泥まみれの石ころ


「『U.A.F.』、ねぇ」
携帯の画面を睨む。ソノンエルフィー氏を中心に広告がなされる、レースに限らぬスポーツの総合大会。いわく、トレセン学園はそれを応援するのだという。
普通に考えればトゥインクルシリーズに専念すべきだ。特に僕は既にデビューをして長らく走っているのだから、わざわざこのような新しいイベントに挑む意味もなかろう。
しかしながらどうにも興味がある。いや、だからこそ興味がある。正直なところ、僕の肉体的なピークはもう超えているきらいがある。断定はできないが、可能性はある。だからこそ、外部のアスリートと競るこの機会はひどく魅力的であった。
もともと走るにはやや向かぬ気性だ。この機に見つめ直すことも一つの手であろう。

「お疲れ様です!」
「ありがとうございます…いやきっつ…」
ソノンエルフィー氏にドリンクを貰いつつ、ベンチに座る。
思っていた以上の負荷である。レースとは使う筋肉が異なるからか、思った以上に全身の筋肉に来る。単純に走るだけだったらまだ楽なんだと痛感した。ソノン氏にアドバイスをいただいているからどうにかなっているが、これがなければよほど苦しかっただろう。
「しかし、いいんですか?トレーナーは監督していないのに」
「本当は、駄目みたいですけど…今回は特別ですから!」
…今回、僕はちょっと特殊な条件で参加している。トレーナーやトレセン学園を通さず、個人でU.A.F.の参加をしているのだ。この関係で、各種目に向けたトレーニングは練習とはさらに別でやらなければならない。そうすると他のトレセンからの参加者は練習時間がずれ、結果的にソノン氏にほぼつきっきりで指導をいただけている。
「そういえば、どうしてディーヴァさんはトレセン学園を通さずにエントリーされたんですか?」
「…トレセンから参加できることを知らなかった、というのは?」
「仮に知らなかったとして、練習時間も運動量も変化する以上はディーヴァさんも相談しているでしょうし、それならトレーナーさんはトレセン学園を通してエントリーすることを推奨するでしょうから」
「まぁ、違いありませんね。」
そりゃ普通に考えれば個人でエントリーするよりトレセン学園を通してエントリーするほうが都合がいいだろう。理事長のご厚意によりトレセンの設備を使わせてもらえているが、もしかしたら自分で器具を用意してトレーニングしなければならなかったかもしれないのだ。
「そもそも、個人でエントリーするときにトレーナーさんは止めなかったんですか?」
「…止めてくれるトレーナーが、いなかったんですよ。」
「…あぁ。ごめんなさい。」
「いえ、お気になさらず。…ともかく、僕は現在トゥインクルシリーズに所属する都合で形だけはトレーナーがついてますが、基本的に自分でトレーニングを組んで実行している状態なんです」
だからこそ、こんな無茶ができている。こんな事をしてしまっている。
「…大変ですよね、きっと」
「そうでもないですよ?」
「大変ですよ。そう思わなくても、大変なことです。片方だけでも、難しいんですから」
「それをやっているのが貴方や他の参加者じゃあないですか」
「それは、わかってて言ってますよね?」
…そうなるよな。実際、僕の論は明確に破綻している。他の人はトレーナーがメニューを組んでやっているわけで、場所の確保などまでは周りに依頼しているとはいえ負担はほぼ僕が負っている状態なのだ。これが異常なのは、よくわかっている。
「でも、どうしようもないんですよ。だって、居ないんですから」
「…新しいトレーナーを探すのは」
「嫌です。何があろうと、それこそ引退を迫られようと、そこは…譲りたくない。」
「…その理由をお訊きしてもいいですか?」
「理由、と言っても。まあ、なんですか…諦めきれない、ってやつですかね。」
まだ、考えたくない。何処にいるとかいないとか、受け入れづらい。受け入れたくない。怖いことでしかなくて。
「でも、僕は…これに参加したのは引退も考えてのことですけど、それでもまだ引退したくはないんです。今、気が付きました。やりたいことがあるから…というより、やり残したことがあるから」
「…海外挑戦、ですか」
「はい。ずっと、一緒に目指そうって言ってたので。一緒に勝ちたいから…だから、まだ走りたいんです」
「…素敵な夢じゃないですか、海外挑戦!」
「ありがとうございます…と言っても、ここのところのスコアを見るに、厳しいことはわかりきってますけどね」
「そんなものどうにでもなりますよ!だって、アスリートのチカラに限界はないんですから!」
「そうですかね?」
「そうですよ!」
事実、U.A.F.で引退したあとのウマ娘がアスリートとなり現役のウマ娘と競っているのだから、馬鹿にならないことなのだろう。
「なら、やってみるとしますか…もちろん、こっちも手は抜きませんが」
「一緒に頑張りましょうっ!私も、手伝いますから!」
「それは心強いですね?」
…アスリートのキラメキ。ソノン氏がたびたび口に出すその言葉を借りるなら。僕の、この心こそが、そのキラメキ…否、ギラギラ熱く燃えるエネルギーの塊なのだろう。そのエネルギーを、フルに使ってやろうじゃないか。
さあ、アツくなれ。夢のため。誰かのため。願いのため。
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