仮面の貴婦人の配信生活


 動画投稿サイト・ユーチューブ。
 その異常な速度での世界的普及により、突如この世に出現した新たな芽生え、動画配信者。

 限られた同接数とリスナー、そして登録者数を奪い合い、電脳世界に生きるあまたの配信者たちは日夜、命懸けの"戦い"(どうがはいしん)を繰り広げるのだ!

「では改めまして、ヴィトールです。本日は、コラボのお誘いありがとう♪」
「アラこれは、どうもご丁寧に……! クリッフルです、楽しんでいきましょうね♡」

 配信開始直前、仮面の貴婦人ヴィトールが手向けの挨拶をする。
 野太い声で答える相手は今宵のコラボ相手、凶悪残忍ティラノサウルスのクリッフルだ。

『はじまた』『こんばんはー』
「はい皆様ご機嫌うるわしう♪ 由緒正しきバルーセロ家・第27代当主、ヴィトール=フェイブル・バルーセロですわ♡」
「みんな~! クリッフルの胸きゅん♡キッチンへようこそ~!」

 馴染みの挨拶を互いに済ませ、二人は向き直る。
 動画配信は常に、いつだって命がけ。いつもの挨拶を遺言にする覚悟など、二人とも、とっくに決めていた。

『今日コラボ?』『初見です!ババルウ星人に似てますね!』
「そ、コラボ♡ ということで早速、今日のクッキングをしていくね♪」
「えぇ、それでは本日のお料理……」

 二人の声が同時に重なる。滲む殺気に、マイクが僅かに凍てついた。

「極悪ティラノの尻尾ステーキを、」
「貴婦人仮面の活け造りなど、」

 ティラノのアゴが開くのと、ドレスの袖が閃くのもまた、同時だった。

「先手必勝! ウオオオ、死ねぇ~!」
「誰が死ぬかァ~! 逆にリスナーを奪われるのは貴様の方だアア」
『どっちもすごい迫力だ』『手洗った?』

 流れるコメントをよそに、極悪技を発動するクリッフル。
 ヴィトールもフサフサ扇子に、溢れる財力をチャージする。

「死ね、お嬢! 超必殺"破滅闇炎・牙あぎと"!」
「カネを放つ、"アン"!」

 黒炎をまとうクリッフルのキバ口に、ヴィトールの放ったエネルギー札束が吸い込まれる。
 「グワァア!」爆風がはしり、煙の中からクリッフルの悲鳴がうなった。勝負あり、だ。

 ドズゥウン……!
 頭部を失ったクリッフルの胴体が崩れ落ち、煙たちのぼる扇子にヴィトールはフッと息を吹く。

 これでクリッフルのチャンネル登録者3000人は、ヴィトールのものだ。

「フッ……今宵も、わたくしの"勝ち"ですわ。それでは皆様ご機嫌よう。くりふる♡キッチン改め、ヴィト様の寝室のチャンネル登録よろしくね♡」
『お嬢つえー』『チャンネル登録します』
『推し変しました!』

 配信が終了し、ヴィトールの頬が微笑に歪む。
 いい気になるヴィトールの足もとに、突然、矢文が突き刺さった。

「あっ!? なに奴!」
「フッ、次なるコラボの誘いだ。貴婦人仮面」
「何ですって!?」

 突如として現れた殺人カンガルーの言葉に、ヴィトールは怯んだ。コラボ……それは配信者どうしの果たし合い、決闘を意味する。
 日に二度のコラボなど、さすがのヴィトールも初めての体験だった。

「自分の枠など必要ないぞ。オレ様の枠でキサマを叩きのめし、完全に勝利するからだ」
「あら、それはどうもご親切に……」

 ヴィトールは汗をかいた。今日は既に"アン"を放っている。最後の扇子"トロワ"までにコイツを仕留められるか、どうか。

 赤いグローブをシュッシュッと振り、目の前の殺りくカンガルーが構えた。
 その口は余裕の笑みに歪む。

「さあ、パーティーの始まりだ。3ラウンド以内に皮まで剥いてやるよ」
「束を置くっ、"ドゥ"!」

 ヴィトールが扇子を突き出すと、その場に重たい札束の山が落下した。当然、カンガルーを狙ったのだが、既にターゲットの姿は消えている。

「なっ!? 速い!」
「冥土の土産に教えてやろう。我が名はバロム……凄腕カンガルー、バロムくんのスパー配信☆ のバロム」
「! そ、そんな……!」

 息を飲み、絶望のヴィトール。だ、だってそれが本当なら。

「同接、チャンネル登録者数……ともに53万だ」
「い、イヤぁっ」
「遅いっ! "カミカゼ・ブロウ"!」

 身を翻すヴィトールのわき腹に、神速の拳が突き刺さる。
 ヴィトールの体がくの字に折れ曲がり、舞い飛んだまま壁に激突した。

「うごおっ……! ぐ、グウッ」
『さすがバロムさん!』『ありゃアバラがいったな』
「当然よぉっ。お前ら、よく見ておきな。推しの女がズダと化していくサマをよぉ!」

 ヴィトールは口から血を吐き、這いずった。死にたくない、死にたくない。
 そしてヴィトールは涙を流した。それは思いがけず切り札を晒す、自身の無力からなる屈辱の涙だった。

「そしてチャンネル登録、よろしくなぁっ。ぐははは……!」

 ボクシング・グローブを打ち鳴らし、ゆっくりとバロムが歩み寄る。
 ヴィトールは、最後の扇子を向けた。

「財を撒くっ! "トロワ"!」
「おおっと! ビックリ。危うし、バロム」

 札束の嵐がバロムを襲う。当のバロムは、口振りとは裏腹、焦りも見せずに、にやにやしている。
 ヴィトールは祈った。お願い、気付かないで!

『バロムさーん』『頑張れ』
「……なんちゃって! バロム必殺、"ショットガン・ジャブ"!」

 ズドドドン! 魔神腕・バロム、恐るべし。
 嵐をまとった札束のすべてを、正確に撃ち抜き地に墜とす。

「はっはぁー! 少しは盛り上がったかな? さあでは早速、処刑タイムだ──な、なに」

 トドメを刺さんと迫るバロム、拳を振り上げ、途端に固まる。
 切り抜きオーラの急激な高まり。この配信のハイライトが近付いている。

 バロムは考える。なぜ?
 こんな女、せいぜいチャンネル登録1万台にも満たない……仕留めたところで、さほど盛り上がりはしないハズだ。

 およそ0.002秒後。バロムの動画投稿者・ブレインが、計算結果をはじきだした。
 弱者から強者へのジャイアント・キリング。そんなバカな。しかし、それしかない。

「──はっ、」
「……ワインの海、パンの木の森。財宝、川へと流れ消え。されど札束は山とあり」
「き、きさま! 何を詠唱してやがる、やめろ! それをやめろッ」

 見れば、つくばる哀れな貴婦人の、手もとに光がグルっている。
 後光にも、巨大な硬貨のフチのようにも見えるそれは、今にもリングの形をなし、完成しそうだ。

 バロムは拳を振り上げた。技ではない。
 焦りと怒りに支配された、洗練のない汚泥のようなフックだ。

「やめやがれ、クソアマぁーッ!」
「フンッ! 今頃、焦っても、もう遅いっ。配信枠にカネの嵐が吹き荒れましてよ~!」

 ──ごっ、

 ごごう、ごう、ごごう。
 先の"トロワ"とは比較にならない、無数の札束を巻き込んだ、竜巻の柱がバロムをつらぬく。
 とっさのボクサー・ガードなど、最初のヒット判定で弾けた。ケタが違う。

「うごおっ。ああ、あ、ああああ……!」

 暴風音のなか、バロムの断末魔が混じる。
 ヴィトールは素早く専用の高級スマホで、バロムの名前を検索した。

 ──このチャンネルは存在しません。
 表示された文字列を確認し、唇の端をつり上げるヴィトール。どうやら、無事にBANされたようだ。

 コラボをしかけて不様に敗北するような配信者を、ユーチューブは決して許さない。

 竜巻が晴れた時、そこにバロムの姿は無かった。
 ただ、彼の商売道具のグローブのみが遺されている。

 ヴィトールは笑顔をつくり、微笑んだ。主を失ったリスナーたちへ、勝者は言ってやることがある。

「今の、切り抜いてくださいね。それでは今宵のヴィト様、ゲリラ配信でした」
『お嬢仮面仮面!』『顔バレきたー』
「皆さま、チャンネル登録──は、何? 顔バレ? えっ、は?」

 慌てて顔に手をやり、続いてヴィトールの綺麗な顔が、さっと青ざめる。
 甲高い悲鳴が響き渡り、勝者がその場にうずくまった。

「イヤぁ! 見ないでくださいまし、見ないでくださいまし!」
『かわいい』『リビングに家族いるからやめて』
『¥10,000』

 ヴィトールの顔が、ゆでダコになる。どうせ仮面をするからと、今日はメイクをサボったのだ。
 それなのに、いつの間にかヴィトールの顔を守るはずの騎士様は、哀れにひしゃげ床へと転がっていた。

「イヤぁあああ~! 違う、違うの! わたくし、いつもは配信でも、ちゃんとメイクを──イヤぁああ!」
『警察です!何かありましたか?』『事件性あるのよ』
『仮面洗った?』

 泣きながら部屋を飛びだし、変則畳配信にするヴィトール。
 後に視聴者は、こう語る。メイクしてない割に、まつ毛がばっさばさだった──。

「コラボ配信なんて、こりごりでしてよ~!」

 ヴィトールの悲鳴が夕闇に響く。
 こうして、53万3000の登録者を増やし、ヴィトールの配信快進撃は、とどまることなく続くのだった……。

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