革命戦士カキツバタ(に振り回されるネリネ)


「おぅ、ネリネじゃねぇかぁ!」

昼休みまえの廊下。後ろから声をかけられたネリネは、食堂に向かう歩みを止めて、直立不動でカキツバタに向き直った。

「お疲れ様です、先輩!」

「そんな、堅くならなくていいってば!」

カキツバタ。

部員たちから絶大な尊敬を集めている、リーグ部の最古参。

勝負に取りつかれた姉の暴走を止めるべく、真っ先にゼイユへ立ちはだかったのも彼であったため、部長のスグリも頭が上がらない。

後進の指導のため、シアノ校長じきじきに乞われて三留しており、

勝負への熱意と造詣の深さから、付いたあだ名は「革命戦士」。

小細工なしで、どんな相手にも真正面からぶつかる、まるで己を切り刻むような勝負スタイルが彼のモットーである。

幼いころから体育会系の厳しさに揉まれてきたネリネも、そんなカキツバタとはウマが合う後輩の1人で、出会いがしらにポケモン談義をしたり、こうして雑用をおおせつかる事が多い。

「ちょっとばかし、頼みてぇ事があんだけどさぁ!」

「先輩の頼みでしたら、なんなりと!」

「おめぇはオイラの召使いか、タココラ!」

「し、失礼しました!」

「いやいや、キレてないですよ。そんなに、かしこまらなくったって良いよって意味」

しかし。

そんな、人柄・ルックス・強さと三拍子がそろったカキツバタにも、意外な弱点があった。それは……

「それで、本題なんだけどさぁ……



ベー♪&☆♯買ってきてくれ」

「……は、はい……」

「えっとねぇ、たしか食堂の☆♯♪♡Σに#○&☆♪ったんだけどさぁ、行くヒマなくってさぁ。ベー♪&☆♯買ってきてくれ」

「……わ、分かりました!ダッシュで行ってきます!」

カキツバタの欠点は、滑舌が殺人的に悪いことであった。

彼の言語の9割は、モンジャラ10匹分はもつれた舌から、マグカルゴの鳴き声で経が読まれるような、緩急のついた唸り声となって放たれる。

「昼メシのついでで●+♯*ですよ、ごめんな。ゆっくり♯☆&@いいから」

カキツバタと交流が長いネリネや他の四天王でさえ、ノイズの間に見えかくれするヒト語を頼りに、おおまかな意味を脳内で補完しなければ、まともな意志疎通がとれない。

ねぎらいの言葉(と、ネリネの言語野は推測した音)を背中に浴びて、彼女は食堂へと小走りを始めた。

ささいな足腰の疲労ではなく、大きな疑問に眉間をしかめながら。

『ベー♪&☆♯』って、なんなの!?

先輩として長く彼を慕っているネリネですら初めて耳にした、「ベーロロレへン」と聞こえなくもない、気持ち悪い単語。

彼女が育ったタテ割りの世界では、目上への2度聞きなどご法度だった。

もっとも、カキツバタ先輩はその程度で怒るような人じゃないのに。

チラ、と後ろを振り向く。

すでに先輩は姿を消していた。

ネリネは、骨身に染みついた己の習慣を心の中で呪った。



ブルーベリー学園の食堂は、本日のランチを求める生徒でごった返している。

パルデアのアカデミーが誇る、トレーニング理論・人体力学の権威であるキハダ教授。

彼女の協力のもと考案された、味と栄養バランスを兼ねそなえた絶品メニューは、よその地方の教育機関から視察が訪れるほどの名物だ。

だが、今のネリネにはランチに舌つづみを打っている余裕はない。

「お疲れ様です、タロ先輩!」

「うぃっすぅ」

「アカマツくん!ねえねえ!カキツバタ先輩から……」

「はあ……」

スープやライスが満たされたジャーに背を向けながら、厨房がわの最後尾で本を読みふけっているアカマツが、ため息まじりにハードカバーを置いた。

「ネリネさん。エニグマでも絶対に解けないであろう怪音波を、またボクが解読させられるんですか?」

「だって!なんて言ったのか、全ッ然分かんないんだもん!『ベー♪&☆♯、買ってこい』なんて言われてもさ!」

「キャッハハハ!ネリっち、声真似うまいじゃん!ウケる!」

「わ、笑わないでください!探してるモノが、食堂にあるらしいって分かっただけでも大した事なんですから!」

「ネリネさん。もし、ポケリンガルのカキツバタさんバージョンが出たら、買っておいて損はしませんよ。こうして、ボクの有意義な時間を潰さずにすみますし」

アカマツきゅん、と後ろから首に回されるタロの両手を乱暴に振りほどきながら、アカマツのしなやかな手が、読みかけのフロイトを再び開いた。

「……まあ、ボクがネリネさんの状況なら、ですけど」

机におかれたページを見つめながら独りごちたアカマツは、肩に抱きつくタロの右手を、ペち、とはたいて抑揚なく続けた。

「食堂に置かれている『ベー』から始まる物を、片っぱしから持っていきますね。もちろん、売り物にはキチンと対価を払って、ですけど」

小むずかしい数式の答えを導きだしたように、ネリネの表情がパッと晴れた。

ありがとー!!と満面の笑みで手を振るネリネに目も向けず、活字を目で追いながらアカマツは無言で鼻を鳴らした。

まさか、本気ではあるまい、と。



ジリリリリリリ!!!

「な、な、なんの騒ぎだこりゃあ!」

人工音声の校内放送と不審者警報のベルが、交互に鳴りわたる。

全校生徒は、すみやかに外へ避難してください。くり返します……

「おい、スグ!スグ!この、●☆+♪*な人の&☆♪はなんだ!?」

「ね、ネリネの、アホが、っ、食堂中を、引っ掻き回したんすよ!!」

「なぁにぃ!?」

金切り声で逃げまどう生徒たちの海の中。

立ち止まったスグリが、紫色の頭頂部を声の主に向けながら、唾を飲みつつ、ぜいぜいと絞り出した。

カキツバタは、諸用を済ませてから、ネリネを追って早歩きしてきた。

あいつは変なところで律儀だし、例のアレを昼も食わずに買い求めているはずだ。もし間に合えば、食堂の野菜たっぷりピザでも奢ってやるか。

などとのんきに考えながら。

そして、警報がやみ、生徒もひとしきり避難した後になって、ススだらけで息も絶え絶えなネリネが、カキツバタとスグリの前に現れた。

「お、お、お前、なにやってたんだタココラ!?」

「ヒィ!ツバ先輩!やっぱコイツも頭おかしいですって!」

食堂にあるはずの、天井ほどの高さがあるベーカリーの石ガマをリヤカーで引きながら。

「せ、先輩!お、お好きな、『ベーなんとか』を、お選び、ください」

石ガマのなかにギッシリと詰められた、無数のベーグルパンとベーコンのブロック。それらの隙間には、ベースギター、ベートーベンの大きなレコードが10枚と、野球で使う五角形の本塁が突き刺さっている。

「ど、どれもこれも、かすりもしてねぇ!手持ちのカタチ変えてしまうぞ、この野郎!」

「そ、そんなぁ……」

ネリネの顔が涙に歪んだ。

商品を買い占め、厨房に押し入り、大きなスコップまで振るった苦労が水の泡だ。

「ああ、いや。そ、そこまでキレてはいないですよ。悪いのはオイラの滑舌であって、ネリネは努力しただけですから。ただ、力のさじ加減がヤバいだけで……」

「先輩、甘すぎますって!このさい、他の四天王もまとめてシメといたほうが……」

「み、みんな。お久しぶりです」

チリーンが鳴るような柔らかい声が、3人に割りこんだ。

「ア、アオイちゃん?」

「ア、アオイ!?悪いことは言わねえ!さっさと逃げろ!」

「おぅ、アオイ、久☆+♪だなぁ」

「はい。えっと、久々にみんなと勝負したくなって来たんですけど、校内に誰もいなくって……」

アオイの目が、ぱちくりしながら3人を交互に見つめた。

「ア、アオイちゃん、これには深いワケが……」

「ワケなんかあるか!コイツが暴れたせいで全校生徒が……」

思い思いにわめき出す2人と、ますます戸惑うアオイを眺めつつ、カキツバタは両腕を組んで考えた。

素直で機転が利くアオイなら、もしかすると……

腕を解いたカキツバタは、神妙な面もちでアオイにお使いを頼んだ。

「なぁ。悪いんだけどさぁ、食堂でベー♪&☆♯買ってきてくれ」

「いや、今っすか!?」

スグリのツッコミには反応を見せず、人差し指と親指でアゴをつまんだアオイは、そびえ立つベーカリーのカマを数秒ほど見上げたあと、こくり、と頷いてパタパタと駆けていった。

3分後。

戻ってきたアオイの手には、1本の小ビンが握られていた。

「おぉ、これだぁ!」

ありがとさんです、と聞こえなくもないノイズをアオイに返したカキツバタは、受け取った小ビンのタブを抜き、中身を一気に飲みほした。

「せ、先輩!ちょっと見せてもらっても……」

ネリネが渡された黒い小ビン。食堂を出てすぐにある小さな自販機に置かれているドリンクだ。

そのラベルには、白衣を着たキハダ教授の写真とともに、ベージュ地に赤抜きで、

「ベータカロチン」と書かれていた。

「いやぁ、☆♪に良いってきいてよぉ、一度+@&♡★たかったんだよなぁ」

「こ、こ、こんなの、わかるワケあるかああ!!」

校舎中に響くような大声とともに、尊敬する先輩へと、ネリネは初めてタメ語で異をとなえた。

その後、カキツバタの弁明もあり、シアノとブライアからの長い説教だけで放免されたネリネだったが、

「プレミアボール」を「ポチョムキン」と聞こえなくもない音声でカキツバタから頼まれ、

ふたたび言語野を痛めつけられるのは、数週間後の話である。
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