく、とっても。
――思い返せば、宇沢レイサはいつもそうだった。
無神経に近づいてくるくせに、いざ輪の中に誘うと遠慮する。
自信過剰に名乗ったかと思えば、私のせいで……と卑屈になる。
そういう女なのだ、コイツは――
そんなことを思いながら、目の前の、自分の下で縮こまっている宇沢レイサを見やる。
ええと、とか、大丈夫ですか?、とかあわあわする姿がなんだかとても愛おしくて……
そしてそんな彼女を、私の手で……

「『宇沢』」
「ッ…… はい……」
「『最低』」
「ひっ」
すっ、と顔が青ざめていく
「へーんたい」
血の気がさらに引いて、呼吸がまた荒くなるのがみえる
「私のこと見て、興奮したんでしょ?」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……」
……これ、私のこと見えてないな?
「ごめんごめん、いじめすぎた」
頭を軽くぽんぽんと撫でると、ぐらぐらと揺れていた目が少しずつ落ち着いていく。
目と目が合う、なんだかとてもあたたかい気持ちになる。
「……きょうや」「カズサでいい」
「きょ」「カ ズ サ」

「……それで、落ち着いた?」
添い寝するような姿勢で――しかしがっしりと抱きついたまま私はたずねる。
「ええ……まあ、はい」
対するレイサは、未だに困惑した様子だった。コイツ……(ゴミだらけとはいえ)乙女の家に転がり込んでおいて……
「ねえ、レイサ」
顔をぐいと近づける、必死にのけぞって逃げようとするのを全力で引き止める。
「私、あんたのことが好き」
「……はっ?」
「好きだって言ってんの、このおたんこなす」
「す、すきって……」
「好きは好きだよ、恋愛としての好き」
「あんたはどうなの?」


とうとう、私はおかしくなったのかもしれない。自分の身に起きていることを振り返りながら、宇沢レイサは必死に頭を回す。
……いや、やっぱりおかしい。今の杏山カズサに、好かれるどころか恋愛感情を向けられるなんて……
「ねえ、聞いてる?」
鼻と鼻がくっつくほどのところに、その彼女の顔が近づいてくる。
「た、たちの悪い夢ですね……」
刹那、目の前の彼女がイラッとした顔をしたかと思うと
「んっ!」
唇を奪われた。
「……これでも夢って言える?」
そしてもう一度――今度は貪るようなキスをされた。
「んあっ……んんーっ!!んっー!!」
「ぷはっ、ほらっ!これが夢?」
ぱちぱちとあたまがはじける
「夢かって聞いてるんだけど?」
すぐちかくのこえが、どこかとおくからきこえるみたいで
「ああもう……!」
きょ……カズサが、わたしのことを組み伏せる。
イライラとした様子で、でもその目には、見たことのないギラつきをたたえていて……

本編(あっさり#

――レイサって、こんなに可愛かったっけ

宇沢レイサを押し倒して愛でながら、カズサはそんなことを考えていた。

軽くキスするだけで目尻がとろんと落ちてきて、
パジャマ――カズサが貸したのは、半袖のライトグリーンのサテンパジャマだった、カズサのは色違いだ――越しに軽く触れるだけで、ビクリと全身を震わせて

「はーっ、はっ……カズ……サ」
おまけに、こんな風に求められ
「ごめん……な……さい」

……は?

「ひっ、引きこもってるのって、わっ私のせい……ですよね?」
「……わたしのっ、わたしのせ」
またしてもぐらぐらと目を揺らすレイサの頬を両手で挟み込む。
もうこれ以上、そんな言葉は聞きたくなかった、そんな顔も見たくはなかった。
だから――


「ん……んあっ、きょ、杏山カズんんっ!」
――なんで?どうして?という疑問も、快楽に押し流されていく
深く、それでいて慈しむようなキスで頭の中がいっぱいになる

「……は……っ、はっ、はうっ」
優しく触れられるだけで、なんだかしあわせなきもちになってくる

でも

「レイサっ!レイサっ……!」

私を愛でる杏山カズサを見るたびに、その声を聞くたびに、その優しさを感じるたびに……
快感だけ取り残して、ぽかぽかとした気持ちはすっと消えていってしまう
体が熱くなっていくのに心は取り残されていく

いややっぱり私が悪いんだ、私が、わたしが……
「ねえ」
突然、ぐっと手首を掴まれる、現実に引き戻される、そして
「……はえっ?」
――私の腕が彼女の胸先へと引き寄せられる
「っ……レイサ……その……」
肩で息をする『カズサ』の顔は
今まで撮ってきた、どの『杏山カズサ』よりも情欲に満ちていて
「レイサもさ……さ、さわってよ」
――そんな顔で、熱っぽく甘い言葉を囁く彼女を前にして、私の中のなにもかもが吹き飛んでしまった


そこからの記憶は、私もあいつもすごくぼんやりしてる

服をいつ脱いだのか、そもそも自分で脱いだのか相手に脱がせてもらったのかも思い出せなくて

どちらからともなくキスを沢山して

ぐったりとしたレイサを後ろから抱き締めるようにしながら一方的に責めたり
逆にレイサからガツガツと愛されたりして

ぐちゃぐちゃになった秘所を擦り付けあって――

とにかく、ずっと愛し合っていたのは確かで、でも今ここに残っているのは、
脱ぎ捨てられた服やぐちゃぐちゃになったシーツ、とてつもない倦怠感……そんな「状況証拠」だけで
そしてそれだけで、昨夜の営みの激しさが物語れるに違いなかった。

没シナ1 大雨の日、カズサの所に行く前のレイサ#

没理由:はやくいちゃいちゃみたいなのを見せたかった、なんか蛇足っぽい、かわいそうさが上手く文章に落とし込めなかった

その2時間前……

「ーーっ!!ーーっーー!?」
制服のスカーフを口につめこまれ、結束バンドで後ろ手に縛られ、いわゆる女の子座りにさせられた少女はグラウンドにいた。何度も蹴られたのか全身は泥だらけの擦り傷だらけで、雨粒が激しく全身を襲っている。

そしてその周りを、トリニティ指定ポンチョを着込んだ何人かの生徒が囲んでいた――

「スズミもかわいそうにね〜」
一人の生徒が、警棒を見せつけるようにしながら私に――つまり宇沢レイサに――話し始めた

「3年の先輩に詰められててさ〜……」
警棒で私の頬を撫でながら、警棒を持った少女は続ける
「あんたのせいよ!」
めきっ、と鈍い音がした――どうやら警棒が歪んだらしい
「スズミは!色んな人に頭下げて!いつもの自警団活動もやって!!そのくせスイーツ部のあの子の家にも行って!!」
警棒で私のことを出鱈目に叩く彼女には見覚えがある、2年生の自警団員……だったはずだ、よくみえないのは雨粒のせいだろうか……
「あんたのせいで!」
警棒が振り下ろされる
「あんたのせいで!」
警棒が振り下ろされる
「あんたのっ、せいで……」
警棒が振り下ろされ……なかった。
へなへなと座り込んで泣き出した彼女を横目に、もう一人――いつか襲ってきたティーパーティーの子だ――が近づいてきた。

――30分後。私には泣く余裕も喚く気力も、もう残っていなかった。殴られ、蹴られ、叩かれ、その繰り返しが終わるのをただ待つだけ。その間に浴びせかけられた言葉も、ほとんど思い出せそうにな――
「……もう、いい」それまでずっと、座り込んで顔を覆うようにしていた自警団の先輩が、突然立ち上がった。
「っ!おい!」
そして他の子が止めるのにかまわず、彼女は私の拘束を解こうとしている。
「なんだよ、今更怖気づいたのかよっ」「そうだよ、今日パトロールにかこつけて埋めてやろうって話だったじゃん」「なっ、なんならあとは私達だけで……」
「もういいの!!」
シン、と静寂が音になるのが聞こえた気がした。そして拘束を解きつつ、私を睨みつけながらこう言った、はずだ。

――あんたは、生きて苦しむの――
――スイーツ部のあの子達もスズミも、優しいから。こんな風に暴力を振るうなんてことは、絶対しないでしょうね――
……ぼんやりとした意識の中に、見知った人達の笑顔が浮かぶ。スズミさん、ナツさん、アイリさん、ヨシミさん、そして……
――杏山カズサがずっと引きこもってんの、知ってるよね?――
一瞬浮かんだ杏山カズサの笑顔が、皆の笑顔が……私の盗撮を知った時の杏山カズサの、糸が切れたようにしゃがみこんで、血の気が引いていく様に塗りつぶされていく。

ああそっか、私が全部、全部、全部、ダメにしちゃったんだ。
私のせい、なんだ。
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